7 朝丘直

 朝丘直


「じゃあ、またね清」

「うんまた」

 午後の時間になると、雨の中でさよならをして、清と五月はお別れをした。


 五月はこのあと、少し用事があるのだということだった。(突然の用事だそうで、五月は「私から誘ったのに、ごめんね」と清に言った。清は「別にいいよ」と言ったけど、五月が清との約束の途中でどこかに行ってしまうことはすごく珍しいことだった)


 五月はあんまり清の声だけしか聞こえない王子様の話について、詳しく聞くことはなかった。

 それが少し意外だったけど、(結果的にはよかったと思った。清は恋の話は苦手だった)でも、久しぶりに五月と二人だけで日曜日に出かけることができたので、それは、本当にとても楽しい時間だった。(そういえば、本当に久しぶりだった。最近、私は本当に五月と二人だけで、どこかに出かけるということをしていなかったな、と清は思った)


 でも、その二人の時間は、楽しいことばかりではなかった。


 五月は清の夢の話を聞いてから、なんとなく清の恋の話について、興味を失ったように見えた。


 ……なんだ。せっかく清の本気の恋の話だと思ったら、そんなことか。とでも言いたげな顔を五月はしていた。


 それから五月は変な話ばっかりしていた。


 だから清はとても、そんな変な話ばかりをする五月のことが、……すごく心配になった。


 雨はやまなかった。


 帰りの電車の中で清はそんなことをずっと、……ずっと、たった一人で考えていた。(清の周囲には、ずっとたくさんの顔も名前も知らない人たちがいたけど、確かに清は一人だった。確かに清は孤独だった。自分が孤独であると感じた)


 足がまだ、痛いな。


 ……五月。大丈夫かな?


 五月との小学校時代の思い出を急に思い出して、そんなことを清は思った。


 清はびっこの足で不器用な歩きかたで歩いて、家までの道を帰った。でもその途中で、ふと、……ちょっとだけ寄り道していこうかな? と思って、家の近所にある有名な公園である『羊の森公園』に寄ってから帰ることにした。(ちょっとだけ、考えごとをしたいと思ったのだ)


 清はぴょこぴょこと、あるでペンギンみたいに歩きながら、羊の森公園の中を移動をした。

 そして歩いている間、ずっと五月のことを考えていた。


 ……五月の思い。


 清にはどうしても五月の思いがわからなかった。


 五月の心が、どうしても理解することができなかった。(わからなかったのだ。……友達なのに)

 それがすごく、悔しかった。(なんだか泣きそうになってしまった)


 羊の森公園にある大きな池にかかっている赤色をした古風な橋、茜色橋のところまでやってきたときに、清はその茜色橋の上に人の姿があることに気がついた。


 一人の少年がその橋の上には立っていた。


 雨の中。透明なビニールの傘をさして。


 その少年は、その場所にいた。


 まるで、……ずっと前から清のことを、この場所で待っていたように。


「直くん?」


 と茜色橋のちょうど、真ん中のところで、雨の中で立ち止まって、清は言った。


 すると、その少年、朝丘直がじっと、無言のまま清の顔を見つめた。


 その無口で無愛想な、感情のない顔をした背の高いひょろっとした癖っ毛の少年は、間違いなく、あの朝丘直くんだった。

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