第3話

『崖に開いた大穴』からは主に亜人や爬虫類系の癌細胞モンスターがポップされる。そして敵勢力は膨大だった。次々に洞窟内から溢れ出す癌細胞モンスターによって、私達の勢力は押されていき、多くの免疫細胞たちが散っていった。そして遂に本陣である私の元まで突進してくる個体が現われた。その大きさは、私の十倍はあった。外見はリザードマンとサイクロプスが合わさったようなものだ。


 免疫細胞たちの何本もの剣が刺さっていて、傷ついている。それでもなお果敢に向かってくるその巨体は、おそらくはボス級だろう。


 癌細胞モンスターの中には、突然変異的に知能を持った個体が発生する場合がある。そうした個体は例外なく強力な力を備えていて、私は『ボス級』と呼んでいる。ダンジョンの深層部にいる『迷宮主』には敵わないものの、それに準ずる力は持っている。


 今回のボス級は司令塔である私を潰そうと狙っていた。敏捷力もあり、逃げられそうにない。


 私を護る味方達も次々と蹴散らされていて、確実に牙がこちらに届くと思われた。


 迎え撃つしかない。


 自称、弱っちい私は戦闘を倦厭しているが、やる時はやる。


 覚悟を決めると、鞘から『針』を出して握り締めた。


 ボス級はまもなく目の前までやってくる。


 私は地を蹴ると、ボス級に向かい、駆けた。


 道中、『打ち出の小槌』を召喚して、自分の体を更に小さくした。この固有能力はこの世界でも使用可能である。


 ボス級は、私に向かって腕を振り下ろした。その攻撃を避けると、腕に飛び乗った。


 そのまま駆け上がり、ボス級の口の中に飛び込む。


 そして、ボス級の食道と思われる箇所に向かい針による斬撃を浴びせた。結果、突き破ることに成功する。


 そのままボス級の内臓を斬り付けながら背中から、体外へと飛び出した。


 ボス級は膝から倒れこむと、赤い眼を徐々に曇らせていく。


 しばらくして、その遺体がゆっくりと地面に沈んでいった。この世界では、細胞たちの遺体は全て地面に沈んで消える。どこに向かうのかは知らない。


 ボス級を刀で斬っている時、本物の肉の弾力や生暖かい感触があった。私は背筋を振るわせた。


 自分の手で攻撃し、トドメまで刺したのは初めてだ。


 そんな時、声が頭の中で声が流れた。私の声色で『てってれーてってれー。おめでとうございます。レベルが上がりました。サンダーボルトを習得』。


 なんだろう、この声は。レベルとはなに? この異世界の創造主は私だが、まだ謎は多い。


 ポケットに入れていたスマートフォンが振動したので、取り出した。


 スマートフォンは、前回の誕生日に買ってもらったもので『打ち出の小槌』で私にも扱える小ささにしたものだ。時間確認のために持ち込んでいた。画面を開くと、新着メールが届いていた。

【名前:与那覇一寸法子 種族:妖怪/レベル:2/HP:15/MP:9/スキル:鼓舞/称号:へっぴり腰の将軍】

 私は首を傾げた。へっぴり腰の将軍とは、なんだろう。


 なお合戦の結果だが、その後、私が他の器官――つまり草原エリアとは違うエリアにも呼びかけていた免疫細胞の援軍が、洞窟ダンジョンの入り口に到着することで、こちら側に有利に戦況が傾いて、スタンピートで溢れ出た癌細胞モンスターたちの一掃に成功した。


 最後の一匹が倒れたところで、私は手を掲げた。


「やったさー。勝ったさー」


 私は勝利の雄叫びをあげて、生き残った免疫細胞たちと勝利を喜び合った。


 ママの体の中には今回のようなダンジョンが幾つかある。


 洞窟・塔・地下迷宮・ピラミッドのような遺跡など、様々な見た目をしている。一般的にガン細胞は一日に正常な人で5000個程生まれるらしい。5000個は多いように思えるが、人の細胞の総数が37兆あることを考慮した場合、微々たるものともいえる。


 健康体であれば1日に生まれたそれら5000個のがん細胞は、免疫細胞によって駆逐される。


 ただしママの一日のがん細胞の平均的な出現数は、常人よりも多い。ママを診断した医者によると、現在では一日、平均30万個体のがん細胞が生まれているらしい。


 若い頃は、免疫細胞も活発だったために何とか耐えてこられたが、年齢と共に免疫細胞の力も弱まる。そして健康を維持することが困難になる。


 異世界の癌細胞モンスターたちはダンジョン内で飽和状態になると、スタンピートとして、ダンジョンの外に湧いてくる。そして、どこか他の場所に行って、新たなダンジョンとなる巣を作りだす。その状況は『がん細胞の転移』と似ている。


 新しいダンジョンを作らせないためには、積極的にダンジョンに入って敵を間引くしかない。


 今回のような突発的なスタンピート時(ママの体調不良日)には、免疫細胞たちを集合させての合戦を行うこともあった。


 ママは現在、病院に通院しながら、がんの治療を受けている。


 完治の見込みはないらしい。


 2年前、ママが余命2ヶ月との宣告を受けた際に、私はこの能力を発現させた。当時、何をしても手遅れの状態だと言われたが、根気よくママの体の中で癌細胞モンスターの退治を続けたところ、病院から退院の許可がおりるまでに回復した。なので、私は完治の可能性は『ある』と信じている。


 私の最終目標はダンジョンの破壊、つまり患部の破壊だ。これまで2ヶ所のダンジョンの破壊を成し遂げている。しかし、まだまだダンジョンは多く存在している。さらに現状の免疫細胞の総数は、度重なる激戦によって枯渇しかけていて、現状維持も難しい状況となっていた。


 厳しい状況である。


 私はスマートフォンで現在時刻を確認する。異世界と現実世界の時間経過は同じだ。画面の時刻欄では『5:11』と表示されていた。


 もうすぐママの起床時間となる。


 なので私は大勝の余韻を残したまま、やってきた扉まで急いで戻って、そして鎧を脱ぎ捨てて、扉を通過することでママの口の中から出た。


 そのままベッドから降りると、縄はしごを回収する。


 私の自室でもある『玩具のお城』まで戻ると、布団にダイブした。しばらくの仮眠をとる。


 次に目が覚めたのは、お城の窓が開けられた時だった。窓からママが覗いていた。


「法子ちゃん、おはよう。もうすぐ登校の時間よ」


「うーん。ママ、おはようさー」


 私は目をこすりながら答えた。


「朝ごはんできているから、準備していらっしゃいね」


「わかったさー」


 ママがキッチンに引き返していった。本当はもっと眠ってたいが、真夜中に行っている日課を気付かれたくないので、頑張って起きる。


 まだ眠気も残ったフラフラの足取りで自室を出ると、ママを追うようにキッチンに向かった。


 キッチンのテーブルには、私の為に設置された簡易エレベーターが備え付けられている。私はそれを利用して卓上にあがった。


 卓上にはパンやミルク、サラダが盛り付けられた平たい皿があった。私の朝食だ。


 パンは普通のパン屋で販売されているものだが、一寸の小人である私からすれば巨大なパンにみえる。


 まず最初に、パンの皿に飛び乗ると、パンに口を近づけて、その中を潜るようにして食べていった。パンの反対側から顔を出したところでママに行儀が悪いと叱られた。


 ちなみに私は自分の体以上の量の料理を食べる。どうしてそんなことが可能なのかといえば、どうやら体内に入った料理は自動的に縮小されるみたいなのだ。胃カメラを体内に入れた時も、胃カメラ自体が縮小した。なので私は身体が小さいとはいえ、一般人が食べる量とほぼ同じだけの料理を必要としている。また、日課によって不足する睡眠時間は、学校で昼寝をすることで補っていた。


 これが私の日常である。

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