第7話 -初戦-
光が全てを覆った。痛みも、悲しみも、幸福も、絶望も、すべてを飲み込みまるで時が止まったかのような感覚だ。
ああ、安らぐような心地よさと全身を羽毛のようなもので包み込むような暖かさが肌を撫でる。
すると目の前の霞がかった景色が変わった。
そこにいるのは誰なんだろう。
誰かが金槌を振り下ろしている光景だ。
その光景は、朧げではっきりとは捉えられないがどこか懐かしいような光景であるように感じる。
また目の前の景色が変わった。
今度は、倒れている男の人を抱きかかえる女の人? だった。とても胸が締め付けられるような、悔しいけどどこかほっとした心になる。
今度は、子供が目の前で泣いている。
ここは、昔祖父母が住んでいた家なのだろうか。
とても見覚えのある場所だ。
だが、今よりももっと古い。
この子たちが悲しんでる姿を見るのは、なんだかとても悲しい。
彼らの成長した姿をもっと見ていたい。
そんな願望が心の中を泳いでいく。
とても不思議な感覚だ。
全てが、とても懐かしい。
今まで見たことのない光景だと言うのに一度体験したかのような既視感を感じる。
そうだ、俺は刀を取ろうとしたんだった。
これは、刀が俺に何かを教えてくれたのかな?
意識が薄れてるような感覚の中で透き通るほどの、そして聞き覚えのある懐かしい声が頭の中に入ってきた。
「白縫の名を宿し 不知火の灯火を受け継ぎし資格のある者よ」
「あなたが見ている光景は、頑張って、努力して、他の何もかもを犠牲にしてまでたどり着いた果てに 高みにいたとしてもなお、その行為は望んだ成果へと至るには足らず世界の理不尽に、あるいは世の中の汚さに打ち負けた者たちが紡ぎ託してきた灯火だ」
何を言っているのかよくわからないが、とりあえずもう一回言ってほしい。
「あなたは、力を望むか? 望み、未来を切開き生きたいという、その心に我は応えよう」
「不知火之刀を宿す覚悟はあるか?」
覚悟……力を手にして平穏な日常を守り抜きたい。あの魔物を倒してみんなを助けられるような情けなくなんか無い、ヒーローみたいな……そんな人になりたい。
自身にふっと湧いて出た確かな思いは、胸を熱くする。
まるで太陽の光を浴びているような、そんな強いエネルギーが体を突き動かす。
「はい!」
「ならば、主(あるじ)の生き様……とくと見させてもらおう!」
光が強くなる。
陽の光がよりいっそう体を覆い尽くす。
視界は依然として何も見えないが、意識が遠のかせるような感覚が心に蓋をした。
覚えているのはここまでだった。
「……今度こそ生き抜くのだぞ」
────目覚めた瞬間、何かぼそっと言われたような気がするが何を言われたのか思い出せない。
「うぐっ!!」
お腹が痛む。体中に擦り傷や切り傷が出来ており状況がつかめない。
目の前にある刀を握りしめ立ち上がる。
「そうだ……俺はやつに殴られて神社の中まで飛ばされたんだ」
後ろを見るとやつは余裕をみせるかのようにゾウガメの甲羅のような腕の先についた鋭い爪を研ぎながら歩いてくる。
あれで殴られなくてよかった……
でも、この状況は戦わないと確実に死あるのみだ。
刀……それも真剣なんて握ったことなんて無い。
この一振りで命を薙ぎ払う。
初めて握る刀に対しそのような思いでいたが感触があまりにも軽やかなのに違和感を覚えた。
しかし、刀を握ったことなど無いから戦えないなんて言えるような時ではないしやるかやられるかの命の駆け引きが始まる状況だ。
昔見た侍の映画にあるような居合斬りならどうだろうか。
腰にさした刀を片手で握りしめ勢いよく抜刀し、斬られた敵は一刀両断される。日本刀の持つ恐るべき切れ味を極限にまで高めた技を……
「やるしかない……」
決心したところで刀を握ったこともない人間が目の前の殺人生物を倒す見込みなんて0に等しい。
それに身長2~3m、腕には鋭い爪と亀の甲羅のような形状が刃なんて一切受け付けないと物語るように見える。
攻撃の手段に一瞬の戸惑いを禁じえない。
震える両手で刀を握りしめ構える。
早速居合斬りをしようという心構えを無視して立ち上がる。
……初めて刀を握った。
そう初めて握ったんだ。
なのに初めてした所作であるのに反して何故か心の奥底で懐かしさを感じている。
不可思議な感覚に浸っている最中にもやつはゆっくりと近づいてきていた。
強者の余裕を漂わせながら腕の爪を鳴らす。
一歩、また一歩と距離を縮めてくる。
静寂が敵の足音により乱され自分の体からは警告音にも似た心臓の音が耳元で鳴り響く。
集中しろ。敵の動きを一瞬たりとも逃すことは出来ない。
刀が届く範囲に入るのだろうかと出方を伺いながらもたもたしていると、やつから踏み込んできた。
右腕を大きく振りかぶる。
地面を蹴る爆発音と共に一瞬で近づかれた。
勢いを乗せた攻撃に間一髪反応し刀でそれを受け止める。
受け止める……そんな言い方をしてしまえば間違った認識を持ちかねないのだが、正確には刀で攻撃を食らったが正しいのだろう。
案の定、勢いよく吹っ飛ばされた体は神社の外まで突き抜け二転三転と転がる。
「っう! く!!!」
背中から地面に叩きつけられたせいか呼吸がうまくできない。
次第に肺が落ち着き呼吸が正常にもどる。よろよろとよろめきながら立ち上がってなんとか姿勢を戻そうとする。
腕が痛い、足が痛い、横腹も痛い、背中も痛い、頭も打った。
体中が痛みに悲鳴をあげながらも両手で膝を付き倒れそうな体をささえ、やつのいる場所を確認する。
「まだ……神社にいるな」
意識が飛びそうだ。
立ち上がった自分を見つけたやつは、留めをさすような勢いで走り出す。
今度こそまずい。あの化け物の攻撃を2度も受けてもギリギリ耐えれているが、無残に殺されてきた人達の最期を思い返すと奇跡と言わざる負えない。
やばい……次食らったら確実に死んでしまう。
「まだ死にたくはないな・・・」
つぶやいた言葉は風に揺られながら消えていき焦る気持ちと冷や汗が筋肉の緊張を高める。依然として心臓の音はエンジンをフルで回してるような状態だ。
だが、そんな危機的状況で最悪の事態に気づくこととなる。
刀がないのだ。
手元を確認しても刀が見当たらない。
「吹っ飛ばされた時に手放したんだ……」
刀も飛ばされたことに気づき見回すが刀らしきものは即座に見つからない。
探せ!探せ!!探せ!!!
心の声で叫びながら必死に見回す。
そして土に埋もれてるのか薄っすらと銀色の刃が見えるのがわかった。
あった!!
やつが走って来るのを横目に刀のある方へと走っていく。
容赦なく追いついてきたやつは鋭い爪のついた甲羅状の腕を振り上げ留めの突きをした。
その攻撃の軌道上から逃れるべく必死に横へと飛び避ける。
やつの腕に巻き上げられた空気を感じながら外した攻撃を見送り刀を拾い上げ腰に勢いを溜めるような姿勢を取った。
「よくわからないけどやるしかない!!」
今度こそ。
ぶっつけ本番だ。
居合斬りなんてテレビの世界やアニメ・マンガ、ドラマとかでしか見たことなんて無い。
それに居合斬りを繰り出したところでやつの分厚い甲羅のついた腕を切断するなど不可能だろう。
だが、初めてだからってやらない理由にはならない。
試してだめであったとしても命がまだあるのなら、また他の方法を試せばいい。
居合抜きの姿勢。
全身の力をこの一振りに集中させる。
さっきの痛みが嘘のように晴れて行き筋肉が冴え渡る。
鼓動がより早くなり、世界の流れから逸脱したかのような時の流れに身を委ねた。
姿勢を整えたやつは体を捻り爪の先を俺の頭へと狙いを定め鋭い爪による突きが来る。
見える……これならできるか?
逸脱した時の流れの中で、やつの姿を捉えることができた。
その瞬間、心の中で何かが光っていくのを感じた。
その光からこぼれ落ちるようにある言葉が脳裏を湧き立つ。
「天雷一閃(てんらい いっせん)」
やつの突きが届く前に放たれた一撃は、雷鳴のごとき轟音を響き渡らせ強い衝撃を生み出す。
刀から滲み出る光の粒子は、蛍が飛ぶような幻想的な光景で刀を振る軌道に沿って稲妻のような光の軌跡を描いた。
やつは衝撃にのけぞる。
そして、後ずさったがもう遅い。
人間で言うところの脇腹から胸にかけて一刀両断され、ゆっくりと切断されたところから上半身がずり落ちていったのだった。
息を切らし刀を杖にして座り込む。
「勝った……のかな?」
そして鳴り止まない鼓動と体中の痛み、精神的な疲労から暫く立てずにいた。
居合斬りをした右腕が痛い。
その異変に気づき右腕を見ると無数の小さな破裂をしてるかのような傷ができており血がながれていた。
この懐かしい感覚といい、変な声といい……わからないことが多い。
「この刀はいったいなんなんだ……」
そんな疑問を静寂がかき消し空を見上げる。
今日は、雨が降りそうだな……
吹く風はどこか不吉で、これから何か不運が起きるのではないかと予感させる不気味空を目の前に一旦休むことにした。
その後、5分ほど休んで、刀を持った。
痛む体を引きずりながら走る。
仕事先に避難しているみんなは無事なのかどうか……とても心配ではあるが、この状態で、向かえるほどの力はない。
となれば、近くの避難所になっている日之崎小学校へ行く他ない。
そこでまだ避難活動を終えてない衛隊の人達がいたとしたら、助けを呼べるかもしれない。
血まみれの道路、血なまぐさい空気、謎の肉塊。そんな光景を見送りながら先へ進む。
そして10分間体をひきずるように走ってきてようやく近くに見えてきた日之崎小学校。
「よかった! トラックがまだある。おーい!! 誰かいませんか!!!」
トラックは2台、さっきの避難所に来ていたタイプと同じく機関銃を搭載した車両もあった。
どうやら避難する途中のようで幸運にも自衛隊員2人が車から降りてこちらに向かってくる。
「き、君!! 大丈夫ですか?!!」
「体中痛いですが……なんとか」
「刀?!……銃刀法違反ではあるが非常時だ。詳しくは後で聞くから校庭に急いでください!」
「わかりました!」
自衛隊員に肩を貸されながら避難所へと急ぐ。
その時トラックの方が騒がしくなった。
「春人? 春人?!!」
母さんの声がした。
トラックの方には、父さんと母さんがいたのだ。
「あれはうちの息子です!! 行かせてください!!」
そう言っているが自衛隊員にすぐに来ますからと静止されている。
よかった……ふたりとも無事だったんだ。
連絡がつかなかったのはやっぱり携帯電話のiFunをおいてきてたからなんだ。
本当に良かった。
ホッとして心の不安が抜けて行くのと同時に体の力が抜けていくのを感じ緊張を解く。
────だが現実は常に無情で不平等で理不尽だ。
曇りは、やがて雨の匂いを漂わせる。
遠くで雷鳴が鳴り響く。
まるで天高くに居を構え潜んでいる神が叫んでいるように。
雷鳴は近づく。
しかし、その雷鳴の正体は、破壊の音と地響きと共に訪れた。
危険を察知したときには、もう遅かった。
背後には、素人でもわかる程の殺気を飛ばしてくる獣が命を喰らうべく肩を貸していた自衛隊員たちを次々と屠っていった。
即座に反応していたが、銃弾は直撃していたにもかかわらず獣をひるませるだけの威力はなくあっけなく2つの命がこの世から消えていった。
「春人!!!」
父さんの声が聞こえた。
その瞬間、止まっていた集中力を呼び起こし振り向く。
刀を構え、獣の切り裂き攻撃をとっさに受け流し倒れるように転がったが姿勢を立て直すことができた。
獣は一歩引き、舌なめずりしながら見物する。
体長4m、高さ3mといったところだろうか。
もはや幻獣ともよべるその姿は、全身を殺気でコーティングしたオーラを放っているようにみえる。
その風貌から目の前を立ち塞ぐ者、全てを灰燼とするべく振るうかのような暴力性を直感させられた。
鋭い爪が4本づつ前足に生えていて、硬そうな赤黒い毛皮にところどころ真っ赤な斑の模様がついている。
背には真っ赤なクリスタルのようなもの無数にが刺さっているが、というよりは生えているという表現が正しいだろう。
そのクリスタルが芸術品のようで、その気品さが獣の気高さを象徴しているかのようだった。
これも普通なら単なる刃、刀や槍などの人が扱う近接武器は受け付けないのだろう。
それに巨体に似合わない軽やかな動きは、長年培ってきた凄まじい狩りの経験があるだろうことを彷彿とさせる。
一体どこで培ってきた狩りの経験なのか……
雷が鳴り響き次第に雨の匂いが強くなっていく。
敵の出方を伺いながら両者にらみ合う時間が続いた。
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