第3話 -異界登り-
しばらく根が張り巡らされた景色を見ながら進むと根が避けてある大きな広間のような場所にたどり着く。
たどり着いた瞬間にRPGで言うところのボスが現れて戦いになるような作りの場所であるが特に何があるわけではない。その代わりによくわからない文字の刻まれた石版が中央に埋め込まれているのだ。
歴史的価値がありそうな雰囲気の石版で、そもそもそれが文字なのか傷なのかすらあやふやだがきっと文字だろう。
特に意味のなさそうな広間であるのだが単調で景色の移り変わりのない広い第1階層を探索していると第2階層へ向かう目印としてはとても役に立つ。
真ん中を歩き中央へと行く。特に変わらない風景、さっと吹き抜ける風に乗って草と木の香りが体に入っていくのを感じる。
深呼吸、さっきまで少し血なまぐさいところだったので呼吸を整える。
「よし! 行こう」
気を引き締めて第二階層へと向かう。
広間から出て、すぐに第二階層へと向かう階段があるのだ。
ここの下層へと向かう階段は見つけやすい。いきなり木と草で覆われた地面に人工的な石畳が現れるのだから遠目でも一瞬でわかる。
石畳を踏んで足音が変わるのを聞きながら薄暗い中階段を下っていく。
降りた先はまた風景がガラリと変わるのが第二階層の特徴だ。
木の柱がない代わりに森になっているのだ。
森の周りには石垣で出来たような壁が高く積まれておりダンジョンっぽささのある雰囲気を匂わせる。
この階層も暗くはない。むしろ太陽が真上で顔を出しているのかと問いたくなるくらいに明るい。
天井は高く木漏れ日が美しい。そして気持ちの良い風が吹き抜けていく。
ひし形が連なったような変わった形の草がところどころで自生しているのが特徴だ。
出現する魔物はと言うと・・・現れた。
テリトリーへと踏み入れた時の遭遇率は異常だな。
遭遇したのは、またしても変わらない顔ぶれのイタチだ。
ささっと近づいてきて目を丸く見開き口をぽかんとさせて威嚇している。
視認6匹、出会ったグループとしては一番多い。
刀に手を添え流れるように抜刀する構えに入る。
「いつでも斬れる」
ぼそっと小さくつぶやいたが、これは根拠のない自身だ。
相手は目で追うのすら厳しいほどの速度をもつ魔物。殺傷能力こそ低いが一撃のダメージが致命傷を追わせるほどの相手であったなら間違いなく俺の命はここで終わるだろう。
まず動いたのはイタチだった。二方向に別れた二匹が両サイドから同時に攻めてくる。
足に勢いをつけて体勢を崩し抜刀する。
その崩した勢いで一方の攻撃を避けつつもう片方のイタチに斬りかかる。
斬りかかったイタチは、迫りくる刃に見切りをつけて身を翻し退いていった。
攻撃を避けた方は反対方向へと着地しこちらを睨む。
そう来るだろうと思って避けてみたがギリギリだ。
半歩遅ければあの鋭い爪が下腹部にヒットしていたところだ。
危ない危ない。
冷や汗をかきながら体勢をととのえた瞬間、腰に激痛が走る。
「ぐあああああ!!」
斬られた。
片膝をつき、腰を触るが血など流れていない。
ちょうど防具の間に爪を通してきたんだ。
なんて厄介な敵だろうか。
2匹をおとりに3匹目を背に回らせ注意を逸らした後に確実に攻撃を入れる。
気なんてまったく抜けないな・・・
集中だ。目で追う敵の動き、それぞれが発する音、匂い、風の感触、直感全てをフルで使え。
幸い痛いだけで致命傷にはならない。
痛いのは最悪だが、最高に良い練習相手だ。
「気絶しないようにしないとな!」
再び構え直し立ち上がる春人。
6匹のイタチは、春人を取り囲み動き回る。
戦いなれてきてからわかる、最初は痛くてすばしっこくて相手にしたくないからなんとか逃げていた。
だが、いまは違う。
今度は3匹同時だ、2時4時9時方向だ。
わかる! 同時に攻めれば誰かしらが攻撃を当てて悶絶しているところを追撃するという戦法なのだろうが、残念だな。
刀に両手を添えてめいいっぱいイタチ達を引き寄せる。
ここだ!
体を捻り、勢いをつけて3匹めがけ一閃。
次閃偃月(じせんえんげつ)斬り。
同時に攻められ避けられないのならば、同時に斬り伏せればいい。
あの書物から読み取れた技がこうもハマるような時があるとは・・・
改めて戦闘の型というものがいかに重要なのかを考えさせられる。
この技は、体と足腰の力を十分に地面へと加え体ごと回転させて斬撃に勢いを増させる。斬られた対象は血飛沫を綺麗に周囲へと飛び散らせ円を描いていた。
「さて・・・ 次!」
残るは3匹のイタチ。
躊躇していた3匹は威嚇をしながら徐々に近づいてくる。
1匹が前に出てきた。少し手前で踏み込みこちらへと一直線に飛び込むような軌道を描きそれに合わせ刀を振るう準備をする。
踏み込みが見え飛び込んできたと思ったその時だった。
動きに予測して刃を当てられるように振ったはずだった。
だが、その攻撃は当たらない。
流れるようにフェイントをかけてきたのだ。
フェイントをかけてきたイタチは刀を避けたのを見てすかさず斬り込んできた。
「しまっ!!!」
声を出すより速く首を斬られ激痛が走る。
「うがぁッ!!!!」
そして後続するイタチの攻撃が防具の隙間に鋭い爪をうまくあてて肩と足に一撃ずつ加えた。
「ぁあああああああ!!」
斬られた瞬間はよくわからない。だが、じわりじわりと痛みは増して、その後にくる太い針で何度も皮膚をえぐられているような感覚に襲われた。
とてつもなく痛い。
膝を付き額から出た汗が頬をつたって胸元へと落ちていく。
どうしよもない痛さだ。だが、ここで立ち上がらねば4度目5度目の追撃が来る。そうなってしまえば彼らの晩ごはんになるのは決定事項であることに等しい。
胸が痛い、痛みに驚いたのか心臓がより力強く速く脈打つ。
幸か不幸か、そのおかげかはわからないが体に力が入ってくるのを感じた。
フェイントを駆使するイタチ。
より強い相手に知恵を振り絞って出した技なのだろうか。
より強い相手であると認めてくれたのであればそれは、とても光栄なことだろう。
ならば、全身全霊をもって戦うのが礼儀だ。
呼吸を整える。
すぅ、はぁ、すぅ、はぁ・・・
リズムは、大切だ。この呼吸のリズムが崩れると技の速度が段違いになる。
最高のコンディションを作り出せなくとも最高のパフォーマンスを無理やりねじ込むしかない。
準備は整った。
すぐに立ち上がったおかげでイタチは手を出してこなかったようだ。
にらみ合いが続く中で体勢を整える時間が作れたのだ。
さあ、はじめよう!!
一歩踏み出し敵のヘイトを誘う。
たまらずに先制攻撃を誘うことができた。
飛び込むイタチ、そして先程とはまた違う手でステップを踏みながら近づいてくる。
軌道を読みづらくして斬られまいとしているのだろう。
この先、これ以上の敵がいるのだろうか・・・
いや、いるだろう。ならばこんな初歩的な階層で初心をなぞるような相手に苦戦していては、今後が思いやられるというものだ。
敵の動きを捕らえろ、予測は認識するより速く行動に移せるがあくまで予測であって未来視ではない。
このような細かく速い動きをする敵のが確実にそこへとくるなんていう保証は頑張ったところでできるはずがない。
であるならばより速く、より正確に捉えて考えるより速く体に伝えて動くしかない。
ほのかな光が内に湧き出る感触がある。
時が止まる程の集中力を得たような感覚似たものが目の前で起きている。
スポーツなどではゾーンというらしい、自分自身でも驚きの研ぎ澄まされた集中力は、イタチの毛並みから筋肉の動き、爪の角度までをも見据えることが出来た。
ここだ。
斬る!
斬る!!
斬る!!!
切り上げから勢いを殺さず横斬り、そして持ち直して止めに兜割り。
3匹の動きは止まる。
血に濡れた刀、3匹の破片が6つになったのが視界に入った。
「はあ!!!」
気がつくと周りは血に濡れ刀は真っ赤になっていた。
その場にぺたりと座り込み速すぎる鼓動を必死になって抑え込む。
やがて呼吸が整い真っ赤に濡れた刀を優しく拭いて鞘へと収めた。
大蜘蛛との戦いで死にかけた時にみた走馬灯のようなものを意図的に引き起こしたような感覚だ。
ゾーンを意図的に引き起こすことなど可能なのだろうか。
さっきのような体感ではとてもながかったように感じる時間であったが敵の速度を鑑みても一瞬の間に起きていた出来事なのだろう・・・
目に入る全てを認識して行動に移すことができるなんてありえるのか。
いや、いま自分がやったのだからありえるのだろうけど・・・
考えても埒が明かない、できるのならばあのような感覚を常に引き出せるようにしておきたい。
「集中・・・・・・・・・」
うん、だめだ。
かわったような感じはしない。
とりあえず解体して先へ進むとしよう。
難しいことは後で考えれば良いのだ! 忘れなければ・・・
春人は、倒した3匹のイタチを解体し余った素材を埋めたりするなどして処理をし先へ進む春人。
2階層の道のりは基本的に森林のような構造になっているためとても迷いやすい。
そして3階層へと降りる道のりは、マッピングしたところ単純な経路でまっすぐ行って曲がるだけでついてしまうのだ。
しかし、故にそれ以外の道は、ほぼ未知の領域だ。
ここでマッピング領域を大きく広げて見るのも悪くはないが、先へと進んでみたいという欲求が心を突き動かしている。
結果、先へ進むことに軍配が上がった。
森林浴をするならばさぞ気持ちのいい場所である木々に囲まれた道を通り抜け左へ曲がり、暫く進むと人工的な石畳があるのを発見する。
そこが3階層へと降りる階段だ。
暗がりになっている螺旋状の石階段を降りて進んでいくといよいよ3階層だ。
3階層も1階層と2階層に比べて代わり映えのない生い茂る謎の森と謎の日光が照らし出す幻想的な風景であるが少し違う点がある。
それは急な斜面になっているのだ。
下るのではなく登るという謎もおまけについている。
見渡すとところどころ崖になっておりクライミングの技術が必要になるほどの場所もある。
「さて、登るか」
ここからは登山である。
魔界探索員の仕事はどこへやらといった程にひたすら登山である。
最初こそわくわくとどきどきで胸を踊らせながら登ったものだが持久力に乏しい自分の筋力は、登り始めてわずか10分で悲鳴をあげ座り込んだのはいい思い出だ。
その後に帰宅した後はとても悲惨であった。
寝て起きたら体が動かないという現象に苛まれたのだ。この謎の現象を仮にマッスルペインと呼ぼう。
普通に筋肉痛なのだが・・・
そんなこともあり3階層を攻略できたのは登って降りてを繰り返して8日程かかった。
おかげさまでよく筋肉が育ちました。
だけれど楽はしたいため、クライミングピッケルか杖がほしいのです。
こうして毎度のことないものねだりをしながら登り始める。
幸い魔物はなぜか出現しない。とても不思議な階層で先へ進むには登ることだけが必要なのだ。
────順調に登っていくこと2時間、もうお昼の時間になっていた。
これは自分との戦いだ・・・
最初の登りはまだ良い。だが、その後が鬼畜だ。
斜面に始まり、急斜面へと突入し、そして崖になるのだ。
クライミングである。
いくら崖に沿ってまっすぐ横に行ったとしても代わり映えのしない森林と憎らしい崖が隣でそっと恋人のように寄り添い続けてくれるだけだった。
そんな心遣いしなくていいんだよ自然体でいいんだよと告げたいが残念。それが自然体の崖だった。
包容力のない絶壁を目の前にすぐ別れを決意したいものだがそうもいかないらしい。
きっと4階層へと至るには崖という名の恋人にしがみつき登っていくことが必要なのだ。だがしっかりと登っていくことを決意したのは、登山開始から4日目のことだった。
寄り添い続ける崖に沿って歩いていて気づいた。
一周したって・・・
よく見ればふもとには3階層へと降りてきた石畳の作りをしたものが森林越しにちらりと見える。
絶望であああああああっと叫んでやれば気も晴れただろうがそんな気力はなかったのでそっと帰った記憶がある。
そして4日目に登ることを決意したのだ。
落ちたりして死にかけたが幸い、致命傷となる怪我はしていない。
危ないこともあったが木がクッションとなったりしていい塩梅に地形が自分を助けてくれていた。
命綱、そんな高価なものなんてない。あるのは己の肉体と高所にいることを耐える精神力。
そして腕を痛めたり背中が筋肉痛になったりしながら登れる場所を模索して登り降りを繰り返しようやく8日目で山頂までこれたのだ。
もはや山頂、そして広がる景色は謎の光の照らされた洞窟の鍾乳石のような天井だった。
あまり、綺麗かどうかと問われると微妙と言わざる負えないが異界の一端を垣間見たような不思議な感じになれる。
今回も山頂まで上り詰めた春人。所要時間は2時間50分だった。
新記録だ。
今まで3時間かかっていたが10分短縮できた。
これは何かしらの種目でオリンピック出場も夢じゃないぞ。と思ったが以前のオリンピックと比べてしまうと今は・・・
異界出現後、身体能力が飛躍的に向上し魔物と戦えるまで人類は進化したのだ。
つまり超人なのだ。異界へ行った探索者は皆地上の人間と比べて飛躍的に身体能力が向上している。
謎なのは地上へと戻ると弱まるという点であるが、そのため兵器を揃えている数が国の力を表していた以前と比べて力を持つ個人が国と渡り合う時代がくるのではないかなどとも言われている程に強くなってしまうのだ。
有名な人だと、災厄の後に発足した日本防衛隊という部隊があったのだがそこに所属する齢80を超える永山 茂 (ながやま しげる)という老人が拳ひとつで屈強な魔物を殴り倒すというとんでもない力を有してるらしく今も日本防衛隊から名前が変わった同じ組織の旭日隊で八番隊隊長を務めているほどだ。
この老人の逸話は他にもあり、秋田県出身なのだそうだが秋田だけ災厄の魔物の被害が少なかったのだそうだ。
災厄の魔物も現れたらしく全長10mはあろう巨大な猿だったようだ。
だが、出現報告からぱたりと途切れ大猿の消息は不明となった。
そして消息不明となった数日後多数の拳で殴られたあとを残しながらひしゃげたようなボロボロの姿でみつかったとの報告があがり、それをした張本人であるなんてことを言われている。
ここまで、大きく身体能力が向上してしまうときっと今登ってきた崖ですらひとっ飛びなのだろうかと若干夢見心地な話だが、好奇心をそそられる。
いつか、そんな境地に自分も至ってみたいと・・・
もう守れたはずなのに守れないなんて悔しい思いなどしたくはない。今は自分の身を護るので精一杯だ。だが、いつか誰かを守らなくてはならない時がくるかもしれない。
その時のために努力しようとあれから決意したのだ。
刀を振るい、白(はく)と名乗る謎の犬に示された書物を解読して異界探索員になった。
景色を背に、目の前に見える4階層へと降りる洞窟を確認する。
石畳ではなく洞窟のような斜面になっている。ぐるぐると管をまくように下へとつながっているが崖に比べたらとても緩やかな斜面だ。
春人は、再び努力し始める理由をみつけ決意した思い出を胸に4階層へと足を踏み入れるのだった。
ガタガタと舗装が行き届いていない道路を走る車の中で2人の男女が話あっている。
???:「そういえばなんで旭日隊に名前を変えたのですかね?」
???:「ああ、総隊長の月嶋さんが何か言っていたけど忘れちまった」
???:「あはは、なんだか変わった名前ですよね」
???:「クライアントも変わって勢いのあるものにしたかったのだろうな」
???:「ところで今度の赴任先なんだが埼玉の日之崎市の異界も調査範囲なんだってね」
???:「そうなんですよ! 家からそう遠くないので久しぶりに行けるのが楽しみです!」
???:「人員が割けないからな、すまないが危険な任務になるかもしれない」
???:「一人で行動するのは・・・ 慣れてますので大丈夫です」
???:「何かあればすぐに応援を出せる体勢ではあるから連絡用の腕時計は必ず持っていくのだぞ?」
???:「はい!」
???:「・・・」
???:「どうした?」
???:「すみません! 腕時計忘れちゃったっぽいです!」
???:「まったく・・・」
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