第22話 旧トレイル公爵邸
竜王暦360年2月19日
皇都ハルデイン 紅蓮隊拠点 旧トレイル公爵邸
「お父様も思い切った事をされたわね。まさか私達の新しい拠点に此処を指定するなんて。リィンがいるからかしら。」
昨日翡翠宮、獅子の間にてランドール皇帝との謁見を済ました後、皇帝の使者がクリスティナ皇女の下に訪れ、以後皇都の拠点として自由に使って良いとお達しを受けた。
そして翌日新拠点の確認と今後の方針を確認する為に俺達は旧トレイル公爵邸を訪れていた。
「此処がお婆様の、、、」
玄関を開けて中に入ったエントランスでリィンフィルトが感慨深く、辺りを見回している。
「思いの外綺麗ですね、つい最近まで掃除の手が入っていたみたいです。」
屋敷に先行して訪れていたフィーが近くの部屋の扉から顔を出す。
(ランドールも粋なことをしてくれる。)
恐らくアークスの為だろう。それに屋敷の中はとても綺麗に整備されている。流石に50年前と全く同じ訳ではないが、確かに当時の面影が感じられた。彼もトレイル家が辿った悲劇に心が傷んでいたのかもしれない。思えば昨日話している中でもシスティーナの事を痛く気にかけていた様子だった。
(ランドールは俺達兄妹と仲が良かった。この屋敷にも良く遊びに来ていたな。)
*
竜王暦360年2月18日
皇都ハルデイン 翡翠宮 獅子の間
ランドール皇帝と暫く話し他後、アークスは不意にずっと気になっていた事を聞いた。
「ランドール、50年前のあの夜何が起きていた?叔父上と母上が謀叛など起こすはずが無い。一体誰が家族を一族を罠に掛けたんだ?母上を殺したのは誰だ?」
聞かれる予感はあったのだろう。ランドール皇帝は、一瞬俊巡したかの様に見えたが、直ぐに表情を戻した。
「すみません、私の方でも色々調べたのですが、何も分かっていないのです。当時の私は4歳、その後皇位を15で継いでから裏で当時の調査報告書や裁判記録を調べさせたのですが、何も怪しい所はありませんでした。ただ、、」
「ただ、、?何かあるのか?」
「ただ、何もかもお膳立てされていたかの様に綺麗に進みすぎていたように感じました。調査も裁判も直ぐに採決が済み、決が為されました。まるで誰かが予めストーリーを描いていた様に。」
「すみません、兄上。私ではこれが限界でした。システィ姉様はそれ以後も色々調べていた様ですが。1つだけ言えるのは当時、トレイル公爵家が堕ちて1番得をした人物が我が父アルフォネア侯爵である事は確かです。」
ランドール皇帝はそれだけ言うと、身内を疑うことは気が引けるのだろう、暗い表情を見せていた。
*
(仮にアルフォネア侯爵が裏で糸を引いていたとして、墓の下ではもう何も聞けない。それに当時のあいつに責任は無い。そこまで気に病む事は無いだろうに。)
綺麗に整備された屋敷からランドール皇帝の気持ちが伝わってくる。少し目を閉じて、かつての日々を思い出しているとアークスを呼ぶ声が聞こえて来た。
「アークス君。早く中に入って来て、荷物の整理手伝ってくれる?」
クリスティナ皇女が俺を呼んでいる。思い出に浸るのはいつでも出来るだろう。今はやるべき事をやるだけだ。そう思いながら屋敷の中に入っていった。
*
「では、姫様。今後の方針ですが、どうなさいますか?」
旧トレイル公爵邸のメインダイニング。巨大な一枚大理石の長テーブルが置かれ、左右に5~6人は座れる。此処が当座の会議室となる。上座にクリスティナ皇女その近くにシュタイン副隊長が座っていた。
「そうですね、次に指し示された神器の場所、アーベスト山脈は隣国ロマーナ共和国の領内です。勝手な行動は出来ません。先ずは連合会議の開催を見極めましょう。私も副代表に任ぜられています。長期間ここ皇都を明ける事も出来ません。」
「でしたら、提案があります。姫様の神器を調べに一度シルヴァン社に行きませんか?此処、皇都に本社があります。」
末席に座ったフィーがクリスティナ皇女に一案を示し、皇女もその案に満更でも無いようだ。
「そういえば貴女の叔父様は、、、」
「はい、シルヴァン社の社長、トーマス・シルヴァンです。このシュドルクの基礎設計も叔父様が行ったの。魔法応用技術なら叔父様は天才です。何かの参考になるかもしれません。」
クリスティナ皇女は神器の使い手に選ばれたとはいえ、現在全く使いこなせていない。何かのヒントになるのであれば、フィーの提案は悪いものではなかった。
「フィー?トーマス殿にはいつアポイント取れますか?」
「明日は無理かと。でも明後日に時間作れるそうです。」
姫様の行動予定は決まった様だ。
「では、姫様。私とリッドル卿で過去の魔族や竜に関する神話等を当たってみます。丁度良い心当たりも在ります故。」
シュタイン副隊長とリッドル卿がお互いに頷いている。
「では、3日後にまたこの屋敷で落ち合いましょう。何かあれば先程渡した近距離通信魔法器で連絡を取り合いましょう。」
会議が始まる前、クリスティナ皇女から黒い資格の物体を人数分渡された。シルヴァン社で新しく開発された通信用の機械で、紅蓮隊が試験運用に選ばれたらしい。希少な魔法石が埋め込まれており、魔法石同士が共鳴して同じ波長を持つ相手と離れていても声のやり取りが出来るらしい。これが実用化されれば、物凄い技術革新だ。
「アークス君はどうしますか?」
(俺は、さてどうするか、、、)
「俺は、明日はユウキとクリスタを皇都のギルド本部に連れていきます。その後は、騎士予備学校に連れていこうかと。明後日は姫様とフィーに同行させて下さい。俺もシルヴァン社には興味があったので。」
「では、私は明日は各方面の有力貴族達と会って来ます。フィー手伝って貰える?」
クリスティナ皇女より直々に副官使命を受けたフィーは即答で了解の意を伝える。
その様子をフィーの対面の座席でずっと黙って見ていたリィンフォルトが我慢できずについに声をあげた。
「え、え、え、私は?私はどうすればいいのだ??」
助けを求める様に先ずフィーの顔を見るがフラれ、そしてすがるように俺の顔をじっと見てきた。
「はぁ、リィンフォルトは俺を手伝ってくれ。明日は朝からギルドに行くぞ。」
そう言うとリィンフォルトは喜々として、了承するのであった。
「では、各位今日はゆっくり休んで下さい。会議はこれまでとします。次は3日後の1300時に此処に集合して下さい。以上。」
*
会議が終わった後、クリスティナ皇女は翡翠宮にシュタイン副隊長、リッドル卿、フィー、リィンフォルトは皇都にあるそれぞれの家に帰って行った。
特に帰る場所も無い俺は、全員を見送って此処で寝泊まりする事にした。かつての思い出が詰まったこの屋敷で。叔父と母上、そしてシスティと過ごした思い出が残るこの屋敷で。
(そう言えば、トレイルの本領がある東部リストリリアにある本邸は今頃どうなっているのだろうか?)
屋敷の2楷奥にあるかつてのアークスの部屋、そのバルコニーでキッチンにあったワインを一口飲みながら、過去の思い出に耽っていく。そして夜は更けていくのであった。
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