7話


 場所は移り、日本南端のリゾート地。


 初夏に入った沖縄は、蒸し暑いことこの上ない。

 天を突くユグドラシルの大樹が深緑を揺らし、沖縄本土全体に大きな影を落としていた。


 中心地である那覇全域には、新たに藜グループが建てた巨大ホテルを中心に、アクティビティ施設やクラブ、ショッピングモールから大人のお店に至るまでの全てが揃った、都市型リゾートエリアが広がっている。


 少し前までは魔境だった沖縄も、今では一般的に解放され、飛行機直通で訪れることができるのだ。

 リゾートエリアにはカップルや子連れの家族も散見され、過去の活気を取り戻しつつあるのが見て取れる。


 しかしそんなリゾートエリアから一歩踏み出せば、そこはもう人の領域ではない。

 人の営みが自然に呑み込まれた跡が、未だ手付かずで残っている。

 ガイドを付ければ散策も可能だが、誓約書の記入が必須条件。



 ……そして今回二人が沖縄を訪れた理由も、この誓約書にあった。



「ようこそ、ヤンバル前線基地へ。バッジの提示をお願いします」


 自衛隊員に促され、東条とノエルは襟を裏返して黒金色のバッジを見せる。


「ご協力感謝します。では、司令室まで案内します」


 厳重な塀を通過した二人は、隊員に連れられて基地内を進む。

 北部訓練場を拡張して再利用している周囲には、貨物機から荷物を下ろしている隊員や、遠くには訓練中の一団も見える。

 嘗て訪れた時に見た静寂は、今は影も形もない。


 東条はアロハシャツをはためかせながら、相変わらずの濃密な魔素を肌に感じる。


「懐かしいなぁ、俺達もこっから上陸したんだよな」


「ん。スマホも使えなくて大変だった」


 ノエルはあの時の日々を懐かしむ様に、ソフトクリームをチロチロと舐めながら笑った。


 二人は広くて綺麗な宿舎を抜け、併設された司令本部へと入る。

 通りすがりに笑顔を向けて来る者もいれば、嫌悪感を露わにする者いる。


 今でこそ国は二人を味方と定義したが、ノエルと東条がやったことが完全に無かったことになるわけではなく、依然ノエルが国の爆弾であることは事実。

 愛国心が強い者ほど、二人に向ける視線が厳しくなるのは道理。どれだけ貢献しようと、灰音の洗脳を使おうと、国民全員が彼らを許すことはないのだ。


 ただ、二人からしてみれば、そんなこと知ったこっちゃないのである。

 あぁタチが悪い。


「提督、東条調査員とノエル調査員がお越しになりました」


「ど〜ぞ〜」


 隊員がドアを開けた先。

 大きな執務机に座る覇気のない顔を見て、東条の口角が上がる。


「ひっさしぶりだな千軸! 元気だったか⁉︎」


「あはは、マサ君は相変わらず元気ですねぇ」


 お堅い場所には似合わないアニメシャツを着た男、千軸 楓が二人を目に笑みを浮かべた。


 ソファに腰掛けた東条は、用意されたご当地シークワサージュースに舌鼓を打ちながら話に花を咲かせる。


「せっかく花見企画したのによぉ、お前来なかったろ!」


「だからダンジョンに潜らされてたんですって⁉︎ 俺だって行きたかったですよ!」


「このジュース美味いな!」


「で、でしょ? 俺のオススメなんですよ」


「彼女できたか?」


「会話する気あります⁉︎」


 ゲッソリとしたままソファにもたれる千軸を笑い、東条はガラステーブルに広げられた地図を再度拾い上げる。

 下へと伸びる入り組んだ地図。そう、これこそ今日の本題である。


「……しっかし、デケェな沖縄ダンジョン」


「デカすぎるんですよ。一年探索したのに、未だ底が見えない。俺の仕事も増えるばかりっ」


「で、一応俺達の見解も聞いとこうってか。別に大したアドバイスはできないと思うけどなぁ。ノエルは? 何かあるか?」


「面白そ。いつかダイブしてみたい」


「とのことだ」


「ですよねぇ。まぁ俺も一応見せとけって総理に言われただけですし、」


 東条は興味深そうに覗き込んでくるノエルと一緒に、ダンジョン内の写真に「へ〜」「お〜」と適当な返事を繰り返す。


「今攻略できてんのは?」


「一〇三階層までですよ。マサ君が潜ったイギリスのが一〇〇って聞いてたから頑張ったのに、……あぁもう疲れた」


 ダラダラと溶ける千軸とは裏腹に、東条は驚きに笑ってしまう。


「いやいや、一年で一〇〇超えてんの異常だろ。大したもんだ」


「俺は殆ど何もしてませんって。考えてもみてくださいよ、沖縄に常駐している調査員は誰ですか?

 笠羅祇さんは狂った様に笑いながらどんどん下層に行っちゃうし、紅さんは鍛錬とか言ってフロアボスとタイマン張りたがるしっ、葵獅さんは何も言わずに最深部更新してくるしッ、藜さんは気分で天井崩落させるし! あぁもうッ⁉︎」


「お、おう」


「よしよし」


 二人は千軸がここまで疲弊している要因を察してしまい、途端可哀想になってくる。


「どんまい」


「うぅ、ありがとうねノエルちゃん。君は優しい子だねぇ。うぅ〜」


 ノエルに慰められながらシクシクと泣いている千軸を見て、東条は笑ってしまう。


「元凶に慰められてて草」


「っいやそうじゃん⁉︎ ダンジョン生まれた元凶君じゃん⁉︎」


「ん。滑稽」


「っ何だこいつぅ⁉︎ マサ君あんたどういう教育してんですか⁉︎」


「殺られる前に殺れ」


「っあーあ! ちゃんと教育通りに育ってるう‼︎」


「ん。ノエル良い子」


「よしよし」


「むふふっ」


「……ッ何だこれ⁉︎」


 心からの絶叫が、夏の青空に吸い込まれて消えた。

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