11B.脱出

 館の一室でもめ事をしていた。

 机を挟み、入り口側にユーリと窓側にジュアールが立っていた。どうやら二人は言い争っているようだ。外に立つ兵士が聞き耳を立てて聞いていた。


「――話が違います! いつ私が祖国を裏切りましたか? 私は派遣で魔女の弟子となってリディとあの少年を監視する役目を担っていました。ですが、今の話ではまるで私は初めから違うことをしていたみたいです」

「我が国を裏切った時点で裏切りに相当する。その意味を分からなくなったのか? 長年魔女の弟子になっていたあたり…その志はすっかりと廃れてしまったようだな」

「…違います。私は――」

「反論している時点で裏切り者だと断定する。それに私の命令であったあの少年の左目を奪還する約束を破ったことの罪は大きいぞ」

「……っ」

「兵士!」


 外で聞いていた兵士は慌てて中に入った。


「はっ! 何事でしょうか」

「こいつをひっとらえ、地下牢に閉じ込めておけ!」

「え、この子ですが…? 少し乱暴じゃないでしょうか」

「私の意見に反対するのか?」

「いえ…わかりました。さあ、こちらだ」


 兵士に連れられユーリは部屋から出ていった。


 部屋の窓から外を見つめているジュアールの背後に一人の女性が姿を現した。


「ずいぶんと機嫌が悪いじゃないか」


 おばさんような声が聞こえた。


「ルーリックか」

「ずいぶんと離れ離れになっていた妹と出会えたのに…なんだまるで小汚い鹿を見るような目つきは。あれでも兄を慕っているんだぞ」

「お前には関係ない」

「つれないね。そんなことじゃ、ますます妹に嫌われるぞ」


 ルーリックは部屋から出ていく際に「兄妹仲良くしなよ」と忠告して扉を閉めた。

 残されたジュアールは両手を組み、椅子に座ると「私は…妹に嫌われたままでいい」と吐いた。


**


 館に侵入したロストは狭い道を進んでいた。湿気が立ち上り歩きづらい道は体力の消耗を二倍に感じた。暗くジメジメしており先の方まで光がない道は精神を不安定にさせるには時間の問題だった。


 足になにか引っかかり転がった。


「イテッ!」


 床を手でさすると何かに触れた。丸くてぬるぬるしたものだった。慌てて放り投げるとカチという音ともに光が点灯した。どうやらスイッチだったようだ。


「まっ、まぶし…!」


 手で目を覆った。いきなりの光に目が潰れそうになった。時間をかけてゆっくりと目を成らせると平坦な道のりが出来上がっていた。先ほどのスイッチで足元にわずかだが水が流れている。足の膝ぐらいだが、転がらなければ気にする量でもない。


「明るくなったけど…ずぶ濡れになるのか…シャロンめ、本当にあっているのかぁ?」


 じわじわと不満が漏れてくる。

 この道であっているのかと疑問が浮かんでくる。シャロンや医者のことだから信じてもいいと疑問を脱ごうと何度も頭を左右に振った。


 しばらくして歩いていると行き止まりについた。先は壁で苔やカビがぎっしりと覆っている。水が下に滴るようにして上から滝のように流れている。

 梯子があり、上に続いているようだ。


 マンホールのふたのような鉄板で蓋をされている。力をかけても開かないことから他に開ける方法があるようだ。


「時間がないのに…どこにスイッチが…」


 ピーンと音が鳴った。剣がわずかに発光しロストの意志に答えるために剣が自ら力を解放させた。


 ポーンと鉄のふたがとび、塞がっていたはずの水圧が一気に流れ出て来た。辛うじて梯子にしがみつくが水圧に耐えられそうにもなかった。


(ダメだ…息が…ちから…が)


 水の力に押し負け梯子から手を放しそうになった時、誰かに救われたかのように手を拾い上げてくれた。やさしくて白色の肌をした小さな手だった。


 水面に引っ張られたロストは咳き込みながら口の中に入った水を吐き出していた。ゴホゴホと咳き込みながらも懸命に助けてくれた人を探したが、眼に映ったのは誰もいなかったということだった。


(いない……いったいだれが…?)


 さらなる疑問を浮かぶもユーリを助けることを考え、ロストは立ち上がった。周囲を見渡すと二つの扉があった。

 ひとつは階段を上った先にある扉と反対にある豪華な扉の二つの道だ。


「どっちへ行ったらいいのだろうか…」


 噴水から陸地へと足をかける。

 来た道がぽっかりと穴が開いており、そこに夥しい水が流れ込んでいるのが見て取れた。


「あそこから来たのか…どうりで開かないわけだ」


 水圧で蓋が外れなかった。元々この道はそういう風に作られている様子で、蓋の表側は長く水に浸かったであろう痕がくっきりと残されていた。取っ手があったはずであろう部分はすっかりと錆びてしまい、力を入れることなく崩れてしまった。


 ゴーゴーと音を立てては見張りに聞かねかねないのでそっととんだ蓋を元に戻した。このとき脱出することをまったく考えてもいなかった。


 階段を上ろうと足をかけたところ、若い男らの声が聞こえ、慌てて隠れる場所を探した。

 噴水の横の奥にある殻の樽を見つけた。樽の多くは蓋をしてあり、なにやら液体が入っていた。


「くさっ!」


 鼻につく臭いは我慢できない。酸っぱい臭いが樽の底から広がっているようで、顔を近づくだけで気持ち悪くなりそうだ。


「やばい。人が来た!」


 仕方がなくこの樽の中に鼻をつまんで身を隠した。

 扉を開け階段から降りてくる二人組の男がなにやら話していた。


「あの子、かわいそうだな」

「ああ…ユーリだろ。任務とはいえ遠くに出て見知らぬ人についていたらしいな。しかも、任務に失敗し兄貴に救出され、はては牢屋に入れられるとは…小さいのに…」

「それ比べて俺らは帝国の住民じゃなくてよかったと思っているよ。あんな規律正しい国にいたら感覚がおかしくなりそうだ」

「しっ! 聞こえるよ。それに皇帝が主人(館の)と話し合っているそうだが…近々戦争になるかもしれないって話だ」

「マジかよ…戦争なんてこりごりだよ。喧嘩吹っ掛けた奴だけでやれよ…」

「そういうな。庶民は権力者には従えない。それに…俺達もな」


 二人の兵士が階段ではない方の扉へと消えていった。


「今の話…」


 なにやら不吉な話を聞いてしまったような気がした。シャロンや医者たちのことが頭に浮かんだ。二人が傷ついている光景を思い浮かべた。


 頭を左右に振り「ぼくには関係がない話だ」と切り捨て、ユーリを救うことだけ考えた。樽から出て階段に向かった。


 階段を上ろうとしたとき、背後から兵士の声が聞こえた。


「敵だァ!!!」


 気づかれたと振り返った時、フードを被った人が兵士たちに追われていた。フードの中の素顔は見えないが、男女かまでもわからなかった。


「!? 貴様、どこから入った!」


 フードの存在だけでなくロストの存在にも気づき、兵士が怒鳴り声をあげた。異様な気配に気づき、階段から兵士が数人飛び出てきた。


(見つかった!?)


「何者だ!? まさか…暗殺者か」


「そんなわけがない!」


 フードの人は言った。声は女の人だった。けど、なにかが違うようにも感じた。


「悪いけど、ここをどこの館だと思っている。ここは――」

「時間を稼ぐ」


 フードの人は小さく呟きロストに向かってウィンクしたように見えた。瞳の色は四角形の星型の模様が描かれていた。


 ボンっ! と白い煙幕に包み込んだ。

 辺り一面煙が広がり視界を見えにくくした。


「こっちだ」


 フードの人に手を引っ張られる形で樽の中へ放り投げられた。フードの人は階段を駆け上がり奥へと消えていった。


「クソ……待ちやがれ!」

「追えー! 敵襲だー!!」


 兵士たちが慌ただしくフードの人を追いかけていった。


 樽の中に詰め込まれたロストは兵士たちに気づかれることなく、あたり一面は静かさに包まれた。階段の奥で兵士たちが仲間を呼び、駆け込んでいく足音だけが聞こえる。


「…どうやらいったようだ」


 臭い樽から外に出た。チャリンと小さな鍵が落ちた。どうやらフードの人が託してくれたようだ。服に染みついた臭いを水で洗いたいがいつ追っ手が来るかもわからないためロストはそのままの状態で階段をのぼり、開けっ放しの扉の中へと消えていった。


 左右に道が続いている。左側から兵士たちの声が聞こえるため、右側に進むことにした。右に進むと上に昇る階段と下に進む階段があった。上に行くのはよくないと思い、下にいくと牢屋へ続く廊下となっていた。


 廊下を進むと一番奥の部屋に鎖でつながれたユーリが倒れていた。


「ユーリ!?」


 柵に手をかけ、ユーリに呼びかける。するとユーリはハッと目を開け、ロストを見るなり「うしろ!」と叫んだ。


「え」


 後ろを振り返るとフードを被った人が立っていた。


 ロストからカギを奪い取り、ユーリが閉じ込められていた扉を開けた。ユーリに縛り付けていた枷も外し、ユーリにそそのかした。


 ユーリはロストに抱きつけ「助けてくれたのね。ありがとう!」と喜んでいた。


「次はちゃんと守れよ」


 フードのささやきにロストが「だれ?」と振り返った時にはフードの人はいなくなっていた。結局正体はわからないまま、フードの人に「ありがとう」とお礼を言い、さっさとこの館から出ようと走った。


「…ったく、兄も兄だな。こんなことを私に頼むなんて…」


 フードを取り、髪紐をとった。慣れない仕事とはいえ、任務を続けさせるために一芝居をうつことになるとは思いもしなかった。


 ルーリックだ。ジュアールの側近で暗殺部隊の総括を務める人だ。妹のお迎えと任務続行のために呼んだのだから、ジュアールの影響は相当すごいこととなる。


「ユーリ…次は失敗するなよ」


 ユーリは気づいているだろう。四角形の星型の模様が刻まれているのは一人しかいない。たとえ気づかなかったとしても次は命の保証がないと伝えることができた。


 噴水の場所まで戻ってくると待機していた兵士たちと遭遇した。


「! ユーリ様!? まさか…攫うとはなんという不届きな奴だ!」

「様? どういうことだ…?」

「とぼけるなユーリ様は――」

「こんなところで何をしている」

「……っ!」


 背後で声が聞こえ振り返るとジュアールがゆっくりと階段を下りてきていた。あの異様な強さのオーラを纏いながら刻々と迫ってきた。


「とうとう俺の手に謝りようだ。いつ俺が出て行けと命令した虫けら」


 ユーリは黙り込んだ。


「別れの挨拶は…なしか。お兄さんを前にして声もでなくなったか」


 ユーリは唇を噛んでいる。両手で服を握りしめている。とてもつらいことがあったんだろう。ロストが代わりに口答えした。


「ユーリが嫌がってんだろ!? 察しろよ! 兄貴だろ!?」


 ジュアールは面白くもないと高笑いをした。


「一言いえば、任務に失敗した虫けらを兄が慰めると思うか?」

「え」


 いい機会だと兄は語り掛けた。


「そいつはな。俺たちの…俺の母親を殺した人殺しなんだよ」

「……」

「そんな奴がのうのうと生き、しかも妹という位もってなお俺にくっついてくる。目障りなんだ。ずーとな。この俺がいくら努力してもこいつはついてきた。それでも、お前はこいつに”兄貴どり”しろというのか? 人様の家庭の事情に割り込んでくるんじゃねぇよクソガキが」


 涙声でユーリは訴えた。


「……たとえそうだとしても…私は…私の…兄さんだから!」


「知るかボケ」


 ユーリの目が虚無。


「家族ごっこはもうおしまいだ。いま、決着をつける。兄さんだからな最後の始末はちゃんとしなくちゃな」


 ユーリは力なく膝についた。

 憧れていた兄貴に裏切られ、家族ごっこと言われ、ユーリはもう何を信じたらいいのかわからなくなった。リディを裏切ってなお、ロストの瞳を奪うつもりで行動していたのに目を奪えずこうして兄さんの間にいてもなおかつ奪えない自分がどうしたらいいのか分からなくなっていた。


「待てよ。始末…? ふざけるな兄貴なら最後まで妹を守れよ! それができないなら兄貴面するな! ぼくが守ってやる! こんな兄貴のために死ぬなんておかしい話だ!」


「へー俺を愚弄するのかクズだな」


 ジュアールが剣を抜いた。

 ロストも剣を抜いた。


「錆びれ石頭化(せきとうか)」

「もう一度力を貸してくれ〈天嵐(テンペスト)〉!」


 カッと光が放った。

 周囲にいた兵士たちが石化していく。


「おいっうそだろ!」

「ちょっとまってくれ! 俺達も巻き添えになっています」

「ルアージュさま! 手を止めてください」


 ジュアールは「町を守る兵士が何を言っている? 戦って死ぬなら本望だろ。ましてや次期皇帝陛下のお力を見れて嬉しいはずだろ」と得意げに語った。


 兵士たちは悲鳴を空けながら石になってしまった。


「なんで…なんだよ…」


 剣から何も起きなかった。代わりにユーリが祈りの力で石化から守ってくれていた。


「どうして…守るべきだろ」


 剣に話しかけるも剣は答えてくれなかった。


「ロスト…逃げて。私はお兄さんを押さえつけます」

「は? 押さえつけるじゃねーだろ。ヘロヘロの癖に強気だな」


 足をガクガクと震わせ、汗が滝のようにあふれている。ユーリの力は兄貴よりも劣っていた。


「ユーリ!」

「逃げて! 助けてくれてありがとう。私は逃げられない。ずっと兄貴の傀儡だから」

「そうだ。よく言った。それこそ俺の妹だ」

「黙れよ! ユーリをおもちゃのように言うな!」


 ユーリが振り返りにこっと笑った。


 ロストは剣に助けてくれよと連呼するが剣はすんともしなかった。ユーリの足が石になっていく。ロストだけの力じゃどうにもならない。諦めかけた時だった。


「このバカ!」


 颯爽と現れたのフードの人だった。


「ルーリック!? なんのつもりだ」

「私にかまうな! さっさと妹を連れて出ていけ!」


 石化が解けた。ユーリを連れて一緒に館から脱出した。来た道は蓋が閉まっているため逃げられない。状況が状況のために本来の玄関から脱出した。


 逃げている最中にユーリを抱きかかえ連れ去られようとした兵士に向かって鞘を投げつけた。運悪くユーリは助けられたも剣が下の階層へ落ちてしまい、取り戻すことができなくなってしまった。


「ああ…剣が……」


 ユーリを見た。ユーリはぐったりしている。だいぶ魔力を消耗してしまったみたいだ。涙を飲ませれば回復するかなと思ったけど、肝心なときに涙が出てこない。気が焦るばかりで泣くことすらできない。


 そんなとき、さっそうとシャロンが現れた。


「困りのようだね」

「シャロン! どうしてここに…」

「ずっと見張っていたからさ」

「ストーカーかよ…」

「おっと口を慎めよ。助けに来た恩人に言うことじゃないさ」


 ロストの唇に指をあてた。


「…だれ?」


 ぐったりしているユーリにシャロンは丁寧に慣れた挨拶をした。


「おいらは怪盗シャロンさ。珍獣でもお宝でも財宝でも盗みます。ユーリを攫うことを依頼され、あなたのお家までご紹介しましたさ」

「…しえ、ん……」


 支援者と言いかけたが、そのまま気を失ってしまった。


「ユーリ!!」

「これは時間の問題だね。おいらの古い知り合いに頼んでおいた。今から船で逃げると言いさ」

「ふね?」

「隣の町に亡命するさ。さあ、早くしなさ。追っても待ってくれないさ」


 シャロンが買って出て案内してくれた。都から出る一方通行の船に乗り込む。その船の行先は都の兵士たちも手があまるゴロツキの集落に続いていた。


「この場所は少しの間なら身を隠すのに打ってつけさ」とシャロンの案を飲み込み、ロストたちはゴロツキの集落へと亡命した。

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