第6話 -不知火の目覚め-
全員が乗り終わったトラックは、大型生物の進路上から避難するため目的地へと進んでいく。
大型トラックの荷台は、シートベルト等がないことの安全面に問題はあるだろうが結構な人数が輸送できそうな大きさで緑色のシートで包まれており、2箇所だけ小さな小窓がついてる。
そこで外の景色を伺うことが出来た。
人通りのない街は不気味さを増し、ところどころちらついて見える血痕やそれらがついた壁のひびが現場の壮絶さを感じさせる。
車のエンジン音で外の音は、全くと言っていいほど聞き取れなかったが甲高い鳴き声がするのを耳にする。
隣に乗車した夜空も鳴き声のような音を聞いた途端ビクッと体が震えた。
「今のは、何でしょうか?……」
鳴き声を耳にした人達は、動揺して不安が車内を包み込む。
「わからない……そもそも奴らの鳴き声なのかな」
佐々木は、エンジン音で包み込まれた車内であっても耳を澄ませ落ち着いている。
その後は、特に何かが起こるでもなく順調にトラックが進んでいたのだが、10分程経過した時に異変は訪れた。
タイヤと地面の摩擦によって同乗している人達の姿勢を一気に進行方向へと押していく。
止まった。
「ついた……訳じゃなさそうだ」
外の様子はよく見えない。
けれど把握するより先に前方車両から銃声が聞こえ、トラックは急旋回した。
後方のトラックも同様についてきているが何が起きたのかさっぱりわからない。
現場から一刻も早く立ち去るように走るトラック。
きっとあの魔物が機関銃の餌食にでもなっているのだろうか。
安全を考慮して別のルートを選んでいるのだろうか。
わからないが、きっと何とかなるだろう。
しかし、事態はそう甘くはなかった。
轟音が鳴り響く。
爆発音だ。
外の様子はわからないけど、一つだけわかる事がある。
あれだけの爆発音だ。機関銃を積んだ自衛隊車がやられた可能性が高い。
民家のガスボンベに銃弾があたり破裂したのではないか。
そういった可能性もあるけど鳴り響いた轟音は、そんな生易しいものではなかった。
それからのトラックは、これまでとは一転して猛スピードで駆け抜ける。平日にこんな町中で飛ばしていたら確実にスピード違反と事故まみれな日常をプレゼントできるだろう。
その速さは、それらが緊急性を帯びているということを感じるのに十分だった。
動揺し、ざわつく車内。
外の様子をようやくみれたが、少し見慣れた風景が通り過ぎるばかりで外で何が起きているのかを理解することが出来ない。
一生懸命、いまどういう状況か模索しようとしていた時、無重力にも似た感覚が襲う。
私の記憶に残っているのは、ここまでだ。次に目覚めた時に目の前にあった光景は先程まで勢いよく走っていたトラックが横たわっている姿だった。
どうやらトラックから投げ出されてしまったようだ。
「っく、なにが……どうなって」
幸い、自分は切り傷などで済んでいるようだけど……
周りを見てみると同乗していた人達も投げ出されているのに気づく。
そして近くにいたであろう二人の横たわる姿があった。
「佐々木さん! 夜空さん! 大丈夫ですか?!」
2人に駆け寄る春人。
「……」
「私は……大丈夫、たぶん……」
四つん這いになりながらも起き上がろうとする夜空だが、昨日の足を痛めて歩けないでいる以上にどこか体を打っているようだった。
そして佐々木は、返事がない。
「佐々木さん? 佐々木さん!!」
耳元で名前を呼んでも返事がない。
だが、ゆっくり息はしていることが確認できたので気を失っているだけだと思った。
もしかしたら緊急性は、そこまで高くないのではないかと考えてひとまず命はあると安心した。
だが、こんなところで寝そべっていては、いつ奴らに襲われるかわからない。
そしてあることに気づく、騒音だ。
トラックが常にエンジンを空回りさせているような音が聞こえる。
異音のする所へと歩いて行ってその奥を覗き込むと信じられない光景が目に飛び込んできた。
そこにいたのは人型で体長3mはあろう赤黒い生物だった。その巨体は。トラックにゾウガメの甲羅のようなものをまとった右腕をフロントへと突き刺し運転手ごと貫いているのが見えたのだ。
車は、宙に浮いていおり、その様は車を支えてる生物の信じられないくらい強い腕力があることを物語っていた。
助手席に座っている自衛隊の人は気絶しているためかうつ伏せになったまま動かない。
「何なんだ あの化け物は……」
トラックの中にいた人達は、パニックになり次々と逃げていく。
その後にその人達がどうなったかは、想像の余地もない。
もしかしたら運良く逃げれたのかもしれない。
だがここではっきりとわかることが一つだけある。
自分たちは、詰んだのだ。
猛獣がいる広い檻の中に武器を持たない無知な猿がほおり込まれたなんて、図式ができあがってしまった。
飛ばされたトラックの側に乗っていた人達も逃げようと必至になって歩く者もいれば、その場にうずくまり動かない人達もいる。
現時点では後者の方が圧倒的に多いように見える。
全員を……助けるなんてそんなことは出来ないな。
自分が情けない。
そんな時だ。
「み……みなさんこちらへ!」
あの女性警官の声だ。
「動ける人はこちらへ! この近くに大きなドラッグストアがあったと思います。一旦そこへ避難しましょう!」
ぶらんとした左腕が無事でないことを知らせているが、こんな状況下でも果敢に避難できるだろう場所への誘導を呼びかけている。
「あのひとすごいな」
「自分たちが働いてるとこだ……ここ」
そう気づいた瞬間、周りの景色がよく知っている。
あるいは見覚えのある場所であることに気付かされた。
ってことは、店の倉庫は散らかってるけれど、一時的に避難するにはちょうど良いのかもしれない。
立ち上がり、女性警官の元へと走っていって提案した。
自分たちは、そこで働いていること、倉庫が一時的な避難に使えるのではないかということ、それらを話し女性警官は、一瞬考えたあとに決断したような表情で言った。
「ありがとう! それなら一時的に避難するのには使えそうだね。君は動ける?」
「擦り傷くらいなのでしっかり動けます!」
「悪いけど動けない人達をそこまでつれてくなんてことはできないかな? 私もできるだけのことはやってみようと思うのだけど……」
「運動には自信が無いのですが頑張ってみます」
「わかった! 助かります。私は左腕が折れちゃったみたいでだめなので、動ける人達の誘導をするからよろしくお願いします!」
「わかりました!」
「名乗り忘れてたけど私は比良(ひら)よろしくね。今は大丈夫かもしれないけど後々どこか痛めてたところを悪化させかねないから無理はしないでね」
「私は白縫です! 比良さんこそ気をつけてくださいね」
一旦この場を後にして真っ先に夜空たちの元へと来た。
状況は変わらず、あの生物もトラックを持ち上げたまま何かをしているようだ。
「今私達の店が近くにあってそこにとりあえず向かいます。肩を貸すのでつかまってください」
「わかった。ごめんなさい。まだ歩けないばっかりに……」
「気にしないでください困ったときはお互い様ですよ」
「ありがとうございます。あれ、佐々木くんは?」
「佐々木さんは、気絶してるみたいです」
「私はなんとか這って向かってみるから佐々木くんを先につれてけないですか?」
「たぶん……そっちの方が時間をかけてしまうし佐々木さんにはすまないけど今は安全を確実に確保できるようにしよう」
「うん……」
「大丈夫ですよ。夜空さんを送り届けたらまた戻ってきますので!」
「こんなときでも白縫さんは敬語を使うのですね」
「ははっ それは癖みたいなところがあるのでなかなか抜けないですね」
夜空に肩を貸しながら歩き始める。二人の後ろで倒れている佐々木。
そして、その後方で未だトラックを突き刺したまま微動だにしない謎の生物。状況は、変わらずに時間が経つ。
その後、お店について、夜空を倉庫のところまで送り届けた後現場へと戻ろうとしたその時だった。
地鳴りとともに響き渡った爆音が全身を揺らす。
嫌な予感がする。投げ出された時に受けた傷が痛むのをこらえ走り出したが、トラックが投げられたのかぶつかって炎上している光景だった。
「佐々木さん!!!!」
いくら探しても佐々木は、いない。
「くっそおおおお!! 助けられなかったあああああ!」
さっきまで倒れていた付近は漏れ出たガソリンに引火したのか炎に包まれ焼け始めている。
道路だけではなく横たわっていたであろう人々を飲み込みながらその炎は止むことを知らず、ただ燃え続けていた。
膝から崩れ落ちた。
その場でうなだれた時だった。
すっと肩を撫で荒い息と共にその感触の主が顔を見せる。
「いやぁ 間一髪…… っいてて」
「佐々木さん!生きてい────」
口を抑えられた。佐々木の視線の先には、発狂しながら飛ばされた人の死体を殴り散らかすやつの姿があった。
「しー! 今は炎が影になっているから気づいてないのか音に鈍いのかよくわからないけどさっさと逃げよう。ここってお店に近いところだよね? そこへ逃げ込もう」
「はい、今店で避難するために倒れてる人を運んでます。夜空さんもそこにいますよ」
「よかった……とりあえず3人無事でよかった」
未だ倒れている人を1人ずつ背負い2人は店に向かう。
「佐々木さんは結構動けるんですね」
「なぁに脇腹がちょい痛くて頭が頭痛するだけさぁ、それ以外はピンピンしてるよ」
「ピンピンしてるようには聞こえないんですけど……」
そんな話をしている最中、聞き慣れない音が聞こえてきた。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ
鈍い音だ。一体何の音なのかよくわからず佐々木と春人顔を見合わせる。
次第にその音は近づいてくるのがわかりそれが一体なんであるのか見ずとも感覚で伝わった。
「白縫くん……走れる?」
「佐々木さんこそ……」
ちらっと後ろを見た瞬間、血まみれの鋭い爪と大きな盾のような腕をした怪物がこちらへと歩いて向かって来るのが見えた。
「あああああああああ」
そんなうめき声のような鳴き声を発しながらゆっくりと近づいてくる。
「さあ、はしろう!!」
佐々木の合図で人一人背負いながら必死に走る2人。
それを見て反応するかのように後を追う怪物。
「やばい!! これ一緒につれてっちゃまずいよね?」
「やばいですね! でも今は走るしか無いですよ?」
体は大量の酸素を要求し、筋肉は悲鳴をあげ息苦しさと強く鼓動する心臓の音が耳の中で反響する。
「もう限界だぁあ!」
「そこ曲がりますよ!!」
路地を曲がり、ここを突き進めば店へとたどり着ける。
そして曲がる寸前に後ろをちらっと見て絶望した。
足音はすぐそこまで迫っており、やつはもうすぐ後ろまで走ってきていたのだ。
その後、2人の急な方向転換に対応しきれず壁へと勢いよく激突した。
激突した衝撃音がやつの重量と速さが異常であることが物語る。その結果、塀に穴が空き、怪物は瓦礫に埋もれた。
「はぁ! はぁ! チャンスだ! 逃げるよ!!」
瓦礫に埋もれた怪物を背に店へと疲労でよれよれになりながら走る。
「はやく!はやく!!」
店の裏口で急かすように出迎えたのは、比良(ひら)だった。
走り込み店へと辿り着いた2人は背負っていた人を裏口にいた人達に預け疲労を回復させる。
すると瓦礫をどかす音と共にやつが通路に再び現れ、こちらをみつめた。
逃げ場はないと言わんばかりに余裕を漂わせ歩きながら店へと向かってくる。
まずい、このままだと店にやつが突っ込んできて避難どころではなくなってしまう。
ドアを閉めたとしても、こんな薄いドアじゃ簡単にぶち破られてしまうだろう……
それにもう、多くの人達が中にいてまた逃げるためにどこか宛もなく移動するのは、リスクが大きすぎる。
なんとかしてやつをここから消す方法はないか。
比良さんや佐々木さんも満身創痍だ。
他の人だってみんな同じような感じだ。
どうすればいいのか、この状況を変えるいい手はないか。
「ある!」
「?」
皆がどうしたんだ?というような表情でこちらを見つめた。
そして走り出す。
「ちょっと!白縫君どこへいくの!」
「店の裏なら私の自転車があります!!」
自転車のロック式の鍵を開け乗っていき店の裏口前で路地から出てきた怪物に見せつけるように止めた。
「自分が囮になります! 鍵を締めて避難してください」
「だめだ!! もどってくるんだ!!」
佐々木が戻るよう言う。
その後に比良も説得を試みる。
「君はどうするんだ! 何か……他に何かいい方法が!」
「これしか思いつきませんでした! 行かせてください」
誰かを犠牲にして多数を助ける。
誰しもが迷い、そして最終的には残酷な決断を下さざる負えない。
かの有名なトロッコ問題ってやつだ。
けど、この場合は、トロッコ問題とは決定的に違う箇所がある。
それは、誰かを犠牲にしたとしても確実に助からない保証はないということだ。
選択肢は限られていた。
数秒やりきれない表情を浮かべながら比良が応える。
「っく……わかった!! 生き残るんだぞ!」
比良は、裏口にいる引き留めようと今にも春人の元へと行こうとする佐々木を片腕で引っ張り店の中へと入れ裏口の鍵を締めた。
「ありがとう……比良さん」
さあ、ここからが本番だ!!
「来いよ化け物!! 俺が相手だ!!!」
啖呵を切り、石を投げつけ見事怪物へとあたった。その瞬間に自転車を漕ぎ出し怪物から逃げる。
そして怪物は逃すまいと助走をつけてこちらに向かって走ってくる。
「成功だ」
必死に自転車をこいだ。
けどどんなに早くこごうとも怪物の足音は一向に遠くならない。
このままではいつか自分の体力が尽きてやつに襲われるのも時間の問題だ。
どうするか考えろ、考えろ……
いい案は思い浮かばない!! このポンコツ脳みそめ!!
どこかの建物へと避難しようにも逃げ込んだ先でやつをしのげるとも限らない。
頑丈そうな建物は見当たらない。関東なのに田舎!!
それに見つかったとしても入れるかどうかもわからない。
八方塞がりな状況下でふと脳裏に昨日聞いた言葉を思い出した。
「神社へ、こい」
謎の声が発した言葉を今の今まで忘れていたのに驚く。
どこか霞がかってしまうような感覚だが、その神社のある場所が思い当たらない。
神社というのは、この地域には無いはずだ。
あったとしても隣町まで行かないと無い。
思い出せ、今となってはその言葉に命じられた方法を実現した方が生存できる可能性が高い気がする。
神社……神社……
「あ!! うちにあるじゃん!」
小さい頃に母が言っていた。おじいちゃんとおばあちゃんの家に行くと、この家の昔話に出てきた犬を祀ってあるあの小さな祠。
それを母さんは、神社と言っていた。
どうせ粘っても打開策は思い浮かばない……ならば家へ帰ろう。
さて、今いる位置は────
今もなお全力で自転車をこぎながらギリギリ怪物から逃げ切れている。やつの恐るべき脚力と持久力は、容赦なく状況を改善させてはくれない。
現在地点を把握し家までどのくらいなのかを割り出すことができた。
ここなら、このまままっすぐ行って田畑を抜ければ家につく。
目的地を定め更に必死にこぎつづけた。
閑静な住宅街、今は誰も住んでいないかのような町を抜け田園風景を横目にまっすぐと家へ猛スピードで自転車をこいでいく。
そして怪物とある程度距離を離すことができ、たどりついた。
自転車から降りて急いで敷地の階段を駆け上がる。
「はぁ、はぁ、はぁ、誰もいない……よかったみんな避難はできてそうだ。さあ神社だ。神社のところへ……」
神社へ向かおうとしたその時だった背後に突然大きな音と共に何かが来たのを感じた。
振り返るとやつがいた。
地面にはヒビが入っており、何が起きたのか全くわからない。
そんな思考をよそにやつは拳を振りかぶり腹へと突き出した。
走っているトラックを貫くような拳で殴られたら、どんな人でも忽ち内蔵は破裂し肉塊になってしまうだろう。
その拳をもろに受け小さな神社へと吹っ飛んだ。
意識が飛びそうだ。
「っうぐ!! ゲホッゲホッ! 神社へ……はは、来れた……けど何もないじゃないか……ははは……ここまでかな?」
やつが来るのが見える。
もうだめだ……
諦めかけたその時だった。
「刀をとれ」
脳裏に響く言葉が体を奮起させ、その刀のある位置へと誘い込んだ。
そこには白い刀があった。
簡素で見た目シンプル。装飾も派手でなく柄は、白い毛で編まれた珍しい物だった。
「白くて綺麗だ」
ふと出た言葉がそれだ。
震える手で刀を手に取る。
その瞬間、白い光が心を包み込むようにすべてを覆うのだった。
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