第10話 -思い出と後悔-

 余興で俺のおでこに何度も肉球を叩きつけてたのかと少し問いただしたい気持ちではあるが、しゃべる犬が一体どんなことを本題として持ちかけてくるのか少し気になる。


「主は何かを成し遂げたい守りたいという思いで刀を握ったのであろう?」


「はい……」


「だが主は刀を握ったことも振ったことさえない。この時代は刀を武器なんて取らずとも暮らせるほどにとても平和な世の中なのだろうの。このうつり変わりし世で主はより強さをもとめるか?」


強さを求めるか?か、強さを求めて何になるだろうか。何も守ることが出来ずただただ失うだけ失って一人むざむざと生き延びた今は、死にも等しい地獄のような心の痛みが襲う世界が残るだけだった。


「もう……戦う気力ないんてない」


そうつぶやいた途端先程まで浮かべていた表情とは一転して悲しげな面持ちをした白(はく)が目の前にいた。


「そんな表情を見るのは何度目かの。私は観察者ではなくただの生き神だというのに、かような辛い出来事ばかりが起こるのはなにかの嫌がらせなのか。とても気持ちはわかるが春人よ……強く生きるしかないのだ」


「話……無いなら切り上げるよ」


「まあ待て人の子はせっかちでいかん」


さっきまで人のおでこを前足でペシペシしてた神様はどこの犬だ。なんて突っ込みを入れてやりたいがさすがにそんな行動を移せるほどの気力はない。


「本題というのは主の気持ちを確かめるというのもあったのだ。今やこの時、歴史の転換点と言っても過言ではない。二分された世界が今一度一つに戻ろうとし堕ちていった影共が再び這い上がろうとしてきておる。私から主に言えることはもはや一つだけだ」


「生きたくば刀をとれ」


「……」


「確かに今はなにもないであろう。あるもの全て失いつくしただろう。だが新たに作り進んでいく選択肢はしっかりとあるのだ。どうかその事を忘れないでくれ」


しゃべる犬に励まされるなんて前代未聞だろうな。


「しかし、神様がなんでそんなに気にかけてくれるの?」


素直に出た疑問がふと心から口にぽろりとでる。神様というのはすべからく平等で不平等に信者を扱う存在のように見ていた自分にとって目の前の自称神を名乗る犬に違和感を覚えていた。


「いずれ生きていたら戦わざる負えない現実に直面する。白縫の家の者には多少なりとも恩があってな。返せる時に返しておきたいのだ」


「恩?」


「そうだ。かつて野山を駆け巡りその日暮らしをしていたどうしよもない野犬に幸せをくれた。そんな些細な話じゃ」


「やっぱり犬じゃ……」


「我は犬ではない!! 元気がないくせにそんな減らず口は叩けるのじゃの!! まあよい。今は壊れて風通しがとてもよくなった社だが……直してほしいなんてこれっぽっちも思っとらんぞ?」


これは直してほしいアピールだろうか? 社の方を見ると若干しっぽをゆらゆらさせる犬の姿がこちらをちらちら見ている。


「刀が飾ってある間があったであろう?」


「ああ、なんか木の枠にはめられて飾ってあった?」


「そうじゃ! その枠のあった場所の下に厳重に保管されておる書物がある」


「書物……?」


「うむ! 必要になったらでよい。そこにはお主がその時欲するものが書いてあるだろう」


「欲しているものか……そんな時が来るのかはわからないけど教えてくれてありがとう」


「ははは、そろそろこの世界に留まっているのも限界での。生きてまた会おうではないか白縫の子孫よ」


そう言った途端に白い柴犬の体は更に白く輝き始める。やがてより強い光に包まれ直視できないほどに輝き光の粉となって周りに四散した。


「くぅ~ん」

「わんわんわん!!」


白い柴犬だけを残して……


「あの自称神様……犬だけ残していったのだろうか」


静寂に包まれた空間の中で目の前の白い柴犬の荒い呼吸音だけが響き渡る。


「っへ!っへ!っへ!っへ!っへ!」

「くうぅん?」


そんな困ったような鳴き声をしながらこっちをみて首をかしげられても、こちらも何がなんだかさっぱりわからない。


結局の所さっきのは一体何だったのだろうか。精神的に疲れているせいか幻覚まで見始めてしまっているだけなのか……幻覚を見ているという方がまだ納得の行くような光景だな。


とりあえず犬を背に荷物と刀を持って家に入り一休みする。



 

───刀だ。目の前に刀がある。それを手に取り振るうがうまく行かない。目の前に白い霧で包まれた人がいる。


何かを教えてくれているようだが何がなんだかさっぱりわからない。

だが、何をしているのかはわかった。


刀を振っているのだ。

その振る所作一つ一つが綺麗で一つの型として成り立っているのがわかるほど美しく力強いものを感じた。


俺に振れることができるだろうか・・・


両の腕に握りしめられた刀を振り上げ霧に包まれた人と同じ動きを繰り返す。


何度も、何度も、何度も、何度も、不思議と息が切れることはなく刀を振るい続けることができてやがて満足感が心の中を満たす。


そしてはっきりと刀を振るうことが出来た瞬間目の前は見慣れたテーブルが目の前にあり向こう側には台所があった。


「夢・・・?」


どうやら眠ってしまっていたようだった。


返ってきてから家のものをチェックしてみはしたが震災後ということもあるのか電気がつかず水道も出ない。もちろんガスも出ない。


ライフラインが絶たれているのだ。

今ある食料といえば即席ラーメンがすこしと冷蔵庫に保管してあった1リットルペットボトル2本分ほどの水だけだった。


とてつもない心もとなさで、すぐさま絶望を感じリビングで椅子に座り、そのまま眠ってしまっていたようだ。


現在の時刻は夜中の21時、外も家の中も真っ暗で星の輝と月明かりだけが家の中を照らし出す。


「あ・・・ あの白柴犬どうしたのかな」


思いつくように立ち上がり外を見渡すがなにもない。どうやらどこかへ行ってしまったようだ。


暗がりの中ぽつんと一人だけだと無性に寂しさが襲ってくる。今更になって昼間から眠り込むんじゃなかったと後悔しているが時既に遅し。


無駄に目は冴えてしまっている。


「そうだ!」


自分の部屋へと駆け上がりクローゼットの中にあった懐中電灯を暗がりの中一生懸命探して引っ張り出し神社へと向かう。


「あの白(はく)とか言う神様と本当に出会っているのだとしたらきっとあるはずだ」


神社の中へと入る。


大きく穴の空いた神社は月明かりに照らされかすかに中が見える程度には明るいが懐中電灯で刀があった場所を照らし出すと刀を飾っていた古めかしい台があるのがわかった。


よく調べてみると何もなく少し持ち上げて見ようとした瞬間妙に軽い台であることがわかった。


大きさとしては自分の体躯よりでかく頑丈で重そうな見た目をした古めかしい装飾の施された木の箱なのだが持ち上げて動かしてみると壁にあたっていた方の裏側は扉になっていたのがわかった。


「どうやら鍵はかかってないみたいだ」


そして扉を開けた瞬間何者かが近づいてくる音がした。


トットットットッと軽めの足音を立てながらリズムよく近づいてくる。

振り向いた時に何がいるのかはっきりとわかった。


犬だ。


暗がりでよくわからないが昼間のあの白柴だろう。


「ごめんな。おまえもいくところないんだよな」


「くぅううん?」


同情でかけたはずのセリフを空回りさせる腑抜けた返事。


少し間の抜けところがしゃべっていた時と違う。


いや、今はこの扉の向こうに何が入っているのかがとても気になる。


ゆっくりと埃っぽい扉の取っ手のような部分を持って開いた。


すると、中には6冊のとてつもなく古い書物が出てきた。

表紙には「不知火之巻」と書かれている。


古い冊子で巻物ではない。


開いてみるとミミズが這いつくばっているような字で書かれているため何が書いてあるのかさっぱりわからない。


それぞれのページを懐中電灯で照らして見るがやはり何が書いてあるのかは不明のままだ。


だが下から二段目に重ねられて置かれていた書物に一部だけ書かれていたものが読めた部分があったのだ。


「四之技、天雷一閃(てんらいいっせん)……」


白曰く、内なる光の源泉より生まれし流れを両の腕から全身へと集中させ怨敵を一刀両断せしめる抜刀術にあり。

この術は、体と心を一体にし技を成す。高い練度を求められ未熟者が技を扱えば成り立たずに終わるか、たちまち体は壊れていくものなり。


「ここに書いてある技は……」


あの地震が起きた日にこの神社で戦った黒い化け物を倒した時、口から自然とでた名前の技だ。


だが、この部分だけ読めるのと技を扱ったことの関連性は偶然ではないような気がする。

現にこの部分以外の文字は、奇々怪々でミミズが這い回っているような字面にしか見えない。


それに、どういった字なのかすら認識できない。


「欲しい物がどうのこうの言っていたけど、読めなきゃ意味がないではないなぁ」


そんな愚痴をこぼしながら本をそっと閉じて元あった場所にしまい、白い柴犬の方に向かってつぶやいた。


「戦う……か」


あんな化け物たちを相手にということだろう。

そんなことが果たしてできるのだろうか。


社から出てでこぼこした道を歩きながら考える。

家に入り暗がりの中自身の部屋へと上がる。


あんなのと戦うことはできないだろうけど少しずつ変わっていく必要があるのは確かなのだろう。

だけど、今はまだ思い出に包まれながらこの大事な家族のもとで育ったという幸せを味わっていたい。


暗い中で瞼の裏は、今まで暮らしてきた数々の思い出でいっぱいになるのを感じ自然と頬に涙が流れたところで懐中電灯を切った。


もう大切な家族はいない。

今は、そんな家族からもらった体と思い出を大事にすることしかできない。


思い返すたびに「こうしたら良かった」、「ああすればよかった」、「もっと良い選択ができたんじゃないか」という後悔がしてもしきれないほどに頭の中を支配する。


薄暗い部屋の中でゆっくりと目蓋を閉じ「少しずつでいいから変わっていこう」と決意で心を満たした。



過去編 -災厄の始まり-   


               ー完ー


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