04.レイの日常 夫婦喧嘩

 美術館の一件で依頼主からこっぴどく怒られたレイたちは、あの場で出会ったリディたちと知り合いになり、いまティータイムをしている最中だった。


「なんだったんでしょうか…あの人たち」

「さあな、まだオレたちには知らない世界があるということだ」


 コーヒーを飲みながら師匠は一服した。


「仕事後は上手い!」

「ボロボロですけどね」

「そういうなよ…それよりもさあ」


 チラッと隣に座っているリディたちを見つめ、指さす。


「何でお前らもいるんだよ!」

「なにって、タダで助けたわけじゃないんだよ。きっちりと返してもらわなくちゃね」


 ――前回のことだ。魔物が美術館で荒らした。急な仕事ができたとはしゃいでいたもののかなり強く。もうダメだと思っていた矢先、結界を破った女性(リディ)と出くわした。女性はいとも簡単に魔物を蹴散らすだけでなく、美術品をダメにした分だけ女性は代わりに支払ってくれたのだ。


 しかも、珍しいものばかり。資産家がいたらヨダレが出るほどお宝ものばかり。館長は「屁でもないさ。どうせガラクタだ。これに比べてみれば些細なものさ」と機嫌がすっかりと明るくなっていた。


 女性――リディが渡したものは師匠曰く「世界中探したところで一生出会えないかどうかの代物だ」と説明してくれた。


 おかげで、いまはその恩を返すために一緒に行動しているわけだ。


「だ・か・ら!! その件は本当にありがとうよ! けどさ、ストーカーみたいに付き添うの止めてくれない! 俺がどんな目で見られているかあんたにはわからないだろうな!!」


 リディと対立している師匠は根っこからの借りを嫌っている。借りたらすぐに理由を付けて借りを返す。そんな人だ。

 あんな助けられた方すれば、師匠はどんな理由を作ろうが、相手は見逃してくれないのだろう。


 それに――


「喧嘩しないでよ、まるで夫婦みたいじゃないか」

「「夫婦じゃねー!!」」


 二人そろった。


 大きなため息しかでない。


 俺の名はレイ。師匠のもとで魔法使いの修行をしている。年齢は15才。おそらくロストよりも年上のはずだ。魔力は人並み以上にあるが、ロストと比べればショックで寝込みそうな気分になるほどコイツからはバカにならないほどの魔力を感じている。


「レイって言ったっけ。リディがああいう人だけど気にしなければ大丈夫だよ」

「そ、そうか…?」


 そんなわけないだろう。ロストが気にしなくても俺と師匠は気にするって。どこか抜けているなと思うよ。本当に。というか、どういう関係なのだろうか。リディという女性もあの時に感じたほど魔力を感じない。


 まるで別人のようだ。

 この少年(ロスト)もまるで魔力タンクのような存在だ。

 あのとき、ロストは怪我をしていた。ロストと抱き合っていると思えばすぐに魔力が跳ね上がった。


 リディの弱点はおそらくロストと関係がある。あの魔力の高まりは異常だ。


「――レイ」


 ハッと我に返った。


「疲れているのか?」

「いえ、ちょっと考え事を」


 俺としたことが。師匠を心配かけさせてしまった。


「今日は休め」

「え」

「今日は一人で十分だ」

「しかし、師匠」

「その状態じゃ、戦場では足手まといだ」


 そんな…師匠を心配させるだけでなく落胆させてしまったのか。


「大丈夫ですよ。この通り大丈夫ですから」


 両手を上げ、大丈夫アピールした。


「今日の依頼は討伐依頼だ。数が多い。それに、借りを返さないとコイツ(リディ)からは逃れられないしな」


 リディを見つめる。

 まんざらでもないようにリディはシフォンケーキを頬張っていた。


「でも、師匠…」

「代わりだが、ロストを守ってくれないか。コイツいわく、魔力があっても魔法が使えない体質なんだとよ。二つの仕事を受ければ借りはチャラでいいって」

「…わかりました」


 素直に認めるしかない。

 借りを返す。それが名目の答えだ。

 ロストを今日一日面倒を見ろ。それが、俺に与えられた任務だ。


「素直でよろしい」

「師匠も…がんばってください。もし、怪我したら俺が治しますから」

「おう! 期待しとくぜ」


 リディと師匠を見送り、街に残ったのはロストと俺だけとなった。

 さて、コイツをどうするか。何を考えているのか表情からはわからない。


「レイは魔法使いなんだよね」

「あ、うん。そうだが」

「相談があるんだ」


 相談…か。俺は人に話し合うほどうまくはない。けど、リディとかいう女性と一緒にいるあたりそれなりの理由があるようだ。


 師匠が『魔法が使えない体質』と言っていた。それを踏まえば、こいつは人と装弾ができない…つまり魔法使い相手意外とは話せないということだな。俺と似ている。人と対等に話すのは不器用だからな。


「いいぜ」

「やったー!!」

「まずは家(貸しアパート)に来いよ。そこでなら聞いてやる」


 長い一日が始まる。


***


 二階建てのお屋敷だ。

 一階に三つの部屋があり、二階には四つの部屋がある。一階は大家さんも暮らしていることもあり部屋数が少ない。

 二階はベランダついているうえ、師匠がお気に入りである外風呂もついている。俺は外風呂も内風呂もどっちでもいいんだがね。


「大きな家に住んでいるんだね」

「……そうでもないよ。魔法使いは見栄を張る人種なんだ。見た目だけでも金を惜しまない…成金と同じさ」


 レイを信頼の眼差しのように見つめている。


「レイは違う…と思う」


 違う…か。ロストから見たら俺は師匠とはまるで違うように見えているのだろうな。そうさ、俺は師匠と違う。魔力の量も魔法の質も違う。大雑把で落ちこぼれだ。


 何人もの師匠が俺を見捨ててきた。『使えない』、『ゴミ』、『なんで生きていた』、『ふざけるなクズ野郎』などなど。ゴミみたいに捨てられ、ゴミ箱を漁りながら食べるものを探していたとき、師匠が俺を見つけてくれた。


『お前ひとりか?』

『…だったらどうするんだ』

『俺も一人だ。ついて来いよ』


 差し出した手は暖かく、今まで慕ってきた師匠よりも暖かった。

――だから、俺はたとえ、師匠と違っていようとも俺は大事な人だ。だから、違うという言葉は…嫌いなんだ。


「違わないさ」


 パシっとロストの手を払った。

 冷たい目でロストを見下ろす。


「師匠は俺にとって大切な人だ。愚弄するような意見は止めろ」

「!」


 ロストは怯え、涙をぽろぽろと流しながら謝った。


「ご、ごめ…ん、なさい」


「うっ!!」


 こうも簡単に…涙もろいとは思いもしなかった。


「あーー…なんていうか、俺も言い方が悪かった。すまん」


 やっぱり苦手だ。俺にガキのお守りは無理な仕事だ。


**



 そのころ、討伐依頼を引き受けた師匠とリディたちは荒野にいた。町から少し離れた東北の位置にある。この場所はウルフと呼ばれる二足歩行の盗賊が出ると噂されていた。


 ウルフが得物を持ち町に襲撃してくるという情報を聞きつけ、二人は出向いたのだった。


「お前、アイツの弟子かなんかなのか…?」


 おもむろに師匠はリディに尋ねた。


「弟子…あの子はあなたの師匠なのよね」

「話しを逸らすな。まあ、あいつ(ロスト)がお前の弟子ではないことは見抜いていたよ。そんな関係じゃないということはな」

「なんだ。わかっているなら聞かなくてもいいじゃん」

「……ひとつ聞きたい。あんたは魔女なんだろ」


 周囲が凍り付くかのように冷たくなった。まるで空気が南極の寒さのようだ。


「…でしたら、殺しますか」

「…いや。弟子を悲しませたくはないね。それに、あいつ(ロスト)はお前(リディ)を頼っている。どっちも悲しませたくないんでね」

「それは言い訳?」

「どっちでも構わないさ。俺はのんびりとやっていきたいんでね」


 師匠はタバコに火をつけ、一服した。


 フーと煙を吐き、空を見上げる。


「たばこ吸うのね」

「俺は仕事でしか吸わないことにしているんだ。極度の緊張気味でね。こうでもしないと集中できないタチなんでね」

「嘘ばっかりね」

「…お互い様だろ」


 周囲の物影で様子を伺うウルフたちの気配が流れてくる。


「18、19…22体ほどか」

「手伝おうか?」

「バカいえ、誰が魔女の手を借りるか。それに借りを返さないといけないんだ。だから、俺一人でやる。お前は見物でもしとけ」


(そうさ。俺一人で十分だ。数が多い相手なら俺なら圧倒的に有利だ。)


「……わかった。任せるわ」


 懐にしまっていた小説を取り出した。


「近くの本屋で買ったものだけど…読み終えるまで終わるかしらね…」


 チラッと見る。師匠の背中に視線が突き刺さるが、たばこの煙を限界まで吸い上げ「煙人形(パール・クールムール)!!」と煙と共に吐き捨てた。


 吐いた煙が形を成し、人型へと形成する。これが俺の魔法。〈煙人形(パール・クールムール)〉。20体までが限度(無理すれば30体まで)だが命令をすれば後は勝手にやってくれる自律型だ。


***


 家から離れ、レイたちはロストを連れて商店街を歩いていた。家にいても、大したおもてなしができないため、商店街で売られている珍しいものを見せていくという方向で進むことにした。


「…しかし、どうもさっきから…」


 家に入る前から気配がしていた。それもロストに対して殺気を向けられている。尖らせた鋭利なナイフがずっと首にあてられている気分だ。


(コイツを頼まれた以上…逃げるわけにもいかないしな…)


 なるべくロストの近くでおるつもりだが、この気配は徐々に近づいてきている。ロストといるにも関わらず、魔力で周囲を圧倒させるも、そいつらは近づいてきている。まるで殺意に飲まれた者たちが本気で狩に来ているようだ。


「……上だ!!」


 ロストの襟首をつかみ、とっさに後ろへ飛んだ。

 ロストがいたであろう場所に槍が二本突き刺さった。


「えっ…!」

「敵襲か!? いや、これは――!」


 ローブを纏った怪しげな者たちがいた。黒いローブで姿を隠し、黒い手袋をしている。顔は包帯で巻き付けられており素顔を見ることはできない。


(落ち着け。師匠が言っていただろうが…”パニックになったら終わり”だと)


 ユラユラと揺れ、怪しげなローブの者たちは地面に突き刺さった槍を引き抜き、レイたちに向けた。


(ぐっ…! なんで周りは誰も気が付かないんだ!?)


 怪しげなローブの者たちが槍を持って襲ってくるというのに、周囲の人々はまるで関心がないかのような他人のようだ。まるで見えていない。透明人間を相手にしているかのような奇妙な感覚になる。


「クソ…やるしかねーか」


 レイはポケットに入れていたナイフを取り出した。


「ロスト! 俺の後ろにいろ! アイツらはおそらく魔法で周囲の人から視認できなくしている。つまり認知されていない」


 現に地面がえぐられようが、コケる人がいても気にしていないほど。こいつらの存在はその辺に転がる石ころのようなもの。


 つまり、「こいつらを操る魔法使いが近くにいるはずだ。リディとかいう女性のようにお前もすごい魔法を知っているんだろ! だから操っている奴をさが――」

「使えない」


 被るように言った。


「は?」

「ぼくは魔法が使えない。さっきも言ったけど『魔法が使えない体質』なんだ。魔力があっても魔法が使えない。落ちこぼれなんだ」と冷めた目で言った。


 この状況でなんの冗談かと思った。

 魔法が使えない? 半人前か? いや、違う。魔力はある。肌でわかる。ロストからあふれ出る魔力は自分の身体を刺激する。まるで針で突っつかれているような気分だ。

 だが、魔法を使おうとしている素振りをしていない。

 まるで魔法を初めから知らないでいるように振舞っているようだ。


「チッ…わかったよ」


 ロストが本当に魔法が使えないのか証明する必要がある。ピンチにさせることで本性を暴いてみせる。それが俺なりに信じるやり方だ。


 師匠は『こいつを守るように』と言っていたが、俺は最低限のことしかやれない。なぜなら俺は自分を守るためと師匠と共に戦える方法しか知らないということだ。今日知り合ったばかりの少年を守れるほど俺の業は足りない。


「え…あ、ごめん」


 いちいち謝るなよと、心の中でツッコミを入れる。

 愚か泣きながら人に頼っていた昔の自分を見ているかのようで虫唾が走る。俺は、自分が弱いと思っている。だから、常に強くなりたいと思う力がある。師匠のような強い人になりたいと憧れるからこそ昔の自分を捨てることができる。


 それが、ロストは逆なんだ。

 弱い自分がいるこそ今がある。そんな顔をしている。弱い自分を見捨てられないでいる。


(そうか…だからか)


 一人で悟った。


(…俺はロスト(こいつ)のことが嫌いなんだ)


 けど、師匠から託された任務なゆえ、守らなくてはならない。これは、師匠の誇りを守るための戦いなのだから。


 ナイフを片手にローブの者たちを睨め付ける。敵の数は二体。武器は槍一本のみだが、ローブの中になんの武器を隠し持っているのかはわからない。下手に近づくのは無茶だ。


「…逃げよう」

「あ?」


 突然の逃げる提案に俺は睨みつけた。

 人が戦おうとしている中で”逃げよう”というのだ。怒りのあまりふざけているのかと聞き返そうとする。


「ここじゃ、周りに人がいる。もし、なにかあった…リディにもレイの師匠にも迷惑がかかる…かもしれないから」


 怒りを胸に抑え込み、ナイフを袖の中に隠す。


「そうだな」


 冷静に考えてみれば、確かにそうだ。

 ここで一発ドカーンとやってしまえば、なにも見えていない周りの人々から怪しまれる。いや、危険人物か殺し屋かと思われるかもしれない。

 そうなれば師匠のメンツが潰れるどころか、こいつの師匠に嫌味を言われてしまう。避けなければ…。


「ここから東へ進もう。たしか古い街道があった。あの場所なら人気は少ないはずだ」


 それにゴロツキ連中もいる。

 市役所で発行された依頼のひとつに『ゴロツキの退出』届が出ていた。流れに流れてきた放浪者たちが群れをなして集会場化していると。


「東に向かうぞ。ついてこれるか」

「もちろん」


 狭い路地を抜け、通りを曲がる。追ってくる敵は距離を空けるばかりで攻撃してこない。


「攻撃してこないね」


 とぼけた顔をして言う。


「油断するなよ」


 どういうことかわからない。人気がいるほど攻撃し、人気が少ないほど攻撃してこなくなる。まるで攻撃を誘っているのかあえて人気がいる場所に目だっているのか、こいつらの攻撃は明らかに俺達を見せつけのために行動しているみたいだ。


「なあ」


 走りながらだが、ロストに聞かないといけないことがある。


「おまえは、し…リディとどういう関係なんだ」

「ど…とくに特別な関係じゃないよ」

「そういうことを聞いていなくて――」


 とっさにブレーキをかけ、ロストを押した。

 振り返る瞬間、袖口からナイフを取り出し、回転際に相手に投げつける。


 槍が頬をかすりつつ、相手のフードを切り取るようにナイフが飛んでいった。


 後方へ着地するなり、もう一本隠していたナイフを手に取った。


「な…んだよそれ」


 破れたフードから顔をさらけ出していた。

 真っ黒に染めたマネキンだった。眼球はなく、のっぺらぼうのように平たい顔をしている。人間として最低限な鼻と口だけはあるが、ときせつ開く口の中は行き止まりで、飲み食いできるための気管が存在していない。


「化け物か!?」


 キッと睨みつけるが生物ではない彼らはまるで無表情で無感情だった。破れたはずのフードを着こなそうとはせず、その場に捨てることもなく服は着たまま奴らはこっちを見ていた。


「なんだよ! なにか言ったらどうだ!!」


 少し挑発的に大声をあげた。

 だが、奴らは何も返さず挑発に乗らなかった。


 ただかすめた頬をなでるだけで開いた口の中が赤いだけで不気味だった。


「ロスト! お前はさっさと逃げろ!」


 振り返るともう一体の黒いマネキンがロストを抱えていた。槍を地面に突き刺しこちらを見つめている状態だった。


(マジかよ…今の攻撃の瞬間に背後をとったのか? いや、全然気づかなかった)


 助けたはずが、逆に危機を仰いでしまった。

 ロストは手足をバタつかせもがくが、黒いマネキンはびくともせずガッチリと掴みかかっている。その力は子供の力では振り払えないほどだった。


「クソ!」


 油断したとはいえ、こうも簡単に人質とられるとは思いもしなかった。戦うにもナイフを手放し、隠していたナイフがこれひとつしかない。

 昨日の俺だったら、仲間を見捨ててナイフひとつで潜り抜けていただろう。だが、師匠に託された。『守ってやれって…』その言葉なかったら見捨てていた。なぜなら、弱かった自分を見ることなく明日も生きることができるのだと信じられたからだ。


「弱い」


 反吐が出そうだ。自分を呪うように口にした。


「弱すぎて反吐が出る」

「…レイ?」

「あー俺ってなんてドジなんだ。師匠の約束も守れないなんて…俺は弱くて弱くて…本当に惨めだな」


 視界を遮るように腕で覆う。

 涙が出そうだ。こんなにも弱い自分がいま平然としているということに腹が立って仕方がない。


「レイ! ぼくは平気だよ。だからグゥ…ッ」


 痛いのを我慢しているだけじゃねえかよ。


「ロスト。目を瞑ってろ。俺の魔法を見たら首跳ねるぞ」

「え!? ええ!!?」

「さっさとしろ」

「あ、はい!」


 目を瞑った瞬間、レイのナイフが色を帯びたように光りだした。赤色と白色と青色に発光する。ナイフからあふれ出る魔力がレイが作り出す何かだとロストは感じていた。


 黒いマネキンの一体が襲ってきた。人質を取っていた黒いマネキンが地面から槍を引き抜き、仲間に向けて槍を投げた。


「偽装する行為は犯罪さ。けどな、この攻撃をくらって永久に眠りな〈白閃光の爆発(フラッシュバンク)〉」


 カッ!! と真っ白光が炸裂した。

 槍を受け取った瞬間、黒いマネキンたちの視界が真っ白い空間に包まれた。白い光がこの場所を支配するかのように、ロストもレイの姿を見失う。


 が、槍を握った黒いマネキンは光をもうろうともせず一直線にレイへ突き進んだ。


(師匠が言っていた『最初は脅し。そのあと隙をついて攻撃しろ』と、師匠の教え通り、こいつらは目で見ているんじゃない!)


 ナイフを強く握り、槍を弾き、もう片方の手で黒いマネキンのローブにしがみつき、ナイフを振り下ろす。


「爆ぜろ! 〈幻覚爆発(フェイクボム)〉」


 カッ!! と爆発した。

 先ほどの爆発とは異なる。高熱だ。ローブが焼き切れるほど勇ましい炎の渦。炎の渦が黒いマネキンを包み込むようにして加熱させている。


(そう…お前の感覚ではそう見えているのだろう。俺の〈幻覚爆発(フェイクボム)〉は見せかけの魔法だ。相手が最も嫌がるものか俺が嫌だと思うものを相手に見せる力。大抵の奴はこれで絶望するか心が死ぬかでくたばる)


 ナイフをぺろりと舐め、背を向けた。

 人質を取っているロストに向かってレイは走り出した瞬間、背後で炎の幻覚を見せられていたはずの黒いマネキンが立ち上がったのだ。


 傷一つついておらず、焦げ目もない。

 いたってシンプル。かすり傷一つないとはこのこと。


 槍を握り、人質に向かって槍を投げ入れる。


「やっぱ生物みたいに感覚がないのか…」


 半分諦めた。

 レイは走るのを止めない。やめたところで攻撃を止められることはできない体。


 槍を投げ入れた――と思った瞬間、腕がバラバラに砕け散った。

 もちろん、レイたちの視線からはそんなことはなっていない。


(いったろ。俺の魔法は相手が嫌がることをするって)


 バラバラに塵となっていく様を見た黒いマネキンは手足をバタつかせるが、徐々に感覚が失っていくのを悟っていく。


「!!!???」


 歯をガチガチと震えながら悶え苦しむ。

 どこも怪我もしていないが、やはり幻覚には耐えられないようだ。


 それを見ていた人質にしている黒いマネキンはロストを盾に突き刺す。


「それで守ったつもりかよ!」


 ナイフを片手にもう一度〈白閃光の爆発(フラッシュバンク)〉で視界を覆い、その隙に〈幻覚爆発(フェイクボム)〉で止めを入れる。次は溶解液が使った風呂場を見せつけ、一発で行動不能に落とさせた。


「やれやれ…とんだ強敵だったよ」


 〈幻覚爆発(フェイクボム)〉が効いてよかった。効かなかったら逃げるしかなかった。今の攻撃手段はこの二つしかもっていないからだ。


「おい、無事か」

「う、うん」


 目をチカチカとさせながら立ち上がったが、うまく立ち上がれない。

 レイは肩を借りてロストを立ち上がらせた。


「ご、ごめん」

「そこは”ありがとう”だろ」

「ご、ごめんっ!!」

「はーぶれないなー」


 謝る必要はないと念を押しながら、黒いマネキンが一体誰の仕業だったのか検討しながら一旦この場所から離れることにした。


 幻覚が解けた後もう一度戦闘になっても勝つことができないからだ。感覚を持っているのかわからない相手に何度も使うのは耐性を作ってしまいかねないからだ。


 このまま東の集会場へ赴き、クーデターのようなことが起きていたので、静めるために”クーデターが上手くいったが、祝っている最中に腹を下した”という幸福のような悪夢のような幻覚を見せ、この場を終了させた。


 依頼は大したことがないと言っていたが、放浪者とはいえ、流れ着いてきたもののほとんどが元冒険者だったり元傭兵だったりと様々だ。中には金に困った錬金術師や自分のプライドから故郷を捨てた人もいた。


 依頼であった市役所に報告し、そのウマを聞かされた後世界はいろんな人がいるのだと改めて納得させられた。その中に子供もいたが、みんなそれぞれの悩む訳を持っていたことを知らされた。


 依頼の報酬を経て、帰り道ロストに突然言われた。


「さっきは、ありがとう! ぼく、君みたいな人、あったことが無かったら…どう対応すればいいのかなって…」


 突然の告白にレイは一瞬言葉を失った。


「…あー俺も悪かったな。失礼なことを言っちまって。お互い言いたくないところもあるよな。俺みたいに”なんでも抱きかかえ捨てちまっている奴”みたいにさ」


 納得させるような言葉が出なかった。もうヘトヘトで思う増分に喋れるほど気力が残っていない。それもそのはず護身用のナイフで戦い、本来戦いなれていたナイフを失くして戦ったのだ。


 魔力の練りも上手くいかず、結局無駄に消費してしまい、いま辛うじて歩ける程度まで回復しているといったところだ。そんなところで突然な質問や会話が流れて着たら一瞬パニックする。なぜならもう『体も頭も限界! 休ませろ!』とサイレンが鳴っているからだ。


「ぼくも失礼なことをしたよ。戦いをレイだけに押し付けちゃってさ」

「…なあ、少しジュースでも飲みながら話さねぇ」

「あ、うんいいよ」


 すっかり日が暮れ、お店はほとんどしまっていた。

 自販機だけが唯一光を点滅させていた。買い換えていないのかコードが不備なのかはたして買えるのかどうか不安になるところ、ピっとボタンが鳴りゴトンとジュースが落下する音から無事に買うことはできた。


 俺はオレンジジュースを選び、ロストはアップルジュースを選んだ。

 ちょうど品切れになったみたいで『売り切れ』と表記された。


「最後の一品ずつだったんだね」

「うん。運がよかった」

「なあ、師匠が帰るまで、俺の家で休まねえ」

「お邪魔してもいいの?」

「ひとりぼっちじゃ帰れないだろ。送ってやれるほどの気力も体力もねぇからなこっちは」

「…それじゃ、言葉に甘えて」

「帰ったら師匠に報告しねーとな」


***


 そのころ、レイの師匠とリディは”冒険者組合”で契約を結んでいた。


「――確かにご本人様ですね」


 受付嬢に書類を見せ、師匠がリディに指さしながら「こいつは俺を認めさせたほど優秀だ。今後の働きはコイツも含めてこの組織は引っ張っていく」とまるで我がもののように振舞うのであった。


「どの口が言うのかしらね。敵が多すぎてヘェヘェと息切れしていたのに…」

「その減らす口、とじねーと煙で防ぎこむぞ」

「あら、怖い怖い」


 それを見ていた受付嬢はニコニコと言った。


「仲が良い夫婦ですね」


 二人が拒否した。


「夫婦じゃねーから!」

「夫婦とは失礼ですね」


 受付嬢がにっこりと笑うなり、「息ピッタリですね。今後とも、よろしくお願いします”レクス”さん、リディさん」とあいさつするのであった。


 師匠の名前(レクス)。


 ”冒険者組合”に参加したことをロストに報告するため一足に宿へ戻ろうとするが、レクスが声をかけた。


「本当は魔女を止めたくないが、今日の恩を返しきれてないからウチに来い!」

「まさか、夫婦を気にして――」

「バカ! そんなんじゃねーって!! 何度も助けられたんじゃ、俺のメンツが潰れちまう。どうせ、宿に戻っても風呂はねーんだろ」


 まあ、確かに宿はシャワーだけで風呂はない。

 それに封印から覚めた後は風呂にも入っていない。そろそろ風呂に入るべきだろうか。そんなことを考えながらリディは「んーロストが待っていますし」と一旦断るが、「俺が連れてきてやるわ。それだったらいいだろう」と提案されるがこれも断る。


 一日のそこらの知り合いにロスト(魔力の供給源)を奪われたくない一心で「もし、そうしたら今日中にあなたを虫けらのように踏み潰しますよ」と真冬のように冷たい風が吹いた。


「冗談よ! 俺も弟子が恋しいわ」

「フフ…それじゃ今日はお帰り――」


 連れて着ていた妖精の一匹が声をかけた。主にロストを盗聴と発信機の役割をしている。妖精から中心が入った。レイの家にロストがいると。


 リディはフフフ…と笑みをこぼれると、レクスに向かって呼んだ。


「やっぱいく!」


 突然の切り替えの早さにレクスは引いた。


「どんなご病気で…」

「病気とは失礼ね。いま、ロストから通信が入ったの。レイの家にいるって」

「なるほど。どうやら苦労したのは俺だけじゃなかったようだな」

「ウフフフ…これで恩は返せたかしら」

「納得できねーが…まあ、今日は無事に眠れそうだ」


 二人が歩く姿はまるで夫婦そのものだと思った。

 市役所帰りの受付嬢は家に帰るなり、ペンを握り小説に綴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る