第8話 休息

竜王暦360年2月10日

商都キリバス 


迎賓館の一室から、一定間隔で数字を刻む声が聞こえる。その数は既に10000に届こうとしていた。


「9998、9999、10000」


上半身裸の青年が、自身の体重を親指のみで支えながら腕たせ伏せをしている。肉体は筋肉の鎧で引き締まり無駄を感じない。至る所に古傷が刻まれているのは、青年がそれだけ多くの苦難を乗り越えて来た証であろうか。


「だいぶ調子が戻ってきた。」


椅子に掛けてあるタオルを首に掛けて、机に置いてある水差しからコップ一杯の水を一気に飲み干す。


ふと壁に立てかけられた赤い剣が目に入る。

細かな細工が施された美しい赤い剣だ。

その剣のガードの部分、その真ん中に赤い宝石がある。良く見るとその周辺に小さな宝石が4つあり、内2つが光り輝いている。


「まだ封印も2つしか解放出来てない。早く解除の方法を見つけないと。なんで母はこんな面倒な封印にしたんだ。」


そう文句を言いながら北の方にある竜神族の国の方を見る。恐らく母であるメルクリアスがいる筈だ。


「まぁ今はやるべき事をやるしか無いか。」


そう言って部屋を後にした。


*


「ちょっとアークス君、貴方どこ行くの?」


迎賓館を出ようとした所でクリスティナ皇女に呼び止められる。


「だいぶ体の調子も戻ったので、冒険者ギルドで簡単な依頼でも受けようかと。良い体の慣らしになると思いますので。」


「そう、、じゃあついでに今日夕刻に2人補充要員が来るので、迎えに行ってあげて。」


あからさまに面倒そうな顔をしているアークスを見ると、少し悪戯な笑みを浮かべながら手を振り迎賓館の中に戻って行く。


「じゃあ、宜しく頼んだわ。あぁ、その子の名前はシスティーナよ、夕刻17時頃に街の入り口の兵士詰所に来る予定よ。」


「拒否権なしかよ、、、」


*


キリバスの街 西区

冒険者ギルド 「ダブルフェイス」


この街は魔族との戦で疎開していた住人が戻り始めていた。そのお陰で道中の護衛任務やら冒険者の需要は増えており、ギルドはその処理でごった返している。


アークスが扉を開けて中に入ると職員は今この時が戦争とばかりに走り回り、荒くれ者ばかりの冒険者達の相手をしたりと忙しそうである。冒険者の数もいつもより多い。


依頼掲示板を見て適当な依頼が無いか見ていると、脇で無駄な筋肉ばかりの斧を背負った厳つい男の冒険者とどこに筋肉があるか分からないような細身の冒険者が何やら騒いでいる。


周りも見て見ぬ振りをしている様だが、興味本位で覗いてみると。まだ駆け出しと思われる少年と少女に絡んでいる様だ。


「おい、それ以上妹に近づくな!」


少年が身を挺して少女を守っている。


「おいおいおい、俺は親切で声を掛けてやだたんだぜ。ここはお前達の様な駆け出しの冒険者じゃレベルが足りない依頼ばかりだ。だから俺達が、お前達の先生になってやるって言ってるんじゃないか。」


斧を背負った大男が下卑た笑みを浮かべなから少年と少女に迫っている。どう見ても少女はがり見ており下心が透けている。


「妹に触れるな!」


大男が少年の背にいる妹を無理やり掴もうとすると、少年がその腰に刺していた短剣を引き抜き大男を切りつけ様とした。


流石にギルドの中で流血沙汰は不味い。

アークスは仕方なく介入する事にした。


「おいそこ、そこの大男とヒョロ助。」


急に邪魔をされた大男が苛立ちと共に振り返る。


「なんだテメェ、邪魔をするなら容赦しねぇぞ。」


小悪党に相応しい聞き慣れた言葉で威圧してくる。


「止めろと言ったんだ。」


軽く威圧を掛けながら、首から下げた金属のプレートを持ち上げて相手に見せる。色は金色。

金色はA級冒険者の明石。このギルドでも相当の上位に入るだろう。


金色のプレートを見た途端に大男とヒョロ男の態度が急変する。


「A級、、」


「い、いや僕たちは、この子達が困ってた見たいだから声を掛けただけですよ。ねぇ、君達。」


「じゃあ、僕たちは用事があったのを思い出したので、此処で失礼します。」


分かりやすい奴らだ。

相手が自分よりも上と見ると、あっという間にギルドの外に逃げ出して行った。


その様子にため息を吐きながら、少年と少女に向き直る。


「大丈夫か?」


少女は涙目になって震えていたが、少年は力強い表情で此方を値踏みしている。何故助けてくれたのか気になっているんだろう。


その様子にかつての自分の姿が重なる。

もう50年以上も昔の話だ。

かつて俺がまだトレイルの家にいた頃、こうやって妹を後ろに庇いながら他家の苛めっ子から守ってやっていた。


妹はいつも俺の後ろを付いて離れなかったし、俺も妹を兄として守る事に誇らしさを感じていた。結局、あの事件で離れ離れになってしまい、その後の消息はまだ分かっていない。


(システィーナ、、、)


「おい、聞いているのか?」


「ああ、すまない。ちょっと君達を見て妹の事を思い出してね。」


「お前も妹がいるのか?」


「ああ、随分昔に離れ離れになってしまった妹がね。今は生きているのかどうか、、」


少年は、少し警戒を解いたのか、持っていた短剣をしまう。


「お兄ちゃん、このお兄さん助けてくれたんだよ。だったらお礼言わないと!」


妹の指摘を聞いて漸く自分が恩知らずの事をしていた事に気付いた様だ。


「先程はありがとうございました。後、失礼な態度を取ってすみません。」


兄妹揃って頭を下げる。


「いや、構わないさ。単なる気まぐれだよ。妹さんを大事にな。」


そう言いながら、その場を離れようとすると。


妹の方が声を張り上げて呼び止めて来た。


「待ってください!お兄さんとても強いんですよね?お願いです、私達の師匠になってくれませんか??」


「お、おい。クリスタ何言ってる。」


少年が少女を止めようとするが、少女はその制止を振り切る。


その様子を見るからに本気で言っているらしい。精一杯の勇気を込めて言ったんだろう。


「断る。すまないな、他をあたりな。」


この街に常駐する訳でもない俺がこの子達に中途半端に干渉する訳にはいかない。


「そんな、、、お願いします。この通りです!」


少女が更に頭を下げて懇願して来た。

周りの冒険者もザワつき始めている。


まだ頭を下げ続けている少女は、隣で呆然としていた兄の頭を無理やり下げさせている。


「まいったな。」


「とりあえず話を聞くだけだぞ。」


根負けしたアークスはため息を吐きながら、少女の願いを聞き届けた。

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