12 切り裂かれた肌、引き裂かれる空

 カールによる「敵機」への照準合わせは、瞬時に行われた。後は、人間による決断だけだ。

「データリンク、三機すべてにロックオン完了しました」

 緊張の面持ちで、オペレータが副長を振り返る。

「それでは、攻撃を実行します。発射!」

 フェリェ副長の号令と同時に、頭上で「パン」という乾いた音がした。これが、重粒子加速砲の発射音らしかった。

「三機すべてに、命中を確認。各機、迷走中」

 オペレータの声が響いた。あっけないものだ。僕も、カールに状況を訊ねる。

「命中で間違いありません。三機とも、操縦不能の状態で急降下してます。間もなく、地上に墜ちるでしょう。あ、レーダーから機影が消えましたね」


 乗員が助かったかどうか、それは不明だった。墜落までのわずかな時間を考えれば、恐らくは駄目だっただろう。しかし、脱出のチャンスを与えることはできたはずだ。

「引き続き、監視を続けてください」

 フェリェ副長はオペレータに指示を出すと、僕のほうへ向き直って深々と頭を下げた。

「ご協力、ご助言に感謝いたします。おかけで、ここは守られました」


 使命を成し遂げた、そんな気持ちで三層塔を辞した。中庭を横切って戻る僕を、女性たちが取り囲み、賞賛の言葉を次々と口にする。中でもラントヮの、尊敬と信頼感に満ちた眼差しに僕は得意の絶頂になった。

 しかしあくまでも謙虚に、

「少しだけ、副長のお手伝いをしただけのことですから……」

 などと言いながら、僕は自室へと戻る。そして、嬉しさのあまりそのままベッドにダイブして、ゴロゴロと転がった。


 身体を起こし、ふと目を遣った窓の向こうに何かが見えた気がした。我に返った僕は、砂漠の上空を凝視する。

 銀色に光る物体が、砂丘の高さすれすれの高度でこちらへ急速接近していた。

 しまった! と僕は思わず叫ぶ。あれは、小型宇宙船だ。撃ち落としたはずの三機のうち、一機が生き残っていたのだ。

 部屋を飛び出し、驚いた顔をする女性たちの間を駆け抜けて、中庭の三層塔へと向かう。戦闘指揮所に飛び込んだその時、背後で大きな爆発音がした。


「敵機が!」

 と僕が叫ぶのと、回転多砲身銃ガトリング・ガンの轟音が響くのとが同時だった。

 ECIWS、緊急時防御システムが迎撃を始めたのだ。フェリェ副長はこちらを振り返ろうともせず、オペレーターに指示を出している。照準画面の向こうで、侵入機はたちまちに爆散した。

「迎撃完了を確認」

 オペレーターのミーリャが、硬い声で告げる。振り返った副長は、

「ミネヤマ様。念のため、あなたの船の側でも、周囲の状況確認をお願いします。私は、被害状況を確認しなければなりません」

 と告げた。被害状況。その言葉に、胸を突かれたような気がした。先ほどの爆発音は、回廊のほうからだった。


 通信端末でカールとコンタクトを取りながら、僕も急いでラントヮたちのほうへと戻る。カールによれば、船のレーダー性能をもってしても、超低空で飛来した侵入機の発見はできなかったということだった。

「責任を感じている、という表現が適当なのでしょうね、もしも私が人間だとすれば。ですが、攻撃を手加減したというところに、いささか無理があったように思われます。敢えて具申いたしますが」

「分かってるよ、カール。君が悪いわけじゃない」

 分かっている。僕が、甘すぎたのだ。全ての責任は、僕にあった。


 飛来した侵入機は、撃墜される前に一発だけ、小型爆弾を投下して行った。

 三層塔を狙ったものと思われるが、一斉に砲身を向けたECIWSによる迎撃を避けようとして進路が狂い、結果的に爆弾は中庭の隅に着弾した。

 その爆発は回廊の一部を破壊し、数人の怪我人を出すことになった。そして、怪我人の中にはラントヮがいた。

 飛散した破片に切り裂かれて、赤い血を流す彼女の白い足。

 救護班による処置を受けるその姿を目にした僕の頭の中で、血液が一気に逆流した。握りしめた通信端末に向かって、僕は叫ぶ。

「カール。カール!」

「どうされましたか? キャプテン・ミネヤマ」

「攻撃管制リンクはまだつながってるか?」

「はい。まだ生きていますが」

 救護の指揮を執っているフェリェ副長の元へと、僕は走った。まだ土埃の舞っている中庭は、芝生のあちこちに穴が開いて、地面がむき出しになっていた。


「副長。敵オアシス都市、十字街クロスカンドにおいて、再攻撃準備開始の兆候が観測されました。このままでは、第二波の攻撃を受ける可能性があります」

「それは、確かなことなのですか?」

 険しい表情で、副長が訊き返す。

「はい、間違いありません。ついては、敵都市への直接攻撃を提案します。私の船との攻撃管制リンクはまだ生きていますから、ご指示いただければすぐに攻撃可能です。確か、このまちには小型レールガンが――」

 フェリェ副長は目を瞑り、腹部に手を当てて、深く息を吸った。そして、ゆっくりと吐き出す。

「結局、もっとも悲惨な結果を招いてしまったわけですね。しかし、これは避けがたい運命だったのでしょう。わたくしの責任において、直接攻撃を実施します。つきましては、射撃支援をお願いします」


「今度こそ」とカールは張り切った様子を見せた。「完膚なきまでにやつらを叩きのめしてやりますよ」と。彼らにも名誉挽回という発想があるらしい。

 しかし、落ち着きを取り戻し始めていた僕は、後悔の念に苛まれていた。「再攻撃の兆候」という全くの嘘を根拠に、一つの町を殲滅しようとしているのだ。例えそれが、ラントヮを傷つけたことへの報いだとしても。


 しかし、もう後戻りなどできない。レールガンの発射シークエンスが急ピッチで進んでいくのを、止めることができない。

 全てをカールに任せ、部屋に閉じこもっていた僕はやがて、空が引き裂かれるような音――弾体の発射音が轟くのを耳にした。

(第13話へ続く)

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