11 熱核推進反応検出、出力50%で主砲用意

 汗を流しながら畑を耕している時も、採れた芋の皮をむいている時も、僕はポータブル通信端末を肌身離さず持ち歩き続けていた。それが、僕の本来の役目だったからだ。定期的に船に戻り、状況をカールに確認するのも怠らなかった。

 その結果、返ってくる答えは常に「異状なし」というものだった。そのはずだった。

 だから、円卓を囲んでのフェリェやラントヮたちとの昼食中に、通信端末が鋭い警報音を発したその時も、これは何かの間違いだろうと僕は思った。

 しかし、カールからのメッセージは、本物の緊急事態を告げるものだった。

「西北西、一千二百キロメートル地点において、熱核推進反応検出。小型船三隻が直線軌道にて急速接近中と思われる。攻撃意思を推認、確率99.7%。急遽戻られたし」

 何度確かめても、内容に間違いはなかった。


 震える声でこの事実を告げた僕に、

「ついに、この時が来てしまいましたね」

 と、フェリェ副長はあくまで落ち着き払った態度で、うなずいた。

「間もなく、私どものレーダーの探知・管制範囲にも入るでしょう。しかし、それでは間に合いません。あなたの船と、私たちの迎撃システムとの管制リンクをお願いします。速やかに」

 裏口から駆け出して、僕は船に戻った。

 船内では、非常警報らしいチャイムがけたたましく流れている。そんなもの、初めて聞いた。カールが面白がって即席で作ったのではないか。


「カール、管制リンクの準備を。向こうのDLLIDは、」

「すでに把握しています、キャプテン・ミネヤマ。先ほどから、うるさいくらいに接続要請シー・アールが来ていますので。あとは、あなたの指示一つです」

「よし、つなげ」

 ひゅう、と口笛のような音がした。

「これは、すごい。このまちの連中、最終戦争カーテンをもう一度始めようってつもりじゃないでしょうね」

「どういうことだ?」

「とんでもない重武装ですよ、これは。重粒子加速砲が一門、こいつは月面でも狙い打てます。ECIWSもまちの東西南北に三基ずつ。おまけに、小型だがレールガンまで砂の下に隠してある。これを撃つってことですよね、私の照準で」


 なるほど、つまりはそれがあの落ち着きぶりという訳だ。

 平和な空気の裏に隠された、血の匂い。奇跡には仕掛けがある、それは当たり前のことなのかも知れなかった。

 とにかく、何でもいい。彼女たち――ラントヮを守らなければならない。それが全てだった。100%迎撃可能な鉄壁の守りが用意されているというのなら、結構なことだ。


「構わない。リクエストされた情報は、全部渡してやってくれ」

「じゃあ、こちらで射線の付与まで処理しますか。……おや、主砲のお出ましですね」

 まちの中心、瓦屋根が三層に重なった塔の最上段にある窓が開き、ごく短い円筒を載せたアームが、空中へとせり出してきた。

 重粒子加速砲。カールによれば、フィラメントに珪素を使用する、シリコンビームタイプのものらしかった。塔は回転し、砲身は西北西へと向きを変える。

「本船が搭載するメーザー銃なんかとは、射程も威力も桁違いですよ。間違いなく、一瞬で『敵』は殲滅されるでしょう。こんなおっかないものを発射する動力、どこから持ってきてるんでしょうかねえ」

 妙に楽し気なカールとは逆に、僕の気分はどんどん滅入って来た。「敵」と言えども、生き残った貴重な人類には違いないのだ。向こうさんにも、事情はあるのだろうし。


「……その小型船には、何人くらいのクルーが乗ってるんだろう」

「ここのデータベースで照合したところ、十字街クロスカンドというオアシス都市の船のようです。最大定員五名とありますから、全部合わせても十五名以内でしょう」

「その船を撃ち落とさずに、単に行動不能にするってことは可能か?」

「技術的には可能でしょう。しかしこの連中、どうもあちこちで略奪や人殺しをやってるようです。今後の安全を考えれば、殲滅しておくほうがベターではないでしょうか。もちろん、私に判断できることではありませんが」

 あくまで人工知能によるアシスタントであるカールには、人間の生死に関わる決定はできない。ただ、助言サジェストするだけだ。

 そして、僕にもその決断はできなかった。決めることができるのはあくまで、月泉郷がっせんきょう副長であるフェリェだけだった。


「しかし、もし攻撃に失敗すれば、このまちの破滅につながる可能性があります。ミネヤマ様のお考えは、良く分かるのですが」

 フェリェ副長は目を伏せて、静かに言った。

 主砲が格納された三層塔内の、戦闘指揮所。そこは外見からは思いもよらない、計器類と各種ディスプレイ表示に囲まれた情報の要塞だった。

 攻撃を手加減するように、という僕の提案に、やはりフェリェは難色を示した。僕にもそれは分かっていて、諦め半分での提案ではあった。

 人殺しに加担することになるという罪悪感、それをわずかにでも和らげたかっただけなのかも知れない。


「ですが……残り少なくなった人間同士でまた殺し合いというのでは、あまりにも救いがないように思います」

 なおも言い募る僕の言葉に、ほんのわずかな間、フェリェは考え込んだ。もう、時間はほとんど残されていないはずだった。

「……分かりました。定格出力の50%ダウンで、主砲を発射することに致します。撃墜には十分ですが、機体の即時蒸発は避けられるはずです。後は、彼らの運次第でしょう。それでは、照準管制をお願いいたします。……ミーリャ! パワー、ハーフレベルで主砲発射用意!」

 オペレーター役の女性――いつもはパンを焼く係をしている――に、副長は指示を出した。

「ありがとう、ございます」

 僕は頭を下げると、ポータブル通信端末からカールに指示を出した。

「速やかに射線付与、主砲の射撃管制システムにデータをリンクせよ」

(第12話に続く)

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