第15話
オペは明日の午前中から開始されるので、まだまだ時間はある。なので、患部の近くで待機していようということで目的地に進む。荒野のずっと先にあった山を登ると、そこから広大な沼地が見えた。沼地には……。私は双眼鏡で敵たちを見ながら言った。
「す、すごいさー。モンスターだらけさー。そして、異臭がすごいさー。この山の上まで匂ってくるさ」
「気味が悪いですわね。彼らは一体、なんでしょうか。癌細胞モンスターにもいる、アンデッド系のモンスターに近しい外見のものばかりですわ。少し戦ってみませんか?」
「あんたは、戦うのが好きさーね」
「おほほほ。こないだレベルが5にあがってから、妙に調子がいいのですわ。身体測定をした時の握力なんてこれまで15キロ前後だったのに、今では54キロですもの」
「上がり過ぎさー。握力上がり過ぎさー。女子の平均を軽く越えているさー。成人男子の握力の平均も越えてるさー」
「おほほほ。たったのレベル5で、この調子ですから、レベル99に到着した時点では、漫画の中だけの技だった『地球割り』が出来るようになっているかもしれませんわ」
「それはさすがに、できないさー」
「その時の、わたくしの戦闘力は53万ですよー」
「何、言ってんのさー」
「では、行きましょう」
「うぅぅ。乗り気になれないさー」
ふと、私のスマートフォンに新着メールが届いた。そこに書かれていたのは……。
【雀王院不死子 種族:妖怪/レベル:5/HP:13/MP:12/戦闘力:103 称号:おしかけザコサモナー・バトルマニア・自称戦闘力53万(笑)】
『戦闘力』の欄が増えていた。そして、称号も、一つ加わっていた。続いて私のステータスも新着メールとして届いた。
【名前:与那覇一寸法子 種族:妖怪/レベル:2/HP:15/MP:9/戦闘力:57 スキル:鼓舞/称号:へっぴり腰の将軍ちゃん(笑)】
私はレベルを上げていないので、以前となにも変わっていないが、『戦闘力』の表記が増えていた。不死子に倍近くの差を付けられたようだ。まぁ、別にいいんだけどね。武者風の私より、ナース姿でこん棒を振り回す、一見シュールな戦い方をする不死子の方が強いのは、不思議に見えるが、これも積極的に戦闘を行ってきた結果なのだろう。なお、この患者さんの体の中の免疫細胞たちは、私と血のつながりがないからか、指令を出しても聞いてくれないようである。というか、無気力? どちらにせよ言うことを聞いてくれないので、私は久々の直接戦闘で、敵と対峙することになる。
私と不死子は未知なるアンデッド型モンスターに立ち向かっていった。数は多いが個々の力は弱く、すぐに倒せた。戦闘は3時間ぶっ続けで行った。
「えいやえいや!」
「ふぅ。これで少しはマシになりましたかね」
「どうだろうさー」
周囲に見えるモンスターはあらかた倒した。しかし、ぽこぽこと沼地から泡が出てくると……。
「あわわわ。沼から新しいモンスターがわんさかとポップしてきてますわ」
「げげげ。たくさん倒したのに、元の数に戻ったさー。今までの努力は一体、なんだったのさー」
「そりゃあ。これだけの末期な患部で、いくら戦っても、もう手遅れですわよ。この沼地のフィールド自体がダンジョン化して、ちょっとやそっとじゃ浄化もできなさそうなドス黒い色ですしね。おほほほ。そもそも、あと数時間後には切除する場所なので、戦っても戦わなくてもどうでもよかったのです」
「ええええー。それを知った上で、戦ったのさーか??」
「ただただ、戦ってみたかっただけですわ。レベルが上がれば御の字とばかりに」
「この戦闘狂め。あんたは死んでも蘇られるけど、私は死んだらそこで終わりさー。敵がみんな弱かったからいいものを、ムチャに付き合わせないでほしいさー。少しでも手術の成功の糧になればいいと思って戦ってたけど、よく考えたら、切り取るから関係ないさーね」
「おほほほほ。でも、法子さんもレベルが3に上がったではありませんか」
「私はレベル上げには興味がないのさー」
「レベルを上げれば、お強くなれますわよ?」
「興味がないさー」
現実世界での私は小人である。幾ら体を鍛えて、超人のようになったとしても、それは小人の中での話であり、私から見た巨人、すなわち一般人の力には到底かなわないのだ。腕力が無くても平和に暮らしていける日本なので、新たな力を得ることに対して、それほど興味がない。
私達の元に一体の免疫細胞がとてとてとやってきた。
「かみぃ、はじめましてぇー」
「あれ? どこかでみたことがあるさー」
免疫細胞たちは、それぞれ顔が同じではない。しかし、やってきた免疫細胞には見覚えがあった。私が記憶をたどっていたところ、不死子が言った。
「おばさまです。おばさまの体の中にいましたわ。たしか、マイナンバーが欲しいと言っていた子に似ています」
「あああ。本当だ、そっくりさんさー。この患者さんの体の中は、私に無関心な免疫細胞しかいないと思っていたけど、話しかけてくるのもいるさーね」
「あんれー。ボクの兄弟のことを御存知なのぉー?」
「兄弟なのさーか?」
「体違いの兄弟だよ。ほら、人類みな兄弟というじゃない? 同じように、細胞もみな兄弟なの」
「そうさーか? でも、知っている顔がいると、落ち着くさー。それにしても、どうしてこの世界の免疫細胞は、沼地でモンスターたちと戦わないさーか?」
私がそう質問したところ、免疫細胞は悲しそうな顔をした。
「ボクたちね、もう諦めてるんだよ。あの沼地にいるモンスターたち、免疫細胞の総力で攻撃しても、もう手遅れな段階にまできちゃってるんだもーん」
「でも、まだ諦めるのは早いさーよ」
「でもでもでも、もう選択肢はないよ。いくら敵をやっつけても、再現なく沼地から敵がポップし続けるんだよ? もう、ボクたち、死を待つだけだよ」
「いいや。まだ、諦めたらだめさー。手はあるさー」
「そうですわ。どうしようもない患部があれば、切り取ってしまえばいいのですわ。そして、正常な細胞をくっつけるのです。それがあと数時間後に、始まりますの」
「き、切り取る、ひぇえええええ」
ぶしゅーっと、免疫細胞は鼻血のようなものを出して、その場で倒れた。
………………。
「あれれ? 刺激が強い話だったのでしょうか?」
「さあ? 細胞たちのツボとか、よく分からないさー」
「一応、録画しておきますわ。鼻血のようなものを出す免疫細胞なんて面白いです。赤くないのは、赤血球がないからでしょうね。きっと水分なのですわ。細胞って興奮したら、体内の水分を体外に出すのですわね」
「そんな情報知っても、医学の進歩に全く役に立たないと思うさー。そもそも細胞は本来意思なんて持ってないさー」
「おほほほ。そうとも言い切れませんよ。ミトコンドリアという細胞に含まれる部位があるのですが、これは意思を持っているといわれて、ホラー映画にもなったくらいです。それにマクロファージが病原体などを捕食する様子なんかは、意志があるように思われます」
「ふ、ふーん」
なお、マクロファージも免疫細胞の一員であり、巨大スライムのような外見をしている。
私達は再び荒野と沼地の中間にある山に登り、患部である沼地を見下ろしながら、オペが開始される時間まで待機することにした。しばらくして先程、私達が3時間もかけて倒したモンスターたちの数が、完全に元に戻ったようで、何事も無かったかのように徘徊している。
「いやー。スリリングな体験をしたものです。まるでホラー映画の世界観でした」
「スリリングというか、無駄な体験だったさー」
「でも、レベルが上がったからいいではありませんか」
「だからレベルなんて私には、どうでもいいさーよ。まったく興味がないのさー」
先ほど、私の頭の中でも私の声色で『てってれーてってれー』とレベルが上がったことを知らせるアナウンスが流れた。
【名前:与那覇一寸法子 種族:妖怪/レベル:3/HP:20/MP:14/戦闘力:88 スキル:鼓舞/称号:へっぴり腰の将軍ちゃん(笑)・かみぃ~(笑)】
称号に『(笑)』付きが2個も出た。一体誰がメールを送っているのか、謎である。そもそもレベル自体も不可思議なものだ。レベルが上がれば筋肉量などの見た目は変わらずとも、握力などが増え、肉体が強化する。この肉体の変化は異世界から出た後も続いているらしく、不死子の好奇心を大いに刺激しているのだが……。
「面白いですわ。レベルアップ。スタンプラリーのように、たくさん、スタンプを押してもらったら嬉しいと思うように、レベルが増えると嬉しいと思わないのですか?」
「そうさーか?」
「本来、筋肉値をあげるためには、血尿が出るくらいにひどい思いをしないといけないのですが、ここでは簡単に筋肉値があがるみたいです。しかもサンダーボルトなどの魔法を使えるようになるだなんて、奇跡ですよ」
「再三言うけど、私のこの能力については、他言無用で頼むさーよ」
「もちろんですわ。そうこうしているうちに、まもなく始まりそうですね。私の懐中時計によると、まもなくオペが開始される時間ですわ。術中は、何が起きるかわかりません。私は撮影に集中していますので、対処すべきことがあれば、お願いしますわね」
「対処は必要だろうけど、録画は必要なのさーか?」
「必要ですっ!」
不死子は頑固なところがあるので、話を切り上げる。
「まぁ……どっちでもいいさー。じゃあ、これからの予定を手術前におさらいするさー!」
「はい。おさらいは大事ですものね」
「頼むさー」
不死子はこれから起きることを説明した。
「今回の術式自体はとてもシンプルなものです。悪い臓器の部分を切り取り、正常な他人の臓器の部分と入れ替えるだけ。生体肝移植の手術の内容は、たったのそれだけです。しかし、それを実際に行って成功させることは、とても難しいことです」
「そりゃ、難しくないなら、ど田舎の病院ででも、行えるさーね」
「なお、この術式の山場ですが臓器の回復時、繋いだ血管が詰まるのを予防すること。そして『免疫抑制剤』使用後です。『免疫抑制剤』を使った場合、カビやウイルス、ばい菌の攻撃を受けてしまいますの」
「不死子に質問があるさー。『免疫抑制剤』を使ったら、ばい菌とかの攻撃を受けるようになるさーね? なら最初からそんな薬、使わなければいいんじゃないさーか?」
不死子かかぶりを振った。
「いいえ。使わなくちゃダメなのです。もし使わないと、拒絶反応が起きてしまいますの。免疫細胞は『異物』を敵とみなして攻撃する性質あります。正常な細胞を患部とせっかく入れ替えても、新旧の細胞の免疫細胞同士が争い出します。つまりは同士討ちを始めてしまうのです。お互い敵ではない、と認め合うまでは時間が必要となります。その、新旧の細胞の免疫細胞の同士討ちを止めさせる薬こそが『免疫抑制剤』なのですわ」
「なるほどさー」
人間の体はロボットのように、部品の交換を簡単に行えるわけではないので、それなりの方法と時間が必要なのだろう。
「とりあえず、血管が詰まるのを予防するという仕事はおいておき、免疫抑制剤の使用後は、沼地の部分は戦場となるでしょう。わたくし、そのシーンをしっかりと映像媒体に収めておきたいのです」
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