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「ドーナッツの穴ってさ。この世界に存在していると思う?」清の持っている、不完全な食べかけのドーナッツの穴を覗き込むようにして、五月は言う。
「ドーナッツの穴?」五月のことを穴の反対側から見返すようにして、清は言う。
「そう。よく問題になるでしょ? ドーナッツの穴は存在しているのか? それともしていないのか? どっちなのかその理由も含めて十秒以内に答えなさい」
にっこりと笑って五月は言う。
清は手に持っているひと口だけ食べて、輪っかの形から不完全な形に変わってしまった(とても甘くて美味しい)ドーナッツの姿(存在)をじーっと真剣な顔で観察する。
それから「うーん」と少し考えてから、五月を見て「していない、かな?」と清は言った。
「どうして? その理由は?」と五月は言う。
「だって、ドーナッツの穴は食べることができないから」と、とても真面目な顔をして、うんうんとうなずきながら清は答える。
そんな清の答えを聞いて、五月は(店内のため声は抑えていたけど)爆笑した。
五月に笑われながら、不機嫌そうな顔をして、清はドーナッツをもう一口食べる。美味しい。もう一口。そういやって、清に食べられながら、ドーナッツはどんどんと小さく、そして、なくなっていく。(もう円形だったドーナッツは、小さな扇型の形に変わっていた)
清は自分の唇についたドーナッツの粉を舌でぺろっとなめた。
「ドーナッツ。ひと口ちょうだい。チョコレートケーキと交換しようよ」と五月は言う。
「いいよ。もちろん」清は言う。
(こうして、清と五月が食べ物を交換することはよくあることだった。ほとんど五月から言い出すことだったけど)
清がまだ食べていないもう一つのお皿の上に残っていたドーナッツを手に取ろうとすると、「それでいいよ。全部食べちゃう」と五月は言う。
清が両手に持っていたドーナッツの最後の扇型の部分を五月のほうに差し出すと、その残りのドーナッツを五月は冗談っぽく「あーん」と言いながら、ぱくっとひと口で食べてしまった。
「美味しい」本当に美味しそうな顔をしながら、にっこりと笑って五月は言った。
(そのあとで、清は五月からフォークであーんをしてもらって、チョコレートケーキをひと口食べた。チョコレートケーキは甘くて、でもちょっとだけ苦味が聞いていて、本当に美味しかった。なんだか少しだけ大人の味がした)
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