第7話

 不死子は毛髪細胞の最も年長者らしき個体と会って、話し合いを行った。その話し合いは1時間ほどで終わった。私は戻ってきた不死子に聞いた。


「どうだったさーか?」


「『受け入れがたいが、納得はできた。同種族全員に伝えておく』と言っていただけました。まあ、彼らにしてみても、おばさまの命あるゆえに、存在できているわけですから。分子標的薬の横暴については、天災だと思って耐えてくれるそうです。それにしても、細胞さんと会話できるだなんて興奮しましたわ。はぁーふぅー、はぁーふぅー」


 不死子がご満悦な表情で大きく息を吐いた。


 ちょっと怖くもある。


「あ、ありがとうさー。私だったら不死子のように納得させられなかったさー」


「医者が患者に余命を宣告するのと似てますね。この問題については、これで解決したと思っていいでしょう。それで、法子さんのもう一つの悩みというのは何かしら? わくわくします」


「わくわくって楽しんでる場合じゃないさー。こっちは、真剣に悩んでるのさー」


「おほほほ。すみませんわ」


 私は目を細めて、不死子を見つめる。


「とりあえず、ついてきてほしいのさー。案内するさー」


 私達は引き続き草原を歩いて、とある『街』にまでやってきた。私はこの街のことを『リンパ街』と命名している。私の悩みは分子標的薬だけではなく他にもあった。


「この異世界には街まであるのですね。なんだか世界観が本格RPGの中みたいですわ。町には屋台があって、色々と売られてますわね。面白い形をした果物があります」


 不死子が果物屋の陳列を眺めていたところ、店主が私に気づいたようだ。


 笑顔で話しかけてきた。


「かみぃ~、おつきの方もぉ~いらっしゃ~い。今日は、とても上質な『ショ糖果実』が入ったのぉ。味見してくぅ~?」


「おやおや。味見が出来るのですか?」


 体細胞の店主は、商品の試食を勧めてきた。不死子は目を輝かせながら食い付いた。


「ここには、スーパーマーケットの試食コーナーのように商品の味見ができる屋台も出てるさー。食べてみるさーか?」


「おねがいしますっ!」


 私と不死子は試食用に一つずつ貰った。


「あーん。もぐもぐ。甘ぁ~い」


「ジューシーで美味しいさー」


 不死子と私は『ショ糖果実』を一口大に切ったものを頬張った。メロンとバナナを足して割ったような味だ。


「かみぃ~。おひとつ、買っていってくださーいよぉ」


「ごめんさー。また今度にするさ」


 私がそう断ると、不死子が目を大きく開いた。。


「ええええー。買いましょうよ。もっと食べたいですわ。お金は……というか、ここでは日本円は使えますの?」


「使えないさー。ここでは独自の通貨が流通してるのさー。だから行くさー」


 私達は屋台を後にした。商品を買わなかったことで不死子が不満気なので、説明した。


「ここではママがその日に食べた栄養成分が消化器官で吸収された後、あちこちの街に運ばれて、さっきのように販売される仕組みなのさー。だから、私達が食べたらだめなのさー。ママの体で活動する細胞たちへの流通が滞ったりするさーよ。あくまでも、細胞たちが買うべき商品であって、私達が買うべきものじゃないのさー」


 私がそう説明すると、不死子は頷いた。納得してもらえたようだ。


「おほほほ。そうでしたのね。納得しました。面白い世界ですわね。あら? あれはなんですの?」


「気付いたさーか?? 私が抱えているもう一つの大きな問題はあれさー」


 私達が歩いている大通りの先から、デモ隊がやってきた。デモ隊は太鼓などの楽器を鳴らしながら行進している。構成員は主に免疫細胞たちだ。先頭の免疫細胞は、スピーカーのようなものを使い、大音量で周囲の細胞たちに呼びかけている。


「癌細胞モンスターとの対話を! 暴力反対ー! 話し合いでの解決を! 暴力反対ー!」


 デモ隊は長蛇の列を作り、私達の前を通り過ぎていった。リアルの世界では、警察組織がデモの取り締まりなどをするのだろうが、この世界では免疫細胞を取り締まる細胞や専門の器官もないので、やりたい放題である。


「な、なんですか、あれは? 免疫細胞のくせに癌細胞と戦いたくないと言ってますわっ!」


「ずっと前からあんなのが現われいてるのさー。何を言っても聞く耳を持たないのさー。害はないから放っているけど、最近は信者を増やして規模が拡大しているのさー。私の頭痛の種なのさー」


 彼らは言ってみれば平和論者である。しかし、癌細胞モンスターは私にとって、そしてママの体にとっては疑う余地のない絶対悪なのである。


「でしたらわたくしがガツンと言ってきてやりますわ。ガン細胞に『体を蝕むな』と話し合いでの交渉しても、無駄だということを」


「それ、私がこれまでにも散々やってきたことさー。力づくで止めさせようともしたのさー。けれど、無意味だったさー」


「なにがあったのです?」


「簡単に言えば、他の免疫細胞たちで軍を作って、デモ隊に参加している細胞全員を実力行使でしょっ引いたのさー。特にリーダー的な個体には監視をつけて自由を制限したさー。すると、全く別の免疫細胞たちがデモを再開させるのさー。同じようにそいつらを取り締まっても、また同じことが起きて、匙を投げたのさー」


「ふむふむ。しかし、どうしてデモをしているのでしょうか? まず、そこが一番興味深いところです」


「敵と喧嘩をすることで、男同士の友情が芽生えるとか、そんなのドラマによくあるネタさー。おそらく、それと同じようなものさー。ガン細胞との死闘を通じて、友情が芽生えたに違いないさー。今では、こっそりとロミオ&ジュリエットのように、密会して愛を育んでいる免疫細胞もいるくらいさー」


「おほほほ。恋は障害が多いほど、燃え上がるといいますが、これほど大きな障害は中々ありませんわ。ガン細胞と免疫細胞の恋」


 XとYの染色体の有無で個々の細胞には性別がある。そして驚くべきことに、子作りも行えるのだ。これを体細胞分裂という。両者がそれぞれ分裂して、新しい細胞になるだけのようにも見えるが、そこにはXとYの染色体を持つ者の愛が存在していた。


「禁断の恋さー。だから、困ってるさー。癌細胞モンスターと仲良くなった免疫細胞は、癌細胞モンスターをやっつけなくなるし、逆にモンスターが可愛く見えると言い出す始末さー」


 癌細胞モンスターも免疫細胞も恋の病にかかる。恋の病にかかっている者同士は、互いに盲目のように素敵に思い合う。欠点などは見てみぬふりだ。例えば、癌細胞モンスターが転移――すなわち、ママの体の中で新しいダンジョンを作ろうとしていることすら、目を閉ざして許してしまう。


「ちなみに、癌細胞モンスターって、どのような外見なのでしょうか?」


「RPGに出てくる、モンスターたちのような外見さーよ」


「スライムさんもでてくるのですか? 土の中から手が生えたような外見で、仲間を呼ぶハンドさんも?」


「出てくるさー」


「モンスターたちが合体して『キング』種になったりもするのですか?」


「たま~に、なるさー」


 実際になる。


 巨大化するだけではなく、頭に王冠も現れる。


「わーお。是非とも見てみたいですわ!」


「だめさー。今はこの問題の解決に協力してもらいたいさー。また今度、機会があったら癌細胞モンスターを見せてあげるさー」


「ではまた今度ということで……」


 見せるとは言ったが、HPが3しかない不死子なので、その機会は今後訪れることはないだろう。すまない、不死子。危険過ぎるのだ。というか、HPとは一体、なんだ? 

「話を戻すさーよ。もう病さー。恋の病さー! そして友情の病でもあるさー! デモを起こしている免疫細胞たちは、癌細胞モンスターへの一方的な攻撃は非人道ならぬ、非細胞道だと言ってまわってるさー。街中でのデモに感化された細胞は、デモに加わり、癌細胞モンスターとの友好を叫ぶといった悪循環なのさー」


「……ふむふむ」


 不死子は何度も頷いていた。


「どうしたさー」


「いえ、すごい悩みだと思いましてね。というか、法子さん、あなたの裏の能力は凄すぎます」


「そうさーか?」


「法子さんと私の仲です。わたくしも法子さんのように新しい裏能力を発現させていることを明かします。まだ誰にも言っていないので、これを知るのは法子さんだけですよ。私の裏能力も物理現象を無視したミラクル能力なのです」


「不死子も発現してたさーか? てか、死者を生き返らせれるだけで、すでにミラクルさー」


「あの能力は条件が厳しいので、使い勝手が悪いのです。秘密というものは互いに共有すべきものだともいいますし、さっそくお披露目しましょう。私の新能力はこれです!」


 不死子は手の平と手の平を近づけた。合わさった両手が輝きだす。そして、周囲に眩い光を放つ。不死子の両手を離すと、片手を何やら錠剤のようなものがあった。


「おほほほ。これが私の裏能力『物質創造』ですわ。この能力では、無から既知の『薬』を創造することができます。私、病院の娘でしょ? でも図鑑とかを見て、欲しい薬がたくさんあるのに、薬というのはそれを必要としている人しか、法的に手に入れられないものばかりですの。この能力は私の『好奇心』が切っ掛けとなって発現した能力ともいえます」


「そんな必要としてない薬を手に入れて……ど、どうするつもりさー」


「ペニシリンとかインスリンなどの薬は飾り、眺めたりして楽しんでいます。つまりは観賞用です」


「詳しく知らないけど、ただの粉とかじゃないさーか? 薬なんてどれもが同じ見た目さー」


「違いますよ。法子さん、何を言ってるのですか? そもそも元素の配置からして違います。顕微鏡で見たら一目瞭然なのです。一つ一つの可愛さが際立つように異なっていて……」


 不死子は薬の『かわいらしさ』について熱心に語り出した。正直、何を言っているのかチンプンカンプンだ。そういえば『称号:おしかけザコサモナー』とあったのを思い出す。サモナーとは召喚士のことだ。召喚の対象は『薬』なのだ。だから、サモナーか。


 話が長くなりそうなので、とりあえず話題を変えてみた。


「ちなみに今は、何の薬を創造したのさー?」


「これはですね『PD-1阻害薬』というものに似ている薬を創造しました。私のオリジナル配合を行っておりますので、従来の副作用を取り除いた上位互換版です。法子さんのお悩みはこれで解決すると思います」


「へぇー。見せてほしいさー」


 私は不死子から薬を受け取った。すると頭の中で、音声が流れた。


『てってれーてってれー。スキル『入魂』を習得しました。使用したいと念じることで発現します』


「う、うわああ、びっくりしたさー」


「どうかしましたか?」


「不死子は聞こえなかったのさーか?」


「なにがでしょう」


「い、いや……何でもないさー。私の頭の中で私の声でアナウンスが流れたさー。自分の能力について、まだまだ分からないことが多いさー。とりあえず、使用してみるさー」


「何を言っているのかよく分かりませんが……あっ!」


 私は頭の中で『この薬を使用したい』と念じてみた。すると不死子から手渡された薬から煙が出てきた。手を離すと、ポムっという効果音と共に、フワモコな生物がたくさん誕生した。私の膝元ぐらいの身長である。ボーリングの球を羊に見立てたような生き物で、毛がもふもふと生えている。目はパチクリと大きい。


「おほほほ。この薬は、こんな可愛らしい生物に変身するのですね。可愛いですわ」


「わーいわーい。誕生できたー。わーいわーい」


 PD-1阻害薬もどきな生き物たちは万歳をしながら喜んでいた。


 なんだろう、こいつら。


「法子さんの悩みに対する回答がこの子たちです。外の世界で、おばさまに投与してもらうことを想定して創造しましたが、この世界でも使用できるのですね。わたくしの予想通りの活躍をしてくれたら、法子さんの悩みは解決するでしょう」


「もしかして、小さい体だけど戦士なのさーか?? 彼らがデモで抜け出た免疫細胞たちの穴を埋めてくれるさーか? 君たち、よろしく頼むさー。一緒に、癌細胞モンスターたちを、殲滅するさー」


 わーいわーい、と喜んでいたPD-1阻害薬もどきたちはピタりと動きを止めた。そして、マジ顔で、とんでもない台詞を口にした。


「やーだもん! めんどくさーい」


 PD-1阻害薬もどきたちは、ごろりんごろりんと、次々に地面に寝っころがった。


 え? なんだこれ。


「お、起きるさー」


「やーだもんもん」


 私は不死子を見つめた。


「PD-1阻害薬くんたち、全然役に立たないさぁー!」


「おほほほほ。大丈夫ですわ。彼らは戦闘タイプの薬ではありませんの。一日ほど様子をみてあげてください。それより、法子さんの毎晩しているという癌細胞モンスターとの戦闘を見せていただけないでしょうか」


「危ないさー。それに今日は戦闘を行う予定はないさー」


「遠くから見るだけにしますから」


「だめさー」


「約束したではありませんか。見せてください。もしかしたら、そいつらを楽に倒せる良案を思いつくかもしれません」


「危険すぎるさー」


「遠くから見るだけなら、大丈夫ですわよね?」


「まぁ、そうだけどさ……」


「お願いします。わたくしの好奇心が見ておけと、叫んでいるのですわ。お互いの秘密を知り合った仲ではありませんかー」


 うわー。なんだか、面倒臭い。

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