第4話 魔族襲来

「おいおい、マジかよ。あれは魔族だよな。なんで、地界に出て来てるんだよ。」


無精髭を持った冒険者風の男が、蒼白な顔でそう呟いている。それもそのはずだ、天界と地界、魔界は自由に行き来出来る物ではない。ある一定の条件を満たさない限り、その入り口が開く事は無いのだ。アークスが天界から地界に、帰れなかった理由がこれだ。


マザードラゴンという世界の管理者の1柱が特殊な魔法を使う事で入り口を広げた。魔族にも管理者たる魔族の神が居れば可能だが、数百年前に龍族により魔界深くに封印されたと聞く。最もその争いの中で、龍族も数を大きく減らし、マザードラゴンも力の大部分を失ってしまったらしいが。


魔族の管理者である魔神が居ない今、世界の壁は通れない筈だ。皇女の話を聞いた時嫌な予感がしていたが、遺跡は間違いなく世界を分かつ壁のトンネルの役割を果たすのだろう。そうでなければ、この魔族の女がこの地界にいる説明が出来ない。


「私の部下が遺跡内に居たハズです。彼らをどうしたのですか!!!」


クリスティナ皇女は、悲壮な顔で魔族に問い掛けるが、魔族の女はクスクスと笑いながら余裕の笑みで答えて来た。


「ああ、あのダニ供ですか、、我々の子供達を殺して回っていた様ですので、お引き取り願いましたわ。」


「そこら辺に転がっているのではなくて?」


「ああそれと、これは差し上げますわ」


そう言うと魔族の女は手に持っていた頭を此方に放り投げて来る。頭はコロコロとクリスティナ皇女の足元に転がり、皇女と目があった。その顔は恐怖に歪んでおり、今なお絶望の中にいるかの様であった。


「よくも、よくも私の部下を、、許さない!」


そう言うなり皇女は、その手に持つ剣に願いを込めて魔法を唱える。


「天と地の間に揺蕩う、其は大風を統べる風の王、空を駆け巡る自由な風よ、我が求めに応じて刃となして敵を打て」


《エアリアル・スライサー》


それは意味を持つ言葉。

魔宝具を介して、世界の理を捻じ曲げる。

言葉の一節一節に役割があり、理にアクセスし、物理法則すら捻じ曲げる魔法の言霊。


言葉を鍵とし魔力をエネルギーとして、この世に力として現出させる。俺達はこれを魔法と呼ぶ。


世界が改変された。

クリスティナ皇女の手に空気が集約されていく。その空気は密度を増していき、荒れ狂う風の刃となり、魔族を討ち滅ぼさんと凄まじい速さで飛んでいく。


幾重にも重なった風の刃が檻の様に魔族を取り囲んだその瞬間


「弾けなさい!」


クリスティナ皇女がその手をギュッと握り締め、高らかに叫んだ。


風の刃は魔族に向け四方八方から襲い掛かる。逃げ場はない。


「ヌルいわね。」


そう魔族が呟くと、その手を一閃した。

すると壁の様な物が魔族を取り囲み、壁の刃を遮断する。風は壁に当たると、その勢いを失い、霧散してしまった。


「そ、そんな。。」


クリスティナ皇女は呆然としている。

言葉も出ない程、自失してしまっている様だ。


「冥土の土産に教えて差し上げます。わたくしの名は七魔将が一人、爆炎のクトゥグア」


「此処で出会えた記念に、魔法という物を教えて差し上げますわ。」


「原初の火よ、我が眼前の愚かなる敵に裁きの罰を、地獄の炎に抱かれ燃え尽きよ。」


《ヘル・プロミネンスノヴァ》


青白い炎が膨れ上がり、灼熱太陽の如く、近く物は燃え尽きて消えてしまう。そんな炎が迫ってくる。


「そんな、、こんな魔法知らない。しかもこの魔力、上級の上、もしかして帝級魔法なんじゃ。」


「姫様、お逃げ下さい!」


シュタイナー男爵や騎士エリス、他の冒険者風の者達がクリスティナ皇女を守る様に前に立った。


「ダメ、、もう逃げられない。。」


誰だろうかそう呟いた時には、炎は皇女達を燃やし尽くさんと目の前にまで迫っていた。何処からかクトゥグアの笑う声が響いてくる。肌が焼け、熱気に耐えきれず思わず目を閉じ、皆が死を覚悟した。



「はぁ、何でこんな事に巻き込まれるんだよ、、俺の目の前で死なれると目覚めが悪いじゃないか。」


「レーヴァテイン!いつまで眠っている!」


「その力を示し、我が脅威を取り払え」


その時、ずっと後ろにいたアークスが目の前に飛び出してくる。皇女が、アークスを止めるべく手を出すが間に合わない。


「アークス君、何をっ!!」


そこから先は一瞬の出来事だった。

ただ目の前のアークスが血よりも深い色をした刀身を持つ剣を鞘から引き抜いた。


刃を地面に突き刺すと同時に、刀身が光り輝き、目の前に光のカーテンの様なものが現れて地獄の炎を防いでいる様に見えた。


炎の直撃は防げても余波で周辺の温度はうなぎ上り。皇女達は、あまりの熱気に、その記憶を最後に意識を手放していた。


*


「ふふふ、跡形もなく消し飛びましたか、人間は本当に脆弱な生き物ね。」


自身が放った炎が収まり、辺りは黒く焼き焦げた大地のみが広がっている。そこには黒以外の色が存在しなかった。


「さて、他の魔将達も地界に来ている頃、合流しないとね」


そう呟くと、すっと飛び上がり南の空に消えて行くのであった。



クトゥグアが飛び去ってから数刻後、、


「もう大丈夫みたいだな。」


黒一色かと思われた漆黒の大地に多くの色が現れ始めた。その姿は揺らいでいて、徐々に安定した形に収まっていく。


「地界に降りて早々に、何か厄介なトラブルに巻き込まれた気がするなぁ」


気絶したクリスティナ皇女と取り巻き5人を物陰に移しながら、盛大に溜息を吐くのであった。



~皇都ハルデイン~


「それは誠なのか?」

皇帝ランドール・アルフォネア・グリムランドル13世は、思わずそう呟かずにはいられなかった。


帝都に一番近い遺跡が突如崩れ、魔族が出てきたという、衝撃的な報告がもたらされた。


「急ぎ各国と連絡を取れ、他の遺跡の状況を確認するのだ」


「嫌な予感がする、、杞憂であれば良いのだが。」


竜王暦357年5月18日

この日を境に世界は、長い魔族との争いの時代に突入していくのであった。

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