第3話「フォーディルナイト・クロニクル」
「いただきま~す」
凛奈、哀香、花音の三人は、七海商店街で唯一の喫茶店にやって来た。隠れ家的なお店として有名という噂を聞いて足を運んだが、ちらほらと団体客が席を占めている。噂の信憑性は怪しい。しかし、そんなことは一切気にせず、三人は運ばれてきたスイーツを頬張る。
「美味しい~」
赤く染まる頬に手を当てる凛奈。ジャンボフルーツパフェを掃除機のようにヒョイヒョイと口に入れる。対して哀香はチョコレートケーキを、花音はモンブランを頬張っていた。
「凛奈、最近よく食べるわね~」
「陽真君が言ってたんだ。何でもたくさん食べないと大きくなれないって」
「陽真君の言うことはすぐ何でも聞くのね」
「えへへ……」
ジー
哀香はチョコレートケーキを解体するフォークの動きを止め、凛奈をジト目で見つめる。
フニュッ
「ひゃっ///」
哀香は凛奈の脇腹を掴む。凛奈は思わず可愛い声をあげる。
「やっぱり、アンタ少し太ったわね」
「えぇ!?」
「あぁ~、私も思った」
脂肪がついたことを指摘され、凛奈は慌てふためく。凛奈は最近学校帰りによく駅前のカートでクレープを買って食べたり、喫茶店に寄ってスイーツを食べたりしている。陽真に何でもたくさん食べろという助言に忠実に従っているが、方向性がややおかしい。
「毎日甘いものばっか食べてたらそりゃ太るでしょ」
哀香が呆れてため息をこぼす。
「それだけじゃないわ。最近陽真君に料理ごちそうになってるんでしょ?」
「う、うん……///」
陽真は凛奈の彼氏だ。その陽真は最近料理に凝っていて、凛奈はよくごちそうになっていた。それが連日続き、凛奈の体には順調に脂肪が蓄積されていった。
「イケメンで運動神経抜群、成績優秀で優しくてイケメン、社交的でイケメンで物知り、男らしくてその上イケメンで料理もできるなんて……完璧超人じゃない……」
「えへへ…///」
彼氏を褒められて自分も嬉しくなる凛奈。しかし、陽真の優しさが逆に凛奈に更なる問題を突きつけた。食べ過ぎによって蓄えられた脂肪をどうにかしないといけない。
「そうだ! じゃあさ……」
花音がある提案をした。
「ダイエットなんて決まり破って、出てくる腹の心配しないで……」
「伊織君? 急にどうしたの?」
「あぁ、また新しい詩を書いてるんだ。魅力的な言い回しを考えててね」
「そ、そうなんだ……」
いつものように、放課後にプチクラ山までハルを送る伊織。いつも詩を書いてはまた新しい詩を……の毎日だ。亡き両親の意思を大事に、今日も作詩に精が出ている。出来映えには口は紡ぐことにした方がいいだろう。本人のためにも。
「あれ? あの二人……」
「ん?」
ハルが誰かを見つけた。視線の先には陽真と凛奈がいた。二人共私服に着替えてどこかに出かける様子だ。デートだろうか。それにしては格好がラフ過ぎるように見えた。
「付いていってみよう」
「うん」
伊織とハルは興味本位で陽真と凛奈を追いかけた。
陽真と凛奈はプチクラ山の時計広場にやって来た。伊織とハルは草影に隠れて二人の様子を眺める。
「さっきから何やってるんだろう」
「さぁ?」
陽真と凛奈は林に向かって手を合わせている。目を閉じ、何かに祈りを捧げているようにも見える。伊織達にはまるで意図が理解できなかった。
シュー
「えぇ!?」
伊織は思わず顔を乗りだそうとして、寸前でハルに止められた。しかし、目の前で怒ったことはそれほど驚愕すべきものだ。林の中から突然霧のようなものが立ち込めてきた。まるで二人の祈りに応えるように。どういう原理だろうか。
そして、二人は霧の中へと何の
「どこ行くの!?」
「私達も追いかけよ!」
伊織とハルは草影から飛び出し、霧の中へ飛び込んで二人を追った。二人の背中を見失わない程度の速度でゆっくり進んだ。林の中はどこも霧に包まれていて、無限に続く異空間を歩いているようだった。そんな恐ろしい林の中を、陽真と凛奈は迷うことなく突き進む。伊織とハルも付いていく。
* * * * * * *
「……え?」
「ここどこ?」
僕達は驚愕した。そこは自分達の知っている七海町ではなかった。まるで西部劇に出てくるような木造建築ばかりが立ち並ぶ町だった。人々の服装も現代とはまるで違っていた。僕らはプチクラ山の向こう側に来たつもりなんだけど……。
「戻ろうか」
「そうだね」
僕はハルさんと一緒に元来た道へと戻る。町に下りた辺りから陽真君達を見失ってしまった。しかし、このまま自分達まで迷ってしまっては本末転倒だ。陽真君達はどこへ行ったんだろう。
ザッザッザッ
「……」
さっきから同じような林の風景ばかり続いているような気がするけど、迷ったなんてことはないよね。
「伊織君、道こっちであってるの?」
「えっと……」
先程の霧は消えていたけど、さっきから僕らは時計広場までたどり着けない。真っ直ぐ進んでいるのに、行く先は林ばかりだ。どうもおかしい。明らかにここはプチクラ山ではない。
「多分……」
「多分?」
「あってない」
「えぇ!? 迷ったの!?」
「ごめん……」
ハルさんにペコリと頭を下げる。そういえば、先程通った森は深い霧が立ち込めていた。その霧で方向感覚を失われたのかもしれない。
「このままじゃ帰れないよ……」
「ごめんなさい」
申し訳なさが喉の奥に詰まるように僕を苦しめる。ひとまず僕らは同じ方向に向けて歩き出した。
ブルルルル……
「ん? ハルさん何か言った?」
「言ってないよ?」
突然動物が喉をならすような音が聞こえた。ハルさんの声だと思ったのは失礼だったかな……。
「……」
僕とハルさんは恐る恐る後ろを振り向く。
そこには巨大な猪が、木の影から顔を出してきた。僕はびっくりした。そして気づいた。人は本気でびっくりすると、大きな声をあげたりせず、驚きのあまり体が動かなくなるのだ。
「い、猪しししししししし」
「伊織君、落ち着いて」
猪は見る限り全長約五メートル程で、長い牙をちらつかせながら僕らを睨み付けてくる。その眼差しが呪いをかけてくるようで、僕は恐怖で体が強ばってしまう。
ブルルルル……
「ハ、ハハハハルルルルさささんんんん」
「伊織君、落ち着いて」
猪の威圧感はすさまじい。僕の脳から伝達される「早く逃げろ」という信号を、うまく機能させないようにしてくる。そして猪は勢いよく駆け出し、僕ら目掛けて突進してきた。
「うわぁ! 走ってきたぁ!」
「伊織君、落ち着いて」
猪は暴走自動車のように落ち葉を踏み散らしながら迫ってくる。ハルさんは余裕綽々としている。超能力があるからか。
「……!」
バンッ
ハルさんは手の平から波動弾を放つ。ハルさんの超能力の一つだ。青白い光の玉は猪の顔面に激突する。
ブルルルゥ!
「え!?」
しかし、波動弾が猪の頭に見事命中するも、猪は勢いを止めずに走り続ける。ハルさんの攻撃を軽く受け流し、僕らに距離を詰めてくる。
「ひいっ!」
流石のハルさんも心の余裕が無くなり、迫り来る化け物を前にして、呆然と立ちすくむ。
バァーン!!!
「何?」
突如として、猪は草むらから飛び出してきた何者かに蹴り飛ばされる。あんなに巨大な猪が、ビーチボールのように軽やかに転がっていく。誰だ……?
「どうした? こんなところまで逃げて。俺の強さに怖じ気づいたか?」
「陽真君!?」
猪を蹴り飛ばした人は、クラスの人気者である陽真君だった。陽真君はラノベに出てくる勇者のように猪を見下し、のびている猪に語りかける。彼はいつの間にか西洋の騎士のような服装になっていた。
「陽真君……こんなところで何してるの?」
「伊織!? ハルまで……お前らなんでここに……」
陽真君もこちらの存在に気がつく。陽真君の騎士の格好と、猪に語りかけていた厨二病臭い台詞。突っ込みたいところが満載だ。そもそもここはどこで、この猪は一体何なんだ。ていうか陽真君、さっき一緒だった凛奈ちゃんはどうしたの?
「陽真君、台詞台詞!」
あ、いた。陽真君が飛び出してきた草むらからちょこんと顔を出し、彼の後ろから何か
「あ、そうか……ゴホンッ! 思ったより大したことなかったな。それじゃあ教えてもらおうか。奴の居場所はどこだ」
突然陽真君が格好付けだした。倒れた猪に向かって再び語りかけている。
「えっと……クラナドス城です」
今度は凛奈ちゃんが喋りだした。いつもの可愛い声とは違い、しわがれた感じの老人のような声を真似して。もう訳がわからないよ。さっきからあの二人は何をしてるの?
「凛奈違う! その前にまだ台詞あるだろ!」
「あ、そうだった! えっと……お、教えてたまるかぁ~。教えたところでお前じゃカノン様には敵わないぞ~」
あ、なるほどね。凛奈ちゃんはあの猪になりきって喋ってるのね。
何だこれ。
「言え」
陽真君は猪の喉に剣を突きつける。あの剣……もしかして本物……?
「わ、かりました! クラナドス城です! やめてください陽真君~!」
「凛奈!」
「あ、また間違えた! や、やめてくださいハルマジロウ様~!」
僕らは二人の状況を何となく察した。ほとんど凛奈ちゃんの棒読みの台詞からだけど。さっきから二人がやっていること、それは……。
ザザッ
「はいカット~」
また草むらから誰か出てきた。
「もう……保科君、青樹ちゃん、どこから来たのよ」
「花音会長!」
僕らの学校の生徒会長の村井花音さんが、大きなビデオカメラを持って出てきた。
「念のため今のシーンは撮り直した方がいいわね」
「凛奈、台詞間違え過ぎだぞ」
「えへへ……ごめん」
凛奈ちゃんが頬を染めながら苦笑いする。可愛い。
「そんで、二人はなんでこんなところに来てるんだ」
陽真君が訪ねる。僕らは陽真君と凛奈ちゃんの後を付いてきたことを話し、二人にも詳しい事情を尋ねた。どうやら花音ちゃんの提案で、この世界で異世界ファンタジーものの映画を撮影していたようだ。
更に詳しく聞いてみると、ここはフォーディルナイトと呼ばれる僕らの世界と平行して存在している異世界のようで、陽真君達は定期的に訪れているらしい。ハルさんの超能力を目の当たりにしていた僕だからすんなりと信じられたけど、異世界って本当にあるんだ(笑)。
ザッ ザッ ザッ
「あ、ここさっきの……」
僕らは先程の時計広場に戻ってきた。陽真君が森に向かって祈りを捧げると、どういう原理かはわからないけど霧が出てきた。その霧を潜って進むと、なぜかすんなりと戻ってこられた。
「向こうの世界にいる奴と同時に祈りを捧げることで霧が現れるんだ」
「あ、陽真、撮影お疲れ~」
時計広場のベンチにクラスメイトの黒田哀香さんがいた。彼女はこっちの世界で祈りを捧げていたということか。
「何度聞いてもよくわからないや……」
陽真君は慣れているようだけど、僕らの頭では理解するのに複雑過ぎる。そもそも陽真君達は偶然あの異世界を見つけたって説明してたけど、それってどういう意味!? 陽真君の語った話そのものが映画みたいだよ。
「それにしても映画の撮影だなんて、ずいぶん規模の大きい趣味をしてるんだね、花音ちゃんは」
ハルさんは大きなビデオカメラを見せてもらいながら呟く。
「実は凛奈が」
「あぁ! 花音ちゃん言っちゃダメぇ!///」
凛奈ちゃんが頬を染めながら花音会長の口をふさぐ。可愛い。何か彼女にとってよからぬ発言をしようとしていたようだ。可愛い。
「どういうこと?」
「実は……」
「ダイエット?」
僕らは花音会長の家に招待され、自前の編集部屋にやって来た。この部屋も十分衝撃的だけど、僕らは凛奈ちゃんが話してくれたことに驚いた。
「うん、最近太ったんじゃないかと思ってね。だから花音ちゃんが戦闘シーンを多く取り入れた異世界ファンタジー映画を撮らないかって提案したの」
「そこでたくさん運動して、脂肪を燃焼しようって作戦よ。ちょうど親に誕生日プレゼントで高いビデオカメラ買ってもらったからね。映画でも作ってみようか~って話になったの」
花音ちゃんはビデオカメラをパソコンに繋ぎ、先程からキーボードをカタカタ鳴らして撮影した映像を編集をしている。凛奈ちゃんは太った(ようには見えないけど、とにかく彼女にとっては太った)体をさすりながら、再び頬を赤く染める。可愛い。
「フォーディルナイトなら目的の映画の世界観そのものだから、そこで撮影しようってことになったんだ」
「そうなんだ……」
三人でこんなすごいことをしてたんだ。僕とハルさんはその行動力に感心する。
「あ、よかったら前回撮ったシーンとか見てみる?」
「ほんと? 見る見る!」
尻尾を振る犬のように身を乗り出すハルさん。凛奈ちゃんよりも可愛い。
「マジで見るのか?」
「なんか恥ずかしいな……///」
照れる陽真君と凛奈ちゃん。可愛い。
カチッ
前回撮影した映像が始まった。
* * * * * * *
『無駄よ。アナタじゃ私に勝てない』
『んー! んー!』
凛奈が糸で木に縛り付けられてる。口は布で塞がれて、身動きもまともにとれない状態になっている。可愛い。そんな凛奈を、悪魔のような格好をした花音が捕らえている。監督本人も出演していた。しかも悪役で。
『ネヅコを返せ!』
“……ん?”
『返さないわよ。この娘はもう私のものだから』
『だったら力付くで奪い返す!』
陽真と花音は演技を続ける。しかし、聞き覚えのある名前に違和感を感じた伊織。陽真は今、凛奈のことを何と呼んだか。
『(集中しろ……呼吸を整え、最も精度の高い最後の技を繰り出せ……)』
陽真の心の中の呟きが入る。伊織の中で違和感が更に膨れ上がる。
“ちょっと待って。この台詞もどこかで聞き覚えがあるんだけど”
やがて、その違和感は一つの大きな疑念となる。ある台詞によって。
『全集中! 神の呼吸! 拾ノ型!』
“んん!?”
『森羅万象!!!』
“いや、これ……”
「鬼滅の刃のパクりじゃん!!!!!!!」
伊織の叫び声が編集部屋に響き渡る。
「え? キモ……ヤバ……何?」
テトラ星出身のハルには理解できなかった。
「鬼滅の刃、ジャンプで連載してる漫画だよ」
「そうなんだ……」
「何パクり映画作ってるんだよ! ジャンプの偉い人に怒られるよ!」
「だって物語の設定とか考えるの難しいし、今流行りのものをちょこっと真似してみたら面白くなると思って」
伊織は更に声を大にして叫ぶ。
「真似ってレベルじゃないよ! そのまんまだよ! ていうか技の名前が森羅万象って何!? おかしいでしょ! ネタ切れ感満載だよ! あと凛奈ちゃんの名前がそのまんま『ネヅコ』って問題ありでしょ! ていうか、凛奈ちゃんのダイエットのためなら凛奈ちゃんを主人公にしてあげなよ! いや主人公じゃないとしても、もう少し動きのある役にしてあげなよ! 出演する意味がないよ! あとそれから……」
「伊織君ツッコミ過ぎ!!!!!」
ドォン!!!
ハルが伊織の頭に波動弾を打ち込む。
「せっかくみんなが楽しんでるんだから、色々云うのはやめてあげようよ」
「ハルさん……ごめん」
伊織も流石に喋りすぎたと悟り、申し訳なく思う。
「楽しいかどうか微妙だったがな。俺なんか名前『ハルマジロウ』だし。アルマジロみたいで嫌だよ」
そこは漫画のまま『タンジロウ』にしろよと、なぜか心の中で再びツッコミを入れたくなった伊織だった。
「ねぇ、青樹ちゃん!」
ガシッ
花音はハルの手を勢いよく握った。
「今の何!? なんかエネルギーの塊みたいなの放ってたよね!?」
「えっと……波動弾っていって、超能力の一つで……」
「超能力使えるの!? すごい!!!」
花音は鼻息を荒くしながらハルに顔を近づけて興奮する。ここまで超能力に肯定的な驚きを見せるのは大変珍しい。
「ねぇ、青樹ちゃんも映画出てみない?」
「え?」
「剣士だけじゃなくて魔法使いも作って、あとはガーディアンとかヒーラーとかほしいわね。そしてRPGみたいな世界観の異世界ファンタジーが撮れるわ! ここにいるみんなでやりましょう! タイトルはズバリ、『フォーディルナイト・クロニクル』! おぉぉ……これはすごい映画になるわよ~♪」
壮大な計画を語り始めた花音。ハルの超能力を見て、想像力に火がついたようだ。ハルは満更でもない笑顔で花音を見つめる。
「やりましょ! 青樹ちゃん!」
「うん! 面白そう♪」
ハルは満面の笑みで答えた。
“あぁ……やっぱり一番可愛いのはハルさんだなぁ”
花音とはしゃぐハルを眺め、保護者になったような気分の伊織。陽真と凛奈も一緒になってワイワイ盛り上がっている。ハルの超能力が知れ渡る度に、新しい友達が増えていく。ハルの可能性は無限大だった。
「それじゃあよろしくね、保科君! いや、イオスケ君!」
「だから鬼滅の刃のパクリはやめい!!!」
伊織のツッコミが再び編集部屋にいるみんなを賑やかにした。
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