第8話
彼女は私に怒涛の説得を試みた。チョロイ私はしばらくして、遠くから見るくらいなら、いいかなとも思えてきた。低階層でかつ、いつでも逃げられる場所にいれば問題ないだろう。
「わかったさー。不死子は仕方のないやつさー。癌細胞モンスターたちは強敵で危険だから、決して私の近くから離れたらいけないさー」
「分かりましたわ。わくわく。わたくし、楽しみです。癌細胞モンスターとおしゃべりもしてみたいと思っております」
「無理さー。癌細胞モンスターは、話しかけても無言で襲ってくるだけさー」
私たちは前回の合戦の舞台にもなった洞窟型ダンジョン『崖に開いた大穴』に向かった。週に一度は訪れる場所だが、いつもとの違いは、近くに不死子がいることだ。入り口付近だけを見せるてやるつもりだったが、不死子は好奇心を刺激されたようで、ダンジョンの奥へ奥へと進んでいった。普段なら癌細胞モンスターたちは、あらかた退治されている1階層だが、ポップ率が多い時期ゆえに何匹か現われた。不死子は免疫細胞たちと癌細胞モンスターの戦闘を興味深く観戦していた。1階層ならば命の危険に繋がる強敵は出現しないが、不死子のHPの数値は極端に少ない『3』なので、私はいつも以上に気を配った。
ママの体から外に出たのは早朝5時頃で、私も不死子も目の下にくまができていた。フラつきながらも寝室を出ると、自室である『玩具の城』に戻る。不死子も私と同じ身長のまま城の中に入って、布団にダイブした。
「つ、疲れましたわ。このようなハードなことを毎日されているのですか?」
「そうさー。分子標的薬のおかげで最近は楽になったけど、癌細胞モンスターのダンジョンでの飽和率をチェックしたり、新たな新ダンジョンを作ろうとしていないかの見回り作業も、入念にしているさー」
「タ、タフですね……おばさまが元気に生きているのは、法子さんの頑張りのおかげでしたか。ひぇー、わたくし興奮でアドレナリンがドクドクと流れているはずなのに、もう瞼が落ちそうです」
「じゃあ、寝るさー」
私たちはすぐに夢の世界に入った。今日は連休初日で私たちは13時まで眠っていた。そして、この日も不死子は私の家に泊まり、一緒にママの体内に入った。いつもと同じカラフルな通路に降りると私は鎧兜を、不死子はナース服に着替えて、こん棒を背中に担いだ。
「不死子も物好きさー。昨日はヘトヘトになっていたのにさー」
「おほほほ。わたくしが創造しました薬の効果がどうなっているのか、確認したいのですわ」
「効果が現われてればいいさー」
私達は草原に出た。そして、すぐにガッカリ感に襲われた。
「パッと見た感じ、いつもと同じような草原さー……そして、あそこを見るさー」
「あら、あんなところに」
PD-1阻害薬もどきたちが、草原でごろごろしていた。どこから持ってきたのか、漫画本も読んでいる。私は一番近くのPD-1阻害薬に近寄って、話しかけた。
「PD-1阻害薬くんじゃないさーか。これから一緒に癌細胞を退治するさーか?」
「はぁ? やーに決まってるじゃなーい。そんなめんどいことするわけないんだもーん」
「うぐぐぐ。やっぱり、役に立たない薬だったさー」
私が悔しがっている隣で、不死子はニコニコしている。
「まぁまぁ。彼らはもう、仕事をした後かもしれませんわよ?」
「どういうこと?」
「それは癌細胞モンスターと戦ってみてからのお楽しみですわ」
「戦う前から、結果が分かってるさー。昨日となにも変わりはないさー」
しかし、変わっていた。
ダンジョン内の一階層に、癌細胞モンスターがまるでいないのだ。そこで、十分に注意した上で、二階層、三階層まで潜ってみた。今日は妙にダンジョン内で免疫細胞たちの隊とすれ違う。というか、ダンジョン内にいる免疫細胞たちの総数が多い気がする。
「かみぃ~おっつー。おっつー」
「お疲れさー」
すれ違うごとに、挨拶を交わし合った。そんな時、見知った顔がいた。
「あああ、あれはー」
目の前で、免疫細胞たちと癌細胞モンスターの死闘が繰り広げられている。戦っている一体の免疫細胞をじっと見つめる。
免疫細胞たちが、癌細胞モンスターを倒した後、私は気になっていた免疫細胞に話しかけた。
「おつかれさー。ちょっといいさーか?」
「かみぃー? 何かボクにご用なの?」
「君ってたしか昨日、先頭に立って、街でデモしていなかったさーか? 癌細胞モンスターと話し合いで問題を解決しよう、とか大音量で言ったさー」
すると、話しかけた免疫細胞は恥ずかしげに頭を掻いた。
「てへへへ。恥ずかしいことをしてたよ。ボクは目を覚ましましたんだ。実はね、癌細胞モンスターのことを可愛いと思っていたの。だけどね、それはとんでもない勘違いだということに気が付いたんだよ」
「そ、そうなのさーね」
「じゃあボク、癌細胞モンスター殲滅のため、死力を尽くしてダンジョン内の見回りを続けるよーん」
「頑張るさー!」
私は手を振って見送った。隣から不死子がニヤニヤしながら話しかけてきた。
「おほほほ。悩みは解決されましたか?」
「解決したさー。今日、免疫細胞たちがいつもより多いと思ったのは、サボり組の免疫細胞もやってきてたからなのさーね。でも、どうして戦闘に消極的だった免疫細胞たちが、戦ってくれてたのさーか?」
「それは、わたくしオリジナルのPD-1阻害薬のおかげですわ。癌細胞と免疫細胞は、敵同士の関係だと思われています。しかしながらおばさまの体の中で起こっていたように、実際に両者が仲良くなってしまうことも多々あるのです。そうなると、免疫細胞は癌細胞を攻撃するのをやめてしまいます。そこで誕生したのが『PD-1阻害薬』です。PD-1阻害薬には、癌細胞と免疫細胞の絆を断ち切ってしまう効果があるのですわ」
「す、すごい。これが薬の力なのさーね」
「今後とも私をちょくちょく、この世界に連れてきてくださいませんか? 医学を極めんとしているわたくしにとって、とても興味がある世界なのです。わたくしの死活問題に関わる『命題』の答えも、ここでなら見つかるかもしれませんもの」
「だめー。いやさー」
不死子はザコなので、足手まといになるため、すぐに断った。活躍したと思っていた不死子は、私の返事を予期していなかったのか、目を点にしている。
「え、ええええ! そんなあっさりと断られるとは思っていなかったのですわ。どうか、わたくしの薬を創造する能力と法子さんの異界を創る能力の相乗効果を、考えてみてください! 法子さんはおばさまの健康維持。そして、あわよくばダンジョン破壊も目的としているのですわよね!」
「そうさー」
「でしたら、今後何か困ったことがあれば助太刀します。わたくしの力が役に立つことでしょう。法子さんのおばさまの健康状態を良好に保つという目的と、わたくしの好奇心を満たすという目的は互いに利するものです。なので、お願いします。また連れてきてくださいよ」
たしかに、不死子の言い分ももっともだ。しかし私は顔を縦には振らない。
「いやさー」
だって、面倒臭そうだもん。
「えええええええー。そんなぁー」
この日以降も不死子は渾身の説得を続けてきた。
そして2週間後、私は折れた。共に通っている学園の教室で、私は許可を出す。
「わかったさー。このままずっと断り続けてる方が、よっぽど面倒臭そうさー」
こうして私の仲間として不死子が加わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます