第8話 -続く灯火-
にらみ合いが続く。今か今かと繰り出してくるだろう攻撃に備えていた。
雷が鳴る。
雨が降り出す。
小学校の前で繰り広げられてるにしてはとても血なまぐさい戦いの光景が広がっていた。
一瞬のうちに2人死んだ現実を叩きつけられる。
一人は頭を爪でえぐられ、もうひとりは腸をほじくり返されたかのような切傷が目立つ。
もう助からないだろう……
日常生活を普段通り送っていたのだとしたら十中八九絶叫物であること間違いなしの光景だろうな。
けれど、そんなものが目の前に広がっていたとしても何故か冷静にこの状況を見ることが出来た。
すると後ろから声がした。
「早く! 早くトラックへ乗ってください!! 早急に避難を開始します!」
「応援を! 日之崎市、日之崎小学校にて特定未確認生物を発見! ただちに応援を!」
自衛隊の人達が避難を呼びかけ応援要請をしている。
今感じるこの違和感の正体は、この獣に銃弾が通用してなかったという事実だろか。
そして隊員2人の惨撃を目の当たりにした人達は決して近づいたり助けに入ることなど出来ないだろう。
ならば、いま獣の近くで刀を握っている自分が、さっきの奇妙な生物を刀で倒した自分が、いかに時間を稼ぐかということに後ろの人達や父さんと母さんの命がかかっているのではないだろうか。
俺と獣の一騎打ちになる。
仕方のない事だ。
足が震える。
傷ついた腕では刀を握ることも精一杯なのに対して、舌なめずりをしてどう食い殺してやろうかとこちらの出方をうかがっている獣。
どちらが捕食者であるのかは明らかだった。
諦められない。
背後には生きていてほしいと心の奥で思っている大切な両親がいる。
ここで倒れて後ろにいる無防備な人達をこの獣に襲わせるわけには決していかない。
意思を強く持て。
何のために刀なんてもってここに立っているんだ。
「さぁあ! こい!!!」
自身を鼓舞するように叫ぶ。
獣は、コンクリートの地面をえぐるように蹴る。
フェイントをかけながら鋭い爪を前に突き出しで攻撃を仕掛けてきた。
残る力を込め敵の攻撃を受け流し反撃する。
すきを作るため思考を極限まで加速させる。
これも戦いと呼べるのかはわからない。
さっきの化け物と戦った時だって勝てたのは奇跡に近いんじゃないかな。
たまたま敵の攻撃を交わして、たまたまうまい具合に居合斬りが決まって勝利を掴み取ったに等しい。
全部、たまたまって名前の運によるものだ。
それじゃだめだ。
圧倒的な実力差を目の前に運に頼るのは愚策。
分析しろ。
刀とはどう扱う? 刀でどう戦う? 力の入れ具合、姿勢、呼吸、敵の筋肉の動きから骨格の特徴まで全てを把握しシミュレーションしろ。
緊張なんてしている場合じゃない。
過度な緊張はパフォーマンスを落とす。
一歩、また一歩と獣は俺を追い詰める。
そして雲の隙間より光が溢れた瞬間に刀と爪がぶつかりあい鍔迫り合いのような状態になる。
だが、力は圧倒的に獣のが有利だ。
力で押し負けながら姿勢を崩すまいと後ろへ後退しながら敵の攻撃を受け流した。
隙がない。
攻撃の合間は次の攻撃につなげるために無駄がない。
連続する攻撃を受け流していくと筋肉が悲鳴を上げていくのを感じ、呼吸は乱れ疲労で目の前が震える。
「ここで倒れるわけには行かない!! 俺はまだ戦える!!!」
そんな負け惜しみじみた雄叫びをするのもつらい。
また一撃、二撃、三撃と受け流し獣がバックステップをした。
バックステップした後は、すかさず全力で突進をしてくる。
鋭い爪を受け止めることには成功した。けれど獣の圧倒的な重量に容赦なく畳か叩きつけられ小学校の塀へと激突し塀が崩れ瓦礫に埋もれた。
土煙が舞う。
瓦礫を突き抜けた獣が遠吠えをする。
「ぐぉぉおおおおおおお!!」
勝利を確信したかのような遠吠えだ。
獣の形をしているが今まで聞いてきたどの生物の鳴き声ともちがう不気味な遠吠えだ。
くそ! ここまでなのか?
────次は奴らだ。
そんな視線をトラックにいる人達に向ける獣。
瓦礫め、俺はまだ。
まだ戦えるぞ!
少しずつ歩き突進をする姿勢を取った瞬間に獣は立ち止まる。
そして後ろをちらりと見る視線の先には押しつぶし瓦礫に埋もれたと思っていた人間が生きていたのを不思議がるように見開いた目をこちらへと向けた。
立ち上がる。
最後の力を振り絞り、残された血とエネルギーを一滴も余さず使い切るために……大切なものをなくさないために立ち上がる。
瞳に光はない。
意識を保つだけで精一杯な体にムチを打ち刀を構える。
「力がほしいか」
そんな質問が脳裏を駆け抜ける。
「そんなのほしいに決まっている。ここが最期になろうと構わない! 守り抜きたい!!」
刺し違えてもやつを止める……そう心のなかで決めた強い決意で胸を焦がす。
体の内より湧き続けている力があることに気づき思い出した。
あの時の居合に似た力だ。
刀がやれと……いや、やれると言っているんだ。
呼吸を整える。気持ちを落ち着かせる。水面を揺らさないような静かな心をイメージした。
刀の速度を極限にまで高めろ。
そしてゆっくりと上段で構えた。
光が溢れていく。
ひとつ聞いたことがある不知火という怪奇現象のことだ。この不知火という怪奇現象は海の地平線の近くで親火をもとに左右に一つまた一つと広がる灯火が見えるのだと……
この刀の名前の由来ってそういうことなのだろうか。
また一つ、また一つと光が漏れ出していくその光景は、神秘的で芸術作品としては申し分ない。
いくつもの意思が交差し、交錯して一つに交わる。
────守りたい。
その意志に統一された力は全身へと染み渡り、今までにない感覚を覚えた。
獣の雄叫びが聞こえる。
猛スピードで突進してくる。
これで最期だと言わんばかりの力で向かってくる。
ここに全てをかけろ! 刀全体に全ての力を集約しろ! 体重、腕力、脚力なんでもいい。
魔法でもなんでも使ってやる。
だから、ここであの獣を仕留めるんだ。
もう、一振りしか刀を振るえない力は残されてない。
せめて、せめて最期の一撃くらいは悔いの無い力で……
突進する獣に向かい走り出す。
ぶつかり合うその刹那、獣の爪を払い腕を切り落とした。
獣は叫ぶ。
だが一歩も惹かずもう片方の腕で一撃加えた。
傷は浅い。
少し怯んだ獣の隙を逃すまいと次々と刀を振り下ろしていく。
自分が傷つこうがお構いなしに上段からおろしたならば下段より切り上げ、横に斬り払ったのなら逆方向へと反転させ斬り伏せる。
そして、数十連撃刀を振り下ろしただろう頃に決着はついた。
獣の身体を斬り刻み。動かすことのできる筋肉に力を加えても動けないほどに斬り込んだ。
最期に顎へと突き刺して獣を絶命させる。
「これで……終わりだ……」
獣の全体重がのしかかる。
春人は獣が地面に倒れゆくのを見守り、その場に倒れた。
「だい……すか!」
「……じょうぶですか!!」
薄れゆく意識の中で誰かが呼びかけてくるのが聞こえる。
「大丈夫ですか!!」
はっきりと聞こえてきた言葉にうなずき体を動かそうにもうまく立ち上がることが出来ない。
「立ち上がらないでください! 失血がひどいです。今タンカーを持ってくるので寝ていてくださいね。あんな獣相手に刀一本で立ち上がるなんて無茶ですよ……」
「そ……うです……かね……?」
ろれつが回らない。
意識がふわふわとしている。
だが視界はクリアだ。
「そうですよ! ですが……ありがとうございます。おかげで助かりました」
「よか……った……」
「いまから医療班が応援に来てくれますのでそれまで辛抱していてください」
ゆっくりとうなずいた。だが、すべてが終わったように見えた状況において再び立ち上がらなければならない状況が襲いかかる。
とどめをさしたはずの獣が立ち上がったのだ。
生きも絶え絶えな獣はフラフラと前足で姿勢を整える。
自衛隊員達は、狙いを定め銃撃を始めるが獣は一切の防御態勢を取らないでいた。
そして、獣の背にあるクリスタルが突如真っ赤な光を帯び輝きを放つ。徐々に周囲の気温が上がり膨大な熱量を帯び始めていった。
その光は周囲の大気が震え熱風を巻き上げ爆発に似た衝撃を生み出す。
獣自身の体が燃え始め最期に一矢報いようとする覚悟に満ちた表情は何かを叫ぶことも許されず全身が炎に包まれた。
嫌な予感がした。
「だ、だめだぁあ!!!」
立ち上がれないはずの体を無理やり立たせ刀を握りしめ獣へと向かう。
一点に集約された光は凝視するのもはばかるほどに輝き、その光が臨界点へと達したかのような時にトラックへと光線が照射されたのだった。
照射された爆風で吹き飛ばされる。
そして近寄ってきた2人の自衛隊員も強く吹き飛ばされた。
トラックへと放たれた光線は一瞬何も起こってないような時間を経て数秒してから周囲を巻き込むほどの大爆発を引き起こした。
「っう……っく……」
どのくらいの時間経ったのだろうか、体中が痛い。
それに獣の光線?のせいでやけどのような痛みが皮膚から感じる。
ゆっくりと体を持ち上げ視線を向けた。
その先に残り火が点々とあるのを確認し、この世の終わりみたいな光景がそこに広がっていた。
そして心臓がヒュンっと引っ込むような感覚がしたのと同時にあることに気づいた。
「っは?! 父さん……? 母さん……?」
刀を杖にして立ち上がろうにもうまく立てず這いつくばりながらトラックのあった方向へと向かう。
「うそだ…………うそだ!!…………うそだうそだうそだぁああ!!!」
次第に現場へと近づき、ここが皆が避難するため乗り込もうとしていたトラックのあった所だということがわかった。
見回しても無残に破壊された残骸が飛び散っていて焦げ付いた死体の破片のようなものが周囲に散乱しているということだけがなんとなくわかった。
亡骸をどかしてみてもなにもない。
名前を呼んでも返事がない。
あるとするのなら自分だけがここにいるという虚無感がそこにはあった。
動かすことの出来ない体と耐えきれない現実を目の前にして心がプツンと音を立てる。肺に力が入らず声帯がすりへるだけ叫んでからゆっくりと意識を失った。
ここはどこだ。
淡い光が水辺を舞う。まるで日が沈んだ田舎の隠された湖や池でホタルが踊っているような光景だ。
歩き出して同じ景色が繰り返される中、目の前に映る光が次第に大きくなっていくのが見える。強く輝き出したシルエットは犬のような形を造り、こちらへと歩いてくる。
「犬だ」
そうつぶやいてしまった。
するとい白い光で包まれていてよく見えないが牙を向けてくるのがわかった。
どうやら威嚇されているようだ。
あまりにも夢見心地な感覚であるが妙な現実感がある。
威嚇は続く。
目の前にある光り輝く犬をなだめようとしてみるが痛い目にあうだけだった。
「私は怪しい者じゃないよ?」
「!!」
「ん?! いってえい!!」
噛みつかれた。なぜだろう。
この犬の行動原理がわからない。昔から小動物に嫌われるようなことはなかったのだが昔ながらの体質は、目の前の白く光る謎の犬のシルエットをした動物には通用しないようだ。
「食べ物がほしいのかな?」
「!!」
「うわ! いてぇえ!!」
また噛まれた。
……なぜなのか、当然食べ物など所持していない。犬は嗅覚が繊細だから食べ物を持っていないことに腹を立てているのかさっぱりわからない。
謎に包まれた空間と犬を目の前にふと犬の口元を見ると、なにか細長いものを咥えているのが見えた。
刀だ。
白い美しい刀を咥えている。
とても綺麗な刀だ。
犬は短くも凛々しいとまではいかない手足をトコトコと歩かせて手に取れと言わんばかりに柄を手元へと差し出して来るのだった。
「これをくれるの?」
「!!」
吠えているようにも見えるが何を言っているのかさっぱりわからない。
犬は、投げやりに刀を差し出してきて思わず刀を手に取ると強い光に包まれ真っ白な世界が全てを覆った。
ゆっくりと目をあける。いつもと違う部屋の匂いが目覚まし代わりに脳を覚醒させる。
「んん……うぐ!!」
体を動かそうとしたが体中が痛い。
腕には包帯が巻かれていてびくとも動かないように固められている。
体の感覚が夢見心地な状態からいつもの感覚に戻り始めた頃に頭や、体のあちこちが包帯で巻かれていた。
「ここは……」
白い謎の世界から謎の場所へときて少し混乱していたが周りを見ると点滴やその他の医療器具があり、ここが病院かどこかの医療施設であるということがわかった。
立ち上がろうにもうまく立てない。
あれから一体どうなったのだろうか、こうして意識があって息もして……お腹も減ってる。つまり自分は生きているということだ。
生き残ったのだ。
生き残ってしまった……のだ。
頬にすっと水が垂れてくる感覚を感じ、それを拭うが止まらない。
心に穴をあけられたような締め付けられるような感覚が止まらない。
ああ、現実なんだなと実感した時部屋に誰かが入ってきた。
若い女性の看護師のようだ。
看護師と目があった瞬間慌てて近寄りナースコールのようなボタンを押した。
「!!」
「こんにちは! すぐに先生を呼んできます!」
そう言って姿勢を崩した自分を元の位置へと戻すために体を持ち動かした。
「痛いところはないですか?」
「動かすと……痛いくらいですかね。なんだか夢を見てる気分です」
「そうですか、この後診察が終わった後に痛み止めを持ってくると思うのでそれまで少し我慢してもらっても大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫ですよ」
先生って医者のことだよな……そんなに俺は重病なのだろうか。でも、重病じゃなくても入院していれば、それは普通なんだろうな。一度も入院なんてしたことが無いから勝手がわからない。
体を動かそうとして看護師に止められた。
十数分して先生らしき人物とスーツ姿で体格の良い男が入ってきた。
「こんにちは、私はここの医療研究センター東京総合病院で医者をしている鈴木英史(すずき ひでふみ)と申します」
白衣姿のネームプレートをぶら下げたやせ細ったような様は、少し自身の健康に意識を向けて欲しさを感じる。
そして、隣に立っている男は今までずっと戦場にいたかのような体躯をしていた。
スーツの上からでも筋肉が浮き出ているのがわかる。とてつもない鍛錬と過酷な状況下にでもいたであろうことを物語るその姿とは裏腹に優しい声で挨拶をした。
「こんにちは、私は急遽国で設置された防衛省未確認生物対策班役員の前原 修次(まえばらしゅうじ)です」
「ああ……どうも白縫 春人です」
「とても大変な体験をされましたね……心中お察し申し上げます」
かるい挨拶が終わり、白衣を着た先生がゆっくりと話しを切り出した。
「私からは単刀直入に申し上げますと病状については命に別状はありません。このまま一ヶ月を目安に療養生活とリハビリを続ければもとの生活を送ることのできる体に戻るでしょう」
「ありがとうございます……」
「ただ……大きな傷のあるところや右腕のひどい切傷の跡は残ってしまうかもしれません。私のところに来たときはひどい有様でしたので……」
「そうだったのですね。傷は仕方ありません……状況がそうでしたので」
「はい……私からは以上になります。それでは前原さん 後はお願いしますね」
そう言って軽く会釈をした医者は病室から出て行った。
思えば不自然だ。
病院にいるのもそうなのだが、入院するのに個室を用意されている。
一般的な若い男をもてなすには行き過ぎた待遇ではないだろうか。
その謎を物語るかのように医者の隣りにいた前原という黒いスーツを身にまとった男が話し始める。
「先程申し上げた通り、私は防衛省未確認生物対策班役員兼自衛隊員の者です。今回救援要請を受け日之崎小学校へと着ていたのですが地域周辺で一刀両断された生物の死骸と刀を持って獣型の未確認生物と渡り合った人がいたとの証言から、あなたに話を伺いたくここに参りました。ああ、まあとりあえずはそのことは置いておきましょう。とりあえず、あれからどうなったかを先にお話した方が混乱もなく話せますか?」
「はい……お願いします」
「最初に到着した我々は燃えカスのような何かと大きな爆発をしたであろう跡地で倒れている隊員とあなたを見つけ救護活動を行いました。現場からは遠くなりましたが政府関係者も利用する、この病院へと搬送しました。それでですね……大変申し上げにくいのですが、あなたが目覚めるまで10日程経ってます」
「?!」
今なんて言ったんだこの人は、俺が起きるまで10日経っていただって? そんな実感はわかない。
ここには携帯もカレンダーも今の日時を指し示しているものが一切ない。
それに荷物も着替えもなにもない……
「いや……10日経ってるなんてそんな」
「冗談じゃありませんよ? 現にあれから10日……されど10日ですが大きく日本が変わりました」
「変わった……?」
「私からは申し上げられないのですが世間では天災と呼ばれる大型の生物や強力な未確認生物の出現が確認され多くの死傷者を出す結果になりました。対処方法が難しく苦戦を強いられた自衛隊はある兵器を持ち出したのです。ここからが本題になります。これから話す事項は国の最重要機密内容になりますのでくれぐれも他言なさらないようお願いします」
「もしも話そうものなら・・・?」
いや、これはなんというか悪気で言ったつもりはないけど話すなと言われたらちょっと気になってしまう。
「わかりますね?」
無言の圧力がとてつもなく怖い。
「はい……」
「それではお話します。我々はあらゆる兵器を持ち出し未確認生物の駆除を試みました。ですがどれも良い結果を生むにはいたらなかったのです」
「と言いますと?」
「銃弾の効き目が薄いのですよ。爆弾やミサイルのたぐいでさえ通用しにくい生物もいる。一切が効かないわけではないが効果が薄く対処するには力不足を強いられているという状況が続きました」
それってとてもまずい状況なのではないだろうか……近代兵器の、しかも爆弾やミサイルを撃ち込んだという話も驚きだがそれでも通用しない生物がいるというのはとてもじゃないが信じられない。
「ですが、ある時東京都のある高校で剣や槍 弓を持った高校生達が一致団結し その場にいた天災とも呼べる生物を倒してみせたのです」
「高校生がですか?!」
「ええ……剣も槍も弓の威力なんてミサイルや銃弾にくらべれば微々たるものであるのにも関わらず……近代兵器の通用しにくい生物を前に優位に立ち回ってみせたのです。その後、我々は高校生らに極秘裏に協力を要請し震源地となった各都市に出現した天災級の未確認生物を討伐する計画に乗り出しました」
「そんな作り話……信じられるとでも?」
「わかってます……ですが! 現にあなたは刀を使ってあの未確認生物を倒したのでしょう? その後勝手ながら現場にあった白い刀を預かり解析を試みました」
「結果……普通の刀でした」
自慢にはならないが我が家の御神体かもしれない刀だ。いや、予想通り……というよりしっかりとした刀だってことには驚いた。
ああ……まあ、よく斬れたし……
「普通の刀……」
「ええ、普通の刀です。恐ろしく古い刀であるということはわかったようなのですが普通の刀でした」
「ですが……私はあの刀で獣をなんとか倒しました。普通の刀でしたら今頃……」
「そうだと私も思います。あらゆる分析の結果。ただ古い刀だとわかっただけで、それ以外は特に何もなかった。けれど、その場に生き残った隊員達からの証言を聞いてもありえないように思います。銃弾をも受け付けない獰猛な獣を相手に刀一本で立ち向かい倒したという証言がまだ何かあると言っているように他ならないのです。ですので白縫さん……」
「はい」
「どうか我々に力をお貸ししてはもらえないでしょうか」
「力を……」
「はい」
力を貸してほしいなんて頼みを聞くのは初めてだ。
できれば協力したいと思う。
たぶんそれが普通なんだろうな。
得体のしれないモンスターを倒して政府の要人に「どうか力を貸してください」なんて特撮ヒーロー、アニメ、映画さながらの展開だ。
誰かが困っている。
誰かが今ピンチで助けを求めている。
そんな現場に立ち入ってみんなを助けるなんて……今の自分にそんな気力は無い。
思い返すだけで心がえぐれる。
何も誰もいない虚無感が心を寂しくさせる。
忘れたい。
でも忘れられない。
一緒に過ごした記憶が心地よく幸せな感情が心の中を巡るたびに悲しさと感謝したかった気持ちが目を熱くする。
こんな自分に刀など握れはしない。
もう守りたい人なんていないのだ。
握ったとしたら……それは、この惨状を生み出した悪魔どもに向ける憎悪の刃だ。
「すみません……私にはだめそうです」
そういった途端、前原の表情は、少し落ち込んだように見えたが数秒してゆっくりと答え始めた。
「そう……ですよね。いきなり協力してほしいなんて不躾なお願いにも程があると思います。ですが……あなたのおかげで助かる命は多いと考えられるのです! だから……すみません、少し熱くなりすぎました」
「いえ……」
「また出直してきます。どうか考えていただきたい。そして、良い返事があることを期待しております」
「はい……」
そう言って見た目に反してしょんぼりとした背中を見送った。
「戦えるわけ……ないじゃないか」
もう疲れた。
悲しくて、苦しくてしょうがない。
どうすれば良いのかわからない。
でも、百歩譲って戦えたとしよう。
あんな化け物を相手に勇敢に戦うことなんて今後できる気がしない。
互いの命をかけて削り、奪い合うような戦いをこれからしなくてはならないなんて考えたくもない。
病室の天井の一点を見つめ。懐かしい記憶を呼び起こすたびに自然と溢れ出てくる涙を拭いながらゆっくりとまぶたを閉じる。
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