9 彼女と見上げた満月。この世界を守るために

「それで、そのお願いというのは」

 身構えながら、僕は訊ねる。

「お気付きのことかも知れませんが……」

 テーブルを囲んだ面々を、彼女は見回した。

「ここには、女性しかおりません。調査船団の団員は約半数が女性でしたが、今この町にいるのは、その女性団員五十名弱だけなのです」

「ええ、不思議に思っていました」

 うなずいた僕を、女性たちが見つめる。緊張感で、僕はそのまま少しうつむいた。

「実を申しますと、男性たちは探査船で宇宙に上がり、再び外惑星ポロンへと向かったのです。この世界を、文明を守るためには、地球外文明とのコンタクトを取ることに賭けるしかないと、私たちはそう判断したのです」


 どんどん壮大になってきた彼女の話に、僕は言葉を失った。世界はすでにすっかり滅びたもの、僕にはそういう認識しかなかった。しかし、この人たちは本気で文明世界の復活を目指しているというのだ。それも、そんな可能性の低いやり方で。異様な執念、僕にはそう思えた。


「このオアシス都市は、かつての人類文明を再建させるための拠点として建設されました。しかし、僅か人口百人程度では規模が小さすぎる。かくなる上は、地球外文明の傘下に入って援助を受けながら、私たちが主導して人類再興を目指すしかない、そのように判断したのです」

「しかしなぜ、男性だけで?」

「お恥ずかしい話ですが、私どもの集団内においては、男女間での様々なトラブルが無数に生じました。いっそしばらくの間、完全に役割を分けてしまったほうが良い、そういうことになったのです。女が家を守る、歴史上にはそのような文化も存在したのですから。次世代の子供たちを産み育てるには、私たちだけで問題ありませんし」

 国家的エリート男女の集団。それは色々あったことだろう。僕はわずかに顔を上げて、居並ぶ女性たちに一瞬だけ視線を走らせた。右端の、特に若く美しい女性に目が釘付けになりそうになり、慌てて正面に視線を戻す。


「そういうわけで、私どもには今、船がありません。ところが、生き残った人類同士が、再びいがみ合いを始めるという、残念な事態が生じてしまいました。豊かなここは、いずれ必ず攻撃の標的にされます。不穏な動きを見せる、各オアシス都市の情勢について把握するには、ここの地上レーダー装置のみでは不十分になってまいりました。ついては、あなたの船の情報収集能力をお借りしたいのです」

「しかし、いざ他都市から襲撃を受けそうだとなったらどうするのです?」

 僕は、カールの話を思い出していた。船を使って本格的に攻撃されたら、いくら堅牢な城壁に囲まれているとはいえひとたまりもないのではないか。


「早期に把握さえできれば、反撃の手段はに用意してあります。詳細は、また改めてご説明しますが」

 彼女の言葉には、それ以上の質問を封じる雰囲気があった。

 しかし、どうも物騒な話になってきた。早いところ水だけもらって周回軌道に戻り、あの居心地の良い仮想空間に帰りたいところだが……。

 再び一瞬だけ、僕は右端の若い女性に視線を走らせた。鳶色の瞳で、彼女はこちらをじっと見つめている。

 止むを得まい。彼女たちの、この世界を守るためだ。


 フェリェ副長が用意してくれた部屋に、僕は落ち着いた。

 床も壁も石造りのその部屋には、寝心地の良さそうなベッドが一つあるだけだった。こちらも一つしかない窓を開くと、広がる砂漠の彼方に砂丘が見えた。ちょうど太陽が、その丘に沈もうとしている。この部屋は、町を囲むあの外壁の中にあるらしかった。


 砂漠の地表は昔見た海のように波打ち、陽が落ちて行くのに合わせて、さまざまに違った模様を描き出した。

 太陽が沈むと、今度は月の光が外界を満たした。部屋の中を照らすのは天井の灯り一つだけだったが、それでも十分に明るく感じられる。

 長い間、目にすることも無かった現実の風景、その美しさを飽きずにじっと見つめていた僕の背後で扉をノックする音がした。

「どうぞ」

 振り返ると、開いた扉の向こうに見覚えのある女性が立っていた。

「お夕食の用意が出来てます。良かったら、食堂へ」

 丸テーブルで見かけた、あの若い女性だった。


 食堂へと向かう回廊を歩きながら、僕は彼女に訊ねてみた。

「あなたのような若い方も、船に?」

「私たち中央調査団のクルーには、子供連れの家族も何組か乗り込んだのです。子供、つまり私たちね。可能なら、ポロンにそのまま基地を設営して、持続的に滞在調査を続ける予定だったようです。そのおかげで、私たちの船には工作設備も資材もたくさん積まれていて、こんな町を作ることもできたのだと、母に聞きました」

 そこまでしゃべってから、彼女はふいに立ち止まった。

「今夜は、満月ね」


 彼女が見ている空を僕も見上げた。中庭にそびえる三層の塔の上に浮かぶ、明るく丸い月。その姿は、船から見える天体としての月とは、全く違っているようだった。彼女の足元には長い影が延びていた。

「あなたの、お名前は?」

「ラントヮ、と言います」

 月の光の下で、彼女は微笑んだ。細面のその顔が、まるで磁器でできているかのように、わずかに透き通って見えたような気がした。

(第10話へ続く)

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