3 占い屋 花花(はなはな)

 占い屋 花花(はなはな)


 君は空の中にいる。

 ……とっても、高い場所にいる。


 懐かしい夢だった。懐かしい思い出。懐かしい私。なくなってしまったもの。消えてしまったもの。いなくなってしまった、あのころの私。

 私は、……ずっと一人だった。一人ぼっちだった。

 一人ぼっちで、(泣きながら)あなたのことを道の上で待ち続けていた。


 ある道の上で、私は、君と出会った。私は君との出会いを、……本当の運命の出会いだと、……そう思った。(信じた)


 放課後の時間


 最近、私はよく空を見ている。

 空を見て考えごとをする。

 空を見て、君のことを考える。

 君が近くにいる気がする。(とても違い場所にいる気がする)

 私のいるずっと近い場所から、私のことを見つめている気がする。

 たとえば、教室の廊下のところに立って、そこにあるドアのガラスのところから、私のことを見ている気がする。

 数学の授業中、ずっと眠たそうな顔をしている私のことを……。

 ぼんやりと君が私のことを見つめているような気がする。


「それは恋の悩みだよ。間違いない」

「……やっぱり、そうなんですかね?」と(本当に)困った顔して清は言った。


 清のいる場所は占い研究会の部室。


 占い屋『花花(はなはな)』の部屋の中だった。

 薄暗い部屋の中には青と占い師を目指している占い大好きの生徒であり、清や五月と同じ教室の友達でもある、占い師、花花(青野花)だけしかない。


「間違いない。恋の悩みだね。清。君は今、恋をしているんだよ。その夢の中で見る誰かにね」

 ふふっとにっこりと笑って花花は言った。(そんな楽しそうな花を見て、清はずっと困った顔をしながら、はぁー、やっぱり占いなんて頼むんじゃなかったかな? と心の中でそう思った)


 花花の占いは三十分くらいの時間で終わった。(でも、もっと長い時間だったように、一時間くらいに、清は感じた。あの占いの作り出す、独特の薄暗い空間が、そんな時間を捻じ曲げるような感覚を与えるのかもしれない)


「へー、でも本当に驚いた。あの陸上に一途だった清が恋とはね。まあ清は綺麗だから、恋をしてもなんの不思議もないんだけどさ」占い師用の顔を覆っていたフードをとって、占い師花花から清の友達の小柄なおかっぱの高校生、青野花に戻った花はにっこりと笑って清に言った。


「足を怪我して、陸上には、飽きちゃったのかな?」にっこりと笑って花は言う。

 そういう本来はいいにくいことを、はっきり本人に向かっていうことが花には昔からよくあった。そのことで清は怒ったりはしない。なぜなら、花のいうことには確かに、(まるで占い師花花の言葉のように)ちゃんとした意味があることが多かったからだった。(たまに、とくに五月と花はそのことで、本気の喧嘩になることもあったけど……)


「違うよ。私は今も陸上に恋をしているもの」と清は言う。(それは嘘ではなかった)


「このこと、五月にはいったの?」花は言う。

「ううん。言ってない。だって五月に言ったら、きっとこっちの恋の応援をされちゃうから」と清は言う。

「確かに。五月はそういうやつだよね。馬鹿みたいにまっすぐで、おせっかいで、友達思いの本当にいいやつ」にっこりと笑って花は言った。(花の言葉は、本当にその通りだと清は思った)


 清は「じゃあ、今日はどうもありがとう。話を聞いてもらえて、占いもしてもらって、なんだかすっきりした」と清は言って占い研究会の部室をドアを開ける。


「別にいいよ。それよりも、清。清の恋の相手に心当たりはあるの? その顔も名前もわからない『声だけしか聞こえない清だけの王子様』にさ、自分なりの心当たり、ある?」今度はなぜか、真剣な顔をして、花は言う。


「……ううん。ない」と(少し考えてから)清は言う。

 それは嘘でも照れ隠しでもなく、本当のことだった。清は今、自分が誰かに恋をしているとはどうしても思えなかったのだ。(心当たりも、本当になかった。運命の出会いもしていないし、最近、急に転校してきたかっこいい男子高校生とかがいるわけでもなくて、あとそんな人と、朝、登校の時間に道端で偶然ぶつかったりもしていなかった)


「そっか。ならいいんだけどさ」と天井を見上げてから、花は言った。(清が見ると、そこにはちかちかと白く光っている蛍光灯の明かりがあった)


「またね。清」

「うん。また」

 そう言って清は花と別れてから高校を下校するためにもう誰もいなくなった夕焼けに染まる廊下を一人でいつものように、ぴょこぴょことした、(まるでペンギンみたいな)不器用な歩きかたで歩き始めた。


「私に黙って、いったいなんの相談をしていたの? もしかして、恋の相談、かな?」

 廊下を曲がったところで、急にそんな声をかけられた。


 清がびっくりして 声のしたほうを見ると、そこには棚町五月がいた。五月は壁に背を預けながら立っていて、にやにやと笑いながらびっくりした顔をしている清のことをじっと見ている。


「五月。先に帰ったんじゃないの?」驚いて清が言う。

「親友に隠しごと? それはないんじゃない?」と五月は言う。


 清は少しの間無言になる。

 それから清は「うん。ごめん」と五月に言った。

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