第4話 反撃

『やあ、こんにちは、ご自宅の方に伺ったら、既に出社されたとの事でしたんでね』

 俺は『株式会社シバタ家具』の玄関前に横付けになった真黒なベンツから降りかかっている、グレーのスーツ姿で中背の、気が弱そうな男に声をかけた。


柴田陵しばた・りょうさんですな。』ポケットから認可証ライセンスとバッジを出して提示する。

『探偵?乾宗十郎?私立探偵が私に何の御用ですか?』

 彼は上目遣いにおどおどした口調で答えた。

『先日用があってこちらにお邪魔したんですがね。随分手荒いお見送りを受けましたよ。あの連中も貴方の差し金ですか?』

 わざと声を大きくして言ってやると、彼は辺りを見回して、

『こ、声が大きいですよ・・・・とりあえず中へどうぞ』

 そう言いながら彼は、受付嬢やら部下の目線を気にしながら、先に立って歩き出した。


 エレベーターで最上階のフロアにつくと、外で待機していた秘書に、

『しばらく中に誰も入れないように』といって、押しこむようにして俺を重役室の中に入れた。

『信じて貰えないでしょうけど』彼は震える声でくどくどと前置きを繰り返した。

『彼女、いや、幸子さんを愛していたのは本当です。出来れば結婚もしたかった。だけど僕は家業を継がなくっちゃならない。僕の家は色々と厳しいんですよ。

だからとりあえずという形で、彼女にウチの社に来て貰ったんです。幸い家具売り場で主任迄勤めていたんですからね。まず売り場の責任者になって貰って、それから僕の秘書に・・・・』

『そうして、ご自分の欲望に合わせてをしていたと言うわけですか?体のいいダッチワイフ代わりですな。』

 とげが入った俺の嫌味に、柴田専務はムッとしたように押し黙ったが、否定はしなかった。


 彼女も陵と結婚できると思っていたらしい。しかし父親がそれを許さなかった。

”どこの馬の骨とも分からぬ、しかも20以上も年長の女との結婚は許さん!”

 と、こういう訳だ。


 そこで持ち上がったのは地元の有力者・・・・この場合の”有力者”という名称が何を意味するか分かるだろう・・・・の娘との縁談だ。


 その話を彼女にして、別れ話を切り出した。


 当然幸子は断る。そうして挙句は、

”貴方達とこの会社が何をしているか、全部公表してあげるわ。私は全てを手帳に書き留めているのよ”と強気に出たわけだ。


 まあ、重役の秘書だからな。

 色々と知り得る立場にあったのは事実だ。


 たまりかねて陵は父親である社長に相談した。そして父親の嫌なお友達兼、未来の義父となる男を通じて彼女を脅しにかかった。

 だが、彼等にとって都合のいいことに、彼女はその当時、アルツハイマーに罹っていることが判明した。

 そこで有力者のコネって奴を利用し、幸子をあの特養に入所させた。

 費用を負担したのはせめてもの罪滅ぼしのつもりだった・・・・彼は悪びれることなくそう言った。

 

 あの施設もどうせ息がかかっているに違いない。

 使われている家具は全部『株式会社シバタ家具』のものだったからな。

 しかし彼女のアルツハイマーは、小康状態になるどころか、悪化する一方で、彼女はそんな手帳のことなんかすっかり忘れていたってわけだ。


 しかし、それならそれでいい。そんなもの施設側に圧力でもかけて、ゆっくり探させりゃいい。


 そして陵は有力者の娘と結婚した。

 都合の良い事に、幸子には知らせるべき身内はいないと来てる。

 枕を高くして寝られる。そう思ったんだろうが、どっこいそうは上手く行かない。

 あんな施設でも、”いい人”はいるもんだ。

 その人物が元の夫の所に手紙で知らせた。


『・・・・なるほどね。俺の推理と大差ないな』

俺はシナモンスティックを取り出して口に咥え、唇の端でゆっくりと揺らした。


『い、幾ら出せば黙っていてくれる?』悪党の決まり文句が、陵の口から出る。幸子が溺れていた、

”セックス上手の情熱的な好青年”の姿はもうそこにはなかった。


『お生憎様。金は依頼人から貰う。二重取りみたいな真似をしたら、探偵としての沽券こけんに関わるからな』


 陵が後ろに下がり、大きなデスクの引出しに手がかかったのを、俺は見逃さなかった。

 素早く回り込むと、彼が突っ込んだままになっているマホガニーの引出しを足で思い切り蹴って挟みつける。


 陵は世にも情けない声を上げて目から涙を流す。

『や、止めてくれ・・・・手が・・・・手がちぎれる・・・・』俺が放してやると、 奴は膝からくずおれ、血だらけになった右手を抑えた。


 俺は試しに引出しを開けてみる。


 思った通りだ。


 米国製の小型自動拳銃、コルトの25口径が顔を覗かせていた。


『こんなオモチャを使って俺を撃とうなんざ、十年早いんだよ。坊や』

 俺はそいつを取り上げ、遊底を引き、弾丸を弾き出し、弾倉マガジンを抜いてから床に叩きつけて踏んづけた。

 簡単につぶれる。

 何のことはない。ブリキで出来たまがい物だ。


『断わっておくが、俺の襟には隠しマイクが付いててね。そいつはワイヤレスでポケットに収まってるICレコーダーに繋がってるんだ。いざとなればこいつがモノをいうぜ』


 ええ?そんなの恐喝じゃないかって?

 俺を誰だと思ってるんだ?


 探偵は警官オマワリじゃないんだぜ。

 いざとなれば手前テメェのケツは手前テメェで拭くぐらいの覚悟は持ってるさ。

『いいかね。これ以上何にもするなよ。仮にも一度は惚れた女だったら、そっとしておいてやるのがいいって事くらい分かるだろ?』


 陵は涙と鼻水で顔中を濡らしながら、カーペットの上にへたり込んで、モノも言わずに何度も頷いた。

 

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