第2話
夜になるとある日課を行うことにしている。私は自室としている『玩具の城』から出た後、ママの寝室に向かった。
ドアをそっと開けて、すぴーすぴーっと寝息が聞こえることを確認する。大丈夫のようだ。ママはとても寝つきがよい。部屋の中に忍び込むと、忍者のように縄はしごをママのベッドに投げかけて登り、ママの枕元までやってきた。
私は『どんなものでも小さくする能力を持った妖怪』と周知されている。しかし、公にしていない能力もある。私の日課は、その能力を行使して開始となる。
精神を集中する。
特に口に出さなくてもいいが、魔法少女のようで格好いいと思っているので毎回、その能力名を唱える。
『ファンタジーワールド』
直後、ママの体全体が眩く輝き始めた。私はママの頬をよじのぼり、口の中に「とーう」と叫びながら飛び込んだ。
口の中に入ると、舌や口蓋垂(のどちんこ)の上ではなく、カラフルな色彩の通路に落ちた。
通路の奥には扉が見える。
落ちた場所のそばには戦国時代なんかに武将が着ていたような派手な兜や甲冑が置かれていた。私はそれらを身につけると、奥に見える扉まで駆けた。そして、ドアノブをひねる。
まず眩しさで目を閉じた。
扉のドアを開けきると、広がる草原が見えた。草原には可愛らしい生き物がたくさんいて、私に気付くと集まりだした。
最初に到着したその生き物が、私に挨拶をした。
小人である私よりさらに小人で、私の腰位までしか身長がない。幼児の外見をしている個体から老人の外見をしている個体まで様々だ。その誰もが学芸会なんかで使う、『段ボールに銀紙を貼りつけたような短剣』を持っていた。
「おはようございますー、かみぃー」
「免疫細胞くん、おはようさー」
この世界では私は『神』と呼ばれている。それは、私がこの世界を『創造』したからだろう。
私の元に集まってきている小人たちはみんな擬人化した『免疫細胞』である。この草原はママの体の中を異界化したエリアの一つであり、そこにいた免疫細胞たちが、小人のような姿になったのだ。
草原にいた免疫細胞たちは私の周りにさらに集まって「おはようございまーす」などと挨拶をしてくる。
最初に到着した免疫細胞が私に言った。
「かみぃー、かみぃー。お願いがあるのー」
「なにさー?」
「かみぃーの世界では『マイナンバー』っていう制度が導入されてるんだよね。ぼく、ニュースを見て知ってるの。えっへん」
「されたけど、それがどうしたさー?」
「僕たちもマイナンバーが欲しいよー。つけてつけてー。わたし以外わたしじゃないの~♪ 当たり前だけどね♪ だ~か~ら♪ マイナンバーカード♪」
かなり古いネタを出してきた。細胞たちの中には、ママの視覚などの五感を通じて、外の情報を得ている個体も存在している。
私は腕を組みながら顔をしかめた。
「それは無理さー。だって免疫細胞くんたちの数、億とか兆の単位なんだもん。数が多すぎるさー」
「がーん」
私にお願いした免疫細胞だけではなく、周囲の免疫細胞たちも一同に顔を真っ青にしている。マイナンバー、そんなに欲しいのか?
十分ほど待つと免疫細胞の小人たちが、一つの軍隊と言っていいくらいの数になった。もはやその数は万の規模だ。しかし、まだまだ免疫細胞たちは集まり続けている。
新たに発現した私の裏能力は『異世界を創り出す』というものだ。
お伽噺で語られている一寸法師は、鬼の体に口から入ってチクチクと針で攻撃して退治していたが、私は母親の体中に入り、鬼以上に邪悪なる敵と戦うことを日課としている。
とはいえ私自身は弱いっちいと自己判断しているので前線には出ず、主に後方支援として指示を出すだけだ。異世界で受けた傷はリアル世界に戻っても、そのままで命を失うリスクもある。
鬼よりも邪悪な強敵の正体だが、それはママの体の中で日々ポップを続けている『癌細胞モンスター』のことだ。
癌細胞モンスターは毎日のように『ダンジョン』内でポップして、その勢力を拡大しようとする。
彼らの目的はポップされたダンジョンを出て、新たなダンジョンを築くこと。一方、私の目的はそうした癌細胞モンスターの野望を妨ぐこと。そして最終的にダンジョン全ての壊滅にある。そのため、今日も免疫細胞たちを従えて、癌細胞モンスターの退治を行う。
癌細胞モンスターの姿かたちは一定ではない。
まるでゲームのRPGのモンスターのように多種多彩だ。
サイクロプスのような外見だったり、犬のような外見だったりする個体もいる。強さも異なっている。
こうした癌細胞モンスターの共通点は、外見が黒色であることのみ。そして、会話が通じない点だ。
私が創った異世界とリアル世界でのママの体はリンクしている。
つまり、この異世界で癌細胞モンスターを退治すれば、リアル世界でママの体に発生したがん細胞を除去できる。ママは免疫力が人一倍弱く、がんに犯されやすい体質だった。なので、私が日々、癌細胞モンスターたちを退治することで、健康を維持させている。
ちなみに私の創った異世界は、私、もしくはママの知識にあるゲームの世界観がベースになっているためなのか『スキル』というものがある。
『鼓舞』と呼ばれるスキルは、私が『頑張れ』と念じることで体全体の免疫細胞たちが『やったるぞー』と燃えて、普段以上の能力を発揮するものだ。
私はさっそくスキル『鼓舞』を使った。
この日、癌細胞モンスターたちは、あるダンジョンから湯水のように湧き出てくると予知された日だった。おそらくここ数日、リアル世界で毎日の気温差が激しかったことで、ママの体調が崩れたことに起因しているのだろう。
現在、リアル世界では季節の変わり目なのだ。
また、敵が大量発生すると予知できたのは、協力者の助言のためである。その協力者は未来予知の固有能力を持っており、週一でママの体の具合を予知してもらっていた。
私は洞窟型ダンジョン『崖に開いた大穴』の入り口前で、免疫細胞たちに隊列を整えさせた。そして、協力者の予知通り、大量の癌細胞モンスターが洞窟から湧くように現われた。これを『スタンピート』と呼んでいる。
合戦の始まりである。
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