第2話 -命の重さ-

 争っているそれらは、ひと目見てすぐわかった。


大宮異界は、魔界探索員の初心者にとってとても良い場所となる。1階層から探索しやすいように照明が整備されているところや洞窟のシンプルで基本的な構造が学べ探索のイロハが身につく。


そして何より、1種類しか現れないのだ。


昨日戦闘になりぼろぼろになりながらも勝つことが出来たランサラネア・レギーナは時間が経つと出現する魔物だがベノム・シデンド・アラネアは例外中の例外でめったに、というより上層で見られたら幸せが訪れるレベルの遭遇率だ。


幸せではなく死が訪れるの間違いかもしれないけれど・・・・・・


つまり通常大宮異界の1~5階層で出現する魔物はアラネアの一種類のみとなる。


それより上の階層はまた新たな魔物が出現し、特有の生態系を構築するのだが、1~5層は、その生態系が構築されていないにもかかわらずアラネアが出現する。


ここらへんに疑問を持つときりがないが異界の生態系調査は難航しており、今もいろいろな説が飛び交っている程に摩訶不思議な場所だ。


その摩訶不思議な場所に足を踏み入れて目の前で、生態系が循環するであろう現場を目の当たりにすると魔物もこの世界にとっては異物だが、生態系を形作る重要な因子になるのかななんて思わざる負えない。


今、目の当たりにしている光景は、先程倒したイタチが3~4匹の群れで1匹のイノシシを狩ろうとしている。


かまいたちが次々と鋭い爪を突き立ててイノシシに斬りかかり、イノシシは突進したりして暴れに暴れる。

イノシシと言ってしまうと少し語弊のあるこの魔物、見た目こそイノシシと言わざる負えない風貌ではあるが高さ2m、体長3mはあろう巨体な体を持っており毛皮越しからでもはっきりとわかる浮き出た筋肉と顎の両脇から伸びた像のような太い牙が特徴的だ。


一見すると無傷にも見える大イノシシの方が優勢にも見えるが、その実イタチの群れがリードしている。


その証拠に荒れ狂うイノシシの牙による攻撃を一度も受けず立ち回り着々とイタチの両手から伸びる爪で攻撃を与える。


あたったイタチの切り裂く攻撃はイノシシを鳴き叫けばせるほどに強烈なようだ。


そしてイノシシは走り回る勢いよく走ったとしてもすぐに追いつかれ切り込みを入れられ最期には轟音とともに木の根へとぶつかり動かなくなった。


「小は大をかねるってこんな感じなのかな」


自然界の法則にも等しい体躯の良さは強さの証という覆しようもないステータスを感じさせない見事な狩りだ。


あのイノシシは痛みに悶え耐えられずに絶命したのだろう。


俺もああはなりたくないものだ。


倒れたイノシシの周りに集まるイタチは、恐る恐る近づいていく。

死んだことを確認しようとしているようだ。


どっちみちこの場所を通らないと先の階層へは進めない。

ということは、やるならイノシシに注意が行っている今しかない。


荷物をおいて身を軽くし脇差を抜いて木の根に切れ込みを入れ、木片を作り出す。


姿勢をゆっくりと低くしてイタチの視界から外れるように近づく。

狩りの基本で言うなら銃を持ち出すのが王道なのだろうが、異界産のものがないわけではない。


だが、その価値は高くお金にものを言わせればできるのかもしれないが初級の探索員が手を出せる代物ではない。


なら、弓矢はどうだ?

なんて思っていた時期もあったがこれも却下だ! お金がない!!


矢もただではないしお金をかけたくない・・・かけられないのであれば矢を作る技術が必要にもなってくる。


ならば、この矮小な脳で考えられる答えはもう見えているも同然だ。


それは刀による近接戦闘一択、結局これに落ち着く。


音を立てないようゆっくりと近づく。


刀が届く5歩前の距離までこれたところで先程作った木片をゆっくりと上にふわっと投げた。



ふわっと投げた木片は円を描くように反対側へ落下し、その音にイタチが反応した瞬間、脇差を投げ地面を蹴り一気に間合いへと入って居合を繰り出した。


脇差は見事に避けられた。それでいい! イタチの避けた先に待ち構えているのは今の力で一番はやく出せる技。


居合だ。


「きゅあ」


そんな鳴き声が途切れるのと同時に2匹を真っ二つにすることが出来た。

前より早くなっている気がする・・・


今なら正面からでもとてつもない速さだったイタチの攻撃を受けきって倒せるかもしれない。


失敗するかもしれない。

だが、ここで踏みとどまっていてはこれ以上の敵が現れた時に煮え湯を飲むのは明白だ。


やってみよう。


抜刀した刀を握りなおし残る二匹のイタチに刃を向ける。


目を丸く見開き口をポカンと開けながらこちらの動きをゆっくりと睨みつけてくる。


二匹が二方向にわかれ取り囲むように春人を捉え、膠着状態が続いた。


仕掛けてこない。


いつもならここで素早く近づかれ長く鋭い爪の攻撃が来るはずなのだが、今日は来ない。



時間だけが過ぎていく中両者の時は止まっていた。

攻めるか攻めざるか、相手の動きをただひたすら見続ける。


最初に動き出したのは春人だった。

良し悪しのわからない戦いで勇気を振り絞って出た踏み込みは土埃を上げただ爪が鋭く長いだけのイタチに襲いかかる。


イタチは、悟った。戦ってはならない相手であると、自分たちに勝ち目などないのではないかと。


そう思考したときには遅く。自分たちより早く鋭さをました死神の刃に恐れ爪を前に出して受け止めようとした。


しかし、その手は悪手となる。イノシシの分厚い毛皮にだって通用する自慢の爪だ。


今日を生き抜くために幾度となく戦ってきた。研ぎ澄ましてきた爪が今、目の前で真っ二つにされ敵の刃が自分の喉元をスパッと切り取り視界が宙を舞う。


その光景を目撃した。一方のイタチは激高し一太刀振り下ろした前を向く春人に向かって果敢にも立ち向かうが、それを察したのか刀を持つ人間には背後からの攻撃は通用せず、仲間に振り下ろした斬撃が勢いを削ることなく自分へと向いていた。


一瞬にして片付いた決着、それは自身の成長をより身近に感じる1戦であった。


そっと刀についた血を拭い静かに鞘に収める春人。


だが、この時春人の心に湧き上がる感情は成長した嬉しさ、苦戦していた魔物を一瞬で倒すまでになった快感などではなかった。


「もっと速いはずだ」


まるで自分の動きはこんなものではないというかのような物足りなさだけがそこにあり、そんな残心をよそに転がる死骸は、たくさんの血を散らしながら物悲しく横たわっていた。


「この気持はいったいなんだろう・・・」

「ずっと苦戦していたイタチを余裕で倒せたのに達成感どころかどこか失敗をしてしまったかのような感覚だ」


腰にある解体用のナイフを取り出して倒したイタチの処理を済ませようとした瞬間に大きな足音がし始める。



「?!」


驚き地響きのする方向をみた。すると、そこには木の根に牙を突き立てながら倒れていたはずのイノシシが生き返ったように立ち上がろうとしていた。


「むおおおおおおおお!!!」


鳴き声は完全に豚のそれではなく牛であった。

大きさが牛だからなんとなく牛?って思っていた自分がいたけれど大きく鳴いたそれが牛っぽいとは予想外であっけにとられたが、半歩引いて鞘に収まっている刀を握り直す。


木の根に牙を刺しているイノシシは体中の血管が毛皮越しでも浮き出ているのがわかるほどに怒りが高まっていた。


顎をなんども上に突き上げようとしてとうとう木の根がえぐれ木片が飛び散る。


そしてこちらへと向いたイノシシは荒い鼻息をしながら何度も地面を強く踏みつける。


少しの間が両者を包み込んだと思った瞬間にイノシシは、突進を繰り出してきた。


「速い!!」


横へと飛び突進の勢いからそれたが、木の根と硬めの土がやつの足でえぐられたような足跡を残している。


「とんでもない力だ」


まるで、この地面でやつの力を受け止め切るには足りないと物語るようなえぐられ方をしている。


とても違和感を感じる。

前に戦ったイノシシはそこまでの勢いと力強さはなかった。その証拠に体から赤い湯気のようなものが出ている。


「いったいこれはなんだ?」


疑問を言ったとしても日本語なんて喋れる人はここにはいない。

今まで何度かイノシシと戦って来たが、こんな状態になる個体は初めてだ。


刀を握る手をギュッと力強くして気を引き締める。

体は熱く、心は冷静に。そんな言葉を胸にイノシシを見たその時、猛烈な突進が再度こちらへとやってきた。


単調な突進のためか避けるのには苦労しないがやつの軌道がそれてイノシシを見送るその一瞬、強く踏み込んだ前足で方向転換し牙をこちらへと突き立ててきた。


「うわ!!」


咄嗟に抜刀するも勢いよく弾かれ、後ろへと飛ばされる。

受け身が取れたためそんなダメージを受けなかったがとても厄介な相手になってしまった。


そしてイノシシはこちらへと一気に間合いを積め始めた。斧のような重くて勢いのある牙を刀で受け流す。


一撃一撃が重い、一回受け流すだけで腕がしびれる。

まるで昨日の大蜘蛛のような勢いだ。


反撃できずにただひたすらに敵の猛攻を受け流し避け続ける。我ながら逃げ足のような敵の攻撃を見切る技に関してはピカイチだと自負したいくらいに避けれてるように思う。


だが、そんな猛攻も長く続くことはなく次第に息を大きく荒らしながらイノシシの動きが鈍くなっていった。


「そろそろ反撃だ!」


そう言って腰に力を込める。

イノシシの突きが来たその時、牙を横へと力強く払い刀を真上に構えた。


それはシンプルにして強力な技、斬り下ろしだ。


全体重を腰を軸に刀へと乗せて振り下ろす。すると見事にイノシシの首へと命中し大量の血をあたりに撒き散らして倒れた。


次第にイノシシの色は薄くなりピクピクとしていた筋肉も静かになった。


高鳴った鼓動を鎮めるように近くにある木の根に腰をかけ休憩を取る。

こんな怒り狂った魔物を見るのは初めてだ。まるで血を蒸発させてこの先の命を縮めてでも生き抜こうと言わんばかりの猛攻だった。


骸を見て背筋が凍るのを感じる。今まで必死になりながら戦ってきて少し成長してから最初に立っていたところに戻ってきた時に少しの余裕を感じた。


余裕がある。つまり余裕がでたその先で新しい気づきがこれなのだろう。魔物も生きるのに必死なんだって。


魔物は人類に害をなす存在だと思っていた。

たくさんの人々を殺し、自分の家族をも奪った魔物が憎い。憎たらしくてたまらない。


だが、このような自然の摂理というのだろうか。生きたいという一点において自分たちとなんら変わりない生命であることを思い知らされるたびに魔物への憎しみが揺らぐ。


知っている。わかっているつもりだ。あの時の当事者でない目の前のイタチやイノシシは、自分の失ったものとは全くの無関係であり生死をかけた戦いにおいて敬意を払うべき相手であることは理解している。


だが、一度振り返るととても刃を向ける相手が可哀想に見えてしまい戦えなくなるのではないかと考えてしまう。


エゴなのだろう。自分たちが暮らす上で何千、何万、何億という生き物が死んだだろうに・・・

そんな現実があって自分たちの見えないところの生命のやり取りを機械的に行われてることに気づかないで日々感謝しないで生きているのは大きな罪なのではないだろうか。



そんなことを考えて立ち上がり解体を済ませる春人。



イノシシの数は多くはないが牙は高く売れる。どうやらここの異界にいる魔物たちは世間には知られていない種類らしく素材も珍しいのだが参考価格でしかどこも買い取ってくれないため安い。


得体のしれないものを使えるのか使えないのかわからないのに売り込んできて高値で買い取る物好きはいないのだろう。


希少なゴミを高値で買う人はいないということだと無理やり納得して売り込んでいるが内心納得してない。


もしも、イタチの爪やイノシシの牙が高値で取引できるのならFM店主のひげを引っこ抜いてやりたいくらいだ。


「つるっつるに引っこ抜いてやる」


変な決心を胸に立ち上がり持ち帰れない素材を一箇所にまとめて手を合わせ、その場を後にした。

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