6 おはようカール、大気圏再突入の準備は任せる
ディスプレイの文字盤からコマンドを打ち込み、僕は航行制御サブシステムを起動した。途端に、沈黙していたコクピット内の計器類が一斉に目覚め、色とりどりの光を放った。
「やあ、おはようございます、キャプテン・ミネヤマ。お久しぶりですね」
渋いバリトンの、しかし人工的な残響の残る声が挨拶してくれる。
「おはよう、カール。また、君の助けを借りることになったよ」
「それは光栄です。何なりと、お申し付けください」
音声コミュニケーション・アシスタントである「
惑星間航行時における、パイロットのパートナーとして組み込まれたアシスタントだが、仮想空間内の
これは、パイロットがアシスタントとの感情の交叉による混乱を起こさないように、わざとそのような設定にしてあるらしかった。
人間様がロボット相手に本気で喧嘩をする馬鹿馬鹿しさ、そこを感じさせることが重要なのだそうだ。
「実は、地上への降下を検討しているんだが、船体外殻は大気圏再突入に耐えるかね?」
「はい、問題ありません。太陽の表面に降りろ、と言われたらお手上げですが」
「もちろん地球だよ。どのくらいの準備時間で降下開始できる?」
「
「まあね」
僕は肩をすくめた。カールは冗談のつもりだろうが、経管栄養が長時間途切れていたとすると、ちょっとした断食状態に近いのかもしれない。
大気圏突入開始のゼロ・アワーを十二時間後にセットして、僕はまず食事を摂った。固形物はまだ胃が受け付けないから、流動ゼリー食を四時間に一度。食べ終わると、キャプテン・シートでひたすら仮眠を取った。
何度も夢を見た。サイダーが沈むあの水路の水を、飲んだり浴びたりする場面が繰り返し出てきた。浮絵さんや、ご先祖様の彼女も水辺に姿を現したようだ。願望の実体化。やはりこの船の仮想空間システムと夢は似ているようだ。
* * *
この惑星間航行船の元々の目的地は、冥王星軌道からさらに100天文単位以上も彼方を周回する外惑星「ポロン」だった。
正体不明の有意信号が、突然その宙域から発せられたことにより発見された星だったが、さまざまな波長によるこちらからの呼びかけに応答はなく、まずは無人探査機による調査が行われることになる。
そして、長い年月の後に探査機が送ってきた映像は、その地表に多数の構造物――地球上のビル群にそっくりだった――が存在していることを示していた。
「住民」の姿こそ見つからなかったが、それでも全世界的に
「突然出現した『ポロン』そのものが、実は超文明による『人工物』なのである」
などという説まで出てくる始末だった。
地球外文明とのファースト・コンタクト、まさにその第一号を目指して、世界各国の政府、公的団体、私企業が、無数の有人探査船をポロンへと送り出した。
僕の船も、そのうちの一隻だった。母国だった国の宗教団体系財団が立ち上げた、ポロン探査計画。募集されたパイロットはわずか一名で、これは通常では考えられないのだが、
「教義上、どうしても我々が真っ先に、地球外文明と接触する必要があるのです」
とのことで、低予算でかなり無理をして立てた計画らしかった。
太陽系の果てまで旅する数年間を、一人で耐えなければならないというのはあまりに過酷である。SF作品でおなじみの
仮想空間のデザイナーだった僕は、
「自分が理想とした空間内で長期間暮らせるかどうか、実際に試してみたいのです」
という志望理由が認められ、それでパイロットに採用されたというわけだった。船の操作自体はシステムがやってくれるから、特別な訓練は何も必要ない。「人類」が乗っている、ということだけが重要なのだ。
実は、ちょうどフィアンセと別れたばかりで、半分やけになっていたというのも、こんな旅に出ようとした理由だったのだが。
ところが、船がちょうど土星の軌道を超えようとしていたところで、緊急ニュースが入ってきた。
「世界が……人類が壊滅していく! バカな、こんなバカなことが!」
月面宇宙港放送局のアナウンサーは、絶叫するようにその惨劇の有様を伝え続けた。
外惑星探査どころではなくなった。全ての探査船が、泡を食ったように地球へと引き返すルートに入る。僕の船も、また同じく。
* * *
栄養補給と睡眠のセットで、僕の体調は順調に回復した。
「この数値なら、大気圏突入は問題ありませんね。トライアスロン大会に出場することだって可能ですよ」
とカールも太鼓判を押してくれた。生き残った人類たちが、いつかそんな大会を開催する日が来るかどうか、甚だ疑問ではあったが。
カウントダウン開始を前に、カールは
(第7話に続く)
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