第1節 ③
さて、コレットにとっては、一人でいるところに急に話しかけられただけに留まらず。
一体何を見せられているのかという状況下ではございましたが、程なくして我に返ったラティスがワルトスの手を払いのけ。
少しばかりクシャクシャになった髪の毛を整えてコレットに向き直り。
コホンッと咳ばらいをひとつ。
「ちょいっとばかし、見苦しいところを見せちゃったかな」
誤魔化すようにはにかんだものの、まだほんのりと頬は赤いままで。
なんか見た目より可愛らしい人だなと、コレットは内心思いつつ。
しかし失礼に当たると口にはださないで。
「いえっ、お気になさらないでください」
と、当たり障りのない返答をしまして。
「俺もすまなかった。また随分と若く子が一人でいるのが気になったとはいえ、随分と不躾な対応をしてしまった」
ワルトスも先ほどの無礼をお詫びしました。
「そういえば、まだお嬢ちゃんに自己紹介していなっかたね」
ラティスは気まずさを晴らすように話題を変えまして。
「私の名はラティス。一応冒険者やってて、こいつと同じパーティに所属している。ここで会えたのも何かの縁だと思って仲良くしてくれると嬉しいな」
ワルトスに親指を向けて、コレットに対して片目をパチリと瞬き一つ。
「ワルトスだ。さっきは不躾な対応をしてすまなかった」
二人は自己紹介を終えるとコレットに手を差し出して。
実のところ、コレットは身内以外で今までこれほどまで気さくに話しかけられた経験は少なくて。
パチパチと瞬きを数回。
若干の戸惑いを見せましたが、すぐに気持ちを切り替えて。
「コレットと申します。私も冒険者をやってます。といっても、つい先日冒険者登録を終えたになったばかりの新米ですが」
コレットも二人にならって名前を告げまして。
差し出された手を恐る恐る順に握り返した次第でございます。
ちなみにワルトスは、コレットに言われるまでもなく、彼女の佇まいから新米であることを見抜いておりまして。
であるからして、そのこと自体については特に言及することはなく。
しかし、その新米が何故一人でいるのか。
その点においては先輩冒険者として無性に気になって。
百歩譲りましても、人里付近の探索であればまだ活気のある初心者の若気の至りと捉えることができるのでございますが。
船旅で別の土地に行くとなると無謀と言うに他ならないと存じます。
故に、先ほど一人で冒険したいからと一応の理由はコレットの口からお聞きしたものの、どうにも腑に落ちず。
出会い頭の失敗を考慮し、今度は慎重に言葉を選びまして。
「差し支えなければ、どうして新米の嬢ちゃんが一人で船旅なんてしてるか改めて聞いてもいいか?」
と、同じ質問をお聞きになりまして。
「それは……」
しかし、コレットは言いよどみ。
「無理して言わなくていいからね」
すかさずラティスが会話に割り込みまして。
「ただワルトスも今までに色んな冒険者を見てきたからね。きっとコレットちゃんのことを心配してのことだと思うから、気に入らなければ一発腹をぶん殴ってやって」
と、冗談めかした言い方で。
「ラティス?」
ワルトスはラティスの物言いに、わざとらしく驚いた表情で振り向いて。
「それくらいの甲斐性を見せなって」
「むぅ……」
しかめっ面をしつつも、コレットに向き直りまして。
「確かに人には言いたくないことの一つや二つはあるもんだ。さあ、やるなら一思いにやってくれ」
と、両手を広げ腹をがら空きにし。
いつでも殴られる準備はできているといわんばかりの対応をする次第でございます。
人によっては変な人たちに絡まれてしまったと思うような状況でございますが、お人よしなコレットにはそのように感じることはなく。
むしろ二人が気遣ってくれていると受け取ったのでございます。
しかしながら、コレットが一人で旅をしている理由は簡単に人に話せるような事情ではなく。
心安く話しかけてくれた二人ではございますが、もしも二人に一人でいることの理由を説明して態度が豹変してしまったらという不安を持ちまして。
逆にこの場では受け入れてもらえたとしても、コレットの事情を知ってしまうということ自体が、気にかけてくれた二人に迷惑をかけてしまうと思慮しまして。
その申し訳なさのほうが打ち勝って。
「気にかけてくれてありがとうございます。……ただ私は自分一人で今までに見たことのない土地を見に行きたいと思ったので」
理由は本心ではないものの嘘でもなく。
最初に問いかけられたときと同じ回答をしまして。
「ごめんなさい」
本気で申し訳ないと謝罪をし。
弱弱しく拳を握りしめ、ワルトスの鍛え抜かれた腹筋にポスッと申し訳程度に打擲したコレットにございました。
「くふっ」
たどたどしくも本当にワルトスに一撃を加えたコレットの律儀さに、ラティスは思わず口から空気を吹き出して。
壺にはまってしまったのか、後ろを振り向き今にも漏れそうな笑い声を必死に抑え。
ワルトスも一瞬面食らった表情を浮かべまして。
「そうか。まあさっきラティスが言ったように、ちょっとばかし気になっただけでな」
執拗に聞き出すことはせず、再びコレットに向けて手を差し出して。
「ここであったのも何かの縁だ。道中なにか困りごとがあったら訪ねてきな」
「そうそう、後輩の支援をするのも冒険者の役割だからね」
何とか笑いを耐えたラティスもワルトスに続きまして。
「ありがとうございます」
改めて二人のやさしさを感じたコレットは、先ほどよりも強く二人の手を握り返すのでした。
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