第10話
この日の食後、私はこっそりと家を抜け出して、ラジコンを走らせた。そして薬局に向かった。私の歩幅は一般人のそれよりも圧倒的な小さい。なので、外出時は主にラジコンに乗って移動している。車の免許は持たないが、ラジコンは免許がなくても動かせる。外はもう暗いのでラジコンに取りつけた懐中電灯をライト代りにして、歩道を突き進む。しばらくすると、商店街の一角に佇む薬局が見えてきた。私はラジコンを操作して、そのまま自動ドアを通って、店内に入った。そして、カウンターのそばでラジコンを停めた。
「おばーちゃん、こんばんわさー」
「おやおや、一寸法子ちゃんじゃないの。お久しぶりだね。身長は変わらないけど大きくなったねぇ」
「そういうのは、大きくなったとは、言わないさー」
「だったら言い直すね。一寸法子ちゃんは、ちっちゃいままだねー」
「むっかー。私が気にしていることを言ったらだめさー」
「……難しい子になったねー」
カウンターにいる女性は60代ほどで、ママとこの地域に引っ越して来た時からお世話になっている人だ。昔、ママは現在のようにがんで苦しんだりしていなかったが、体が弱くて一緒にこの薬局によく通っていた。最近では、必要な薬は全部病院で処方されるので、足が遠のいている。
「てへへ。私は今、思春期の真っ只中なのさー。そういう年頃なのさー。おばーちゃん、それより欲しいものがあるさー。便秘薬はあるさーか?」
「あるよー、どんなタイプのがいいのかい?」
タイプ? 便秘薬というのは一種類以上あるものなのかな?
「タイプなんてあるさーか? 普通のがいいさー。一番一般的なタイプの便秘薬を売ってほしいのさー」
「一般的な便秘薬ね。はいよ、待ってておくれ。あったあった」
おばーちゃんは、戸棚から薬の箱を手に取った。
「いくらさー?」
「税込で1400円だよ」
「はいさー」
おばーちゃんは、お金を入れるための入れ物を、床に置いた。私は財布の中から1400円を出して、お金入れの上に置き、打ち出の小槌で元の大きさに戻す。おばーちゃんは、レジで精算を済ませると、今度は商品の入った袋を床に置いた。妖怪の能力は関係者以外にはシークレットだが、それはプライバシー保護のためである。役所の職員が住民の個人情報を漏らしてはならないのと同じようなことであり、妖怪各自が自分の力を誰かに教えることは問題にはなっていない。
昔から薬局に来るたびに、私はママの持つ荷物をポケットに入るくらいまで小さくしていた。今でも一緒にスーパーなどに買い物に行った時には、欠さず商品を小さくして持ち帰りやすくしているので、私の『物を小さくする』という能力を知っている人は結構多い。
私は購入した商品を袋ごとミニチュア化させると、ラジコンの助手席に置いた。そしておばーちゃんにお別れの挨拶をして、再びラジコンを走らせる。
「おばーちゃん、また来るさー」
「外はもう真っ暗だから、気をつけてお帰りなさいねー」
「はいさー」
ラジコンで自動ドアをくぐり、店の外に出た。そして右折したところ、ラジコンが誰かの手によって拾い上げられた。タイヤはまわるも、地面に接していないので走れない。一体、誰が私ごとラジコンカーを持ち上げたのかと、上を向いたところ、そこには不死子の顔があった。
ふ……不死子! なぜ、ここに!
「なん……で、不死子がここにいるさー」
「偶然ですわ」
「うそさー。その顔は嘘ついてる顔さー」
私は不死子に向かって叫んだ。
「おほほほほ。バレてしまいましたか。実は偶然ではなく、必然だったのです。わたくし推理しましたの。きっと法子さんは、夕食の時にでもおばさまに体の調子の悪いところでも聞いて、近場の薬局に訪れに行くだろうと。つまり、私は法子さんがこちらに来るだろうと思って、はっていたのですわ。お一人だけでフライングなんて許しませんわ」
「ど、どうして? どうしてそれが分かったさー。確かに私は不死子の考えていた通りの行動をしたけど、食後に薬局に行くのは可能性でいえば、100%じゃないさーよ?」
「うふふふ、さすがは法子さん。実は先ほどの推理は、経済評論家並の後だしジャンケン的なところもありました。ほら、経済評論家っていつも、後だしジャンケン的なコメントを平気でするじゃありませんか」
「そんなの、どうでもいいさー。それより、どうして私が薬局にくると分かったのさー」
「おほほほ。わたくしが100%で分かっていたことは、法子さんの性格上すぐに『おばさまに都合の悪いところがあるかどうかを質問する』こと。そして、『悪いところが分かったら、さっそく今晩にでも治してあげたいと思う』ということ。その2点のみでした。それで近くで用事があったと偶然を装って、法子さんのアパートを訪れようとしたところ、ラジコンに乗って外出されたではありませんか。わたくし後をこっそりと追ったのです。そして、何を買うのかも店の外の窓からジーーーーっと見ておりましたわ。さあ、帰りましょうか。そして、さっそくおばさまの体の中の異世界で、そのお薬を試してみましょう!」
「ぞぞぞぞ。怖いさー。あんたは、ストーカーさ!」
「ストーカーではありません。妖怪です」
「このストーカー妖怪め!」
鬱陶しいと思ったが、不死子にはママを2度も生き返らせてもらっているし、こないだも相談に乗ってもらって、私の抱えていた問題を解決してもらった。なので、ストーカーの件についてはとりあえず不問にする。不死子はラジコンを抱えたまま私の家に向かった。
「ちなみに法子さん、わたくしの食事はまだですが、お気遣いなく」
「別に気遣ってなんかいないさー。それ以前に、訊いてもいないさー!」
「わたくし、おばさまの体の中で売られていた、ショ糖果実なるもの等をお腹がいっぱいになるまで購入しようと思ってますので。ほら、わたくし、レベルがあがるまでたくさん癌細胞モンスターを倒しましたでしょ? それで向こうの世界で使える貨幣も結構、貯まったのですわ。不思議な世界ですわよね。モンスターを倒せば勝手にお金が貯まるだなんて。お金が貯まったら使わなくちゃ」
甲冑とナース服には、いわゆる四次元ポケットのような場所があり、私の甲冑では懐に、不死子のナース服ではポケットにそれぞれ、それがある。これは私達だけではなく、全ての体細胞も持ってもいるようで、各自それぞれの『仕事』をすることで、お金が貯まっていくのだそうな。これらのお金にはそれぞれママの顔が描かれて、不死子いわく、鉄分や亜鉛などの成分でできている。なお、ママの体の中のコレストロール値によってモノの値段が上下する。つまりはデフレとなったりインフレとなったりすることで、お金の流れが滞ったりスムーズになったりする、らしい。『らしい』というのは、不死子の勝手な経済分析なので、信憑性が今一つだからだ。
「だから、あんたがあそこで売っているものを食ったら、他の細胞に栄養素が行き渡らなくなるから、駄目なのさー」
「そこは大丈夫ですわ。考えがありますの。まず、わたくしが持参したお土産のお菓子をおばさまに食べていただきます。そして体内で分解されました栄養素を私が食べる。そうすれば、おばさまにマイナスはないでしょう?」
「不死子、あんた、変なことを考えるさーね」
「変なことではなく、素敵なことですわ。はっ! 素敵、すてき、ステキ、ステーキ! タンパク質を摂取したら、ステーキも食べられるのではないでしょうか? じゅるるるる。そういえば、似たようなものを売っている屋台もリンパ街にありましたわ。お腹が減ってきましたー」
「腹が減ったのなら、そこら辺の定食屋で食べればいいさー」
「分かっておりませんわね。ぷんぷん。わたくしは、未知なる味を求めているのですよ。そもそも、分解されたあとの肉の味だなんて、どんな味なのか気になりません?」
「気にならないさー。それより、今夜、ママの体内に入る前提で話しているけど、私はまだ何も許可してないさーよ?」
「お願いしますよー。がん以外の病気を治そうと提言したのはわたくしなのですよ。法子さんだって、週末まで待てずに、今日薬を購入しにきたのでしょ? 一人で治療行動を起こすつもりだったのでしょ?」
「否定はしないさー」
確かに私は今夜、ママの体の中の異世界に潜った際、便秘問題を解決させたいと考えていた。ママに購入した便秘薬を直接飲んでもらってもいいが、体の中で直接私が使用した方が、意識を持たせた薬に直接指示を出したりできるし、効果も高くなる。
「二人で行いましょうよー。わたくしだって週末まで待てません。わたくし、法子さんにとっての恩人ではありませんか。恩人のお願いは無下にしないでくださいよー。医学の発展のために、お願いしますよー」
「あんたがママの体の中の異世界に潜って、どうして医学の発展に繋がるのさー。単に好奇心を満たしたいだけさー」
「はい。ぶっちゃけ、その通りです! なので、連れてってください」
「はっきり認めたさー!」
「お願いしまーす。お願いしまーす。恩人のわたくしを連れてってくださーい」
「約束通りに週末には連れていってやるつもりだったさー。仕方のないやつさー。明日も学校だけど、寝不足で苦しんでも知らないさーよ」
「おほほほほ。やったー。あと、今回は戦闘をしないので、ホームビデオを持参しました。映像もおさめるつもりなのです。わざわざ家電量販店に行って、購入してきましたの」
「用意がいいさーね。もちろん私の裏能力がバレるといけないから、ネットなどに投稿しちゃいけないさーよ?」
「大丈夫です。あとで、わたくし個人が見て楽しむだけですから」
不死子と共に家に戻ると、いつものように不死子は勝手知ったる他人の家状態で、キッチンに直行して冷蔵庫を開けた。中のジュースを勝手にコップに入れてゴクゴクと飲んだ。彼女の肩の上に座っている私は、呆れ声をあげる。
「まったく遠慮のないやつさー。田舎では隣人のおばちゃんなんかが、勝手に家の中にあがって、お茶を飲んだりするって言われてるけど、不死子もそれに近しいさー」
「おほほほ。水分補給ですわ」
私達の話し声を聞きつけてか、ママがキッチンにやってきた。
「あら、不死子ちゃん、いらっしゃ~い」
「こんばんわ、おばさま。今夜もお泊りさせていただきたいのですが、宜しいですか?」
「いいわよ。不死子ちゃんは夕飯はもう食べたかな? 食べてないなら何か作ろうか?」
「ママー。不死子を甘やかしたら駄目さー。不死子がますます図々しくなるさー」
「あら、いいじゃない?」
「だめさー。不死子を甘やかすのはだめさー」
私がママにそう注意していた間に、不死子はリュックサックの中から何かを取り出していたようだ。
「おばさま。おばさまにお願いがあるのです。知人たちに配ろうと思っているお菓子なのですが、ぜひ、味の感想を聞かせて、参考にさせてもらいたいのですわ」
「あら? 私でいいの?」
「いいのです。よね、法子さん?」
不死子が私にウインクでサインを送ってくる。仕方のないやつだ。
「ママー。食べてあげてほしいさー。私達は要らないからママだけで食べるさー」
「おばさま、どうぞ、ご遠慮なさらずに」
「そう? ありがと~う。なら、いただきま~す」
ママは不死子のお菓子を手に取った。配ろうと思っている知人とは『体細胞』たちのことだろうか。ママはお菓子をモグモグと頬張った。
「美味しいわ、不死子ちゃん。おばちゃん、甘いの大好きなのよ。味の感想だけど点数をつけるなら、360点満点中、もうひとつまわって720点をつけちゃう! 不死子ちゃん、ありがとうね」
「おほほほ。喜んで頂いて、わたくしも嬉しいですわ」
聞けば、隣町にある有名店のお菓子で、放課後にわざわざ行列に並んで購入したらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます