第12話

 2時間後、赤血球タクシーは、ようやく目的地である大腸工業都市に到着した。不死子は熱心に、ビデオカメラで撮影している。


「あれが、大腸工業都市さー」


 日本人のがんの発病場所としては、大腸が一番多いらしい。ママの体の中のこの世界でも癌細胞モンスターがポップしやすい場所で、近くにはダンジョンもある。なので、ここには頻繁に訪れている。


「へぇー。こうなっているのですね。たくさんのパイプがありますわ。そして、賑わっていますわね」


「大腸は、直接栄養が得られる場所さー。天から食糧が『胃沼』に降り落ち『小腸運河』を下り、ここ『大腸工業都市』に流れ着くという仕組みさー」


「なるほど、あの巨大パイプは大腸がビジュアル化したものなのですか。興味深いですわ」


 私達は赤血球タクシーから降りると、大腸工業都市に足を踏み入れた。私が『工業都市』と名付けたのは工場のように、たくさんのパイプがあるからである。そして、都市の中央には、一際大きなパイプがあり、たくさんの体育会系の細胞たちが張り付くようにして、ぐいぐいと押しては戻していた。その周辺には、リンパ街よりもたくさんの露店が出ている。吸収したてホヤホヤの栄養素を露店販売しているのだ。


「わたくし、感激ですわ。体育会系なゆるキャラのような細胞たちがたくさん行き交っておりますね。そして、巨大なパイプを押している! 腸と言う場所は、栄養や水分を吸収して、不要なものを送り出す場所なのですが、このようなビジュアルになるのですわね」


 不死子はビデオカメラでの録画に夢中になっている。今日、ママの体の中に入った理由を完全に忘れて、もはや観光気分だ。ここで私は大腸工業都市にまでやってきた理由を今一度、確認した。


「不死子ー、ここにやってきた理由を覚えてるさーか。薬局で私が何を購入したのか見ていたのなら、分かっているとは思うけど、ママは便秘で困っているのさー。私達はママの便秘を治しにきたのさー」


「あらあら? 先程の薬局では、便秘薬を購入しておられたのですか? 実は店の窓から覗いていただけで、何かを購入したのは分かったのですが、何のお薬なのかまでは、実ははっきりとは見えなかったのです。おほほほ」


「か、かまをかけていたのさーか?」


「おほほほ。そんなの取るに足らない問題ではありませんか。では、法子さんが便秘薬に入魂されるところから、是非ともビデオ録画させてくださいね」


「あんたは仕方のないやつさー」


 私は呆れかえりながらも、ポケットから薬の箱を取り出した。その中から続けて、一回分にあたる錠剤を出した。そして、『使いたい』と念じてみたところ、錠剤はポムっと煙をあげた。地面には2頭身の不思議な生物が立っていた。


「こんにちわー。ボク、便秘薬でーす。わーい、わーい。創造主さまー、誕生させてくれたありがとーう」


「か、可愛いですわ」


 不死子の目は、ハートとなっている。そして……。


「うわー。この人、なんでーすかぁ」


 便秘薬は不死子に抱き上げられて頬ずりされた。あからさまに嫌がっている様子だ。なお、便秘薬の身長は私のお腹のヘソぐらいまでだ。外見はマヨネーズを連想させる天使のようであり、羽を生やしていた。


「不死子、やめるさー。嫌がっているさー。便秘薬くんを離れるさー。彼には、これから活躍してもらわなくちゃいけないさー」


「はっ! あまりの可愛らしさに、録画を忘れておりました」


 不死子は便秘薬をおろして、再びカメラで便秘薬を撮り始める。便秘薬は不機嫌な顔をしている。


「プンスカプン。ボクを子供扱いするんじゃないでーす。不愉快でーす」


「ちなみに便秘薬くんは、何歳なのさー?」


「製造されたのは2か月前でーす。消費期限は来年まででーす」


「十分に子供だったー。というか、幼児さー」


 私は便秘薬にツッコミをいれる。便秘薬は痛いところを指摘された、と苦虫を噛んだような顔をした。


「でもねでもね、ボクの第一号が誕生したのは、ずっとずっと昔なんでーす。ボクは一号の時からの記憶を持っているから、お、お、大人なんですよーだ」


 顔を真っ赤にして弁明しているところが子供だ、便秘薬。しかし、こんな事をしている場合ではない。草原から大腸工業都市まで2時間も移動に要するので、早めに仕事をしてもらいたかった。


「そんなこと、どうだっていいさー。便秘薬くん、私は君に頼みがあるのさー。ママの便秘を解消してあげてほしいのさー」


「やなこった。謝罪を求む! 子ども扱いした謝罪を求むでーす」


 便秘薬は腰に手をあてて、顔を真っ赤にしながらふんぞり返った。その様子が、不死子の好奇心をさらに刺激したのか、不死子はプルプルと体を震わせる。そして……。


「可愛いですわー。とっても、可愛いですわー」


「やめてぇええええ。やめてほしいでぇぇぇーす」


 不死子はビデオカメラの録画を中断すると、再び便秘薬を抱き上げて、頬をすりすりし始めた。便秘薬は本気で嫌がっている。


「不死子、邪魔するんじゃないさー。これから、便秘薬くんに仕事をしてもらうさー。あんたは邪魔する為についてきたのさーか」


「す、すみません。つい、可愛いものをみてしまうと、興奮してしま……は、鼻血が出てきましたわ」


「あんたは変態さー」


 私は不死子から便秘薬を取り戻した。すると便秘薬は「うぇええええーーん」と泣きながら、羽をパタパタさせて空高く飛んだ。すると、目視できるほどに大量の鱗粉のようなものが便秘薬からでてきて、その粉は周囲に撒き散らされていく。


「法子さん、なんでしょうか。あの粉のようなものは?」


「さあ? 知らないさー」


 粉はパイプを押している細胞たちの頭上にも降り落ちた。変化は、まもなく訪れた。


「うおぉぉぉおおおお! うおぉぉぉおおおお!」


 元から体育会系の細胞たちの筋肉が膨張して、さらにマッチョになって燃え上がり始める。そして、パイプを猛烈に押し始めた。


「す、すごいさー! 私の『鼓舞』スキル以上に燃え上がっているさー」


「さっきまで、ものすごく堅そうだったパイプが今では、まるで生き物のようにグニャングニャンと動いておりますわ。これも録画しなくてわ!」


「これは一体、なんなのさー。何が起きてるさー」


「おそらく、便秘薬さんの能力ですわ。便秘になった人が便秘薬を服用した場合、ああやって、大腸を押して便を移動させる細胞が活性化するのです。そして便秘の解消を促すのです」


 なるほど、彼らがパイプを押していたのは、パイプの中にあると思われる便を移動さていたのか。


「これで便秘は治るさーか?」


「あの巨大なパイプがグニャングニャンと押されたり引いたりされていますよね。あの巨大パイプこそが大腸がビジュアル化した姿であるとすれば、おそらくは明日には、おばさまは快便となるでしょう。さーて、では、薬も使用して、目的を達したところで、そろそろお食事にしませんか? わたくし、夕飯を食べてないのでお腹が空いているのです」


「そっか、これで便秘問題は解決したさーね。癌細胞モンスター退治に比べたら、案外あっさり解決したさー」


「便秘は確かに悩ましい問題ではありますが、ガンと比較したら対処の難易度は月とスッポンです。それより法子さん、早くお食事にしましょうよ。わたくしが癌細胞モンスター退治で稼いだこちらの通貨で、おごりますわ」


「しかたないさーな。よぉーし、じゃあ、そこら辺の露店で食事にするさー」


 私達は露店で販売されていた『ショ糖果実』などの食べ物を購入した。なお、通貨は『仕事』をした場合に現われるものなので、大腸工業都市ではパイプを押すという仕事をすることで細胞たちは貨幣を稼いでいるようだ。パイプを押すという仕事が終えた細胞たちは、露店で飲食物を購入している。宴会をしている細胞たちもいた。私達も彼らと一緒に露店で販売されていた食べ物を楽しんだ。


 再び草原エリアを経由してママの体内から出た頃には、外はうっすらと明るくなっていた。大腸工業都市は遠方にあるので、活動時間の大半は移動時間となる。玩具のお城の中に入ると、2人して倒れるように寝るが、すぐに起こされた。ね、眠い。日中、学園では私も不死子も授業中は爆睡していた。


 数日後の朝、私は駆けながら教室に入った。そして教室に不死子の姿を見つけるや、彼女の机のそばで、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「大変さー。不死子、大変さー」


「あらら? どうなさいましたの?」


 不死子は、私に気付くと、私を机の上に持ち上げてくれた。


「大変さー。本当に大変なのさー」


「だから、一体何が大変なのでしょうか? それをまず最初に言ってもらえないと、わたくしには何のことやら、さっぱり分からないではありませんか」


「とにかく今夜は、うちに泊まってほしいさー。そして相談に乗ってもらいたいのさー」


「おほほほ。法子さんからのお誘いでしたら、断らないわけにもいきませんわ。わたくし、『ショ糖果実』がまた、食べたくなっていた頃でしたの。そりゃあ、お腹がはちきれんばかりにですわ。本当にはちきれたら困りますけどね。おほほほ」


「ありがとうさー。だったら、今夜は頼むさー」


 実はあれから一つ、大きな悩みを抱えていた。不死子は薬学に詳しいので、不死子に相談すれば解決するだろうと踏んだのだ。

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