第4話「フォーディルナイト・クロニクル その1」



「いただきま~す」


 凛奈、哀香、花音の三人は、七海商店街で唯一の喫茶店にやって来た。隠れ家的なお店として有名という噂を聞いて足を運んだが、ちらほらと団体客が席を占めている。噂の信憑性は怪しい。しかし、そんなことは一切気にせず、三人は運ばれてきたスイーツを頬張る。


「美味しい~」


 赤く染まる頬に手を当てる凛奈。ジャンボフルーツパフェを掃除機のようにヒョイヒョイと口に入れる。対して哀香はチョコレートケーキを、花音はモンブランを頬張っていた。


「凛奈、最近よく食べるわね~」

「陽真君が言ってたんだ。何でもたくさん食べないと大きくなれないって」

「陽真君の言うことはすぐ何でも聞くのね」

「えへへ……」


 ジー

 哀香はチョコレートケーキを解体するフォークの動きを止め、凛奈をジト目で見つめる。


 フニュッ


「ひゃっ///」


 哀香は凛奈の脇腹を掴む。凛奈は思わず可愛い声をあげる。


「やっぱり、アンタ少し太ったわね」

「えぇ!?」

「あぁ~、私も思った」


 脂肪がついたことを指摘され、凛奈は慌てふためく。凛奈は最近学校帰りによく駅前のカートでクレープを買って食べたり、喫茶店に寄ってスイーツを食べたりしている。陽真に何でもたくさん食べろという助言に忠実に従っているが、方向性がややおかしい。


「毎日甘いものばっか食べてたらそりゃ太るでしょ」


 哀香が呆れてため息をこぼす。


「それだけじゃないわ。最近陽真君に料理ごちそうになってるんでしょ?」

「う、うん……///」


 陽真は凛奈の彼氏だ。その陽真は最近料理に凝っていて、凛奈はよくごちそうになっていた。それが連日続き、凛奈の体には順調に脂肪が蓄積されていった。


「イケメンで運動神経抜群、成績優秀で優しくてイケメン、社交的でイケメンで物知り、男らしくてその上イケメンで料理もできるなんて……完璧超人じゃない……」

「えへへ…///」


 彼氏を褒められて自分も嬉しくなる凛奈。しかし、陽真の優しさが逆に凛奈に更なる問題を突きつけた。食べ過ぎによって蓄えられた脂肪をどうにかしないといけない。


「そうだ! じゃあさ……」


 花音がある提案をした。









「ダイエットなんて決まり破って、出てくる腹の心配しないで……」

「伊織君? 急にどうしたの?」

「あぁ、また新しい詩を書いてるんだ。魅力的な言い回しを考えててね」

「そ、そうなんだ……」


 いつものように、放課後にプチクラ山までハルを送る伊織。いつも詩を書いてはまた新しい詩を……の毎日だ。亡き両親の意思を大事に、今日も作詩に精が出ている。出来映えには口は紡ぐことにした方がいいだろう。本人のためにも。


「あれ? あの二人……」

「ん?」


 ハルが誰かを見つけた。視線の先には陽真と凛奈がいた。二人共私服に着替えてどこかに出かける様子だ。デートだろうか。それにしては格好がラフ過ぎるように見えた。


「付いていってみよう」

「うん」


 伊織とハルは興味本位で陽真と凛奈を追いかけた。




 陽真と凛奈はプチクラ山の時計広場にやって来た。伊織とハルは草影に隠れて二人の様子を眺める。


「さっきから何やってるんだろう」

「さぁ?」


 陽真と凛奈は林に向かって手を合わせている。目を閉じ、何かに祈りを捧げているようにも見える。伊織達にはまるで意図が理解できなかった。


 シュー


「えぇ!?」


 伊織は思わず顔を乗りだそうとして、寸前でハルに止められた。しかし、目の前で怒ったことはそれほど驚愕すべきものだ。林の中から突然霧のようなものが立ち込めてきた。まるで二人の祈りに応えるように。どういう原理だろうか。


 そして、二人は霧の中へと何の躊躇ちゅうちょもなく足を踏み入れ、そのまま林の奥へと歩いていった。


「どこ行くの!?」

「私達も追いかけよ!」


 伊織とハルは草影から飛び出し、霧の中へ飛び込んで二人を追った。二人の背中を見失わない程度の速度でゆっくり進んだ。林の中はどこも霧に包まれていて、無限に続く異空間を歩いているようだった。そんな恐ろしい林の中を、陽真と凛奈は迷うことなく突き進む。伊織とハルも付いていく。




   * * * * * * *




「……え?」

「ここどこ?」


 僕達は驚愕した。そこは自分達の知っている七海町ではなかった。まるで西部劇に出てくるような木造建築ばかりが立ち並ぶ町だった。人々の服装も現代とはまるで違っていた。僕らはプチクラ山の向こう側に来たつもりなんだけど……。


「戻ろうか」

「そうだね」


 僕はハルさんと一緒に元来た道へと戻る。町に下りた辺りから陽真君達を見失ってしまった。しかし、このまま自分達まで迷ってしまっては本末転倒だ。陽真君達はどこへ行ったんだろう。


 ザッザッザッ


「……」


 さっきから同じような林の風景ばかり続いているような気がするけど、迷ったなんてことはないよね。


「伊織君、道こっちであってるの?」

「えっと……」


 先程の霧は消えていたけど、さっきから僕らは時計広場までたどり着けない。真っ直ぐ進んでいるのに、行く先は林ばかりだ。どうもおかしい。明らかにここはプチクラ山ではない。


「多分……」

「多分?」

「あってない」

「えぇ!? 迷ったの!?」

「ごめん……」


 ハルさんにペコリと頭を下げる。そういえば、先程通った森は深い霧が立ち込めていた。その霧で方向感覚を失われたのかもしれない。


「このままじゃ帰れないよ……」

「ごめんなさい」


 申し訳なさが喉の奥に詰まるように僕を苦しめる。ひとまず僕らは同じ方向に向けて歩き出した。




 ブルルルル……


「ん? ハルさん何か言った?」

「言ってないよ?」


 突然動物が喉をならすような音が聞こえた。ハルさんの声だと思ったのは失礼だったかな……。


「……」


 僕とハルさんは恐る恐る後ろを振り向く。




 そこには巨大な猪が、木の影から顔を出してきた。


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