8話

 その後、東条とノエルは千軸に連れられて軽くダンジョン内を見て回り、生態系を観察して、生息しているかもしれない危険モンスターや食べられる木の実、美味しそうに見えて絶対に口にしてはいけない木の実や生物を思いつく限り教えてあげ、前線基地を後にした。


 殆どただのバカンスになってしまった二泊三日の沖縄旅。


 日も落ち、ユグドラシルに付けられた人工灯が灯り出した頃。

 飾り付けられたテラス席で、東条とノエルは旧友達と共に夕食を楽しんでいた。


「ノエル、これも美味いぞ。食うか?」


「ん。ありぁと」


 葵獅がノエルの皿に肉を盛り付け、


「お前の能力本当便利だよなぁ。一家に一台千軸君だわ!」


「空調扱いしないでくれます?」


「ハッハッハ、ノエルは今日も可愛いなぁ!」


「ん〜っ、マサ邪魔っ」


 酔って両隣にダル絡みする東条に、千軸が溜息を吐きながら水を渡す。


「……良いねぇ、賑やかで」


 そんな光景に微笑みながら、シャンパンを転がす藜。

 彼は隣で一口大の物ばかり食べている葵獅を笑い、自ら料理を切って取り分けてあげた。


「? 有り難い」


「やっぱり片腕がないのは不便かい?」


 穏やかな潮風に、葵獅の左袖が寂しく揺れる。


「そうでもない。もう慣れた」


「炎の腕生やしても良いんだぜ? あれカッコいいから好きなんだよねぇ」


「……食器の弁償はしないぞ?」


「おっとそれは困る。ククっ」


 わざとらしく手を上げる藜に、葵獅も小さく笑った。


「千軸君はマサとノエルを呼んで、何か成果は得られたかい?」


「そりゃもう沢山。特に助かったのは、可食の生物や植物に関する知識ですね。やはりダイブには食料問題が付き纏いますから。二人の様に何でも食べて確かめられれば苦労しないんですが、生憎俺達は人間ですから」


「っ何だ何だ、まるで俺らが人間じゃねぇみたいな言い方だなぁ!」


「ぶーぶー」


「他にも有益な情報ばかりでしたよ。後で共有しましょう」


「クフフッ、楽しみだよ」


 千軸と藜に除け者にされた東条は、ノエルを膝に乗せて席を奪う。


「なぁなぁ、葵さんは狩場ダンジョンに移したの? もう当分新大陸には出ない感じ?」


「そのつもりだ。凛にも寂しいと言われてしまってな、とりあえずダンジョンを攻略するまでは沖縄に定住しようと思っている。近々引っ越すんだ」


「おお、そりゃおめでとさん! 聞いたぜ? 千軸達置いて最前線突っ走ってるんだろ?」


「置いていっているつもりはないんだがな。やはり俺は一人の方が性に合っているらしい。……それに比べて彼は凄いぞ。俺にはあの危険地帯で、部隊を率いるなんて芸当はできない」


「だってよ千軸!」


「ありがとーございます。そんな葵獅さんには、できれば事後報告ではなく事前報告を心がけてほしいですねっ」


「善処する」


「善処するってよ!」


「善処しないやつじゃないですか!」


 千軸の愚痴に藜が吹き出す。


「そうだ東条、確か八〇階層辺りだったか、お前が言っていた炎のティラノサウルスとも戦ったぞ」


「マジか! どうだった?」


「あれは強いな。とても楽しかった。本気出さないと燃やせなかったぞ」


「は? あれ燃やせるもんじゃないだろ⁉︎ ダハハっ、脳筋怖ぇ!」


 東条は嘗て戦った誇り高い火竜を思い出し、ゲラゲラと笑う。


「見た感じ、沖縄のダンジョンはアマゾン系だよな? 深部に行っても大きくは変わらないんでしょ?」


「そうだな。マングローブや岸壁地帯はあったが、大きくは変わらない」


「生息するモンスターのリストも見たけど、俺らが沖縄で会った奴らと大きくは変わらないんだよな。ノエルのバフもあってか、ここの竜どもの中には龍より強い個体がいるからなぁ、葵さんにとっちゃ天国でしょ?」


「天国かどうかは分からんが、心躍るのは事実だな」


「いつか一緒にダイブしよぜ?」


「ああ。その時は案内してやろう」


 夜天の下の騒がしいテラス席は、眼下に瞬くどの明かりよりも眩かった。

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