05.リディ

 この世界は無常にも非常な世界だ。


 魔力があっても魔法が使えなければ満足に生活もできない。選択するにも料理を作るにも狩をするにも魔法が必要不可欠。物理で戦う戦士? そんな人はいない。みんな何かしら魔法を持って戦い過ごしている。


 生まれながら魔力を人並み以上に持つが、魔法が一切使えない少年(ロスト)がいた。家族に愛されすくすく育っていったが家族は不審な事故に遭い、別れ離れになる。


 残された少年は魔法が使える原因を調べるため、医者へ赴き調べた。医者は首を左右に振りわからないと答え、先が真っ暗になった。

 けど、酒場で聞いた噂が一筋の希望が差し込んだ。


「魔女」


 彼女に合えば、この症状を治す方法を知っているかもしれない。

 半年かけて城を見つけ、導かれるように魔女と出会い、そして旅をするようになった。


 魔女は「魔力がない」といい、最低限のことしか魔法が使えないことを提示し、魔力を供給するとして取引をした。すべては少年がこの症状から解放するために。


 1000年前に出会った魔女リディは、深い眠りにつき、魔物が世界へ出て行かないように封印の役目を担っていた。

 その理由を聞いてもはっきりと答えてくれない。リディなりに隠したい秘密のようだ。


 それでも一緒に同行する身として放しておいてほしい。そう思う少年だが、リディは答えようとはしない。隠し続ける理由がなんなのか。少年は一人悩み考えるが、答えは見つからない。


(知られてはマズイことなのか?)


 リディもまた何かしらの呪いに掛けられているのではないか。そう結論に至った。

 少年の瞳は”月の瞳”と呼ばれ、1000年前からその症状を持った人はいたという。”月の瞳”は普通の目と同じでよく見えるが、瞳に空に昇る月そのものが投影するという不思議な力が宿っている。

 ”月の瞳”は資産家の対象。1000年前は魔物と戦う際に長期戦になるため、回復薬として大変貴重だったという。


 現代で言えばマナポーションやエーテル、チャージドリンクと同じものだろう。マナポーションは自然体から出る野菜や果物を中心に混ぜ合わせたもので美味しく飲める。野菜ジュースや果物ジュースとして販売しているが、製品名が『マナポーション(味)』となっているため、マナポーションと呼んでいる。


 チャージドリンクは栄養ドリンク。便秘になることや眠気を押さえるなど副作用があるが体を一時的に覚醒するなどその効果は大人では人気がある。


 エーテルは魔法使いや錬金術師が錬金術で作ったもので、味は様々。魔力は比較的に回復しやすく副作用もない。欠点は満腹にならないことと、飲みすぎに中毒なること以外欠点はない優れもの。ただ、高値で一般市民は手に入らない。


 みっつのどれをとっても優秀なのが”月の瞳”から流れ出る”月の瞳”。一滴だけで完全に回復する優れものからして捕獲・売買・奴隷として資産家や貴族たちは大変気に入られていたようだ。もちろんその人たちの人生はない。権利が保障されていないからだ。


 家族から隠れるようにと言っていたことや左目を隠すように言われたりした原因がようやくわかった。1000年前からも捕獲されていた。”月の瞳”はどの時代においても平気として時には治療として狙われていたということだ。


「眼球をえぐってもすぐに治るのが”月の瞳”の優れているところさ」

「眼球って…」


 気持ち悪い話だ。


「涙が涸れるとね、その眼球をえぐって食べたという魔女や魔法使いがいたのさ。もちろん、私はしてないわよ」


 否定しリディは続けた。


「”月の瞳”はそれほど魔物と戦うにも生きるにも必要不可欠だったていうわけ。だから、ロストのご両親が隠そうとしたのも守ろうとしたのはよくわかる。けどね、これだけは覚えていてほしい”月の瞳は無限に何度でも復元する。そのため、所有者が生きている限り苦痛は続く”ということを…」


 ごくりと唾を飲み込んだ。

 当事者としてリディは見てきたのだろう。

 目玉をえぐり引き抜き、耐えがたい痛みに悶え苦しむ被害者たちを。


 今だからこそ話すことができる。今だからこそ注意することができる。


「”月の瞳”を持つものは、決してやさしい眠りにつくことはできない」


 最後の一文に背筋が凍り付いた。

 まるで幻覚にかかったようだ。左目が痛い。左目がうごめいているような感覚がしてくる。左目が意志をもち勝手に出て行こうとする。


 左目を覆う。左目が出て行かないようにと。


 リディは振り返り、少年の顔に近づき優しく言った。


「大丈夫よ。私がついている。だから、怖がらなくてもいい。約束は果たすし、痛いこともしないようにする。だから一緒に探そう。この呪いを解く方法を、ね」


 リディは手を差し伸べた。太陽の光がリディの背中に差し込む。背後に光り輝く夕焼けはまるでリディが優しかった母の面影と重なって見えた。


「ああ、もちろんさ」


 手をつなぎあう。リディの手は柔らかく年老いた手とは全然比べ物にもならないほどだ。

 そういえば、リディにいくつか聞きたいことがあったっけ。


「そう言えば、聞きたいことがあるんだ」

「なに? プライベート以外ならね」

「1000年前の人間だよね。なぜ普通に喋れるの?」


 リディが一瞬薄ら笑いを浮かべたのを見逃さなかった。


「言語翻訳機能(ボイス・テレコータ)を使っているから」

「ぼいす・てれこーら?」

「言語翻訳機能(ボイス・テレコータ)。私が使役している妖精が代わりに翻訳して相手に話したり、相手の言葉を翻訳して聞いたりしているの。だから普段の声は彼女がやっている」


 リディの左肩から蝶の羽を生やした小人が姿を現した。


『彼女の名はユティ。ロストと出会ったとき聞き取れなかったから城から連れてきたの。身の回りの世話も彼女たちがしてくれているわ』


 ユティはぺこりとあいさつした。

 リディに沿って口を動かす。


『声はユティ。私の声はお世辞には言えないけど声が荒いの。こうして話しているけれど、おばさんのような声ね。まったく声をはっきりとしゃべれないのは辛いものね』


 リディは寂しそうに空を見上げた。

 過去に置いていった物たちがいま自分に語り掛けているような気がしていたからだろう。


「リディもしかしたらでいい。この旅が終わったら本当の声を聴かせて」

『いいよ。もちろん旅の目的を果たせたらね』


 ユティはぺこりとして再び戻っていった。

 リティがふと背中を見せてくれたが、妖精の姿はどこにもいなかった。


「妖精は目に見えない。これは私が見せたから見えただけ。でも、その瞳には映るのでしょう。”月の瞳”は”隠れた彼ら”を見つけてしまうのも特徴だから」


 そう言われ、ロストは左目を触った。

 この包帯をとれば、ユティを見ることができるかもしれないと。


 …でもロストは左目から手を放し、リティを見つめた。


「包帯はとらない。これも約束。旅が終わったらこの目で旅してみようと思います。この病気が治る方法があるとして…」

「治るわよ。私が見つけたんだもん」

「でも手元にないのでしょ」

「なんだ、わかっていたのね。魔力が足りない。”月の涙”があってもそれを使えるほど足りない。失われた魔力を取り戻す必要がある。それとみっつの鍵」


 ”月の涙”だけでは取り戻せない魔力。容姿はスラリとした細身の身体なのに、その奥に潜む瓶底はどこまで手を伸ばしてもとどこかない深淵の最深部にあるのだろうか。想像もできない。


「”月の涙”だけでは補えない? なら、眼球――」

「そうじゃないの。私はね、”月の瞳”に頼らないようにしたいの。だってロストを何度も痛いを思いをしなくてはいけないんなんて、とんだ魔女よ。だから、魔力を取り戻すのが先という話し」

「確かに痛いのは嫌ですけど…でも…」

「でも?」

「いいえ、なんでもありません」


 言えない。”それでいいのですか”と。月の瞳から流れ出る一滴の雫だけでリディの魔力が回復するのなら、いくらでも痛いのを我慢する勇気はある。

 でも、それではリディに頼り切ってしまっているみたいだと心のどこかで叫んでいる自分がいる。

 自分の手でどうにかしないといけないはずなのに…彼女に頼り切ってしまっている自分がいることが許せないのである。


「…その…魔力を取り戻す方法を心当たりがあるんですか?」


 話題を戻し、魔力を取り戻す方法を探らせた。

 それと”みっつの鍵”が妙に気になったからだ。


「…1000年前、私が眠りにつく前に彼らにあげたものなの。ひとつは魔力…私のライバルであり魔物がいなくなった世界で生きることを決めた彼女に託した。ふたつめは鍵。信頼している親友に託した。いまなら彼らの子孫たちが受け継いでくれているはず…。みっつめは封印。1000年前に存在している数々の魔法が私の中で消えている。本に書き写した時に消えてしまったようね。この本は魔物の長に託している。魔物の長は、人とくっつき世界の隅で生きているはずだから」

「つまり、子孫、ライバルである女性、魔物長を探さないといけないっていうことですか?」

「簡単に言えば、そういうことね」


 彼女の話をまとめてみよう。

 魔力は1000年前に託した彼女。ライバルと言うことから競った仲だったのだろうか。

 鍵は1000年前の親友に託した。いまなら、子孫たちが引き継いでいるはず。でもその子孫たちも名字が変わっているはずだし、住んでいる場所だって散らばってしまっているはず。容易に探すのは難しい。

 魔物長。おそらく最後に残った魔物の王のことだろう。世界の片隅に住み、人と暮らしている。


 魔物の長に関しては――そういえば、両親から聞いた話があったな。


「…ふと思い出したんだが、あくまで古文書程度だけど…」

「!? 話しを聞かせて」

「母から聞かされた――迷宮の話さ」


『昔々、世界に取り残された魔物が一匹いました。魔物は多くの仲間たちが一人の魔女によって連れ出され、いなくなってしまいました。

 嘆き悲しんだ魔物は、最後の一匹として誰にも見つからないように隠れて過ごしました。


 長らく長らく永久にも思えた時間の中、とうとう人間に見つかり、命を狙われる日々が続くようになりました。

 悩んだ魔物は最後の命を振り絞り、誰にも邪魔されない迷宮を作りました。


 迷宮は入り組んでおり、時代や四季がむちゃくちゃ。迷ったものは自分を見失い、戻ってきたものは老化し、自分のことを覚えていなかったという。


 それから、その迷宮は人間の記憶から消し、迷宮を永久的に封じましたとさ。』


「――というのがあってね。もしかしたらと思って」


 提案するとリディは食いついてきた。


「その場所はどこにあるのかご存じ?」

「もちろんさ。この瞳で調べ済みだよ」


 左目に指さしてこういった。


「場所は見当がついている」


 親指程度の大きさの瓶を差し出した。中には涙が容れられている。

 リディが口に入れ、ロストの手を握り、その場を後にした。

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