第4話 クリスマスイブ

 ちょうど終業式と重なったクリスマスイブの朝、窓の外で雪も降り始めて、教室の皆の興奮は最高潮だった。一年の半分を毎日のように雪景色を眺めて過ごしていた私にとっては、そんな皆の反応のほうが物珍しかった。

 終業式のときも、そのあとの掃除のときも、皆、そわそわとしているのが感じ取れた。クラスのクリスマス会の話も出ていたようで、


「工藤さんはどうする? 誘う?」

「どうせ、話しかけても何も答えないじゃん。誘ったところで無駄だよ」

「そうだよね。来られても、どうせ黙ってるだけだろうし。気を遣うもんねぇ」


 わざとなのか、気づいていないのか、私にもよく聞こえる声でそんな相談をするのが聞こえてきた。心配しなくていいのに、と思った。私が誘われることがないのは分かっていたし、誘われたところで私も行かなかっただろう。その夜は、大事な用事があったから。

 もしかしたら、そのとき、クラスで一番そわそわしていたのは、私だったのかもしれない。

 掃除が終わったら一番にクラスを出て、家に帰った。いつも顔を隠すようにだらんと垂らしているだけだった黒い髪を編み込みにして、東京に来てすぐ渋谷で買った紺のワンピースに着替えた。産まれて初めて、『おめかし』をした。

 ライブまでまだまだ時間はたっぷりあったけど、居ても立ってもいられずに、私は飛び出すように家を出た。天気予報を確認することもしなかった。

 なめていたのだろう、東京の雪を。いくら、吹き付けてくる風の冷たさが故郷のそれによく似ていても、東京でそこまでの雪が降るなんて──まさか、電車が止まってしまうほどの大雪になるとは思ってもいなかったのだ。

 東京の交通機関は完全に麻痺。クリスマスイブというビッグイベントも重なって、どこも大混雑。結局、私がライブハウスに辿り着いたのは、深夜十二時前だった。

 ライブハウスは駅から少し歩いたところにあった。落ち着いた雰囲気のバーが並ぶ一角にこぢんまりと立っていた。ライブハウスというと、カラフルなネオンを飾り付けたような派手なものを想像していた私は、暗い路地に隠れ家のようにひっそりと佇むそれに呆気に取られた。場所を間違ったのかとも思ったが、店の外に出ていたブラックボードに書かれてある名前はチケットの会場名と一致していた。──そして、そこにはもう彼の軽音サークルの名前は無かった。『○○音楽大学ピアノ学科のクリスマスジャズピアノ』と書かれた手書きの文字を見つめながら、中から漏れ聞こえくるピアノの音にぼうっと耳を傾けていた。


 私は、間に合わなかった。


 雪で何度も止まる電車の中で、お守り代わりに握りしめていたチケットはもうくしゃくしゃだった。握りしめる手はかじかみ、しもやけで真っ赤に腫れていた。

 身体の芯まで冷えきって、今にも凍えてしまいそうな中、目頭だけがじわじわと熱くなっていった。

 もうあの人の歌は聞けない。名前も聞けなかった。二度と、会えない。──そう思うと、胸の奥からこみ上げてくるものがどっと涙となって溢れ出て来た。

 重い足を引きずるようにして来た道を戻り、駅についたのはとっくに終電が出ているはずの時間だった。でも、不幸中の幸いとでもいえばいいのか、雪による混乱を引きずって終電にも遅れが出ていた。

 もう深夜の一時になるかというのにホームはにぎやかで、大雪に見舞われながらも聖夜を満喫した様子のカップルたちが仲良く身体を寄せ合って並んでいた。その中で、私はぽつんと一人で立っていた。東京に来てからいつも学校では一人だったし、そんな状況には慣れていたはずだったのに、なぜか、このときばかりは孤独が堪えた。

 ずっと俯いているのも恥ずかしくなって、ふいに、時間を確認しようと顔を上げたときだった。


『まもなく、一番線に最終電車が参ります。本日、雪のため、電車が大変遅れまして……』


 アナウンスが、徐々に遠のいていった──そんな感覚だった。音が消えた。雪の解ける音さえ聞こえそうな静まり返った世界の中で、私は見つけた。

 向かいの一番線のホームに、彼がいた。

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