12.港区の二人のお話
ゴロツキの集落――オーラス港村に流れ着いた魔精器(ませいき)はある人物によってオークションにかけられた。その貴重さかすぐに値が張り、多くの観客の前で圧倒させる出来事があった。
「900tz(トルジニー)が出ましたー!」
900tzはものすごい大金だ。隣の島の都の館の主でも早々手が出せない金額だ。大きな屋敷と豪華な船、自家用飛行機をワンセット買えるほどの金額だ。
「他にいませんか!」
司会者が他の客に促すが、大金だ。誰も手を上げようとはしなかった。
「では――」
「ちょっと待ってください!」
フードを被った一人の青年が手を上げた。手のひらには100アップのマークがしるされていた。
「1000tzが出ました! 他にいませんかァ?」
最後まで値を上げていた小太りな爺さんはすんとも言わなかった。おそらく限界値だからだろう。青年は鼻で笑った。
お金と引き換えに魔精器を受け取り、会場を後にした。
家に帰り、さっそく手に入れた魔精器のメンテナンスをする。
「――珍しい剣だ」
一通り手で手繰り和ませる。触ったところがかすかに暖かくなる。息を吹きかけるとまるでオウム返しのように息を吹きかけられたかのように感じる。
「およそ300年前に朽ちたと思われていた古代遺産を手にする日が来るとは――興味深い」
青年は一目でその剣のすばらしさに気づいた。倉庫からルーン(魔力が宿った特殊な石)や精霊石(精霊が宿った石)や魔物石(かつて地上にいた魔物たちが結晶かした石)を駆使してこの剣を蘇えようとした。
この剣は石を近づかせるとまるで呼吸をするかのように答えてくれる。青年はこの剣に非常に興味を持ち、食事やトイレを忘れて三日間没頭した。
「……できた」
朝日が昇るころ、窓辺から差し込む光を受けるかのように剣から光の粒子が立ち上っている。剣が過去から現代へと復活した証だった。
『さすがですね』
横から声が聞こえた。
『この剣も嬉しがっているでしょうよ』
『ねえ、この剣に何て名前を付けるの?』
『そんなの主人が気に入っている名前よ、ねえ』
青年を囲むように精霊たちが飛び回っていた。姿かたちは様々だが、一同蝶々の姿をしていた。属性を分けるかのように炎なら赤、氷なら青、雪なら白、雷なら黄といった色分けして姿を現していた。
「名前はこの剣が決めることだ。まだだんまりだが、この剣はきっと答えてくれる。そう信じているからぼく自身から名前を付ける気はないよ」
青年はまじまじと剣を眺め答えた。
『ちぇっつまんなーい』
『食事作っておいたから食べてね』
「いつもすまないな」
『これくらいしか手伝えないからね』
青年は台所に運ばれた飯を前にして少し口にした。量は少ないけれども味は中々いい。薄味だが健康にいいと考えられたものだ。ほとんどがハーブや野菜から作られている。
青年は窓から差し込む光を見つめた。ゆったりとした温かい光が室内へ照らしてくれる。精霊たちが光を部屋の中へ拡散しようと懸命に働いている。
青年はふと眠くなり、大半残した状態で深い眠りについた。
青年は精霊付きという珍しい体質だった。
生まれてからこのかた人には見えない精霊を見ることができたため友達は二人を除いてできなかった。父の仕事の関係である一人の少年と少年の父親と関係を持っていた遠い国の偉い人の子供だけが唯一の友達だった。
青年の両目は青く発行する不思議な蝶々の模様が描かれている。魔術医者によれば「この子は他人に見えないなにかを見ることができる。その面、他人には絶対に分かり合えないだろう」と両親に話していた過去がある。
青年が6才を迎えたころ、当時流行り病で母が死に、14歳の頃に父が事故で死亡している。家族を失い、友も失い、青年はひとり精霊たちと暮らすことで下界を拒絶することができた。
精霊たちと話していれば寂しくない。精霊たちは青年のことを心ゆく思っている。困ったことがあれば協力し合い助けてくれるからだ。
コンコンと誰かが扉をノックした。
瞼を開け、外を見るともう真っ暗闇だった。
月の光が射さないこの集落は夜でも真っ暗闇で外を歩く人は大人以外いなかった。こんな時間帯に誰だろうかと青年は精霊たちに尋ねた。
『懐かしい客人だよ』
精霊たちは嬉しそうに言った。
コンコンと再度ノックした。
「はい、どなたでしょうか――」
「久しぶり」
「護衛もつけずに一人とは…まあ入ってくれ」
「ありがとう」
優男だが、優秀な人だ。彼は昔、父の仕事の関係でよく連れてきてくれた少年だ。今は国の偉い人になったと話を聞いている。
「元気にしているようだな」
「お前こそ元気そうだな。…父が倒れたって話を聞いたけど…ごめん葬式に行けなくて」
彼の父は先週倒れたそうだ。急だった。
「気にすることはないさ。それで、今でも見えているのか」
「ああ、昔ほど喧嘩することは少なくなったよ。まあ、たまに口喧嘩はするけどな」
青年はハハハと軽く笑った。
「……またあの頃と同じように戻れないかな…」
彼はとても寂しそうに言った。あの日の頃を懐かしく悔やむようにして彼は語った。
「君とぼくと彼の三人でよく遊んだよな。遠くに行くな! っと言われていたのに、彼は冒険家になった気で奥へ奥へと探索していったよな」
「…ああ、覚えている。たしか迷子になった彼を大人と一緒に探しに行ったんだっけ」
「あのあとすごく叱られたよね。お互い責任の投げ合いしちゃってさ。あの時の君の父は恐ろしかったよ」
「違いないな」
「…」
単なる昔話をした。子供の頃、あんだけはしゃいではいろんなところを探索していた日々がまるで見えないところまで飛んで行ってしまったかのような、手のひらの中で踊る昔の三人が写って見えた。
「それじゃそろそろ帰るよ。今頃屋敷の人たちは大騒ぎだからな」
「置手紙をしてこなかったのか?」
彼は机の上を指でつっついた。
「暗号の置手紙はしてきた」
フッと青年は鼻で笑った。
「相変わらずだな」
「君もね。鼻で笑うのも変わらないね」
「……」
「……」
「それじゃ、そろそろ失礼するね。どうやら君がこの時間まで眠っていたということは仕事が忙しかったんだよね」
「いや、仕事は終わったよ」
「意味深な顔をしているね」
青年は嬉しそうな顔をしていた。
「ちょっと待っていてくれ。君に見せたいものがあるんだ」
青年は作業場へ戻り、あの剣をとりに戻った。
テーブルに優しく剣を置いた。
「これは?」
「魔精器だ。年期が入ったものだ。おそらく三百年前に作られたのを最後となった一品だ」
「盗品じゃないだろうな」
君の忠告に「かもしれない」と素直に言った。
「これは受け取れないな」
君は剣を返そうとするが青年は突き返した。
「俺が気に入ったものだ。これは君に持っていてほしい」
「なおさら悪いよ」
「なら正直に言おう。つてでもらった」
堂々と嘘を吐いた。
「ウソつき。精霊たちが怒っているよ」
蹴飛ばすようにしてテーブルの上に置いてあったコップが転がっていた。
「ごめん。本当はオークションで手に入れたものなんだ。いつも小馬鹿にしているあの爺さんに悔しがりさせたくてね、つい買ってしまったよ」
「いくらしたんだい? どうせ隣の館の主が買えないほどの大金だろう」
「あたり」
君は「わお」と答え、二人そろって笑いあった。
「この剣はありがたくもらっていくよ」
「次はぼくが君の家に会いに行く番だね」
「昔の約束忘れていないんだね」
「もちろんさ」
「それじゃ、またね」
「ああ、またな」
君を見送り、青年は家に戻った。
『あの剣あげちゃってよかったの?』
風の精霊に尋ねられた。
「別にいいさ。友が預かっているんならなおさら安心さ。それに、君も剣が必要な時が近づいている。これも何かしらの縁だ」
青年はカーテンを閉め、テーブルの上に置かれた残りの飯を口に入れ、そのまま風呂に入らずにベッドに寝転ぶのであった。
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