07.最後の魔女と遥か昔の友

 最後の魔女と遥か昔の友。魔女リディが生涯ライバルとして認め合った仲がいた。彼女の名はエレオノール。


 裕福な家庭で生まれ、政治家の父を持つ四人兄妹の末っ子。

 長男は優秀で父の統率力の才能を引き継ぎ国々の戦争を収めた英雄だった。長女は父よりも母譲りで人の世話をするのが好きで、いつも家政婦たちと並んで立ち話や世話などをしていた。次女は二人と異なり別の道を歩んでいった。母方の祖母の絵かきを学び、芸術の道を歩むために15才の頃に大学へ。


 残された私(エレオノール)は、三人とは違い、魔力を授かった。

 当時、リディテールと呼ばれる三賢者が、世界を統治していた。東の大陸にノディ・ワース、西の大陸にセシル・バリッツ、北の大陸にリディテールが統治していた。


 私の生まれは北の大陸リディテールの土地で育った。

 リディは決して外に出る人ではなく、世界の平和のために魔物と戦うため一人で戦場へ赴く毎日を過ごしていた。


「また出陣だって…日に日に増えていくわ」

「心配だわ。彼女がいなくなったら、私たちはどうすればいいのでしょうか」

「早く子供が生まれて安心させてほしい」

「将来が心配ね。魔物がいなくなるのもいいけどさ」


 人々の不安はいつも外出をしているリディに対しての不満だった。

 賢者の子供は選ばれた者からしか結ぶことができない。そのため、人と接したり会話をするのが苦手だったリディにとってはストレスだったのだろう。


 他の賢者と違い、弟子を取らずいつも一人だった。

 そんな彼女と出会ったのは、敷地内に侵入した魔物によって両親が殺され、勇敢にたたかった兄の兵士とともに死法した兄の片隅で怯えていたエレオノールがたまたま閃いた魔法で魔物を倒したことである。


「驚いたな。私以外に瞬殺する人がいるとは…」


 返り血を浴びたエレオノールの姿は人間であったことは誰にも分らないほど悪臭を放ち、返り血は緑色で全身に浴びせていた。

 魔物の血を浴びた彼女の瞳は紺色から赤色へと変色していた。


「魔物の毒だ。かわいそうに…長くは生きられないだろう」


 エレオノールに近寄り、リディは大斧で彼女の頭部へと振り下ろそうとしたところ、ピタリと寸止めした。


「ば、化け物め!」

「お前らなんか死ねばいいんだ…!」


 半壊した建物の中で怯える家政婦とエレオノールの姉の姿があった。

 彼女らは目の前で怯えているエレオノールと人間とは思っていない様子だった。


「かわいそうなことを言うな。この子はお前たちの家族だろ」

「この化け物め! さっさと出ていけ!」

「やれやれ、話しが聞けないご様子だ」


(なんで…? お姉ちゃん)


「立てるか?」


(憎い魔物を殺した。殺したはずなのに…どうして胸の痛みは治まらないの? どうして…)


 ガタガタと震え、なおかつ涙を浮かべる彼女の瞳は、魔物に汚染された形跡である血の涙を流していた。


「やれやれ…今日は最悪の日だな」


 無理やりにエレオノールを抱きかかえ、城へ帰っていった。

 飛竜を連れて着ていたが、この様子では飛竜を殺しかねない。そう判断し、リディは「疲れるからヤダなんだよな…」とため息をつきながらエレオノールを背負って、城まで徒歩で帰った。


 城に帰ると妖精たちが待っていた。


「お帰りなさいませ」

「お帰りなさい、リディテール」


 妖精の長が歓迎してくれた。

 この城はもともと妖精たちが住んでいたのだが、幾度かの魔物の襲撃や心無い人々の襲撃を守るためにリディはここを拠点として使わせてもらったのだ。


 この日もそう。家に帰らずこの拠点により、汚れを落としてから帰るつもりでいた。


「…! その子は」

「ああ、帰りに拾った。どうやら魔物の血を浴びて感染してしまったらしい」

「魔物の子…? 憎い憎い…」


 妖精の長は爪を噛みしめる。

 過去のことを思い出しているのだろう。人々が子供を使って魔物にして襲わせた悲惨な過去を…あのとき、妖精の長は鬼になることでその場を収めたが、世間からは魔物がいると噂され、長を知る妖精たちからは逃げて行ってしまったほどだ。


 妖精の長の心のリハビリのためにもリディは通い続けているのだ。


「長!」

「ハ! あ…なんでしょうか」

「この子は私が世話をする」

「え、どういう…ことでしょうか」

「その言葉通りだ。この子を弟子にする」

「え、弟子?」

「何度も言わせるなよ。世間じゃ、私に弟子がいないことを不満を思っている民が多い。なにせ私は遊び人だからな」

「ち、ちがいますよ。リディ様は魔物の襲撃を止めるために宣戦しているだけですし…」

「世間はそう思っていない。私が出向くことを心ゆく思うものは半分以下ということだ。むしろ、弟子をとらず遊び呆けていると見ていることがたまらないのだろう」

「……なんという身勝手な」

「まあ、やることは変わらん。長よ、食事の回数は増えるが、それ以外は私一人でするし、迷惑はかけないでいる」

「ですが…」

「何度も言わせるな。これは私が決めた責務なのだ」


 リディはそう言って、エレオノールを連れて部屋に行ってしまった。

 魔物の血を浴びた人は人間ではなくなる。そのことをよく知る長だからこそ心配なのだ。


 もし、賢者リディの身になにかあれば、世間や長が黙っていないと。


 さっそく風呂に入れ、シャワーで汚れを落とすが、残念なことに彼女の身はすでに魔物へと一段階進んでしまっていた。


「やはりダメか。子を成すには十分な体つきだと思ったのだが…どうやら手遅れのようだ」


 エレオノールの肉体はすでに魔物の身体へと変わりつつあった。生殖器が肉の壁に埋もれ、あるのは排出…肛門以外無くなってしまっていた。

 これでは、性の楽しみは失われて当然だ。


「血を流しても洗いきれん…人間の姿であることは変わらないが、臭いと瞳の色、性の模様、そしてもともと素質があったであろう魔力がとんだ量に増え上がってしまったことだ」


 エレオノールからあふれ出る魔力は階位の魔物や妖精たちは消滅してしまうほどあふれ出てしまった。


「あれま、下の階から悲鳴が…おそらく魔力にあてられ気絶したのだろう。このままじゃ、ダメだな。よし」


 エレオノールは自信がまだ魔物になっていることに気づていなかった。どうして、みんな怯えているのか理解できなかったからだ。なによりも肉親であったはずの姉があんなにも取り乱して追っ払ったのだ。冷静ではいられるはずもない。


「ん?」

「……つ……す……」


 よく聞こえない。けど、なにが言いたいのかはわかる。


「それはだめだ。あんたが守ろうとしたものをみすみす殺させはしない。それにお前はもう私の弟子だ。勝手に帰ることは許さない」

「……あいつ……ころ……す…」

「ダメだ。お前に対して否定したのだろうが、それは当たり前のことだ。水辺に映る自分を見ろ、それがなによりの証拠だ」


 水辺に映る自身の顔をエレオノールに見せた。


「きゃああああああ!!!」


 絹を裂くような悲鳴をあげた。

 無理もない。だれしも魔物になった自分を認めたくはない。


「なによこれ! 嘘でしょ!? これが、わ・た・し…?」

「皮肉なことだが、致し方がないことだ。お前は今日から魔物に生まれ変わったんだ。そうだな、東の大陸で言えば”魔物に転生した”と、ことだろう。前、本を読んだ時、タイトルにそうあった」


 東の大陸には面白い本が結構ある。芸術家が集まるだけあってあそこは魔物との戦争は縁がないことが伺える。魔物と戦っているのは西と北(ここ)だけだろうな。


「魔物の血を浴びたものはどうなるのか、実感しただろ。魔物になる。それが世間に隠している真実であり、私たち賢者たちがそれを隠ぺいするために毎日飛び回っているということを」


 そうだ。あちこちに飛び回るのは、魔物の返り血を浴びた人間らを秘密裏に処刑しているということだ。

 魔物になった人間は魔物になったことに気づかず、人間の里に踏み入れては恨みを買う。人間を恨み恨んだ先で、人間を殺め、自身の血で再び新鮮な人間を穢(けが)し、魔物を生む。


 そうやって繰り返されてきた。世間で言う魔物は、もともと南の大陸からやってきた蛮族たちのことだ。蛮族が血を混じりそして人間になり替わり殺しあっている。

 こんなことを世間に報じればきっと、虐殺が世界各地で起きるだろう。


 相手のことが信頼できなくなり、殺しあうという最悪の結末を迎えてしまう。


「――わたし、どうすれば…」

「とりあえず、驚くことは多々あるだろう。まずは、体を洗い、拭くことだ。着替えは先ほど妖精に頼んだから、もうすぐ届くだろう」

「ようせい…さん?」

「この城の管理をしている者たちだ。彼女らは意地悪なところがあるが、けっして悪意でやっているわけじゃない。無邪気な子供たちだと思えばいい。さて、私は出る。まだやり残した仕事があるのでな」


 窓から飛び出そうとする。


「待って!」

「まだ、なにかあるのか? 聞きたいのなら、長に……」

「その前に、エレノワール」

「?」

「私の名前! エレノワール。賢者様、あなたの名前は…リディ…さま?」

「リディテール。正式名称だ。みんなは愛称もってリディと言うがな」

「リディ…さま」

「リディでいい。弟子となったんだから、師匠でもリディでもどっちでもいいさ」


 風がヒュウと吹いた。目を一瞬だけ瞑ったが、その隙にリディは大空へと飛竜に乗ってやり残した仕事へと出ていった。



 時は何百年と経ち、エレオノールがリディに引き取られて155年経った。リディの誓の儀式を終えたエレオノールは200歳まで生きられる体となっていた。魔物の血もあり、彼女が流れる時間は人間よりも遅くなり、実質400歳まで生きられる体となっていた。


 コンコンと扉にノックした。

 扉を開けるとそこにいたのは卒業後会っていなかったリディの姿があった。

 リディは昔から変わらない様子だったが、ひとつだけ異なっている箇所があった。


「夜分にどうしましたか?」

「エレオノール…いまは、お前は弟子でありライバルだ。間違いはないよな」


 いきなりの問答にエレオノールはすぐに答えた。


「もちろんですよ。あの日、助けてもらえなかったらいま、こうしていられなかったですし…」

「そうか。なら、私の選択は正しかったということだな」

「どういうことですか?」

「黙って聞いてほしい」


 突然のことだった。キスをしたのだ。唇に。息をせず近づき、時間の流れが暖前提にリディよりも遅いのに、気づくことなく行為をしたのだ。


「私はやることができた」

「それは…どういう…?」

「魔物の長と話し合ってきた」

「魔物の長と!?」


 魔物の長は南の大陸のどこかで隠れ住んでいると話しを聞いたことがある。100年前にリディはひとりで南の大陸に渡り切って以降あっていなかった。こうして戻ってきたのも誰よりも早く話したかったのだろう。


「聞いてくれ。私は今すぐあの城で魔物たちを閉じ込める。魔物の長とは話し合ってきた」

『――我が同盟たちの裏切りをさばいてくれ。我はもう疲れた。人間と苦み合う背1000年はとても短く長い年月だった――』

「――魔物の長の話で区切りをつき、裏切った同盟たちを封印することで、話しを付いた。この戦争は終わるのだと」


 それはよ転ぶべきなのだろうか。いや、違う。リディは封印といった。この話には知られてはならないもう一つの真実がある。


「待って! その話から行くと…まさか……!!」

「ああ、私自身で封印する。それが契約だ」

「待ってください!」


 持っていた本を投げ捨て、リディの身に抱き付いた。


「嘘ですよね! ジョークですよね」

「それは、私を見ればわかることだ。お前はそんなにも愚かになったのか」


 嘘であってほしい。その想いが涙を浮かべ、嫌だ…離れたくないとリディの身体に渾身の力が入る。この手を放してしまったら、リディはどこかへと消えてしまう。そう感じたからだ。


「そこはジョークと言ってください! 嘘であっても!」

「ハハ…わたしがジョークを言えるタチか? ジョークは苦手だって知っているだろう?」

「わ、わたしは、あなたを離したくありません!! ずっと好きでした! あなたに拾われたあの日から、ずっとあなたに追いかけたくてずっとずっとずーーと一緒に隣にいてほしくて…」


 最後は涙声になり、うまく言葉が発せなくなる。

 リディと別れたくない。今までの我慢してきた想いがあふれ出てしまった。


「泣くなよ。私は常にお前のそばにいる。そのために託したんだ」

「……え?」


 リディの姿が徐々に仄かな光る粒子へと姿を変え、空気中に漂っていく。


「忘れたのか? 報告していくときは分身でいくって。賢者同士会うのは規則違反って前、教えたろ」


 一層涙が込み上げてくる。

 光る粒子を集めようと手でかき集めるが、光の粒子はあざ笑うかのように肌を通り抜けていく。エレオノールは悲しみながら魔法を唱えた。


 が――発動はしなかった。

 こうならないためにもリディはあらかじめ魔法を封じる呪いを唇に移し、それをエレオノールとキスしたときに施していたのだ。

 リディの最後の気持ちも込めて。


「リ”デ”ィ”ィ”ィ”ィイイイイイ!!!」


 彼女の悲しみは朝日を超えても終わらなかったという。三日晩泣き続けた彼女の悲しみはいつしか、『悲しみの三日間』と名付けられ、一年の休日を作るきっかけとなった。


 リディの代わりに大賢者に出席したエレオノールは再び、リディと出会うためにも魔法を学び、彼女が起きても安心して暮らせる世の中をつくるために大陸を収める大賢者へと出世したのである。


***


 1000年後――現在。


 エレオノールの遺体が大切に保管された塔がある。

 花園を囲むようにしてその中央に彼女の遺体が安置されていた。


「――ここです」


 アリシアに案内してもらい、リディと共にロストはこの地に訪れていた。

 北の大地の山脈の付近に位置するこの場所は、エレオノールの最後の休息地として知られ、腐らないように魔力で固めた巨大な冷却水の中に閉ざされたエレオノールの体は当時の面影を残したままで、リディと別れたときと変わらない姿で出迎えてくれた。


「大師匠様は、最後ここでお亡くなりになりました。最後まで、”リディテールと一度、空を飛びたかった”と申しておりました」


 飛竜に乗って世界を旅したことがある。前にそう教えてもらったことがあった。リディは思い出しているのだろう。エレオノールとの思い出を胸のうちで思い返しているのだろう。


 リディと放れ、ロストは近くにいた少女に話しかけられた。


「あなた、魔力はすごいけど…魔法は使えないのね」

「なぜわかったの?」

「長年修行していればわかることもないわ。それよりも」


 リディをチラッと見た。


「大師匠が愛していた師匠リディ。あの人がそうなのね。どうりで、彼女だけ逸材だと感じたわ」

「きみは…」

「申し遅れたわね。私の名はユーリ。名字は魔女になった時に捨てたわ。ここでは名前は記号のようなもので意味はとくにもつ必要はない」

「えっと…ぼくの名前は…」

「ロストだよね」

「えっ?」

「ある人から話しを聞いていたわ。そうか、君がロスト…すべては運命の思うままね」

「なんの話?」


 ユーリはこっちで話しましょうとロストの手を引っ張っていった。

 風が吹き、ユーリがかぶっていたフードが外れた。


 薄青色を混ぜたような銀色の髪をしている。リディと似ている色だ。リディは銀色の髪をしている。魔女特有の色だとリディは言っていたが、ユーリもまた魔女なのであろう(さっき名乗っていたし)。


「どこへ連れていく気!」

「秘密の場所。あとであの魔女も合流するから先に見ておこう」


 待ってとロストの言葉を無視して強引に引っ張っていった。

 少女の力とは裏腹に強く、離れることができなかった。腕を引き抜かれるんじゃないかとロストは内心、震えていた。


***


 リディと別れた後、ロストたちは小さな洞穴にいた。

 奥へ続く未知を進むと、本が浮いている台座と対峙した。


「本が…浮いている?」


 ユーリが本の隣に着くと話してくれた。


「あの魔女が探していたものはこれのはず。大いなる魔法が書かれている禁断の魔法。師匠曰く”世界に災厄を生む魔法”だと言っていた。いま、師匠とリディは離れられないから今だけ見れる。さあ、取って見せて」

「え? でも…」

「これはあなたにしかできないの。魔女でないものでしか触れることも手に取ることもできない。ましてや魔法を知らないものでしかこの本の存在を形として捉えることができない」

「それは…もしかして…」


 この本が”本として見えているのは魔女でなく、魔法が使えない人”でしか手に入れられないということ。つまり、魔法を知る多くの人々や、魔女の血と杯を交わした魔物たちは触れることはできないということ。


「すべては予見してあったことなのよ。大師匠様は最後に残した”災厄を生む人がこの世で生まれたのなら、いずれ世界を変えることができるはずだ。そのためにこの本に全力をもって呪いをかける。もし、綺麗な心でないものはこの本に触れることはおろか、魔法を一切使えないよう魔力を失うだろう”と残しました。そのおかげで、毎年、魔女になりたいという人の多くは”この本”に触れた瞬間、”魔力”を失い廃人となるか逃げだすかで、魔女はこうして100年に一度は弟子を得られるか得られないかを繰り返してきました」


 そんなことが歴史の影に隠れて起きていようとは知らなかった。


「――あの魔女に知られればおそらくお怒りになるのでしょう。人間の解放と自由を求めてエレオノールさまを大賢者に出世させたのに、エレオノールさまの心配が人間を滅ぼしていたなんて…」


 皮肉だったのかもしれん。エレオノールにとっては人間はどうでもよく見えたのかもしれない。人間を愛し、好きであるうえ手にすることはなかったリディにとっては、世界から魔物を断ち切ることを選択したが、エレオノールにとっては、リディから離れたくないという思いが結晶となり、人間や魔物を根絶やしにする世界を作ったのだろう。


「そんなこと…そんなことをさせない!」

「そう思うのでしたら、さあ本を手に取りなさい。この本を手にしたとき、あなたは厄災を解放させるのです」

「リディに…辛い思いをさせたくない…だから、ぼくは――」


 本に手をかけたとき、ナイフが頬をかすった。

 その瞬間、本がはじけ飛んだ。


「あっ!」

「やはり、ロストでもダメでしたか…」


 ガックリくるユーリのそばでロストは唖然としていた。


「この本の呪いを解かなくては私たちはこの地から離れないのですよ。だからこうして誘ったのね、悪い子」


 ナイフを投げたところからやってきたのはユーリの師匠アリシアだった。金髪の髪色は他の魔女とは異なる色をしている。アリシア曰く「銀髪なんて古臭い、髪を染めてこそ女を磨くのよ」と、自ら染めたと言っていた人だ。


「師匠…そんなつもりは…」


 両手を広げ、何も持っていないとアピールするが、


「お黙り! さあ、リディさま。先ほど話しましたのが、この本です」


 ユーリは渋々と小さくなった。

 リディは台座に近づくなり本を見つめる。


「なるほど。面倒な魔法で縛り付けたな。部外者を追い払うためであろうが…これは…」


 リディはとっさにロストの襟首をつかみ、前に押し出した。

 そっと手で頬をなでた。傷が消え、痛みもひいた。


「ロスト、ここはお前の仕事だ。お前にしかできにん」

「え…は?」

「この魔法は実に面倒だ。どこかで解除すれば起爆する多数の時限爆弾付だ。エレオノールの奴…わたしも含めて開けないようにしたなーとんだ我がまま弟子だ」


 ニヤニヤと笑って見せた。

 よっぽど弟子のことが羨ましいのだろうか。

 いつもと違う面を見た感じだった。


「けど、さっき…」


 さっき触れたとき、弾かれた。それは、適性がなかったからだ。


「それは違う。その本こそが偽りだったんだ。その子…弟子がロストを試すために本として形作って見せたんだ。その本心を確かめるためにな」

「なんだって…!?」

「コラ! 大師匠様の師匠の弟子に傷つけるとはなんたることだ!!」


 ゴツンとユーリの頭部に拳を振りかざした。

 痛そうに頭を抱え、涙目になっていた。


「ごめ、ごめんさない」


 ユーリはペコペコと謝り続けていた。


「えっと…ぼくを試していたんだよね。リディに傷つけないようにって…あえてそうしてくれたんだね。よかったよ。リディに傷つかなくてよかったよ」

「なんで…そういえるんだよ…おかしいだろ…だって」

「さあ、ロスト」

「はい!」


 リディに背中を押され、ゆっくりと本を手に取った。

 とてつもない光が走るとかと思ったが何事もなく本をとることができた。


 本のページを開くと、エレオノールの過去らしい記憶が頭の中へ入り込んだ。

 この記憶は…! エレオノールの記憶。


――エレオノールの記憶(冒頭部分から***まで)―――


 本を開いたままボーとしているロストの隣で、エレオノールが笑いかけたのが見えた気がした。リディは気まずそうにしていたが、エレオノールに向けて「面白いジョークだ」と小声で言った。


 エレオノールは何を思ったのか、ロストに一つだけ魔法を与えた。それは、リディにとって思いがけないものだった。


 ロストの耳にそっと声が入った。


『リディとの思い出、片隅に見せてもらうわね』


 その声はエレオノールそのものだった。でも、彼女はいま故人のはず。いるはずもない。幻聴で幻覚だったのかもしれない。

 いま起きたことをリディに話しかけるも「何も起きなかったぞ」というだけで相手にしてもらえなかった。


 なにが起きたのかわからずにいると、アリシアが急に声を上げた。


「あーーー!! やっと解放されたーー!!!」


 大きく背伸びをする。


 この一帯に包まれていたはずの結界が消え去ったのだ。


「いやー助かりましたよ。本当に。魔女となってから外の世界に出られないもんですから、この生活が苦しくてね。さっさと弟子を作って外へ行こうかと思っていたんですが…ユーリがうるさくてね」

「だって、師匠はちっとも魔法を教えてくれませんし、なにかと”遊びに行く”としかいいませんでしたし」


 エレオノールの記憶を見ていたが、アリシアは昔のリディと似ている。見た後でいうのもなんだが、恥ずかしい気持ちになるのはなぜだろうか。


「だからといって鍵をかける奴があるか!? こいつ(ユーリ)はな、私の化粧箱や金庫に鍵をかけるなどイタズラをするんだぞ! おかげで私は鍵開けるのに魔力を使い切る毎日だったんだ!!」

「そのおかげで私は魔法を教わりました」

「涼しい顔をしやがって…」


 ユーリは先ほどの涙目とは打って変わって涼しい顔をしていた。師匠にやられたら嫌がることをやる。エレオノールきっての教えを充実に従っていた。そんな感じだった。


「さて、魔女として解放されたいま、アリシアたちはこれからどうするか決まっているのですか?」


 リディが尋ねると真っ先にアリシアが答えた。


「そうなもん決まっている! 本屋で働くんだ」

「いいですね。どこのです」

「東の大陸だ。あそこは面白い本を毎年百冊以上が出品されているうえ、アニメ? とかいう絵が動くものが見れるという。そんな面白物が見れるうえ、売ったり貸出したりできるというから本屋を選んだんだ。もちろん、試験はもう受かっているからいつでもいける」


 アリシアははっきりと人生計画を練っていた様子だ。

 しかも勤め先まですでにクリアするとは魔女とはときに恐ろしいものだ。


「ユーリはどうするのですか?」

「わたしは…」


 口ごもった。

 言おうとした口が開かない。


「……」


 言いたくない事だろうか。

 リディを見つめていると、突然リディはにっこりと笑った。


「いいよ」

「「え」」


 二人同時に困惑した。


「”私の弟子”になるんでしょ。そうよね、あんなわがままな師匠じゃ大変だったでしょうし~」

「ちょっとぉ! 1000年前だからと言って今のセリフはないでしょう!!」


 リディにひがむアリシア。やっぱ1000年前のリディにそっくりでなんだか変な気分だ。


「あの…」


 アリシアをよそにユーリは恥ずかしそうに答えた。頬を真っ赤にそめて。


「ロストくんの相棒にしてください」

「「「は?」」」

「先ほどは意地悪してごめんなさい。でも、本当は違うの。なんというか魔力があまりにも濃くて…どう接していいのか…もうわからなくなって…それで…それで……」


 リディとアリシアがにやけた。


「やれやれ年頃の子は考えることは違うね」

「本当にそうね。私を差し置いて”相棒”気取りとは、若い子は簡単に口に出せるものね」


 大人ぶってはいるが、この二人はどう見ても子供だ。これではどっちが子供なのかわからなくなりそうだ。


「えっと、こんなぼくでよかったら…これからもよろしくね”ユーリさん”」


 さらに顔が真っ赤に染まった。

 指でモジモジとするユーリは顔を下げてしまう。


「よかったね”ロストくん”」

「よかったですね”ユーリ”」


 アリシアとリディのにやける顔が妙に親近感を抱いてしまった。


 本だが、洞穴から出るとき消えてしまった。本だったものは仄かな光の粒子となってリディの身体へ消えていった。

 そのとき「魔力があふれ出てくる。うへぇ~気持ち悪い~」とうなだれていたあたり、魔力酔いになっていた。


 ユーリの会話で消え失せたようだが、帰りの馬車でも「気持ち悪い~、歩いて帰る~」と情けない声を発していたため、ユーリと笑いあう始末だった。


――一通の手紙にて。


 マーナ師匠殿(アリシアの師匠であり、ユーリのよき理解者)。元気ですか?

 私は元気です。


 先日、初代魔女であり大賢者に所属していたエレオノールさまがようやく願いが叶いました。

 長年の魔女の呪縛がようやく解放され、外の大地へ旅立つことができるようになりました。


 アリシア師匠も大変喜んでおり、さっそくと東の大陸へ旅立ってしまいました。なんでも本を書くとか読むとかで”芸術の大陸”とも謳われる東の大陸へ先に往きました。


 マーナ殿、私はこの日が来ることを予見していました。

 この力はマーナ殿によって認められ、初めて使えるようになった力です。


 マーナ殿、私は不安で仕方がありません。

 初代エレオノールさまの力が解放後、私はある人と出会い、そして迷いつつもその人についていくことにしました。


 その人は初代エレオノールが恋し、最も尊敬したお方です。封印から目覚め、彼女は外の世界へと自由に飛ぶことができる翼を授かることができました。


 ですが――災厄の扉が開かれようとしています。


 私は、真実を隠し適当な言葉で彼らを騙し、着いていくことにしました。


 すべてはマーナ殿の約束を果たすためです。

 災厄を止める。それが、最後の魔女として責任を果たす役目です。


 ユーリより。


 ――この手紙が届いたのは一カ月後のこと。


 この手紙を受け取ったのはリディたちが探しているというかつての友であり鍵を渡された人物である。

 マーナ殿の孫でありある家系の末裔。そして、厄災の事実を知る数少ない人物のひとり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る