第6話
放課後に不死子は私にお願いをした。それは不死子もママの体中に入りたいというものだった。向こうの世界に生息している癌細胞モンスターによって受けた傷は、リアルに戻っても残ったままである。そのため危険という理由で断ったのだが、彼女は不死者なので、死んでもどこか安全な場所で生き返る。
なので私は彼女のお願いを許可をだした。ただし、その代わりに『毛髪細胞への説得を担当すること』『もう一つの悩みの解決に協力すること』という条件をつけた。彼女はこの条件を承諾した。
ママの寝室に入る前に私は打ち出の小槌を召喚して、不死子の体を私と同じ背丈にまで小さくした。その後、一緒にママの寝室に入って、ベッドに縄はしごをかけ、登った。不死子は、はひぃーはひぃーと、荒い息を吐きながらついてきた。運動不足だぞ、不死子。
「それじゃあ、これからママの中に入るけど、準備はいいさー?」
「ま、まだですわ。待って下さい。い、息を整えさせて、ください。はぁーはぁー」
「よーし、大丈夫のようさーね。じゃあ、能力を使うさー」
「えぇぇぇ。待ってといったのに。だったら最初から聞かないでぇー」
私はいつものように『ファンタジーワールド』と唱えて、ママの体を対象に能力を行使した。するとママの全身がキラキラと輝き出した。
隣から不死子の感嘆の声が聞こえた。
「これが法子さんの裏能力なのですね。それで、どうやっておばさまの体内に入るのでしょう」
「口の中からさー。ついてくるさー」
「え? え? 口?」
不死子が目を丸くしていた。
「大丈夫さー。じゃあ、いくさー。怖いのなら、そこで待っていろさー」
「待ってください。わたくしも行きますわ。置いていかないでくださいっ!」
私と不死子はママの頬をプニプニと登って、口の中にダイブした。すると、いつものカラフルな色彩の通路に着地する。不死子には何も伝えていなかったので、尻から床にどてんと落ちて、痛がっていた。
「い、いたあああい」
「あはははは。ナイスけつ着地さー。じゃあ、着替えるさー」
「着替えるとは、何にですか?」
「あれ、さー」
通路のわきには、私がいつも着ている甲冑の他に、『ナース服』と『こん棒』があった。おそらくは不死子の装備なのだろう。私は甲冑を身に着けた。
「な、なんですかこれは……」
「装備さー」
「法子さんの戦国武将が着ているような甲冑と、私のこれ……全く防御力が違うように思うのですが……。なぜ、ナース服と、こん棒?」
「気にしなくていいさー。能力者である私が直感で感じるのさー。これらは絶対に着た方がいいさーよ」
「そういうことでしたら、一応、着替えますが……」
頭にクエスチョンマークを出しながらも、私のアドバイスに従うことにしたようだ。
不死子も着替えた。
結構、似合っている。
その後、私達は通路の奥にある扉から外に出た。いつものように眩しい光が射し込んできた。不死子は目の前に広がる草原を見て驚いている。
「すごいですわ。これが、おばさまの体の中なのですね。広い草原ですわ」
「ここで待っていると免疫細胞くんたちが、集まってくるさー」
草原のあちこちにいる小人たちが、私達に気付くと集まりだしてきた。
「うわぁ。可愛いですわ。でも結構な割合で老人の方もおられますね」
「老人とは失礼な! おなごさん、わしはまだまだ現役ですぞ」
最初に到着した老人顔の免疫細胞が、プンプンと怒りながら不死子に抗議した。不死子はぎこちなく作り笑いを浮かべながら返す。
「す、すみません。えーと、あなたは、なんという免疫細胞さんなのでしょうか?」
「何を言ってるさー? 免疫細胞は免疫細胞さー」
私は首を傾げた。免疫細胞は免疫細胞以外のなにものでもない。しかし、老いた免疫細胞は意外なことを言った。
「わしゃー。ナチュラルキラー細胞ですじゃ」
「ええ? 種類があるのさーか?」
「当たり前ですわ。免疫細胞と言うのは『総称』なのです」
「知らなかったさー」
スマートフォンに新着があった。見ると、こんな内容のメールがあった。
【ナチュラルキラー細胞 種族:免疫細胞/レベル:78/HP:37(-343)/MP:19(-255)/称号:老兵】
ついでに不死子のステータス値も知りたいと思ったところ、再び新着メールという形で届いた。
【雀王院不死子 種族:妖怪/レベル:1/HP:3/MP:2/称号:おしかけザコサモナー】
不死子は老兵より弱かった。
というか、これって一体なんだろう? 私はこの世界の創造主なのに、知らないことが多過ぎる。このメールを不死子に見せたら、『レベルを上げたい』とかなんとか言い出しそうなので見せないことにした。いくら不死身とはいえ、女の子に命のやりとりはさせられない。
「どうされましたか? スマートフォンなんていじって、ここって電波が通ってますの?」
「通ってるさー。だって、ここは異世界であると同時に、ママの体の中さー」
「なるほど。それで、何を見てましたの?」
「……時々、時間を確認してるのさー」
訝しげに私を見つめていたが、「なるほど」と言って納得してくれたようだ。
「それじゃあ、いくさー」
その後、私は集まってきた免疫細胞たちに鼓舞のスキルを使い、気合を入れさせた。
それぞれがダンジョンに向かっていく。ダンジョン内を癌細胞モンスターで飽和状態にしないように間引きするのだ。最近は分子標的薬の働きで、私が直接指揮をする必要がなくなっている。勝手にダンジョンに入って、癌細胞モンスターたちを屠ってくれるので心強いのだ。しかしその分子標的薬のおかげで、今回のように悩んでもいる。
私達はまず、毛髪細胞たちのいる場所まで歩いて向かった。
「ところで、おばさまががんを再発しやすい理由ですが、何となく分かりましたわ」
「そ、それはどうしてさー?」
「世の中には風邪をひきやすい人と風邪をひきにく人がいます。それの差はなんだと思いますか?」
「多分、運さー!」
不死子は腕をクロスして言った。
「ぶー。違いまーす」
「だったら、ウンちが毎朝ちゃんと出るかどうさーか?」
「ぶー。不正解! 食物繊維を大量に摂れば、もしかすると風邪をひきにくくなるのかもしれませんが、『ウン』つながりで連想しただけの、思慮の足りない解答だったので不正解とします」
「バレたさー。それで、正解はなにさー」
「答えは免疫の強さです」
不死子は人差し指を立てて言った。どういうことだろう。
「ママの体の中の免疫細胞くんたちは一般の人の免疫細胞より弱いのさーか?」
「そういうわけではありません。ただ、免疫細胞の高齢化がみられます。高齢化に伴い、免疫細胞の強さも減少します。一般的に老人になればなるほど病気にかかりやすい体質になるのは、免疫細胞の高齢化が原因なのです」
確かに病院に行った時、待合室には若者よりも老人の方が割合として多くいる。それは免疫細胞の高齢化が原因だったのか? リアルな世界でも体の中でも、高齢化は問題のようだ。
「大丈夫さーか、ママの体は?」
「免疫細胞を活発化させる方法はいくつかあるので、免疫細胞について色々と教えてあげましょう」
「ありがとうさー」
なお、先程の老いたナチュラルキラー細胞よりも、不死子の方がステータス値が低いのは内緒だ。そういえばナチュラルキラー細胞の老兵はレベルの割には、ステータス値が高くなかった。マイナス補正が働いていたためだ。やはり老いた場合はレベルとは関係なく、弱体化するのだろう。
そうこうしているうちに毛髪細胞たちの集落に到着した。
本来、毛髪細胞たちの集落はあちこちにあるが、あらかた分子標的薬によって殲滅させられていて、見つけるのに時間がかかった。なお、この世界での細胞たちは、同種であればテレパシーのようなもので繋がっている。合戦の時、近くの者に指示を出すだけで遠くにいる免疫細胞の分隊を動かすことも可能となり、勝手がよい。
同じように毛髪細胞も、その種族内で意思の疎通ができ、一個体の毛髪細胞を説得させれば、毛髪細胞全体にも同じ意識が行き渡る。
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