第5話 告白
ギターケースを担ぐ集団の中で、ハリネズミのように短い髪をツンツンと立てた彼が、酔っぱらっているのか、顔を赤くして笑っていた。
身体が震えた。いてもたってもいられなくなって、向かいのホームに飛んでいきたくなった。でも、そのときにはもう、二つの光が近づいてくるのが目の端で見えていた。彼の待つ電車はもうすぐそこまで迫っていた。
間に合わない。また、間に合わないんだ、と悟った。
せめて、気づいてほしい。そう思った。
これが最後のチャンスなんだから──そんな焦りが、私を突き動かしたようだった。
喉が開いて、空気がどっと肺に入り込んで来た。それは、懐かしい感覚だった。
「あなたの歌、うだでぐ(すごい)……好きでした!」
ホームにこだましたその声に、一番びっくりしたのは私自身だったかもしれない。
周りの目がいっせいにこちらに集まった。カップルたちが気味悪そうにじろじろ見ているのが分かった。笑い声も聞こえていた。
でも、どうでもよかった。
それよりも、彼が気づいてくれるかどうか、それだけで頭がいっぱいだった。
祈るような思いで見つめる先で、友達と話していた彼がゆっくりとこちらに振り返った。
彼は、一瞬、驚いたような顔をして──そして、笑った。
「ありがとう!」
大きく手を振り、彼は笑顔でそう叫んだ。私の声なんか比べ物にならないくらいの大きな声で。
それが、私と彼の、最初で最後の『会話』だった。
あっという間に目の前に電車が滑り込んで来て、彼を攫っていった。風だけを残して電車は過ぎ去り、無人になった向かいのホームを見つめて、私は呆然と立ち尽くした。まるで夢の中にでもいるような気分だった。今、起きた出来事が全て、私の妄想だったんじゃないか、とさえ思えた。
ただ、喉がすごくひりひりして、周りではひそひそ話す声が聞こえて──それがなによりの証拠になった。実感した。私は彼に伝えることができたんだ、と。ずっと伝えたかった気持ちを。そして、彼はそれに答えてくれた。
どっと身体から力が抜けて、私はその場に座り込んだ。
「どうしよう……嬉しいじゃ」
ぽつりとそんな言葉がこぼれていた。
その日以来、頭の中のクラスメートの笑い声は消えた。喉が締められるような感覚もなくなった。代わりに、ふとした瞬間に彼の笑顔が脳裏をよぎるようになった。そのたびに、胸が締め付けられて、顔が焼けるように熱くなって、声も出せないくらいに息苦しくなった。『発作』によく似たそれが、『初恋』だったと気づいたのはもう少しあとになってから……。
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