第21話

 このところ、週末になると不死子が泊まりにやってくる。彼女の目的は2つある。1つ目は本人いわく、ママの体の中では様々な発見があり、その度にエクスタシーを感じるのだという。彼女は好奇心を満たすことを目的にママの体の中に入りたがり、ビデオカメラでの撮影も行う。そして2つ目はレベル上げだ。最近では私の能力で、体をわざと小さくして、不利な状況化で癌細胞モンスターと戦うことにより、より多くの経験値を入手できるという法則に気付いたらしい。それからは、免疫細胞たちと同じくらいの身長になって癌細胞モンスターたちと戦っている。レベルを上げることで何かを成し遂げたいわけではなく、レベル上げそれ自体が目的となっているのだそうな。私の声色で『てってれ~てってれ~』と頭の中でアナウンスされた時にも凄まじいエクスタシーを感じると言っていた。その快楽の虜になったがゆえにレベル上げをしているらしい。まさに、山頂に上った時の快楽を求める登山者のごとくである。いや、不死子の場合は中毒者といった方が適切な気がする。まぁ、RPGが好きな私も、ゲームキャラのレベルが上がった時のサウンドを聞いた時にはテンションが上がったし、MAXのレベル99を目指して、何十時間もゲーム廃人のごとくに、モンスター狩りをしていたこともあるので、彼女の気持ちが分からないというわけではない。


 現在の彼女は火属性の『極大魔法』なるものを使える『権利』を取得したそうで、それを使うのに必要となるMPまでステータスを上げることを新たな目標としている。私的には、ママの体の中を遊び場にされているような気分なので、あまり良い気分ではないが、彼女には色々と助けられているため、好きにさせている。


 最近、季節の変わり目で癌細胞モンスターのポップ率が高まっているのだ。癌細胞モンスターを嬉々しながら退治してもらえるのは、ありがたくもある。なお、彼女の協力もあって、複数あるダンジョンのうち、さらに2つを破壊する『ダンジョン落とし』にも成功した。ダンジョン落としとは、現実世界でいうところのオペで患部を切除することと同じ意味を持った偉業となる。


 不死子の戦闘スタイルは相変わらずナース服で敵に突っ込んで、こん棒で滅多打ちにするというシュールかつシンプルなものだった。『増加ステータス封印』というスキルも修得したみたく、今ではリアルの世界で、彼女が身に着けたウルトラパワーを封印することによって、注目を浴びることもほとんどなくなった。


 不死子はかなり強くなった。


 しかし、この世界には、まだ不死子よりも遥かに強い癌細胞モンスターが多数存在している。例えばボス級モンスターだ。本来、ボス級は数万の免疫細胞の犠牲を覚悟して、ようやく倒せる敵だが、ダンジョン『天空の塔』の陥落作戦中、不死子は一対一でボス級と戦いたいと願い出てきた。


 天空の塔は、堕天使系のモンスターがはこびっているダンジョンで、そのボス級は8枚の翼を持つ外観をしていて、いかにも強そうだった。


 あまりにも熱心にアプローチしてくるので、しかたなく免疫細胞たちを引かせて、戦わせてみた。すると、不死子は単身でボス級に挑んで、瞬殺されたのだ。堕天使型の癌細胞モンスターに、ガジガジと上半身を喰われ、スプラッター的なシーンを見せられ私は青ざめた。そして、私の隣でいつの間にか復活していた不死子に気付いて、再び青ざめた。幽霊かと思ったのだ。


「な、なんで、食べられてる最中のあんたがここにいるのさー」


「え? だってわたくしフェニックスの妖怪ですもの。おかしいことですか?」


「おかしいことさー。今、目の前で喰われている不死子はなんなのさー」


「さあ? もうすぐ燃えて灰になるのではないでしょうか。それにしても死ぬほど痛かったですわ。というか、死んでしまったのですけどね。おほほほ」


「わ、笑いごとじゃないと思うさー」


 不死子は某アイテム『フェニックスの〇』がなくても自力で復活できる。なぜなら、彼女自身がフェニックスなのだから。


「いやはや。ちょっと強くなったからといって、まだまだボス級には歯がたちませんでしたわ。もっとレベルを上げなくちゃ。もっと戦ってたくさん経験値を取得しなくてはなりませんわ」


「喰われて死んだばかりなのに、あんたはあっぱれな女さー」


 その後、不死子を食べたボス級は免疫細胞3万の犠牲の上で倒した。さらにダンジョンの奥にいる十八枚の翼を持つ堕天使である『迷宮主』との熾烈な戦いの末、ダンジョン『天空の塔』を破壊することに成功した。ダンジョンを破壊するには膨大数の免疫細胞の犠牲を伴う。あまりにもその犠牲が大きく、ママの健康を維持する必要最低限の数を割ってしまうと、ママは危篤状態になるので、ダンジョン落としは滅多に行えないものだ。


 ちなみに私のレベルは、数か月前から殆んど変わっていない。というか1レベルも上がっていない。私の戦い方は後方支援で、免疫細胞たちを鼓舞させて、後方より指示を出すだけなのだから上がらなくても当然なのだけれど。


 この日、私と不死子はママの体の中から出ると、そのまま玩具のお城である私の部屋に入って、布団を並べて横になった。ちなみに私の玩具の城は4つある。その時の気分で場所を変えており、この日は姫路城の模型で眠った。日本はフィギュア大国なので、こうした城などの模型は内部の細部まで緻密に作り込まれているので、まるで本当のお城で生活しているようにも思える。


 横になっていると不死子が話しかけてきた。


「それにしても、法子さんって、童顔ですわよね」


「そうさねー。私は童顔さー。そしてちっちゃくて可愛いとも言われるさー。親戚のおばちゃんたちに」


「親戚のおばちゃんは、どんな子でも可愛いと言うのですよ。間に受けたらいけません」


「がーん。信じてその気になってたさー」


「とはいえ可愛いことに関しては、確かに可愛いでしょうね。小さいだけに。小動物が可愛いと思えるのと似たような感覚でしょうか」


「本当さーか? てか、それって喜んでいいことなのさーか?」


「いいと思いますわ。ただし、わたくしはふと思いました。今はまだ小っちゃくて、可愛いと言えますが、この先老いていくとどうなるでしょう。一寸法師のファンは日本中にいたるところにいます。その物語が具現化された妖怪であるあなたが、もしも中年になったら、お婆ちゃんになったら! 想像してみてください」


 私は自分がおばちゃんやお婆ちゃんになった時を想像した。そうして、絵本の中で、そうなった自分が語られている姿も思い浮かべた。


「う、うわああ。子供達の夢を壊すかもしれないさー。みんな心の中では、若々しくて格好いい一寸法師を思い描いているさー! てか、一寸法師が女である点で、すでに夢を壊してないさーか?」


「夢を壊された純真無垢な子供達はきっと、ショックで自害することでしょうね」


「それはさすがに言い過ぎさ……」


「いいえ。します」


 不死子ははっきりと言い切った。彼女の自信に満ちた目を見て、私は不安に襲われた。


「ど、どうしたらいいさーか?」


「おほほほ。よろしければ研究しませんか」


「研究?」


「不老の研究ですわ。おほほ。おほほ。おほほほ」


 不死子は「おほほ……ほほ……ほぉ」と笑いながらも、瞼が重たそうに閉じて、すぴーすぴーと寝息が聞こえはじめる。


「このタイミングで、寝たのさーか!」


 ママの即寝体質の影響でも受けたのだろうか。なお、この日から私と不死子は『不老』についての研究を始めることなった。


 翌日、私と不死子は昼食を食べながら、さっそく不老について話し合った。


「不老になるにはどうしたらいいのさー」


「それはずばり、アンチエイジングをすればいいのですわ」


「あんちえいじんぐ?」


 聞いた事のない単語だ。私が首を傾げるのを見て、不死子は説明をはじめた。


「若作りするとも言いますね」


「まだ学生の私達が若作りしたら、どうなるさー」


「なにも変わりません」


「なら、だめさー」


「おほほほ。今は若作りなんて必要なくても、三十路になれば必要になってくることでしょう。不老不死ははるか昔から求められてきたものです。そして最近になり、ようやくその糸口が見つかったのです」


「見つかったのなら、その方法を使わせてもらえばいいさー」


「しかし、まだ実用段階ではないのです。今はまだ私達は成長期ですので不要ですが将来、アンチエイジングをするために。そして、完全な不老を得るために、今からその方法を研究し、確立させることが必要だと思うのですよ」


「できるさーか?」


「人類の難題に挑戦するわけですから、確実に出来るかどうかでいえば、難しいところがありますね。むしろ出来なくて当たり前とも言えるでしょう」


 予想していた返事がきた。


「不老不死なんて夢物語みたいな話だから、そりゃそうさーね」


「ただ、不老の可能性についてですが、それは『テロメア』に答えがあるようです」


「てろめあ?」


 聞いた事のない単語だった。


「まだ研究段階ですが、このテロメアが短くなることが、老化することに直結していると言われていますね。逆に、テロメアが短くならなければ老化しないともいえるそうなのです」


「そうなのさーか?」


「つまりは、不老不死になる方法を見つけることは、テロメアが短くならないようにする方法を見つけることと同じ意味なのです。そして、なんとテロメアが短くならないようにする方法はもう発見されてもいるのです! おほほほ。わたくしたちは、いい時代に生まれたものです」


「そんなやりかたが見つかってたさーね。でも、もし不老不死になれる方法が判明したのなら、今頃、大二ュースになっているし、理科の教科書にも載ってるはずさー」


 不老不死になれる方法が確立したのなら、世界のあちこちで長生きをしている人も出てくるはずで、有名にもなるはずだ。


「残念ながら不老不死になるための理論が分かった段階で、まだ実用化には程遠いのですよ。ただし、そこには研究するだけの夢と価値が十分に詰まってると思います」


「私達が、テロメアについて研究するってことさーね」


「その通りです。そしてこれから法子さんに協力していただきたい内容ともつながるのですが、テロメアが短くならないようにするには、ある酵素が必要となります。その名は『テロメラーゼ』。今後は、おばさまの体の中から、それを集めてリアルに持ち帰ってもらいたいのです」


「ちょっと待ってほしいさー。ママの体からそんな重要そうな物質を取り出しても大丈夫なのさーか?」


「大丈夫です。法子さんが創られた異世界の住人を、リアルの世界に連れてくることはできるのですよね?」


「こないだの天然痘ウイルスワクチンのことさーね? あいつは私も、ママの体には不要な存在だと思ってたから、出しただけさー」


「テロメラーゼは体から出しても大丈夫ですわ。だってテロメラーゼという酵素は、癌細胞に含まれているのですもの。気づいていませんでしたか? 免疫細胞はおじいちゃんやおばあちゃんになっている個体がたくさんいますが、癌細胞モンスターは、みんな若々しいということに」


 そ、そういえばそうだ……。


「確かに言われてみれば、そうさーね。誕生してすぐにやっつけていたからだと思っていたけど、ダンジョンの奥に長年も隠れ潜んでいる奴らもいるけど、他のモンスターと同じように若々しいさー。不思議さー」


「それも全てはテロメラーゼの働きによると、私は推測しました」


 ダンジョンの奥底に眠る、癌細胞モンスターたちもダンジョン入り口にいるモンスターも、どれもが若々しい。その理由はテロメラーゼという酵素にあったのか。歳を取らない酵素。それゆえに、癌細胞モンスターにお爺ちゃんお婆ちゃんのような見た目の敵がいない、ということか。


「なるほどさー。分かったさー。なら、テロメラーゼを集めてくるさー」


「ただ、法子さんだけでは、どれがテロメラーゼなのかが判断できないでしょうから、わたくしも同行しましょう。法子さんが老化せず、日本中の一寸法師ファンをガッカリさせないために!」


「……不死子、ふと思ったけれど、私をダシにして、本当は自分が使いたいだけじゃないさーか?」


「ぎくり」


「小っちゃいまま、おばちゃんやおばあちゃんになったら、日本中の一寸法師ファンを泣かせるとか、都合のいいことをでっちあげてさー」


 不死子は核心を突かれたからか、動揺している。


「ですが、法子さんだって女の子として生まれた以上は、永遠の若さは欲しいでしょ?」


「確かにそうさー」


「わたくしも欲しいのです。それに、ふと最近は考えてしまうのです。これはわたくしにとっての死活問題ではないのかと」


「どういうことさー」


 私は首を傾げた。


「ほら。わたくしって、不死鳥の妖怪ですよ。つまり既に現時点で不死なのです。これは老死もないことを暗示しています。するとどうでしょう。わたくし不死ですが、一般人と変わらない速度で成長しているわけではありませんか」


「ふむふむ。たしかにそうさーねー。高校一年生の頃と比べて、大きくなってるさー」


 まあ、私から見たら、何センチ伸びたところで、クラスメイト全員が巨人であることには変わらないので、特に気にしてはいないけれど。


「お婆ちゃんになって体にガタがきても死ねない。動けなくなっても死ねない、となったらどうしたらいいのでしょう。成人した時点で老化が停止すれば一番いいのですが、そんな都合よくいくでしょうか? この先もずっと老化が止まらなかった場合……ホラーですわ!」


「なんでさー?」


 不死子は額から汗を流している。体も震えはじめたようだ。とはいえ、考えるだけでそういう状態になるということは、かなりの大問題なのだろう。


「だって通常100歳にもなれば、歩くことや誰かの介護なしで日常生活を送ることも難しくなるのですよ。たとえば、もしも1000歳まで死なずに老化だけが続くという状況では、どうなると思いますか? 死なない体であるという特徴が、逆にアダとなるわけです。きっと、その頃になると体があまりにも不自由で、ガタがきていて、苦痛も感じていたりなんかして、死にたい死にたいと渇望しているかもしれません。それは拷問以外のなんでもありません!」


「なるほどさー。不死子の場合、生き地獄になる可能性もあるってことさーね」


 理解できた。確かに、怖い。毎日、苦痛に悩まされながら生きているわけなのだ。


「わたくし、どうせ老死でも死ないのなら、まだまだ元気いっぱいな若い体の時点で老化を止めたいのです。実はわたくしが医学の勉強をしているのは、病院の娘という理由だけではなく、こういった理由もあるのですわ。今回、法子さんだったので、話したのです」


「たしかに不老になれる方法を探し当てないと不死子はマジでヤバそうさねー。長く生き続けるのは人類の夢だけど、頭に『健康で』が必ずつくのさー。不健康で長生きは誰だって嫌さー」


「そうなのです。わたくし、大変なプレッシャーを感じて日々を過ごしているのです。自分の老後が心配で心配でたまりません」


「高校生の今から老後の心配をするなんて気が早いさー。でも、不死子にとっては大事な問題だということも理解したさー。私も不老には興味があるし、ママの恩人でもある不死子のためさー。協力するさー」


「ありがとうございます、法子さん」


 こうして不老についての研究に取り組んだのだが結果的には、あっという間に不死子の老後問題にケリがついた。不老になるための手段を見つけたのだ。私は同じ方法でママもこっそりと不老にしておいた。


 それはさておき、私が最初にするべきことは『テロメラーゼ』がどのような形状をしているのかを把握することだった。そして、テロメラーゼが紫色の鉱石のような物質であることを突き止めた。


 癌細胞モンスターを倒してた後、その遺体が地面に沈む前に解剖することで、その紫色の鉱石『テロメラーゼ』を回収できた。免疫細胞たちにデモンストレーションを見せるなどして教育したところ、彼らに集めさせることにも成功した。集めたテロメラーゼはリアル世界に持ち帰って、不死子がそれら自宅に持ち帰って研究した。どのようなやり方で研究しているのかは知らないが、私にとっては専門外なので完全にノータッチだった。

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