7 大気圏再突入、降下目標地点はオアシス都市
生き延びた人類――つまりは宇宙からの帰還者たちが、世界各地に残されたわずかなオアシスの周りに小さな町を作って、点在して暮らしている。これが地球の現状だ。
宇宙空間における最大の拠点だった各国月面基地の残留者を含めても、総人口は恐らく一千人にも満たない。それが今の「全世界」というわけなのだった。
本当は、二度と地上には降りないつもりでいた。
荒野と化した地球、そんな現実を受け入れるくらいなら、地球を周回する軌道を回り続けたまま、人生の終わりまで仮想空間で過ごすほうがまだ良い。
しかしこうして、どうしても降下せざるを得なくなった以上、目標地点は慎重に選びたかった。荒廃した風景などできるだけ見たくない。
周回軌道上から撮影した映像を基に、カールに候補を挙げてもらった結果、ユーラシア大陸と呼ばれていたエリアの奥地にあるオアシス都市を着陸点に選ぶことにした。
「あなたの好みに、一番近い場所だと思いますよ。今の地球上ではね」
カールがメインディスプレイに表示して見せた映像には、池のほとりに瓦屋根の建物がいくつか建ち並ぶ、まるで幻のような風景が写っていた。
戦争前、そのオアシスの辺りにあった町の姿を、帰還者たちが再現したようだったが、僕の母国と同じ旧東アジアエリア、やはり文化的に近いのだろう。
「それでは、当機は降下を開始します。シートベルトをしっかりとお締めください。機体が揺れることがありますが、航行には支障ありません。ご安心ください。到着地の現在の気温は三十度、天気は晴れです」
妙に改まった声で、カールは言った。一応、機長は僕のはずなのだが。
間もなく、
降下する船が大気を切り裂く轟音にコックピット内は満たされ、キャノピーの向こうには赤熱した船体外殻の一部が見えた。カールの予告した通り、船は時折揺さぶられるように上下左右に激しくぶれた。
そんな航行が約一時間ほど続いた後、船はようやく安定を取り戻した。
キャノピーから見えるのはもはや宇宙ではなく、懐かしい本物の青空だった。しかし眼下には、赤茶けた無残な大地が広がっている。
「間もなく着陸態勢に入りますが、いきなり町のすぐ近くに降りると、住民を警戒させてしまうかも知れません。各オアシス都市同士で、揉めてるケースもあるようです。空撮映像の中にも、わざわざ船を使って隣の町を襲いに行く連中が映ってましたからね」
「そうなのか」
僕は驚いた。こんな状況下で生き残った人たちが、さらに諍いを起こす。なんと馬鹿馬鹿しい話だろう。
地上に降りるのが、ますます憂鬱になってきた。町のそばにあるらしい池から、勝手に水をもらって逃げてしまいたいくらいだが、そんなところを見つかったらそれこそ命はないだろう。
「分かった。目的地から二千メートル手前で、一旦降りてくれ。交渉が成立するか、致命的に決裂するかしたら連絡する」
「了解。砂漠のピクニック、楽しんできてください」
カールが皮肉で言っているのか、単に能天気なのか、僕には良く分からなかった。
船が着陸して、いざ歩き始めた砂漠の風景は、確かに美しかった。
雲一つない澄み渡った青空の下に、ビロードみたいなベージュ色の砂が波打つようにどこまでも広がっている。しかし、砂に足を取られながら二千メートルの距離を歩くのは、かなり大変だった。
持参した荷物はポータブル通信端末と、数本のボトル水だけだったが、何より自分の身体が重い。その点では、楽しいピクニックとは到底言えなかった。
ボトルの水を何度も飲みながら、砂丘に囲まれた池のほとりにようやくたどり着いた時には、歩き始めて二時間以上が経過していた。
三日月みたいな形をした池は、驚くほどに澄んだ湧き水を湛えていた。仮想空間の水路を流れる水に匹敵する美しさ。これが、オアシスというものなのか。
赤道上空に投射された環境改変兵器は、人類の絶滅によって戦争が終わった後も、動力源が続く限り稼働を止めなかった。その結果、全ての陸地が砂漠化することになってしまったのだったが、しかし今でも地下深くには、まだこんなに水が眠っていたのだ。
池の向こう岸には、カールが見せてくれた通り、土壁の上に赤い瓦屋根が載った建物がいくつか集まっていた。その中心には、三層に屋根が重なった塔が建っている。
「丹後松島」の建物とは若干趣は違うものの、その違いなどわずかなものだ。こんな風景が、まだ地球上に存在しているなんて。
池の周りは青々とした草地に囲まれ、何本もの樹木が点在していた。向こう岸には何らかの植物が規則正しく並んで植わっていて、これは何と農地らしい。これらの植物の種子は、一体どこに生き残っていたのだろう。
これは現実というよりも、もはや異世界。その言葉がぴったりな風景だった。
(第八話に続く)
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