14.ゴロツキ集落と大きな魚

 港に到着したロストたちを待っていたのは意外にも優しい村人たちの歓迎だった。噂に聞いていたほど人々は荒れてなくむしろ心ゆく歓迎してくれたほどだった。


「ようそこ、長い旅路は大変だったでしょう」


 アンナという女性が務める宿屋に泊めてもらった。アンナ曰く変な噂のために旅行客が寄り付かなくなって大変迷惑しているときロストたちが来客してくれてよかったと話していた。


 この集落は昔ながら口が荒い人が多く、方言をよく知らない観光客は「ゴロツキだ」「こわい」「二度とこない」というほどすさまじかったらしい。おかげで観光客は素通りしてしまうらしく、集落の収穫は去年の半分以下に落ち込んでしまっているらしい。


「うちでは魚をお客の前で捌き、料理して食べさせるのが仕事さ」


 そう自信満々にアンナは包丁を片手に魚をさばきながら答えた。


 観光のつもりで寄り付いたわけではなかったが、アンナの言葉通りここは力を抜いて休むことにした。せっかくアンナが料理を振る舞ってくれたのだから、断るのは失礼だと踏んだからだ。


 大皿の鯛や鍋に入ったスープが間食し終えたころ一人の青年がお店にやってきた。フードを被った優男だ。


「いらっしゃい」

「いつもの」

「はいな」


 アンナは調理場へ駈け込んでいった。

 いつものやり取りのように決まったメニューはなくすんなりと会話が進んでいたあたりよく知る人物のようだ。


 ロストがフードの青年を興味ありげに見つめていた。


「なにか?」

「あ、いえ…」


 ロストは照れ隠しながらカウンターに顔を向けた。アンナが料理を持って出て来た頃、アンナは青年に向かって話しかけた。


「珍しいじゃない。来たのはいつ以来かしらね」

「…二か月ぶりだ」

「そんなになるか…」


 ギクシャクする会話の中、ロストたちは他人ながらも会話が気になり、食事を運ぶ手が止まっていた。


「その様子だと大丈夫そうだな」

「まあ、なんとかしています」

「君と彼が来なくなってから何年になるんだろうな」


 天井に視線を向け、アンナは回想世界へ飛び込んでいた。


 まだアンナが六歳の頃、二つ年上の君と彼とボクがいた。三人はいつも仲良しでいろんな所へ遊びに出かけているのを見ていた。

 当時アンナは母の仕事の付き添いで料理店で修業をしていた。父の漁師の仕事をマネしながら懸命に努力を積み重ねていた。


 アンナ曰くみんなが遊びに行けないほど大変な時期、三人はまったく気にしないようで好き放題していたと、後々愚痴っていた。


 この国を治める王のひとり息子の君、島々を離れ大都会で暮らす彼、父が王の総隊長を務めていたボク。三人はどういう経緯で知り合ったのかはわからないが、彼らにしかないなにかが互いを引き合わせたのだろうとアンナは考えていた。


 大都会に住む彼がある日、別れの日がやってきた。彼の父が称号がはく奪されたかで国を追われることになった。彼は二人に約束を交わし、その後あっていない。


 君は一年前、王が倒れ若いながらも王に君臨した。そのせいか集落へ降りてくることは無くなり、いつしか三人は離れ離れになってしまった。


「――二人は元気にしているのだろうか」

「さあな」


 青年はまるで興味がないと言わんばかりにそっけなかった。


「…そういえば、ロストたちはどこから来たのかな? できれば話してくれない」


 カウンターから移動し、アンナは図々しくロストの背後に移動した。ユーリがロストの前で手を広げカバーした。


「あらら」


 ぷくーと頬を膨らませ威嚇している。


「ロストに近づかないで!」

「怒らせちゃったかな」


 アンナはごめんねと謝りそっと身を引いた。

 ユーリはアンナを敵視しつつ元の席に着いた。


 青年は酒を一杯口に含んでから小鉢を思いっ切り口に入れよく噛んでから飲み込み、お冷をトドメに豪快に飲み干した。


 青年は酔っぱらった感じで三つほど席を飛んだ先にいる二人に顔を向けた。


 酔いが回りながらもじわじわと酔いが覚めていく。青年に憑く精霊たちが酔いを醒ましてくれていた。


 こんな時期に観光客が来るとは思えない。ましてや噂を信じていない人がこんな何もない集落に来るはずもない。旅行でも観光でもない。何かの目的のために来たのではないか? そう疑問が頭の中で交差し、酔いが覚めたところで青年は二人に尋ねた。


「二人は何しにここへ」

「アロナ! お客さんに失礼だよ」


 アロナと呼ばれた青年は「別にいいじゃないか」と再度ロストたちに質問を投げた。


「え…っと、観光だよ。お世話になった医者がいいところだよって紹介してくれたから」


 医者とは逃亡する前に出会った医者のことである。

 素直に逃亡してきましたというわけにはいかないので半分嘘を交えながらロストは淡々と話した。


「気分悪くしないでね。アロナは私の長馴染みなの。ただ、少し変わっている以外は変なところはないわ」

「変なとこって…ひどいなー」


 そんな二人の会話の中、外から慌ただしく一人の男が入ってきた。

 扉が壊れるんじゃないかと扉が蹴破る勢いで入ってきた。


「何事!?」

「大変だ! ブーヤの奴が川へ行ったきり帰ってこないんだ。しかも、こんな時期にひとりで行っちまって…止めたんだけど聞かなくて」


 アンナが男に駆け寄り、


「なんてことなの」


 とガックリとした。


 なにがあったのかとアンナに尋ねた。

 観光客に対して失礼なのかもと聞いたうえでブーヤと呼ばれる若い男が一人で船に乗ったまま行方不明になったらしい。


 その川というのは今の時期、魔物が鮭のように川登してくるという。もし、魔物に襲われればひとたまりもないという。


「その話、俺がいこう」


 アロナが立ち上がった。


「アロナ…」

「一刻も争うだろ」


 アロナが先へ行こうとするさなか、ロストたちも立ち上がった。


「ぼくたちも力になるよ」

「しかし…」

「手伝わせてくれ」


 アロナやアンナの止めるにも聞かず、人手不足だからと無理やり連れて行ってもらえた。川までは船で行かないといけない。その先は歩きだ。この時期は水かさが増えているから危険だが、長靴と重しを履いていれば、なんとでもなるという。


 呼びに来たと人とすれ違う時、アロナのことをよく思っていないのか舌打ちをしていた。アロナは全くと言っていいほど気にしていなかったが、アンナは心配そうに両手を前に組んで見守っていた。


 集落から南の方へ下った先に川がある。その川は七色に発光することから”七色の川”と呼ばれている。見える時期が一定の期間でしかないことから今では写真か映像からしか拝見することができない。


 そんな川に若い男が行方不明になった。


 アロナともども急いで男の捜索に向かったのである。


 川につくと船が捨てられていた。木造でまだ人が乗っていた形跡が残されていた。無造作に捨てられた濡れた衣類や財布などがそのまま放置されていた。人影らしきものは見えないが、どうやら本人は何かに追われていたようで必要なものを以外捨てていったらしい。


「ブーヤの奴…」


 アロナは財布を拾い、中身があることを確認する。財布から札を盗み取り、懐に入れようとしたためロストが止めにかかった。


「盗むんですか?」

「行方を捜索するんだよ」


 青年はなにやら指をくるくると回している。札を片手に握りなにやら呪いをかけているようだった。


「…なにして」

「シー!」


 アロナはこっちだと指を向けた。この先にブーヤがいると教えていた。


「信じていいのか?」

「任せる」


 適当な返事にロストは困惑する。こんな大人についていっていいのかと疑うが、ユーリがずっと服を引っ張りなにかに怯える様子で訴えていたので、ロストはアロナを頼るほかなかった。


 しばらく歩くと大きな湖に出た。湖は広く先が見えないほどだ。そんな湖の中央で誰かがガクガクと震えていた。


「ブーヤッ!」


 アロナがそう口にすると、ブクブクと無数の泡が浮かんできた。少しずつ泡が大きくなるにつれ、地響きがした。


「あぶない!」


 アロナの一声がなければ湖に引きずり込まれていたのかもしれない。ロストたちは間一髪ヘビのようなものが見えた。ヘビのようなものがロストたちをかすめ、遠くに置いてきてたはずの船をもっていった。


 船は木端微塵に食い荒らさり湖へ吸い込まれてしまった。


「いったい…なにが…」


 ハッとロストは気づいた。左目が疼くのを感じたからだ。ギンギンと熱く瞳がなにか訴えていた。こんなこと前にもあったような気がした。


 事情を知るユーリと信用できないアロナがいる前で左目の封印を解くことができない。けど、左目が叫んでいるような気がして、包帯を外した。


 すると、目の前に信じられないものが飛び込んできた。


 手のひらほどのサイズの子供が蝶のような羽を生やして数体飛んでいた。アロナを囲むようにして飛ぶその姿はまるで妖精だった。


「よう…せい…?」


 ロストは知らず知らず声に出していた。

 アロナは気づき振り返ると、ロストの左目が自分と同じ精霊の目をしていたのを気づいた。


『危ない!』


 ハッと気づいた二人の前に飛び込んできたのは大きな魚だった。水を跳ねロストたちの頭上を飛び込み、背後へ回り込み威嚇した。


「どうやらぼくたちを逃す気はないらしい」


 アロナは棒を取り出し、身を構えた。棒の先端には宝石が埋め込まれており、普通の棒とは違う形をしていた。


「ケガは自己責任だよ」

「わかっているって」


 三人は大きな魚と戦いを挑んだ。

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