6 ……雨、止まないね。
……雨、止まないね。
「この世界から消えたいって思うこと、……ある?」
「え?」
降り止まない強い雨降りの風景をぼんやりと見ていると、突然、五月がそんなことを清に言った。
清は驚いた顔をして、雨つぶの当たる大きな透明の窓から、(二人のいる席は、不思議の国の中で、緑色の草原をイメージした席だった。白い壁と大きな窓があるのが特徴の席だった)五月のほうに顔を向ける。五月はとても真剣な顔をしていた。冗談っぽい顔をしているのかと思っていたから、清はそんな五月の顔を見て、もう一度、驚いてしまった。
「この世界からいなくなりたいってこと?」背筋を伸ばして清は言う。
「……うん。いや、ちょっとだけ違うかな?」五月は言う。
「なんで私は、この世界に生まれてきたんだろうって、そんなことを疑問に思ったりする?」とそんな悲しいことを少し考えたあとで、五月は言った。
「しないよ。そんなこと」とにっこりと笑って清は言った。
「本当に?」五月は言う。
「本当だよ。みんな愛されてこの世界に生まれてくるんだよ。私もそうだし、もちろん、五月もそう。みんなこの世界に生まれてきた意味はあると思うし、そんなことを疑問に思ったりなんて全然しないよ」と清は言った。
「うーん。そうかな?」
五月はなんだか納得いかないな、と言ったような不満そうな顔をしながら、雨降りの窓の外の風景に目を向けた。
デザートを食べ終えた二人のテーブルの上には、今、おかわりをした、二つのお揃いのアイスコーヒーが置いてあった。
清はそんな五月の憂鬱な雰囲気のある横顔を心配そうな顔を見ながら、アイスコーヒーを水色のストローでひと口飲んだ。
「なんで私は生まれてきたんだろうって、そんなことを疑問に思ったりする?」
そんなことを小学校時代の五月は言った。
放課後の時間。
誰もいない小学校の教室の中で、外では(ちょうど、今日みたいな)強い雨が降っていて、居残りをしていた五月はずっと、窓の外に降る強い雨の風景に目を向けている。
同じく居残りをしていた清は五月の言っている言葉の意味があまりよく理解できなかった。(そんなことを考えたことなんて、一度もなかったからだ)
「私はなんでここにいるんだろう? 私はどうしてこの世界に生まれて落ちてきたんだろう? ってさ。そんなことをときどき、疑問に思うんだ」
清が「どうしてそんなことを思ったりするの?」と聞くと五月はにっこりと笑って、清にそう言った。
清は全然、五月の言ってる言葉の意味が、やっぱり理解することができなかった。
清にとって、自分がここにいる、ことは当たり前のことだったし、小学校に通うことや、あるいはこの世界に自分が生まれたことについて、それは当然のことだし、当たり前のことなんだとしか思っていなくて、全然、五月のように疑問に思ったりすることは一度もなかった。(そして、こうして五月にその疑問を聞かれても、『ここにいる自分の存在』を疑ったりすることもまったくなかった)
その日、雨降りの中を清は五月と一緒に黄色い傘をさして、荷物のたくさん入った重たい赤色のランドセルを背負いながら、先生にさようなら、をして、紫陽花の咲く風景を見ながら小学校を下校した。
「ばいばい、きよちゃん」と別れ際に五月は白い歯を出して、小さくゆっくりと手を振って、にっこりと笑いながら、清に言った。
「うん。ばいばいめいちゃん」五月にそういうとき、なんだか清の胸は、心はすごく締め付けられるような思いがした。
自分がなぜそのときに、そんな思いを感じたのか、その日の夜、ずっと考えていたのだけど、清にはその理由がやっぱり全然、わからなかった。(そのことが悲しかった。だって、五月は清の一番の友達だったから。その友達の、きっと自分だけ話してくれた秘密の思いを、本当の心を、友達の自分が理解できないことが、きちんと受け止めてあげられないことが、……とても、とても悲しかったのだ)
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