第14話

 この日、不死子が私の机の前までやってきた。そして、頼みごとをしてきた。


「生体肝移植?」


「はい。手術中どうなっているのかを見たいのです。法子さんのお力で、患者さんの体内に入って、術中の様子をこの目で観察させてください」


「いやさー」


「お願いしますっ!」


「いやさー」


「嫌よ嫌よも好きのうち。つまり、OKということですね? やったー。ありがとうございます」


「だから、いやさーって言ってるさー。そのままの意味さー」


「ちなみに、その理由を聞かせてくださいませんか?」


「面倒くさそうだからさー」


 本気で面倒臭いと思った。そもそも私に全くメリットがないし、興味もない。


「お願いしますよー。これまで、たくさん協力してきたじゃありませんか。わたくしに返し切れない大恩があるのではありませんか?」


「そういうことは自分で言うなさー。というか、その生体肝移植って手術、ものすごく難しいオペで、術後に死亡するケースも多いって、こないだニュースでやってたさー。どこかの大学教授が、生体肝移植のオペに大反対していたさーよ」


「はい。あの有名な生体肝移植の反対論者さんですね。そして、おそらくは今回のクランケは、法子さんが仰られた、その大反対していたあの大学教授の奥さんなのです」


「えええ?」


 私が知っているその大学教授はコメンテイターとして、ニュース番組の常連となっている人だ。『生体肝移植』の術後に患者が死亡したという報道が流れた時、『生体肝移植』を行う設備が完全に整っていない段階では、手術を許可すべきではない。これは殺人である、と主張しており、その病院での手術の禁止を世論に訴えていた。一方で、『生体肝移植』を行う万全な設備が整っている病院は今のところ『どこにもない』現状で、手術を行うこと自体は今後とも、設備が整っていない場合であっても、患者さんの要望に応えてやっていくべきだという声もあった。なぜなら、何もしなかったら患者は確実に死ぬのだから。わずかでも治る可能性があるのなら、設備が整っていない病院であっても、それに賭けたいと思うのが人情だ。


「あの方、テレビであれほど、リスクの高い生体肝移植は設備がしっかり整わない限りはしてはいけない、でないと術後に患者が死んだら殺人と同じだ、と公言していたからでしょうか、皮肉にも奥様が生体肝移植をしなければ死を待つしかないという状況になりました時、手の平を返すように主義を変えまして、生体肝移植をしてもらえないか、とあちこちの病院に足を運んだそうですが、どこからも断られたようです」


「自業自得さー。どれだけ難しい手術だろうが、設備が整っていなかろうが、治る可能性が少しでもあるのなら、それに賭けたいものさー。それを否定して、病院を攻撃してたから、きっと倦厭されてるのさー」


「それで今回、うちの病院にやってきたというわけなのですわ。うちの病院は来るもの拒まずがモットーですので、受け入れたわけです。なお、その方が十分だと考えている設備については、うちの病院でも『万全ではない』のです」


「ちなみに生体肝移植って、具体的にはどんな手術なのさー。名前は知っているけど、その中身は知らないさー」


 生体肝移植手術。名前は有名なので聞いたことはあるが、詳しくは知らない。


「あら? 御存知なかったですか? 簡単に術式を説明しますと、患者さんの駄目なところを切り取って、捨てて、そして正常な肝細胞をくっつけるというシンプルな移植手術なのです」


「自分以外の細胞をくっつけて、拒絶反応とか、どーなのさー? 他人の細胞をくっつけただけで治るのさーかね。腕がちょん切れたら、他人の腕くっつけても、どうにもならないイメージがあるさーよ」


「内臓であればどうにかなるケースが多いですわ。ほら、移植手術では心臓移植とか、色々と『~移植手術』って聞いたことありますでしょ?」


「そう言われたら、たしかにそうさーね」


「なお、今回の手術の成功率は五割ぐらいだと、わたくしは予想しています」


「たったの?」


「はい。それくらい病が進行していたのです。先程、来るもの拒まずのうちの病院のモットーと言いましたが、コネがなければ、断っていた可能性もありましたね。それほどの末期のレベルなのです」


「コネ?」


 話によると不死子の実家が運営している病院の医師たちも、有名コメンテーターの奥さんのオペに反対だという意見が過半数を占めていたそうだ。しかし、その奥さんと不死子のママが高校時代の友人同士だと判ると、不死子ママの鶴の一声で、オペの決行が決定した。その情報を聞きつけた不死子は、オペ中の体内の様子を観察したいと、私にお願いしてきた。もちろんだが、患者の女性に無許可での実行となる。そういった色々なことを総合的に判断してから、私は不死子に言った。


「いやさー。そんなのしないさー。あんたは、アホさーか?」


 しかし3日後、不死子の熱烈かつ執拗な説得を受け続けた私は、ついに折れた。そして、彼女のお願いを聞き入れることになった。もしかして私はチョロイ性格なのだろうか?


「おほほほ。その通りですわ。法子さんはチョロQなみにチョロイのですわ」


「それ、あんたが言うなさー。やっぱりやめたさー」


「だめです。既に男女平等の社会。男に二言はない、の文言は女性にも適用されるのです。女に二言はありません」


「そんなの、知らないさー」


「いいではありませんか。誰に迷惑がこうむるわけでもありません」


 数日後。オペ前日の、まだ暗い朝方。不死子の協力者なる看護士の手助けもあり、私達は患者の女性の病室に侵入した。不死子は既に小さくしている。


「法子さん、準備はいいですわね?」


「いいけど、はぁー。めんどうくさいさー。法には触れないのさーか?」


「勝手に体の中の異世界にして、入ってはいけません、という法律は、現代の日本にはありませんわ。おほほほ」


「日本だけではなく、どの国にもそんな法律はないさー。そもそも、人の体の中を異世界にして中に入れるだなんて、誰も知らないことさー」


 私たちが、病院のベッドの上に立つと、私は『ファンタジーワールド』と詠唱した。そして患者の口の中から体内に入る。ママ以外の人の体中に入るのは初めてだ。いつものようにカラフルな廊下に出ると、そこにはいつものように私用の甲冑と不死子用のナース服とこん棒が置かれていた。この装備は誰に能力をかけても、おそらくは共通なのだろう。私達はそれぞれの装備を身につけると扉の外に出る。すると、そこには荒野が広がっていた。ママの場合は草原だが、人によってマップが違うらしい。


 なお、ママの体内はいつもは晴天だが、この世界は曇りだった。いや、この天候はママの体の中でも覚えがある。能力を覚えたての頃、ママの体に入って、癌細胞モンスター退治を開始した頃と同じなのだ。つまりは、死期が近い場合は、こうした薄暗い天候になるのだろう。不死子は相変わらず、ホームカメラを片手に、頬をほんのりと赤らめながら周囲を撮影している。興奮しているようだ。ぶれない性格の子だ。


「おばさまの体の中と、まるで違っている世界ですわ。曇りですわ。さらに雷鳴でゴロゴロしています。ネオ便秘薬を使った時のように、雨でも降るのでしょうか?」


「私もママ以外の人の体の中に入るのは初めてだから、分からないさーよ。だから、色々と気を付けるさー。じゃあ、行くさー」


「はっ! なぜ、後ろ歩きをしているの? 乗り気じゃなかったのですわね」


 その通り。私は、乗り気ではない。仮に手術中に患者が死んだ場合、この異世界、そして異世界にいる私達がどうなるのかが想像できないからだ。世界が崩壊して、それに巻き込まれてしまうかもしれないし、ごくごく普通に外に出られるかもしれないし……全くの未知である。

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