第21話 暗躍

ランドール皇帝は3人の皇妃や皇子、皇女達、そして貴族諸侯を下がらせて、アークスだけをその場に残した。クリスティナ皇女は自分も残ると主張したが、皇帝には聞き入れられず、後ろ髪を引かれながらも獅子の間を後にした。そして誰も居なくなった事を確認すると。


「すまぬな、少し話がしたかったのだ。」


「いえ、それでお話というのは?」


アークスはこの場に1人残された事に、少々嫌な予感を感じていた。今の陛下に会うのは初めてなのだが、実は地界でいう50年以上前にランドール皇帝には会った事がある。


「先ずは我が子クリスティナが面倒を掛けておるな。何度か命の危機も救ったと聞いておる、今まで礼も言えなんだ。すまぬな。」


そう言ってランドール皇帝が頭を下げて来た。周りに誰も居ないとはいえ、皇帝が臣下に頭を下げるなどあってはならないだろう。


「陛下!何をなさいますか!ダメです頭をお上げ下さい。」


「いや、今のはあの子の父親として、娘の恩人に対してせめてもの礼じゃ。それに、、其方はどうも他人とは思えん。のぅ、、」


アークスは周りを見渡し誰も見ていない事を安堵しながらも、慌ててランドール皇帝に頭を上げる様に伝えるが、話してる途中かはランドール皇帝の口調が雰囲気が変わっている事に気がつく。


(なんだ、身内に話してるいるかの様なフランクさは。やはり、、)


「はぁ、いつ気付いたんだ?」


アークスも口調を変える。

臣下のそれではなく、まるで昔から知っている間柄の様に。


「やはり、、貴方はアークス兄上なのですね。」


ランドール皇帝は玉座から立ち上がり、アークスの元へ降りていく。懐かしい者を見る様に、目を細めながら、そしてどこか申し訳なさそうな影を潜めながら。


「今までどこに、それにそのお姿。初めは分かりませんでした。ですがそのお名前に成長されたとはいえ、面影を残すそのお姿。それにその指輪。それはトレイル公爵家の至宝の1つ。忘れる筈がありません。」


(やれやれ、やはり来るべきじゃなかった。)


クリスティナ皇女に無理矢理連れて来られた時から、嫌な予感は感じていた。だからこそ必要以上に発言しなかったし、出来るだけ気配も消していた。


「久しぶりだな、ランドール。いや皇帝陛下と呼ぶべきだな。」


「いえ、兄上。こうして2人でいる時は、昔の様に呼んで下さい。それにしても何があったのですか?兄上はあの動乱の中、亡くなったとばかり思っていたのですが。」


「少しばかり長くなるぞ。」


*


それから暫くアークスの身に何があったのか、一度は殺された事、竜に助けられ天界で過ごしていた事、3年前に地界に降りて来た事など。細かく説明した。


「そうでしたか、兄上。こうしてお会い出来て嬉しく思います。ですが、、トレイル公爵家の事聞かないのですか?」


「妹は生きているのだろう?そして、その血族がクリスティナ皇女殿下の紅蓮隊にいる。もう会ったよ。」


「はい、もう50年になるのですね。あの動乱の後、トレイル家は国家転覆罪でお取り潰しになりました。ですが時の皇帝、私達の父親が、当時小さかったトレイル家唯一の生き残りである妹君、システィーナ姉様だけは許されたのです。娘を処刑する事はどうしても出来なかったのでしょう。彼女は、トレイル家の騎士団長でもあった騎士爵家に引き取られました。」


「そうか、、、」


「今でもトレイルの名を捨ててないのは、アークス兄様が生きているかもしれない、その時にトレイルの名が無くなっていては兄様が悲しむ、、と。姉様は言っていました。どうか顔だけでも出してあげて下さい。」


当時トレイル公爵家でアークスのみ、遺体が確認出来なかった。システィーナの目の前で確かに殺された筈の兄が居なくなった。可能性は低くともアークスが何処かで生き延びているという一縷の望みを捨てきれなかったのだと。


「システィが生きている。だが、今更どの顔して会える?俺は時の流れから取り残された身だ。この50年間放ったらかしにした兄を許してはくれぬだろう。」


「兄様、、、これ以上何も言いません。ですが、家族が生きていて、嬉しくない者はおりません。今でも姉様は貴方の事を待っている筈です。」


「、、、考えておく。」


それから暫くお互いの身の上話しをして、今後のアークスの立ち振る舞いについて相談した。


「俺は皇族を名乗る気はない。今のまま騎士としてお前の娘に仕えるつもりだ。ランドールもそのつもりで接してくれ。俺の事は特別扱いするなよ。」


「分かりました。ですが、英雄アークスには相応しい扱いをさせて下さい。これだけは譲れません。」


これ以上は一歩も引かない決意の固い顔を見せるかつての弟に、どこか懐かしさを感じる。


「好きにしろ。だが、既に十分配慮して貰っている。紅蓮隊の第2師団からの独立、皇帝直属への配置転換は、俺の存在に気付いたからだな。自由に動けるようにと。」


「流石は兄様です。気付いておられましたか。」


「ふん、露骨過ぎるんだよ。昔からな。」


「とりあえず礼は言っておく。じゃあ俺はそろそろ戻るぞ。クリスティナ皇女も待ってるだろうしな。」


その場を去ろうと立ち上がり、ランドール皇帝に背を向けて歩き始める。


「兄上、クリスティナの事宜しく頼みます。なんだったら、嫁として貰って下さっても、、」


最後に爆弾を投下して来た。


*


「アークス君、父と何を話していたの?」


案の定、獅子の間を出て直ぐの踊り場で待っていたクリスティナに呼び止められる。


「娘を頼む、、アレは無茶をするから側で支えてやってくれ、、と仰ってましたよ。」


それを聞いて何か勘違いしたのか、顔を真っ赤にして両手をブンブンと振っている。恥ずかしさを隠しているのかもしれないが、周りから見れば分かり易い反応だ。


「な、な、ななにを!お父様ったら、、気が早い過ぎだわ、、、ゴニョゴニョ」


最後の方は尻すぼみになって聞き取り辛い。聞くだけ野暮というものだろう。


「さ、姫様行きますよ。これからの事を決めないといけません。多分一気に歯車は動き始めますよ。」


「ちょ、ちょっと、アークス君!待ちなさいよ!!」


1人先を行くアークスを慌てて追いかけるクリスティナ皇女だった。


*


皇都ハルデイン さる上級貴族の屋敷


翡翠宮での謁見を終えた後、皇帝の長兄ウィリアム皇子が薄暗い部屋で何人かの貴族と寄り合いを開いていた。


「クソが!アストンめが上手くやりおって。俺が本来代表を務めるべきなのを、何故彼奴が!」


怒りが治らないのだろう、執務机を叩き割ってもその怒りの炎は燃え盛っていた。


「ウィリアム様、、どうか気を鎮めて下さい。今回はアストン様が上手くやられましたが、紅蓮隊はアストン様から取り上げられました。これは我々にとっては幸運です。」


顔が部屋の影に隠れて見えないが、来ている服装からも身分の高さが窺われる。


「それにしてもアストンめも着実に派閥を固めて来ておる。油断は出来んぞ。なにか対策は講じているんだろうな。」


ウィリアム皇子が貴族の何人かを鋭い目付きで睨み付ける。


「その点はご心配しないで下さい。それぞれの派閥に何人か潜ませております。それに紅蓮隊ですか、、第3皇女の所にも刺客を潜ませましょう。皇帝直轄になったとはいえ、皇女が皇帝になった事例も過去には御座います。」


ウィリアムはまさかと言う表情をしつつも、最近活躍著しい妹の顔を思い浮かべる。今まで兄のアストンばかり気に掛けていたが、あの妹の動きは確かに気になる。


「分かった。それは任せる。して、刺客とはどの様な者なのだ?下手な者をやっても直ぐバレるぞ。」


「その点は抜かりなく。最近例の結社より優秀な暗殺者を紹介されましてな。実績も申し分無し、必ずや殿下のご期待に沿えるでしょう。」


ウィリアムが気付かぬ内に、部屋の入り口近くに女が立っていた。先程までは誰も居なかった筈の場所に音も無く突然現れた女に驚きつつも、今ほど説明された暗殺者と聞くと納得もいった。


女は一礼して怪しい笑みを浮かべると、瞬時に姿を消す。その隠業の余りのレベルの高さに舌を巻きつつも、これなら心配あるまいとウィリアムも安心したようだ。


「では諸侯、父も病気だ、そう長くはあるまい。我等が国を取るその日まで決して抜かるでないぞ。」


機嫌を治したウィリアムは何人かの上級貴族達に指示を出して、そのまま部屋の影に消えるように部屋を去っていった。


*


旧南部諸王国 魚人の街 エスパス


「そうですか、やはり神器が眠っていましたか。」


キリバス近郊の古代遺跡を発掘させていたクトッグゥワからの報告を受けてヨグ=ソトースは考えを巡らせる。


神器は我等が神を封じた忌々しいアーティファクトであり、ある機構を動かす為の鍵でもある。逆にそれを押さえてしまえば、厄介な竜を牽制する事も出来るだろう。故に神器の発見と収奪は、現時点での最優先課題の1つでもある。


「聞いていましたねナイアーラトテップ。貴女は人族の街、確かハルデインと言いましたか。そこで神器と例の極大魔法を使用した少年に関する情報収集をお願いします。可能であれば内部に入り込みなさい。」


通信魔法で繋がった先から、艶やかな女性の声で了解の返事が返ってくる。


「クトゥグワは引き続き魔神様の分かたれた遺骸と残りの神器の行方を追いなさい。失敗は許されませんよ。」


「分かっております。では、」


クトゥグワからの通信も切れる。

これでこの場にはヨグ=ソトースただ1人だけになった。


「ククク、中々人族もやりますねぇ。面白くなって来ました。せいぜい足掻いてもらいましょう。」


エスパス議事堂の地下深く、普段誰もいない筈の場所からは、薄気味悪い笑い声がずっと響き渡っていた。


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