第3話「お人好しに迫る影 その2」



「よし、このまま隠れながら進もう」

「うん」


 放課後、満君が校舎を出たのと同時に、10メートル程の間隔を開けて進んだ。僕達の姿がそばにいなければ、ストーカーも気が緩んで満君に近づいていくだろう。あわよくばそこに飛び出していき、捕まえてやる。


「ハルさん、超能力の準備はできてる?」

「うん。ジアも作者のご都合主義で眠ってるから大丈夫だよ」

「ハルさん、メタ発言はやめようか」


 ハルさんは超能力を使うとジアの人格に切り替わってしまう。一度ジアがハルさんの体を乗っ取ってしまうと、何をしでかすかわからない。しかし、作者が今だけは超能力を使っても人格の切り替わりが起こらないように設定してくれた。


「ハルさん、だいぶ性格が柔らかくなってきたよね…」

「えへへ…。あっ、伊織君!」


 ハルさんが指を差した。その先には怪しい人物がいた。電柱の影に隠れながら、ちらちらと顔を覗かせて満君を見ている。その後ろ姿は、まさに絵に描いたようなストーカーの仕草だ。本当にいたんだ。


「緑色の髪…女の人…外国人かな? もしくはハーフか?」

「でも伊織君、作者の世界ってみんな髪の色カラフルだよね。日本人とか関係無しに」

「ハルさん…」


 改めて僕達はストーカーの姿を観察した。つばの広い女優帽で顔を隠している。その帽子から伸びる長い緑色の髪と、スラッとした細身の体、ピンクのカーディガンに黄色いロングスカート姿だ。妙に大人びた雰囲気があるな。それでもストーキングをしているのだから、見逃すわけにはいかない。僕達は満君やそのストーカーに気づかれないように距離を詰めた。


「ちょっといいですか」

「!?」


 ストーカーはこちらを振り向いた。黒縁メガネと女優帽に隠れてうまく見えないが、僕達に驚いて口をぽかんと開けている。


「あなた誰ですか。満君に何する気ですか」

「いや、私は決して怪しい者では…」

「いや怪しすぎるでしょ!」


 満君は僕達に気づかずに歩いていく。不安にさせないためにも、このままストーカーと距離を置かせよう。事情は追々説明することにした。


「…!」


 ストーカーはとっさにスカートのポケットから、立方体の物体を取り出した。それを僕達目掛けて投げつけようとする。まさか爆弾か!?


「あっ…あれ…体が…動かな…い…」


 しかし、瞬時にハルさんが超能力の一つ、念力でストーカーの体を封じ込めた。ストーカーの体は彫刻になったように固まってしまった。超能力はつくづく便利だなぁと思う。


「無駄な抵抗はしないでくださいよ」

「待って! 私は本当に怪しい人じゃないの! 話を聞いて~!!!」


 ストーカーの被っていた女優帽が頭から地に落ちた。彼女の顔が日に照らされてはっきりと見える。ハルさんほどではないにしろ、ストーカーのくせにかなりの美人だ。




 あれ? そういえば彼女のかけてる黒縁メガネ…どこかで…。







「未来人!?」

「しー! 大きな声で言わないでよ」


 僕達は公園に移動し、ベンチに座って事情を聞いた。僕とハルさんの間に座り、ストーカーは自分の正体を明かした。いや、もうストーカーと呼ぶのは失礼かもしれないな。


「未来人ってほんとにいるんだ…」

「私的には超能力者がいることの方が驚きなんだけど…」


 さっきハルさんの念力で固められた腕をさすりながら呟く女の人。彼女の名前は神野真紀。なんと91年後の未来からやって来た未来人だという。タイムマシンで様々な時代を巡っていて、この時代には満君に会いについでに来たそうだ。しかし、ご丁寧に毎日通っているらしい。


「ちょっと仕事関係で過去の時代に来ててね。帰りにいつも満君のいる時代に寄ってるの」


 真紀さんは時間監理局というよくわからない場所で働いている。今回は過去の時代の調査の仕事の帰り際に、満君に会いたくて来たらしい。


「でも、なんで影でこそこそ覗いてるんですか。知り合いなら堂々と話しかければいいのに」

「無理よ、満君は時間監理局の監視下にあるもの。局員である私が関わりに行ったらクビになるわ」


 どうやら満君には複雑な事情があるらしい。そもそもの話、どうして満君に未来人の知り合いがいるのかがわからない。どうして未来人がこんな時代の、それも一般市民の満君の人生を監視しているのか。彼と未来人の間に一体何の接点があるのかを、真紀さんは話せば長くなると言って話してくれない。


「まぁ、とにかく話しかけたくても話しかけられないもどかしさに苦しんでるというわけよ」


 真紀さんがガクッとうなだれる。


「真紀さん、満君のことが好きなんですか?」

「へっ…///」


 ハルさんが口を開いた。真紀さんの頬が、筆で塗ったように赤く染まる。


「なんで…そう思うの?」

「満君のことを話してる時の真紀さん、恋する乙女って顔してて、何だか可愛いので」

「あ、ありがとう。そうね、私…満君のことは好き…///」


 手を頭の後ろに持っていき、親に褒められた子どものように照れる真紀さん。こちらまで惚れてしまいそうになる。


「満君との恋が叶うように、私達応援してます!」

「ありがとう! ハルちゃん、伊織君…」


 胸の中がスッキリしたように、真紀さんは伸びをして立ち上がる。


「スッキリした~♪ やっぱり誰かに話を聞いてもらうっていいわね。二人共ありがとう! 私、頑張るわね!」

「はい!」

「頑張ってください」


 真紀さんは公園の出口へと歩いていった。これから未来へ帰るのか。タイムマシンに乗って。満君に関してはどうするのかはわからないが、あの真紀さんの表情からして、自分で何とかする自信が湧いたみたいだ。


「あっ、一つ言っておくと…」


 真紀さんは立ち止まり、夕焼けに照らされた笑顔を見せながら僕達に言った。




「実は私の恋…もう叶ってるんだ」

「えっ、それってどういう…」


 ビュンッ

 その時、謎の黄色い光が僕とハルさんを包み込んだ。まるで真紀さんとの間に遮る壁を形成するように。黄色い光を浴びていると、なぜか意識が朦朧もうろうとしてきた。





「…あれ?」


 気がつくと、僕は公園にいた。隣にはハルさんがいる。僕らはなぜここにいるのだろう。こんなところに用なんてないはず。


「私達…何でこんなところに…」

「あっ、そうだ! 満君と一緒に下校してたんだ。満君は…先に帰っちゃったみたいだね」

「そうだったね。でも…なんで?」

「…なんでだろ?」


 僕らは公園を後にした。満君と一緒に下校をしていたという記憶だけが、がらんとした店の棚に売れ残った商品のように、なぜか僕の頭に残っていた。訳もわからないまま、とりあえず僕らは公園の前で別れ、それぞれの家に帰った。


 なぜか、とても大事な記憶が抜け落ちてしまったような気がする。




   * * * * * * *




 真紀は電柱の影に隠れていた。伊織とハルがそれぞれの家に帰り、公園から離れたところで再び公園に戻ってきた。


「ごめんね、直美。嫌な役目引き受けさせて」

「やっぱアンタ、タイムトラベル向いてないわ」


 ショートヘアーの黒髪を掻きながら、直美と呼ばれたメガネをかけた女性が木の影から姿を現す。手にはメモリーキューブが握られている。直美は真紀から二人の記憶を消すよう頼まれていた。


「ほんとにごめんね。あんな優しい子達の記憶を奪うなんて、私にはできないから…」


 真紀は過去の時代を訪れる度、毎回同僚の直美に同行してもらっている。そして、常に直美にメモリーキューブで記憶を奪う役目を押し付けている。記憶を奪われる者の立場を考えると、どうしようもなく悲しくなって腕が動かなくなる。


「真紀、一体いつからそんなにお人好しになったのよ」


 直美が呆れながら問う。“お人好し”、どこか懐かしい響きのあるその言葉を耳にして、真紀はなぜか心が満たされるような感覚に陥る。


「うーん…」


 真紀は少しの間唸った後、飛びっきりの笑顔で答える。


「84年前…かな♪」


 夕暮れの夏風が真紀の長い髪を揺らした。直美も不器用な笑顔で言う。


「正確には91年前だけどね」

「マジレスやめてよ!」

「フフッ…ほら、仕事終わったんだし、戻るわよ。私達の時代に」

「うん…」


 真紀と直美はタイムマシンを駐車させているプチクラ山へ向かう。真紀は満が通っていった道を振り返り、エールを送るように言う。




「また来るね、満君…」


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