第一章 -異界探索、上層編-
第1話 -大木の異界-
小鳥のさえずる声と眩しい光でいっぱいになる。
「朝か……」
疲労感は消えてすっきりしたような……でもまだ寝ていたいようなはっきりしない感じで目覚める朝は、立ち上がるのが億劫だ。
そんな邪念を振り払い立ち上がり、布団をたたむ。
部屋に差し込む太陽の光が巻き上げられた埃を見て、掃除はしてるんだけどどうしても巻き上がるんだな、なんて考えながら着替えを済ませた。
「よし! 朝ごはんにしよう」
先日は朝ごはんも食べずに朝早くから大宮へと行ったためか少し寝不足気味だ。
それに死にかけるような事案が2度も起きてしまってるのだから、今日は行きなれたところにしよう。
といっても近所にぽつんと現れた異界で、これも何度か足を運んだだけなのだけど……
その近所にぽつんと現れた異界は、何を隠そう第一発見者は自分なのだ。
災厄のあの出来事が起きてから死んだような寂しい日々を送り続けていた。
職場はなくなり復職もできず無職となって生活支援と炊き出しを糧にか細く生きる毎日を送った。
あの日見たしゃべる犬は何だったのだろう。
あれ以降家にいつくようになってしまった白柴は今、雑木林へと入っていったっきり丸4日戻ってない。
そのようなことが頻繁にあり、最初はとても心配したものだが何もなかったような顔をして玄関を開け泥のついた足で堂々と我が家に上がり込むのだから、犬といえど図々しいにもほどがある。
一方世間は、ネガティブな情報で一色となっていた。
まるでこの世の終わりであるかのようなムードが続いていたが、少しずつ前を向き始め立ち直りつつある人々の前に突如として現れた異界という存在が世間を賑わせる。
その異界という場所は一見入り口が洞窟のようで奥には魔物がいたり、貴重な鉱石が溢れるようにあったり、まだ見ぬ動植物たちが自生する。あるところでは未知の文明が建築したであろう古代の建造物がそびえ立つ。
そんなファンタジーチックで胸が踊るような場所が現れたのだ、足を踏み入れない者がいないわけがなく。
たくさんの人々が刺激やお金、欲望の限りを求め異界へと入っていった。
そして異界が出現してから間もないある日のこと。
「異界へ立ち入った人達が帰ってこない」
そんな事件が多発して多くの捜索願いが出され自衛隊員や探窟家、探検家、登山家などで編成された調査隊や捜索隊を派遣するが、そんな者達でさえ返ってこない者が後を絶たず、政府は災害後に傾いた政治体制の中で最期の力を振り絞り異界の立ち入りを制限する法律を設けたのだった。
その後、政治は崩壊し新たな指導者が立ち上がり、自衛民守党(じえいみんしゅとう)なんて党を立ち上げたりして異界の制覇とコントロール、安全確保を主とした政党が誕生した。
そして異界から国民を護る異界魔物対策機関という機関が設立し日本各地に10の部隊を送り込み異界の魔物討伐兼探索及び地域住民の安全確保が目的らしい。
いろいろと変わっていく世の中を見ながら日々日向ぼっこをして食べて寝てを繰り返していたのだがあっという間に時間は過ぎ去った。
気がつけばその機関は、旭日隊なんて名前に変わってるし、異界へはいるための国家資格は出来上がるし、世界は魔物で支配されただのなんだのたくさんの多くの情報が再び巡るようになるまで回復していた。
暫く経ってから探索員の資格を取得した日に家の近くででかい木が生えていたのを発見した。
「最近の大木は成長が早いんだなぁ、ついこの前までは更地だったのに」などと悠長に考えてたが大木の隙間はとても大きく地下へと続く階段があったのが近所の異界を発見するきっかけだった。
「よし! 刀よし! 防具よし! 荷物よし!」
たくさんの労力によって得られた報酬で新しく買えたものは、普通の物よりすごく輝いて見える。
見惚れながら防具を磨き続けていたらあっといまに40分経過してるのだから、時間というのは簡単に人を裏切る。
さてさて、今日は一体どんな探索になるのか。
そんな想像をするだけでわくわくして鼓動が高鳴る。
だけど、決してあの日のことを忘れて立ち直れたわけじゃないし、これからもあの日のことをずっと引きずりながら生きていくだろう。
今あるこの時を生きれない家族からもらった自分というこの体。
その贈り物を大切にして今日も冒険にでる。
徒歩5分、通勤時間としてはこの上なくホワイトカラーで経済的にも身体的にも優しすぎる場所にある異界。
第一発見者ということもあってどう呼んだものかと考えたが入り口が大きな木の太い根の間ということから大木の異界と呼ぶことにした。
その大木の異界は、入り口を中心に取り囲むように取って付けたようなバリケードが張られ中に潜んでいる魔物がいつ外へ出てきても良いような作りとなっている。
入り口はもちろん探索許可証をセキュリティーパネルにタッチして扉を開けるタッチパネル式だ。
ソーラーパネルで動いてるようで探索しててうっかり夜になってしまったらしっかり動いてくれるのか怪しい。
くたくたになりながら帰ってきてパネルに電気が通っておらず出れませんでは、その場で盛大に泣き崩れるだろう。
そうならないためにも今日も早めに探索を終えて帰るとしよう。
いらない心配をして足場の悪い入り口を歩いき中へと入る。
そこは以外にも湿り気はなくカラッとした涼しさがあり、外観が苔むしたような感じなのに対して気持ち良いくらいの空気が流れていた。
緑の匂いと大木の独特な木材の匂いが入り混じったところで1階層へと降りると中は明るく、地下なのに日がさしているような景色が広がっている。
太い根が高い天井から地面へと突き抜けている。
まだ、魔物の姿はない。
魔界探索員になりたての頃に初めて入った異界であるのだが、初心者の基本として知り尽くされたメジャーな異界であるところの大宮の異界や新宿の異界で肩慣らしをしてから、ここのような未知の異界へ挑むのがセオリーではある。
最初っからそのセオリーを踏みにじったため痛い目にあった。
先日行った大宮異界と違う点その1、自然の照明があるため光源を持っていく必要がない。
その2洞窟のような風景ではなく雑木林、豊かな森の中を歩くような自然溢れる場所であること。
そして、その3……ここが重要だ。
第一層から容赦なく、強い魔物が現れる。
来たようだ。草を揺らす音が近づく。
噂をすればなんとやら……
そいつは素早く動いていきなり一撃入れてきた。
だが、その動きに反応してとっさに刀を抜いて攻撃を受け止め弾く。
攻撃をした主は空中で体を回転させ器用に着地する。
長く鎌のような鋭い爪が両手首に1本ずつ生えており毛並みは焦げ茶色、尻尾は鱗のような毛で覆われ口を開けながらとぼけたような顔をしている。
イタチだ。
果たして、それがイタチなのかは不明だ。
細長い胴体に腹は白く光沢のある毛で覆われ、丸いつぶらな瞳は表情がなくとても狂気じみた素顔をしている。
そしてこいつの大きな特徴が威嚇しているのかわからないが、ずっとこちらをみて口を開けたままなのだ。
小さな牙が見えるくらいでそれ以外にはなにもない。
突出した武器があるわけでも……長い爪があるが、ただただポカーンと口をあけてとぼけたような表情を作るだけだった。
「一匹だけか……?」
そんなわけない。アラネアも2~3匹の集団で行動しているように、こいつも常に5匹くらいの単位で集団行動している。
だが、その数で襲われてはもうだめなのでは? なんて感じるが、こいつらは見事なまでに鋭く長い爪をもっているにも関わらず非情に非力で殺傷能力に乏しい。
それ故か、斬られるとひどい激痛に悶えるが傷はなく、出血もない。
最初は、倒せず体中をひっかかれまくり半べそどころか叫びまくりながら逃げたものだ。
まさにあの有名な妖怪であるところのかまいたちを彷彿とさせるような魔物である。
刀を構えて即座に反応できるようにする。やつらの強みは爪ではなくとてつもない速さにあるのだ。
痛みとは与えられれば与えられるほど命に別状はなくたってそれだけで死んでしまうほどに人にも動物にも耐え難い感覚だ。
それで5匹くらいにあの爪で全身を切り刻まれたらと思うと背筋が凍る。
お互いににじり寄り、徐々に間合いを詰めていく。
刀を持ち替え姿勢を整える。
イタチの姿勢前のめりになり勢いよく飛び上がった瞬間、すかさず縦斬りで刀をふるう。
だが、イタチは恐るべき反応速度でそれを見切り、既のところで避けた。
そして避けた反動を利用しこちらへと向かって跳躍する。
「ここだ!!」
わざと逆手に振り下ろした刀を反対方向へと切り上げ空中で身動きの取れないイタチをなれた手付きで一刀両断する。
「きゅうぅいいいいいい!!!」という力強い鳴き声とともにイタチの魔物が絶命するのを見送った。
この戦法は、初手をわざと外し敵に攻撃をさせるというリスクがあるが正攻法で、あのイタチと刀でやりあっても今の自分ではとてもじゃないが、あのスピードの生き物に一太刀入れることは不可能に近い。
それで捉えることができないのであれば考える前に反射的に動いてしまえば少なくとも脳から発せられる前の反射速度で切り上げることができるだろう。
そこでわざと刀の刃を上に向けるように持って切り上げることを主眼に攻撃をしたのだ。
刀についた血を拭いてイタチの細長い爪をカットする。
そしてもう一つお金になる素材がこのイタチから採れるのだが、それは革だ。
最初に革を剥ぎ取った時は、とてつもない抵抗感で鳥肌がとまらずなんどもやめたくなったが、今は慣れて先日ファミリアマーケットの店主から買ったナイフで剥ぎ取る。
剥ぎ取り終えた後、地面はところどころ土になっているため、そこを軽く掘って埋めることにした。
一度に5匹の群れ単位で現れることはあるが、その群れを倒してしまえばどういうわけか暫くはあうことはない。
今回は1匹しかエンカウントしていないため残り4匹か3匹はいるはずなのに視界には、まばらに地面へと突き刺さった大きな木の根だらけで何もいない。
おかしいと思うがずっと身構えているわけにも行かないため歩き出す。
1階層は、とても広く土と苔むした木の根が無造作に地面へと突き刺さっているだけの景色であるためとても迷いやすい。
マッピングが不十分で最初に探索した時はすごく迷ってしまったのがトラウマだ。
木と木の根をくぐりながら暫く歩いていると少し離れた場所で何やら大きな一匹の影と多数の何かが争うようなものが見えてきた。
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