11.A脱出(兵士視点・ボツ)

 館の一室でもめ事をしていた。

 机を挟み、入り口側にユーリと窓側にジュアールが立っていた。どうやら二人は言い争っているようだ。外に立つ兵士が聞き耳を立てて聞いていた。


「――話が違います! いつ私が祖国を裏切りましたか? 私は派遣で魔女の弟子となってリディとあの少年を監視する役目を担っていました。ですが、今の話ではまるで私は初めから違うことをしていたみたいです」

「我が国を裏切った時点で裏切りに相当する。その意味を分からなくなったのか? 長年魔女の弟子になっていたあたり…その志はすっかりと廃れてしまったようだな」

「…違います。私は――」

「反論している時点で裏切り者だと断定する。それに私の命令であったあの少年の左目を奪還する約束を破ったことの罪は大きいぞ」

「……っ」

「兵士!」


 外で聞いていた兵士は慌てて中に入った。


「はっ! 何事でしょうか」

「こいつをひっとらえ、地下牢に閉じ込めておけ!」

「え、この子ですが…? 少し乱暴じゃないでしょうか」

「私の意見に反対するのか?」

「いえ…わかりました。さあ、こちらだ」


 兵士に連れられユーリは部屋から出ていった。


 部屋の窓から外を見つめているジュアールの背後に一人の女性が姿を現した。


「ずいぶんと機嫌が悪いじゃないか」


 おばさんような声が聞こえた。


「ルーリックか」

「ずいぶんと離れ離れになっていた妹と出会えたのに…なんだまるで小汚い鹿を見るような目つきは。あれでも兄を慕っているんだぞ」

「お前には関係ない」

「つれないね。そんなことじゃ、ますます妹に嫌われるぞ」


 ルーリックは部屋から出ていく際に「兄妹仲良くしなよ」と忠告して扉を閉めた。

 残されたジュアールは両手を組み、椅子に座ると「私は…妹に嫌われたままでいい」と吐いた。


**


 室内であるにもかかわらず館の玄関には噴水がある。わざわざ地下水を引っ張て作ったとされている。金持ちの考え方は無茶をしていると作った匠が漏らしていた。土地上ここに水を引っ張るのはとても困難だと言い、作るのに五年はかかったという。もし、この噴水の身に何が起きたらクビどころではない話だ。


 噴水に隠れた秘密はシャロンと医者しか知らない事実。だが、噴水の排水溝とつながっている。それは匠がこの館の建築士であり、秘密の抜け道のことを知っていたからだ。そんなことを知らない現当主は匠の言うことも素直に応じないなど意地っ張りなところがある。


「今日も一段と気分がいい」


 まーた始まった。現当主は日課としていることがある。それは気分の段階を決めていることだ。それぞれ晴れ、曇り、嵐の三段階に分けている。晴なら気分がいい。曇りなら苛立ちと不満だらけ。嵐は皆を困らせるなど暴言たっぷりになる。


 こんな仕事さっさと終わらせたい。辞めたい。そんな風に考えるようになった。ただ金の周りは都で仕事を探すよりは五倍高いだけが癒しでもある。


「噴水の掃除を頼むぞ」


 嫌々ながらも頼まれた。あれ以上どこを掃除しろと。一時間前にも他の人がすでに掃除した後だ。見張り以外の雑用を押し付けられ、あげくには気分のために仕事を頼まれる身になれっというんだ。その膨らんだ腹を魚の餌にしてやったらいいと思う。


「今日も頼まれたのか?」

「ああ、まいっちゃうね」

「辛いのなら適当に”やった”と言えばいいさ」

「それができたら苦労しないさ」

「…たしかにな」


 二人して噴水の掃除に励む。排水溝の確認し、水の流れも確認する。ふむ問題はない。水しぶきで床一面が濡れている。ここは問題あるな。

 相方と別れて手拭いで床を拭いていく作業に入った。


「あの成金…俺たちが尊敬しているのは前当主であって今の当主じゃないよな」

「間違いないな」

「おまえ、勤務何年だ?」

「15年だ」

「なんだ先輩か? 俺は12年だ」

「お前はなにがそんなに不満なんだ?」

「何が不満だって!? 前当主は信頼できたし、なによりも俺達を面倒見てくれる優しい人だった。でも、今の当主は全く違う。俺たちは奴隷じゃない。ましてやお手伝いさんでもない。金をもらって与えられた仕事をしているんだ。それを現当主は勘違いしている。ほいほいついてくるのは子供の時だけだってな」

「本人に聞かれたらクビどころじゃないな」

「これは先輩と俺の秘密だ。いいな」

「わかったよ。それより手を動かせよ」

「ああ、悪かった」


 床を手拭いで拭きとった。とりあえずこれでいいだろう。

 引き上げようとした矢先、ブクブクと水面から泡が噴き出てきた。


「なんだ?」


 ゆっくり水面に近づき、顔を近づけると黒っぽいものが浮かんできた。


「うわっ!!」


 驚いた拍子でひっくり返った。


「大丈夫か」

「ああ、平気だ」


 相方(後輩)の手を借りて

 水面から現れたのは少年だった。


「ずぶぬれだ。ひでぇーな」


 顔を袖で拭きとり、正面で尻餅ついた俺と隣にいた相方を目の前にして少年は固まった。


「あ……」

「し、侵入者だー!!」


 相方が叫ぶと同時に少年は逃げ出した。

 階段を下っていき、俺達も後を追った。


 この先は地下牢に通じている。薄暗く外の光さえ入ってこないほど換気も悪い場所。昔はワインセラーだった場所を現当主が”おもちゃ”と称した人間を連れてくる秘密の部屋へと改造した。


 そんな場所を見知らず少年を入れたことがバレれば俺たちはクビになるどこか現当主の”おもちゃ”にされかねない。俺と相方は必死で秘密の部屋をバレる前に少年を追いかけた。あと少しでっというところでついに少年は扉を開けてしまった。


 鍵をかけない悪い癖の現当主め。見せたくないものをワザと見せようとする意地汚さをどうか前当主が叱ってやってくださいと思ってしまうほどだ。


「なんだよ…これは」


 少年は空いた口が塞がらない。それもそうだ。ここは現当主の胡散晴らしの秘密の部屋。子供用のおもちゃやぬいぐるみが散乱し、どれにも黒い液体のようなものがかけられている。ひどいものだ。ドブのような臭いがする。ここは換気もよくない。長くいれば気分を悪くする。


「大人しくしろ」


 相方は少年に言った。


「お前ら、ここでなにを…!」

「いまだ飛び乗れ!!」


 相方が一目散に飛びかかった。少年と共に床に転がり込む。バタバタと暴れる少年の力は予想以上に大人しい…貧弱だった。大人の体積と鉄の鎧もあってか少年からの歯向かう威力は低い。


 少年は剣を引き抜き「邪魔だ〈天嵐(テンペスト)〉」と叫んだ。

 なにか魔法的なことが起きると思い、俺は後ずさったが、相方は「脅しだ」と引き下がらなかった。


「あれ…不発?」


 少年の身の回りに何も起きなかった。


「いまだ!」と少年にもう一度飛びかかり、少年から剣を没収しようした矢先、少年は何かを放り投げた。パキンと割れた。俺は割れた方へ目を向けると何やら霧が発生していた。


 よくないものだと分かり、相方を呼んでさっさとこの部屋から出ようと提案した。相方が手を緩めた隙をついて少年は剣で相方の首に刃を向けた。


「たて」


 両手を上げ、抵抗しないと意思表示をし相方は少年を背にして立った。


「剣を収めてくれ」


 相方は少年に告げた。


「ユーリの居場所を教えろ」


 ユーリ? ジュアールの妹君か。なぜこの少年はこのことを気にするのか疑問に思うが、少年の正体がまだはっきりとわからない以上は深く考えない方がいい。


「知らないな」

「時間稼ぎか? その首を描き切るぞ」


 さらに剣を押し付けられる。相方は「わかったよ」と諦め、

「階段をのぼり、噴水の広場を通ってその先にある鉄製の扉を開くんだ。その先にいる」

「本当か?」

「本当さ。早く自由にさせてくれよ」


 少年は剣を収め、相方を蹴り飛ばした。俺は床に転がる相方を起こし、少年はさっさとユーリがいる部屋へ走っていった。


「いいのか話して」

「いいさ。仲間二人が牢の前で見張っている。鉢合わせになれるだろ。さあ、俺達も急ごう。あの少年…なにかを隠しているようだったしな」


 急いで走る。少年が噴水の前で仲間の兵士と戦っている最中だった。少年は剣を抜いていたが仲間の兵士たちは剣を抜いていなかった。


「もう始まってたか」

「俺らも急ごう」


 館の中で”抜刀してはいけない”そんなルールがある。身の危険性があっても剣を抜いてはいけない現当主の身勝手なルールだ。もちろん破れば速攻クビだ。


「おっ! いいとこに来たか。コイツを縛るのを手伝ってくれ」


 仲間が提案した。俺たちは頷き、少年を捕らえようとした。

 少年は場が悪いと踏んだのか噴水に飛び込む。来た道を戻ろうとしたのか水の中でなにかを探している様子だった。


「俺達も行くか」

「いや、待とう。どうせ逃げられない」


 少年が再び水面に顔を出した。どうやら逃げ場がないと観念したようだった。

 あっさりと少年を捕獲し、その処分をどうするかと悩んだが、当主に見つかると面倒なことになりそうだったので、少年が会いたかったユーリとかいう少女に合わせるため同じ牢屋に入れておくことにした。そんな慰めが俺を突き動かした。


「この少年をどうする? 投手に知らせるか?」

「いや、当主には黙ってよう。どうせ報告すれば”侵入者を許すとは何事か!?”と文句を垂らすだけだぞ」

「…一緒にして危険じゃないか?」

「かもしれないが、ジュアール様の妹君だ。大したことはしないはずさ。それにあそこは魔法封じの結界が施されている。妹君は魔法は使えないし、少年は使えない様子だしな」

「わかった。とりあえず掃除しておこう」


 相方の視線を追うと少年が暴れたであろう水しぶきが床一面に広がっていた。


「…怒られる前にな」


 少年をユーリと同じ部屋に閉じ込め、俺は少年から奪った剣を手土産にしていた。


「そう言えば、その剣をどうするんだ?」

「明日休みをもらってあるから、この剣でオークションに出品してみるよ」

「オークション? おまえゴロツキの集落に行くのか? やめておけ。あそこは当主の支配下外だからひどい目に合うぞ」

「そのときはそのときさ。まあ、心配してくれてありがとうな」

「気を付けろよ」


 久々の休暇だ。一日だけだけど優雅な日を過ごそうと思う。


「船はどうする」

「明日朝一があるからそれに乗っていくよ。金が手に入ったら飯奢るぜ」

「楽しみにしておくよ」


 拳を混じりあい別れた。


***


 武器は没収され、兵士の慰めか図らないか地下にいたユーリと出会うきっかけを作ってくれた。


「ユーリ!!」

「ロスト…なぜここに?」

「さあ、とっとと入りな」


 兵士に押し込まれ牢屋の中へ入れられた。

 

 

 








来ている。噴水の鑑賞は館の主にとってお気に入りの存在だった。


 ゴゴゴ…と音を立てた。


「だれだ!!」


 見張りの兵士が不審に思い室内に入るが、これといって異常が見当たらない。


「おかしいな。気のせいかな…?」


 兵士は自分の持ち場へと帰っていった。


 ブクブクと水の中から泡立つ。


「ひでぇーびしょ濡れだ」


 水面から顔を出し、陸地へと這い出た。どうやら秘密の抜け道は噴水につながっていたらしい。どうりで水気と湿気が立ちこもっているわけだ。


「シャロンの奴……」


 不満を覚えるも、「中に入れただけ上出来か」と一人納得し周囲を見渡した。


 どうやらここは室内のようだ。天井に外へ通じる穴がいくつか開いている。地面が濡れているあたりこの穴は外からの光と空気を入れるためのもののようだ。


「さすが金持ちの家だな」


 さっそく中に侵入しようと階段の上の扉に手をかけたところ「開かない…」鍵がかかっているようだ。他の侵入口が見当たらない。

 どうするかと迷っていると、誰かが近づいてくる足音が聞こえた。


「! どこか隠れないと」


 急いで階段の左に置いてあった殻の樽の中へ身を隠した。


 誰かが扉から出て来た。


「人使い荒いよなー」

「シー聞こえるよ」

「ご主人様もなぜあのような奴を引き入れたのやら」


 不満を漏らす二人組の男の声がした。二人は噴水の方へ寄っていくのを目で確認し、そっと階段の上の扉の中に入った。扉には鍵がかかっていなかった。


 中に侵入するとすぐに兵士と遭遇した。どうやら、さっきとは別動隊のようで、すぐに侵入者だと通報されてしまった。


 急いで来た道を戻るがそこにも兵士がおり、絶体絶命になる。


「仕方がない。請求はジュアールとかいう奴にしてくれよな!」


 鞘から剣を抜き思いっきり天に向けた。


「もう一度、来てくれ! 〈天嵐(テンペスト)〉!!」


 技名を叫んだが、何も起きない。

 おかしい読み間違えたかなと再度大声をあげた。


「〈天嵐(テンペスト)〉! 〈天嵐(テンペスト)〉! 〈天嵐(テンペスト)〉!!」


 何度読んでも何も起きない。


「どうなっているんだよ…?」


 剣を下ろし、異変が起きていないかを調べる。その隙をついて兵士たちが一斉に飛びかかった。ロストは剣で薙ぎ払おうとしたがどういうわけか剣が重くて思うように動かせない。それどころか身体も動かない。


「放せよ! おい臭い汚い汗臭い」


 三拍子そろうほど兵士たちの臭いは想像絶するものであった。風呂に入っていないのか鉄製の鎧からあふれ出る酸っぱい臭いは鼻をつまんでいても嘔吐するレベル。


「大人しくしろ」


 兵士のひとりの頭突きによりロストはもうろうとし気絶した。兜を付けた状態であてられたらさすがに無理話だ。

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