第9話 -陽光の元-
目を閉じた先で微かに声が聞こえる。
うっかりしていたら聞き逃しそうなほど小さな声だ。
「君は、もう刀を握らないの?」
「ああ……俺はもう何もしたくない……」
「そうか」
力のない声は、もう一度刀をとれと言わんばかりに説得をしてきたように聞こえた。
今となってはとても耳障りで聞きたくない。
そしてふとした疑問が湧き出す。
夢見心地な世界の中で暗闇にいた自分が誰かと対話しているのではないかと。
いったいだれと?
この声は、きっと数日前より初めて聞いた声だが以前から、もしくは遥か昔から聞き慣れた懐かしさを感じていた。
この声の主が一体誰なのかを疑問として持つことはなかった。けど、その違和感に気づいて初めて疑問に思う。
「あなたは……だれ?」
「私か?」
この問いを投げかける相手が他にいるのだろうか。
自分の意識は朧げではあるが相手が得体のしれない何かであるのに今更寒気がする。
「そうだけど……」
「ははは!! そうだね。名乗らなかったね。私は────」
声の主が誰なのかを聞く前に意識が薄れていきはっきりとは聞き取れなかった。
「もう眠いや……」
諦めにも似た眠気は、ゆっくりと体を休ませた。
あの災害から幾日か経ち退院してから世間の情報が入ってきた。
そこで、ようやく知ったのだが世界は大きく変わっていた。いや、世界は、ほとんど変わっていた。
災害後に出現した生物をクリーチャーと名付けたり、魔物と言ったり、悪魔って言ったりいろいろとごちゃごちゃとしてたけど魔物で最終的には統一させられ一部では、まだ未確認生物と呼ばれていた。
そして、この災害の被害規模の算出不能であることに加えて推定死傷者数が数百万人……いや数千万人以上であると被害甚大。
医療は崩壊しインフラは崩れ物流がストップし電気の供給、水の供給、食料の供給ですら満足に行うのが困難であることが現実となった。
今、こうして入院できてるのでさえ奇跡に等しいのではないかと思うほどに世間は、災害の後大きく傾いた。
さらに、この事態に拍車をかける出来事が起こったのは多数の魔物の出現に加えて天変地異にも匹敵する強力な魔物が各地で出現していた。
まずは東京で体長数百メートルにも及ぶ巨大な鎧を身にまとったトカゲが現れ、関西では燃える大きな山羊が走り回り、北海道では機械仕掛けの孔雀が周りを焼け野原に変え、九州では岩状の巨人が都市を穴だらけにしたそうだ。
だが、そんな絶望的な状況の中でも一筋の光となるような出来事が起きたのだ。
それは英雄達の存在である。
この者たちは、9人の老若男女達が天変地異にすら匹敵する魔物達を前に、勝つことなど不可能とも思える圧倒的な状況で剣、盾、弓、槍、斧、短剣、鉄槌、大刀を用いて強力な魔物たちを屠ったのだ。
そして、英雄達を中心とした日本防衛部隊が発足し魔物の対策や国家安全対策に大きく貢献するのはまた別の話。
自宅から離れた東京の病院に入院していたから徒歩で自宅まで帰るのは難しいだろうということで防衛省の前原さんが、自衛隊の車を使って送り届けてくれたのだ。
「それではこちらが白縫さんの荷物です」
車のトランクから取り出された荷物は災害当時のぼろぼろになった仕事服と厳重に鍵をかけられ保管されていた刀を手渡された。
そしてiFunを手に取り電源を入れようとしたが画面は割れ操作できないくらいにボロボロだった。
「ありがとうございます。本来なら病院にだって入れるかどうかって時なのに……」
「まだ対応できる時期だったっていうのもありますが、不可解なことが多かったですからな!」
そう笑顔で答える前原であったのだが一瞬だけ間をおいてから真剣な表情で切り出す。
「白縫さん……どうか今一度考えてくださると助かります。日本は災厄の魔物が討伐されたとはいえ多くの課題があります。それに魔物の残党を狩るだけでも精一杯なのです。こちらの勝手な申し付けではありますが!! どうか私達にその力をおかしください」
一度や二度、幸運で生き延びたに過ぎず、戦いの場では素人同然の人間に助けを求めざる負えないのが今の日本の現状なのだろうか。
できれば助けてあげたいとは思う。だが、そんな気力が湧き上がるほど自分の心は強くない。
もう魔物に立ち向かう勇気も、力も湧いてこないのだ。
「すみません……私にはできないですよ」
「そうですか……何度もお尋ねして申し訳ないです。ですが何か困ったことがありましたらいつでも名刺に書いてある連絡先に電話でもなんでも入れていただけたら答えますので! その時はまたよろしくお願いします」
「今回は、いろいろとありがとうございました」
「それではまた!」
そう言って少しやるせない表情を浮かべた前原は、車へと乗り込み去っていった。
もう秋を超えてるっていうのに夏の暑さが残っているのか妙に暑い。
静かに太陽の光が強く照りつけ誰もいない家の寂しさをより強調させる。
「ただいま……」
当然何も返っては来ない。
敷地にある階段をあがって玄関へとたどり着く。
埃っぽくなってしまった。
何日か開けてるだけでこんなにも古びてしまうのか。
とりあえず刀の保管をどうするか……元の場所に置いておくのが一番いいのかな? 社(やしろ)は人型の黒い魔物との戦いで勢いよく突き飛ばされた時に穴が空いちゃったんだよなぁ……
家においておくしか無いか。
それに夕飯はどうしよう、今って食料とかどうすればいいのかな。
とりあえず今は疲れた。
ゆっくり寝たい。
そんな考えを巡らせながら玄関の鍵を開け中に入ろうとした瞬間背後に何かがいるのを感じた。
さっと振り向くと真っ白な柴犬がそこにいた。
陽光に照らされた体は光に包まれずんぐりむっくりな体に対して済ましたような顔の柴犬……だ。
多分柴犬だ。
「犬……?」
そうつぶやいた時、その白い柴犬はトコトコと短い足でこちらへと歩いてきたのだった。
「ワン!」
首輪もない。
こんなときだからどこかの家から逃げてきた柴犬なのだろうか。
そっと近寄りしゃがみ込んで犬と同じ目線になる。
「お前も一人なのか?」
自分からでたこの一言で目頭が熱くなる。
次第に涙が溢れ始め目の前が曇ったその瞬間。
白い柴犬は、高らかに前足を頭の上へと持ち上げ勢いよくペチン!と音がなるほどの勢いでおでこを叩いた。
「────へ?」
両者に沈黙が訪れる。
「慰めてくれてる……のか?」
ぺちん! と再度大きく上げた前足でもう一撃入れられた。
なんなんだこの犬は……
そんな疑問を胸に硬直していると「わんわんわんわん!!!」と盛大に吠え始めた。
「わかったわかった! お腹が空いたんだね? いまなにかないかもってくるから」
そう言って立ち上がろうとしたその瞬間、次はジャンプして高らかに上げた前足が再び、おでこにクリーンヒットした。
体勢を崩し倒れる。
「いってて……なんなんだこの犬……」
直後にわんわんとまた吠え始め、刀の入ったケースから起用に前足を使って刀を取り出し始めた。
「……?! き、器用なんだね?」
「バウ!」
刀の鞘を咥えながら持て!! と言っているような表情をしている。
いやはや、防衛省の役員の人から戦ってくれないかと言われ最終的には犬からも戦いを強要されようとは、ここ十数日で犬の知性も世の中も変わり過ぎではないだろうか。
仕方がないのでとりあえず刀を握ろうとし刀と手が触れ合った瞬間全身に光のようなエネルギーが走った。
いきなり強い光りに包まれ、ようやく冷静な思考と視界を取り戻すことができた時、目と耳を疑うような光景がそこにあった。
「ようやく聞こえるようになったか!! まったく……白縫の家の者は皆動きが鈍くていかん。唯一しっかりしていたといえば智鶴(ちず)だけだったの。ただ、あの者もおっちょこちょいな所があったがな!」
「……」
耳を疑い涙で濡れた目を拭い何度もそこにいる柴犬を見る。
どうやら間違いではないようだ。
「犬が……」
「あん?」
「犬がしゃべった!?!?!?」
「犬ではないと何度も言っておるだろう!!!!」
高らかに地面を蹴り上げ短い前足をまるでバレーのアタックを決めるかのようにおでこへとヒットさせた。
「ぬあ!!」
「犬ではない! 断じて犬ではない!! 私は由緒正しき血統の狼だ!!!」
「どっからどうみても柴犬……」
「たわけい!!!」
再度叩かれた。
だが随分と前足を器用に使う犬だ……
「お主……また犬だと思ったな?」
「なぜそれを……」
「図星であるか!!!」
そしてまた叩かれた。
わけがわからない。
ここ十数日の出来事はとてもSFチックでファンタジーあふれる青少年の胸躍るような内容かもしれない……悲惨な現実から目を背ければそうだとも思えるけど……
そのようなファンタジーなことが現実に出てきたことに加えて、ありえないことがもう一つ目の前で起きている。
幻覚……じゃないよな。
犬がしゃべる幻覚……
アニメやドラマ、空想の世界では幾度となくそのような生物は登場してきている。
小動物が喋り主人公に魔法の力を貸して巨悪を打ち倒すなどの話は王道中の王道だと思う。
だがそれはファンタジー世界での話だ。
そんな受け入れがたい状況の中で目の前にいる自称狼であるところの白柴は、行儀よくおすわりしていた。
「主よ。名は何という」
「え? 名前?」
「そうだ名前だ。ほかに何があるというのだ」
「いや、ごもっとも……白縫 春人(しらぬい はるひと)です」
「白縫の家の者であることに間違いはないか。ようやく現世の光子が濃くなって自身を顕現出来たと思った時に刀の荒い使い方と身を壊すような振る舞いをされてはかなわん。春人よ……剣術はだれが指南しておるのだ? 指南者がいるのならば顔を見ておきたいくらいだ」
「剣術……指南者?」
「初めて聞くような顔をするでない! あれだけ剣の腕前を競い合っていた家なのだ。多少時は経ったとしても磨き続けておるのだろう?」
「いや えっと……話しづらいのですが刀なんてこの前握ったのが初めてですよ?」
その瞬間、犬の顔が凍りついたように固まった。
犬の顔が凍り付くというのもなにか変だが、とりあえず凍り付いていた。
「それはなにかの冗談ではないのか? 私が以前、主の顕現したときは……」
「顕現した時……というのは知りませんが、そもそも今の時代の日本で武器を持って戦う。なんてごく一部の許された人間にしか出来ないかありませんよ?」
「何ということだ……あれだけ指南しあれだけ教えと鍛錬を重ねてきたというのに……なにも残っておらぬというのだな?」
「お気の毒ですが……」
「うおお!!私は悲しいぞ!! この刀に込められた力をお主も知らぬ訳ではあるまい?」
「力? いえ全く……」
「わおーーーーん!!!!」
「?!」
いきなり遠吠えをし始めた自称狼。
何がなんだかさっぱりわからない。
こいつは一体何なのか? なぜしゃべるのか? なぜ柴犬なのか? 疑問符が付き放題の存在は更に謎でいっぱいにする。
「あの……? そんなに大事だったのですか?」
爆弾を踏んだ。
ギロリとしたつぶらなひとみを向けられ思わずかわいいなどと思ってしまったが必至の形相から一転して落ち着きを取り戻し語り始めた。
「何も聞いておらぬお主に何かをぶつけたところで虚しいだけであるな。そうか……お主は何も知らぬのだな?」
「ええ……特別なにか知ってるわけじゃないです」
「2つの灯火が消え残る灯火もか弱い存在とは……この先が思いやられる……」
何を言っているのかわからないけど……とりあえずけなされているのだけは何となくわかった。
「悪かったですね」
「であるからしてこう言ったところで何も始まらぬな。智鶴(ちず)殿も『どんなに下向きな時だったとしても常に心は前を向き続けることが要ですよ』なんて言ってたからの零からの歩みであってもくじけることはない。積み上げてきた刀への記憶がまだあるしの……」
「そうですか……」
記憶って刀を手にしたときにみたいろいろな景色のことかな。
「まあよい。とりあえずは子孫に会えたことを幸運と思うのが一番であるな。そういえば我のことを知るのも初めてであるのだったな。名乗らずにいた非礼を詫びよう」
おすわりした状態から頭を地面に向けるその様は、とても可愛いのだがここで何かを言ってしまえばまた前足がとんで来るだろうからぐっと堪える。
「我の名は白(はく)。もしくは戌方之神(じゅつほうのかみ)とも呼ばれていた」
「ということは神様なのですか?!」
「まあいつの世も神と聞いて想像する神と違うが少なくともお主が考えている神というものの神ではないだろう。少し余興に時間をとりすぎたが、ここからが本題だ」
そう言い本題へと以降しようとした目の前の白柴は、おすわりの体勢からふせの体勢へと移行し、これから始まる話が長そうであることを暗示させた。
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