第1節 ④

 「それにしても、一人で知らない土地に行ってみたいって、コレットちゃんって結構行動力があるんだね」

「そんなことないです。ただ、今まで外の世界を知らずに生きてきたので、私の知らない景色を見たいなって」

 そう言うコレットの瞳はキラキラと、まだ見ぬ景色へと希望の光に満ち溢れ。


「その気持ちは分かるな。俺も若い頃は世界の果てまで行ってやるぞって意気込んでいたもんだ」

 ワルトスはコレットに賛同し。遠い目をしてしみじみと。

「あんたがいうと嘘っぽく聞こえるんだけど?」

 ラティスがすかさず突っ込みを入れて。

「いや、俺は本当にだな……」

「はいはい、分かってるって。それに、コレットちゃんみたいに冒険者になったら各地を飛び回る人って結構いるからね」

「そうなんですか?」

「そうそう、だからコレットちゃんも冒険者になったからには色んなところに行ってみてね」

「はい、ありがとうございます」

 コレットは二人に対して打ち解けてきたこともありまして。

 ラティスの励ましに、明るく返事をして。

「でも危険な場所には行かないこと。世界のはまだ知られていない猛獣もいるし、今でこそ異民との和平が進んでるとはいえ、まだ他種族に対して攻撃的な奴らもいるからね」

 と、ラティスは打って変わってコレットに注意を促しまして。


 それもそのはず。

 各地に飛び回る冒険者がいるとは言るとはおっしゃいましたが、その大半はともに行動する仲間がいてのことでございまして。

 コレットの様に一人でいることはそうそうなく。

 新米に至っては限りなく少ないのでございます。


 コレットもラティスの言わんとしていることが分かっているようで。

「はい、重々承知しています」

 と、しっかりと頷きまして。

「ならよし」

 ラティスも満足げに頷いて。

 コレットの頭を軽く撫でようと手を伸ばそうとしまして。

「っと、ごめんごめん」

 しかし、慌てて手を引っ込めて。

「流石に、同性っていっても、女の子の頭を軽く撫でるもんじゃないよね」

 少しばかり調子に乗りすぎたと反省し。

 これじゃあワルトスのことを悪く言えないなと内心で苦笑をし。

「ははは……」

 と、コレットも髪の毛を両手で抑えてお互い苦笑い。


「そういえば、お二人はどうしてこの船に乗っているんですか?」

 コレットは気まずくなる前に話題を変え。

 しかし突拍子もない話題へと方向転換をするのではなく。

 仲良くなってきたこともありまして、二人に興味を示した質問をぶつけた次第でございます。


「ちょいっと冒険者ギルドに依頼を受けてな。まあ機密事項でもないし、簡単に言えば異民に関する調査だな」

「どうも他の冒険者が未開の地を探索していたときに、多種多様な異民が特定の地に流れ込んでいるのを見かけたらしくてね」

「俺らの何代か前のご先祖様たちが停戦を宣言したといっても、まだまだ種族間の壁ってやつは残ってるだろ? だというのに、そんな色んな種族が集まる地が本当に存在しているなら、お偉いさん方が何かしらの脅威を感じてしまうってのも無理はねぇって思うんだ」

「それで私たちに異民について、その真偽を確かめるために調査をしてきてほしいって依頼がきたわけ」

 ワルトスとラティスの二人は軽くコレットに旅の目的を伝えまして。

 二人の口ぶりから大したことがないような言い方をしておりますが、実際は聞く人が聞けば羨望のまなざしを向けられる内容でございまして。

 しかし新米冒険者のコレットはそれに気が付かず。

「へぇ、そうなんですね」

 と、あっさりとした返答で。


 基本的に冒険者はギルドが不特定多数に向けて掲示している依頼書から自分たちの実力に沿ったものを選択するのが定石で。

 ギルド側から特定の冒険者に指名で依頼をすることは珍しく。

 それこそ過去に大きな功績を残していたり、信頼に足る実績を残した者たちでなければ先ずあり得ないことでして。

 さっぱりとした態度の二人からは想像つきにくく存じますが、界隈でも有名なパーティなだけのことはありまして。

 それでいて、新米が故に二人を知らないコレットに対しても偉ぶることをせず、気さくな態度で振る舞うことができる姿勢もギルドが信頼の置けるところでございましょうか。


「あとはこの船の護衛も任されているな」

「船の護衛ですか?」

「そうだ。大海ならではの害獣だったり異民もいたりしてな。例えばこの大型帆船にも匹敵する巨大な肉体で船を襲う軟体生物だったり、上半身は俺たちと変わらない見た目だが、下半身が魚で、不思議な歌声を聴かせて船員を混乱させる異民とかがいてな。そういうのに出くわしたときに何も対策を打っていなくて沈没したり消息を絶った船がままあるんだよ」

 ワルトスは冒険者になって日が浅いコレットに、海ならではの障害をずらりと紹介をして。

「そうなんですね……」

 コレットはワルトスの話に相槌を打ちまして。

 不安に駆られながらも海が危険であることを再認識し。

「まあ目的の港町まではよほどのことがない限り安全だとは思うけどね」

「それに万が一、そのよほどのことが起きたとしても何とかするために俺たちがいるわけで」

 ラティスとワルトスの二人は、そんなコレットの気持ちを察しまして。

 少しでも安心感を与えるための言葉を投げかけたのでございます。


 それから三人は幾許かのときを他愛もない世間話からワルトスとラティスの壮絶な冒険譚に至るまで、多種多様な話題で盛り上がりまして。

 コレットに取っては熟練者二人から専門的な知識を得るという貴重な体験ができまして。

 やがて蒼穹も徐々に茜色に染まり始めた頃。

「さぁてと、腹も減ってきたし、そろそろ飯でも食いに行くとするか」

 ワルトスがお腹をさすりながら会話を一旦中断させまして。

「コレットちゃんも一緒にどう? もちろん、ご馳走するよ」

 ラティスも話を切り替えて、コレットを食事に誘いまして。

「お気遣いいただきありがとうございます。でも初めての船旅なので、もう少しここで景色を堪能しようと思います」

 しかしコレットはラティスのお誘いを断って。

「そっか、残念だけど今日はこれでお別れかな。でも目的地に着くまでまだ数日の航路だし、何かあったら気軽に話しかけてきてね」

「嬢ちゃんの旅路に祝福を」

「はい。今日はありがとうございました」

 こうして船上で出会った冒険者三人は別れを告げました。




「ねえワルトス。気が付いた?」

「嬢ちゃんの目のことか?」

「うん。さっきコレットちゃんの頭を撫でようとしたとき、ふと前髪の隙間から紅い瞳が見えたの。不味いと思って直ぐに手を引っ込めたけど」

「俺が顔を覗き込もうとしたときに、あからさまに拒絶するわけだよな」

 然り。コレットがワルトスと出会ってすぐに拒絶したのは巨漢に襲われそうと感じたのではなく、顔を覗かれそうになったからでして。

 ラティスが頭を撫でようとしたとき、髪の毛を抑えたのも目元を隠した前髪を守るためでございます。

 そもそも危険と隣り合わせの冒険者が視界を悪くする行為は命取りになりかねず。

 前髪で目元を覆い隠すなんていうのは、もっての外で。

 実はワルトスがコレットを気にかけた理由の一つでもございました。


 そしてワルトスはため息を吐いて一言。

「ありゃ魔力持ちだ」

 と、神妙な顔つきで呟きました。

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