06.魔物長と迷宮

 大きな亀裂が延々と続いている谷がある。そこは、かつて大きな戦があったと言われているが当時を知る古文書などは当に失われており、当時の面影を知ることは長年研究者が調べてもまだはっきりとわかり切ってはいない場所。


 山々と崖っぷりが恐怖を煽る。雲よりも高く頂上は見ることができないほど。空は不自然に桃と紺色を混ぜたような色をしている。

 いびつにガツガツとした岩壁はいつ崩れてもおかしくないほど亀裂が応じている。手で軽く触っただけで砂のようにもろい。


 谷の下では川が流れているが、この谷の特異的なものだろう。水の色は銀色に濁っており、ときせつ悪臭を放つ。ガスマスクなどを覆っていかなければ息ができず苦しんで死ぬだけだ。


 目的地までの道のりでいくつかの骨が壁際や地面に砂に埋もれるかのように転がっている。彼らはかつて冒険者か旅人だったのかはわからないほど腐敗が進み、男女の区別さえもできない。


 そんな場所を好奇心から近寄るようなバカな人はいない。

 地元でも恐れられている。観光名所としては有名だが、命の危険性もあり、多くの観光客は谷の入り口付近で引き返すという。


 ロストたちは谷の入り口――つまり銀の川が流れる最初の道を通らなくてはならないということだ。


「ひどい臭いだ」


 鼻がもげそうなほどひどい悪臭がする。主に川から流れる臭いが谷を通じて充満しているようだ。


 空の色も桃と紺色を混ぜたような色をしている。

 これは、おそらくだが、霧状になった毒が光の反射であのような色になっているのだろう。空へ行けば行くほど毒が濃いことが伺える。


「ひとまず、近くで宿をとりましょう。ここは、温泉が有名なんです」


 温泉…昔家族と一緒に行ったことがある。

 広々とした風呂で、壁や窓はなく開けっぴろげにした空間は、外から漂うさわやかな風を受けながら時間ごしに変わる空を眺めながら堪能する。優雅なひとときを…あの時の感動を思い出しながら、一泊することを提案したのだ。


「温泉…ね」

「あれ? 気にならないのですか?」

「あ、いえ…まー、興味ないかなーって」


 リディは淡々としていた。まるで興味がないという顔をしている。


「一泊だけでもしていきましょう。それに、ダンジョンへ潜るにも今からでは日が遅すぎます」


 空を見上げるともう夕暮れ時だ。

 西日から照らされる影はゴムのように長く引っ張られているみたいだった。


「…わかった。ロストの好きにして」

「よし!」


 ガッツポーズした。

 温泉に入るのは久しぶりだ。ここ何日も風呂に入っていないから汗でヌルヌルしていて気持ち悪かったんだ。

 シャワーだけでは綺麗にならないからな。


 観光地だけあって宿やホテル、旅館と数々並んでいる。

 どれも迷うものばかり。一軒一軒見ていきたいが、観光に来たわけではないのでひとつしか入れないのが残念だ。


「たのもー!」


 ロストは扉を開け、中に入った。

 そこは宿屋だが、温泉が部屋に備え付けられているという一風変わった宿だ。未知の外れにあり、一般に配られている観光マップには載っていない地元限定の特別な場所。


 ここは、昔両親と一緒に来たことがある思い出の場所だった。

 一定の魔力を持ち、なおかつ結界を通り抜けた者にしか入れないこの場所は、結界の解き方を知らない庶民には入ることが許されない聖域。


 そんな場所を選んだのはかつて味わった懐かしい記憶をもう一度味わいたいと思う心と興味がないリディにこの素晴らしさを知ってもらいたいという思いで来たのだ。


「何名様ですか?」


 受付嬢に二人と返事すると「要件はなににございますか?」と聞かれた。「要件?」。以前はそんなことは聞かれたことはなかった。


「要件とは――訳ありでお泊りになられる形があげられる言い訳でございます。当店では秘密裏のお店であり、なにかしらの事情を抱えているものにだけ当店を利用できるようにしていのでございます」


 リディと見合い、ロストは答えた。


「迷宮(ダンジョン)に潜りたいんだ。一泊だけでいいから泊まりたいんだ。それに、ここは昔両親に連れてきてくれた思い出の場所でもあるんだ。最後でもいいから見ておきたいと思ったんだが…ダメだったか」


 受付嬢は頭を左右に振った。


「いいえ。そういう理由でしたら問題はありません。”迷宮(ダンジョン)に潜る”ことと”最後の思い出”という訳でしたら当店にご利用することができます」

「じゃあ…」

「はい、ようこそキーヌ・レスティンへ」


 和室一室とトイレ風呂付の部屋に案内してもらった。他の部屋はすでに予約や訳ありの人たちで埋まっていて、今はここしか空いていないのだという。


「風景は申し分ないどけど…風呂はいいよ」


 周りの風景を楽しめるほど窓の外は優雅ではない。

 岩壁に囲まれ、空や風景を楽しむことはできないと心の中で悲しんだ。


 トイレは様式。風呂は大きな窓があり、外は庭園をモチーフにした小さな庭があった。風呂は一人分しか入れないほど狭いが、空いているだけでも良かったと思いえば気にすることもない。


 一通り部屋を見てから、くつろぐ。

 長旅で随分と疲れていたのか、リディは先に眠ってしまっていた。


 せっかく風呂を堪能してほしいと思っていたのだが、心地よい寝顔を見れば、そんな思いがどこかへと流されてしまった。


「よし、一番乗りだ!」


 食事まではまだ時間がある。

 先に風呂に入り、体の中にたまった疲れをほぐすため一足先に湯をかけた。


「うわ~これがお湯! いい…すごくいい…暖かいお湯が身体の隅々まで伝わる。まるで今まで張り付いていた貝殻やコケたちが流されていくかのようだ…」


 一人で感動しながらセリフを吐いた。

 風呂という暖かい湯船だけでなく窓の外の庭園をごちそうに、心と体は癒されていくのを実感する。


「いや~すごくよかったよ~」


 久しぶりに長く入ってしまった。

 時計を見たらもう一時間は経ってしまっている。


「もうこんな時間か…飯まで一時間ぐらいか…リディは眠っているし…よし、館内を見て回ろう!」


 ロストはこの宿の専用の浴衣に着替え、外へ出ていった。

 ロストが出ていったのを尻目にリディはゆっくりと体を起こし、「さてと」と服を脱いで風呂へ向かった。


**


 飯を食べ終え、ロストたちは部屋で眠っていた。


 せっかく風呂を堪能してほしいという気持ちがあったロストだったが、リディはあれからずっと眠ったままだ。飯を食べたと思えばすぐに横になり、「先に寝る」と言ったきり起きる様子がない。


「ちぇっせっかく用意したのに…」


 リディのためにと買っておいた石鹸がある。このお店でしか買えない品物だ。人家族に着きひとつまで。レッテルが張られた看板の下でこの石鹸が売ってある。


 この石鹸は迷宮(ダンジョン)で手に入れた特殊な油で作られている。この迷宮(ダンジョン)以外では決して作ることは愚か手に入れることさえできない貴重なもの。


 ましてや、この宿に泊まったと言っても買えるものでもない。石鹸は受付嬢がわざわざ残してくれたのを譲ってもらったものにすぎない。


「リディ…疲れているのかな…」


 身体を半回転しリディが寝る布団を見た。

 リディからはイビキの音はしないほど静かだ。息しているのか気になるところはあるが、女性を前に近寄るわけにはいかないとロストはただ見守ることしかできない。


「そうえいば…ずーとリディに頼りっぱなしだな…」


 思い返してみるとずっとリディに頼りっぱなしだ。

 この瞳の呪いのせいで魔法が使えないため、リディに頼ることしかできない。魔法バトルでは明らかに外野で戦場にいても邪魔になるだけで何もできない自分がなんだか恥ずかしく惨めな気持ちになってくる。


「ぼく…リディのために…なにかしてやれないのだろうか…」


 うとうとと瞼が閉じようとする。

 日々の疲れが身体の自由を奪い、深い眠りに誘い入れる。


「ぼくは……頼りに……ろうか」


 ”ぼくは君にとって頼りになっているのだろうか”そんな疑問を浮かべたまま深い眠りについた。


 翌朝、朝飯を食べ選択しておいた服に着替え、宿屋の外に出ていた。


「朝日は素晴らしかったですね」

「ああ、そうだな」


 リディは昨日と大して変わらない態度だった。

 興味がないような淡々とした言葉だ。


 そういえば、受付嬢からあることを依頼されていた。


「どうでしたか?」

「素晴らしかったよ。おかげで体や心の疲れはお湯に流れていったよ」

「それはよかったです。では、またのご利用をお待ちしておりますね」

「はい、またよろしくお願いします」

「次回のご利用はきちんと予約してから来てくださいね。今回は特別ですよ」


 そう念を押され、ロストたちは旅立っていこうとしたとき、受付嬢に隣にいた好青年に声をかけられた。


「君ら、”冒険者組合”に所属している人だよね?」


 呼び止められ振り返り際に「はい」と返事をすると「実は行方不明者の依頼なんだ。昨晩、迷宮(ダンジョン)へ入った切り戻ってこない冒険者がいるらしいんだ。背格好は君らと同じぐらいらしいんだ」ただ事ではないようにその連れと思わしき人たちもやってきた。


「ごめん。本当は俺らがいかないといけないんだが…あいにく傷を負い、仲間も数人動けない状況なんだ。本当に悪いと思っているんだ。君らにしかいま頼める人がいないんだ」


 赤いバンダナを額に巻いた少年が何度も頭を下げながらお願いしていた。

 少年いわく、中学卒業記念日で友達数人と一緒に迷宮(ダンジョン)へ潜ったらしい。一階層で終わる予定だったが突然現れた魔物によって友達一人が連れ去られてしまったと。他の仲間たちも何とかして取り戻そうとしたが、罠などにはまりそのまま迷宮(ダンジョン)の外へ放り出されてしまったそうだ。


 そのときに怪我をしたらしく少年しか動けないことから急いで”冒険者組合”に依頼したそうだ。


「報酬ははずむから、連れ去られた仲間を助けてくれ!」


 ロストは好青年に訊いた。


「他に”冒険者組合”の人はいないのですか?」

「悪いが、いないんだ。なにせ迷宮(ダンジョン)は許可がない限りは立ち入りんし区域にある。そのうえ、ここは観光名所で人事的なトラブル以外は対処できるものだから、”冒険者組合”に加盟している人が来ることことはめったにないんだ」

「”冒険者組合”という名も…その日暮らしの人が多い怪しい組織なために、この観光地でも白い目線で見る人が多いのですよ」


 先ほどの受付嬢がやってきた。


「”冒険者組合”と名ばかりの組織です。働いた分の7割しか報酬がでないし、仕事自体あまり割り振られないことから評判が悪いのですよ。まあ、急な依頼が来ることが多いことからサービス面では賛否両論ですけどね」

「そうだったのですか…」


 思ったほど”冒険者組合”は評判が悪いようだ。

 レイに誘われ、”冒険者組合”に所属したもののこれといった仕事や情報を提出してもらっていない。それほど人手不足か単純に仕事が入らないかのどちらかだろう。


「”冒険者組合”…というよりも個人で受けた方がいいです。かつて私も”冒険者組合”に所属していましたが、そこまで稼げるものではありませんでした。もし、報酬や時間も考えるのでしたら、ここは少年本人から直接依頼を受けるべきです」


 受付嬢がかつて冒険者だった…。

 その経験からか”冒険者組合”に通さず”直接本人から依頼を引き受けた方がいい”と提案したのだ。


「待ってほしい。ぼくだけではくリディにも…」

「私は構わん」

「リディ…」

「合い方もそう言ってしますし…」

「兄ちゃん! よろしくお願いしますよ! もう、頼れる人がいないんです…」


 涙を噛みしめながら少年は頭を下げていた。

 ロストは悩みながらもその依頼を了承した。


***


 迷宮(ダンジョン)までの道のりは、受付嬢から借りたガスマスクをかぶり、奥へと進む。この日は昨日よりは毒の密度は少ないのだと好青年は言っていた。毒の密度が少なければ少ないほど体への負担は少ないのだとか。


 一応ガスマスクはしておく方が安全だといい、少年の仲間を助けるためにもガスマスクを無料で譲ってくれるとは気がいい人だ。


 迷宮(ダンジョン)へ続く階段は外壁とは比べ物にならないほどきれいで何者かが毎日掃除しているかのように砂埃塵一つ落ちていない。

 綺麗すぎる。「魔物の気配はかすかにしている」とリディは奥の方へ指さしていた。ロストの感覚では魔物なのかそうでないのか違いが判らないでいた。


 一階層、二階層、三階層へと進む。今のところ魔物の気配どころか姿も見ていない。


「おかしい」


 ロストは不審に思った。

 迷宮(ダンジョン)だと外では騒がられているにも関わらず魔物が一匹も出現していない。ましてや奥へ進めば進むほど部屋がゴージャスになって行っているような気がする。


 最初は石造りだと思えば、大理石へと代わり、金ぴかのように輝く部屋と変わる。四階層…つまり最深部に到着すると白衣を着た学者数名と椅子に座った石像があるだけの何もない空間に出た。


 丸まった部屋の中央はかつて、多くの者たちがいたであろう家紋が床に描かれている。天井には迷宮(ダンジョン)ができるまでの歴史が描かれているが、言語はすべて昔の言語で読むことはできない。


「リディ、気づいているか」

「ええ」


 リディは一人で歩いていく。

 その足取りは軽くまるでスキップしているかのようだった。懐かしい友と会うためなのか、リディは椅子に腰かける石像に近づき、こうささやいた。


「待たせてごめんね」


 スキップする足取りとは裏腹に寂しく悲しそうな顔をしていた。

 その言葉を聞いて石像は動くことはなかった。まるで時も止まってしまったかのようだ。


「お前さん何者かね?」


 白衣を着た学者らしき人が声をかけてきた。


「貴重な遺産だ。さあ、どいたどいた」

「やれやれ近頃の者たちは歴史の価値もわからんのか」


 リディを差し置いて学者たちは懸命に調べている。

 寂しそうに佇むリディの背をそっと触れようとしたとき、リディはこう言った。


「…約束破ったんだ」

「え」


 リディは振り返った。その顔は今までにない悲しそうな顔をしていた。


 場所を変え、リディがかつて何があったのかを語ってくれた。


――1000年前。


 魔物長に話しを持ちかけた。略奪・殺戮・快楽のために人に襲い掛かり、遊び半分で狩を楽しんでいた。当時、リディは魔物の王であるガヴェインという男に対話を求めていたという。


「三賢者であるあなたが私に何の御用で?」

「いま、世界で暴れている魔物たちを沈めてほしいのです」

「それはできませんね」

「では、せめて地域を分けてほしいです」

「それもできません。いいですか、私たちは快楽を求めているのですよ。もはや、人を狩るだけでは飽き、いまでは人をどのようにして苦しめて殺すかで競い合っているのですよ」

「その考え方は間違っています」

「……あなたはそう思うのかもしれませんが、私たちはそう考えていません」

「…私は、あなたたちを守りたいのです!」

「守る? 人間が魔物を守る? 寝言は寝てから言え」

「違います。いまは東の大陸、西の大陸、北の大陸が手を結び、魔物たちを殺しています。これでは戦争になってしまいます! ですから、私が魔物たちを殺さないために私が作り上げた国へ案内します。ですから…」

「ガハハハハ!!! バカバカしい。人間ごときに私を愚弄する気か? 怠慢は我慢しておくことね」


 話しにならなかった。

 魔物たちが思っているほど安易な状況じゃなかった。


「どうして、リディは魔物を守りたいと思ったの? だって賢者だったんでしょ」


 ロストは疑問を投げかけた。

 賢者であったことは驚きだが、それよりも魔物の長と話し合うことができるど特別な関係を持っているとは知らなかった。


「私は、もともと魔物の生まれだ」

「え!?」

「私は、小さいころの記憶はない。覚えているのは血まみれになった魔物の血のなかで変わり果てた人々を刺し殺している場面だった…」


 額を覆うようにリディは当時のことを伝えた。


「私は魔物のなかでも異端だった。人間の身体を持ち、魔物のように魔力は高く、魔物のように興味は一点しかなく、あるのは殺戮を楽しむ…そんな感情だった」

「まさか…そんなバカな…」

「違うと言いたげだな。事実だ。私は人間の身体であることをいいことに人間を騙し、襲っていた。すべては殺戮という終わらない快楽を静める方法を探していたことだけだ。私はある日、魔物の長の推薦で賢者になった。北の大陸を統治できれば、魔物としてもやりやすいからだと」


 魔物長に推薦され、北の大陸の賢者となった。

 だが、それだけで賢者にはなれないはずだ。


「でも、そんな簡単に賢者になれるはずは…」

「北の大陸を牛耳っていた賢者がいた。彼は素行は悪く決して評判も良くなかった。だが、彼は魔物を仲間にすることで知名度を保っていた」

「どういうこと」

「北の大陸の賢者は”魔物を使役かすることで自分の場所”を作っていたんだ。人々は魔物とつながっているとは思いもしなかっただろう。魔物の長はそんな彼を疎ましく思っていた。証拠を掲げ、彼を討ち取ることで世間に証明することができた」

「それで、賢者になれるものなの?」

「賢者と言えばよく聞こえるが、実際は王のようなものだ。大陸を統治し、あらゆる知識をもち、その大陸でしかいない精霊や星獣を使役する。それが王の務めだった。賢者と名乗っていたのは単純に”王”がかぶるからだった」


 リディは話しを続けた。


「西の大陸と東の大陸、そして北の大陸の賢者たちは結託して魔物たちに反旗を翻した。魔物の生まれからして私は、それをどうにか食い止めたかった」

「それでどうなったの」

「西の大陸にいた魔物たちは壊滅、東の大陸の魔物は全滅、北の大陸の魔物たちは元々私が処理していたため、被害は最低限に抑え込んだ。だが、西・東の賢者にバレれば、悪事も見破られる。そのため、私は弟子に留守を頼み、ダメもとで魔物長と話しを付けたんだ。それでだめだったら…奥の手で」

「……」

「騙しに騙し、そして魔物の長を除いた生き残りを城に匿うことにした。魔物たち…みんなを守るために」

「じゃあ、あの城は…」

「私が根城にしていた城だ。元は世話好きの人たちがいたが、彼らの許しを得て、魔物と私を封印したんだ。長年経ち、そして解放されたとき、私は魔物がいなくなったこの世界がどのように変わったのかを見たくて外へ出たんだ」

「…リディはぼくとついてきてよかったと思っている…?」


 リディはきょとんとした。

 すぐに笑みを浮かべ、ロストの頭をなでながら。


「ああ、もちろんだ。ロストと出会えてよかった。この封印は”月の瞳”を持つものにしか開けられないようにしていたからな」

「…”月の瞳”なら、誰でもよかったんですか!」

「違う」

「違わないよ! いまの話を聞いて、すぐに信じられますか!? だって、リディが魔物の生まれで、魔物を守りたいために世界と魔物長を騙したんですよ! それが…それが…」

「信用しなくてもいい。私はこれが最善だと信じてやってきたんだ」

「ぼくは…まだあなたを信用できない。本当に”月の瞳”の呪いを解くことができるのですか!? リディに掛けられた呪いを解くことができるのか!? この旅はその呪いを解くために旅立ったのでしょ? なら、この話を聞く限り、すべては魔物の為であった…」

「そう言うことだ。私は魔物を常に守ための位置にいる。私は魔物を敵に回すことは私を裏切った者たちにだけだ!!」


 ギンと睨まれた。

 ロストは反論しないまま、外へ出た。


「一人で行動するのは危ないぞ」

「うるさい! 整理ができないんだ…ひとりにさせてくれ」

「…わかった」


 リディが魔物の生まれ? 嘘だろ。ウソであってほしい。じゃあ、すべて魔物を守るためにやってきたということだ。

 1000年前の事実がリディの言葉で白日の名のもとに召喚されていく。理解できるのか、理解するのは難しい。


 リディがこの先、本当にただ呪いを解くために旅をしているのか?

 ――否、この旅を通じて知っているはずだ。リディはずっと一人で悩んでいたんだ。誰にも相談ができず、たったひとりで自分を信じてやってきたんだ。


 だから―――ぼくがすべきことは。


「リディを守ること。リディが魔物を守るのなら、ぼくは、リディを守る…相棒でいることだ」


 そう結論に至った。

 いまは答えを出さなくていい。信用しなくていい。ただ、”月の瞳”があったからこそリディと出会えた、旅をすることができた、レイたち他の魔法使いたちと出会えた――そうだ。すべてはリディがいたことで始まった旅立ったんだ。


 なにをそんなにもわけわからなくなっていたんだろう。

 ロストは独り言をつぶやいた。


「あーあーバカだなーぼくは」


 リディと出会ったのもこの”月の瞳”をどうにかしようと始めたんだ。

 それが、勝手に”自分の都合”に置き換わっていた。


「一人で何を抱えてんだが」


 ロストは振り返り、リディの下へ走っていった。


「いまは、考えがまとまらなくていい。答えが出なくていい。ただ、ぼくはリディと一緒にいたい。ただ、それだけなんだ…」


***


 石像の前でリディは立っていた。

 学者たちを寄せ付けないよう球体の結界を張り巡らしていた。


「…もういいのか」

「うん。答えはでないけど。ぼくはリディと一緒にいたい」

「そっか。中に来るか?」

「もちろん!」


 ”月の瞳”の力を借りて、結界の中へ入った。


 球体の結界の中はシャボン玉のようだった。触れれば簡単に割れてしまいそうに脆くそして光の反射で様々な色合いを見せる不思議な結界だった。


「それじゃ、解放するね」


 ロストの”月の瞳”の魔力を借りて、石化した魔物の長に触れた。

 石像はまるで卵のようにパラパラと欠片が落ちていく。石像の中は空洞で、中央に腕輪が宙を浮いていた。その腕輪はかつて三賢者が封印したであろう魔物の力そのものだった。


 リディが腕輪をとると、パキンと腕輪が砕け散った。リディに掛けられていた封印が解けたのだ。

 その瞬間、石像から声が聞こえたような気がした。


「リディを頼んだ」


 その声は遠い昔のどこかに忘れてしまったかのようなそんな声だった。


 封印を解いた後、学者たちから文句を言われたが、リディは五階層へ続く道を作った。その先に金銀財宝、当時の歴史などを記したものが置かれていた。

 

 それらは魔物の長が置いていった品物の数々。今の時代ではかなりの価値がある品物ばかり。学者たちがそれらを調べている間、リディはロストに一つの品を手渡した。


 その品物は後々に使うことになる秘密道具であることはまだ明かせない。


 二階層で気絶している少年を見つけ、救助し宿へ戻った。

 少年にたいそう喜ばれたが、ロストだけは浮かない様子だった。


「なにかあったのか?」


 ロストは首を左右に振り「いいえ、なんでもありません」とそう答える事しかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る