14巻 最終話



「――のっ、っ⁉︎」


「ここ何もないよーぉ⁉︎」


「結構快適ですな⁉︎」


「えっ」「うわっ」「グワァ⁉︎」「もう一度……む?」「あらあら」


「これは、出られたみたいじゃな」


 八龍、改めエルザを含めた九つの龍が、ダンジョンの入口に集結する。

 突如現れた国家規模の厄災に、バリケードが閉められ緊急警報が響き渡った。


「ウルセェ‼︎」


 壁とバリケードを破壊して回るサラマンダーを他所に、皆の視線はエキドナに向けられる。その、泣き腫らした顔に。


「……エキドナ、何があった?」


 首を下げたヒュドラが目を細め、リヴァイアサンが慰める様に頬を擦り付ける。


「……まずは復讐を終わらせましょう。全て終わったら話すから」


「……そうじゃな」


 エキドナの転移魔術が発動し、八体がそれぞれイギリス国境沿いに飛ばされる。

 エルザはエキドナに肩を貸し、魔力補助として足元の術式を踏んだ。


 バリケードごと周辺を破壊し一人飛び立ったヒュドラが、遥か上空から腐った国を見下ろす。


 ……輝く方陣に囲まれた大国家。


 ……降り頻る毒の鱗粉に、大人達が血を吹いて倒れていく。


「……っ」


 何かを見つけたヒュドラが急降下し、走り回る人間を踏み潰して着地する。


 ヒュドラが彼の顔をつつくも、当然の如く反応はない。


「ジャック、なぜ、お主がここに……ッ」


 安らかな顔で死んでいるジャックに、ヒュドラの顔が歪む。


 そっと彼を咥え翼を広げたヒュドラは、ロンドンの一角を吹き飛ばし再び飛び立った。














「……まるで映画を見ているみたいだよ」


「……随分と他人事だな」


 紫の雪が降るイギリスを、東条とスカアハ、ノエル、プニルがアイルランド国境の山頂から黙って見つめる。


「……ん、ぅむ」


「ブルルッ」


「っぇぐえ⁉︎」


 アリアが目を覚まし、プニルに振り落とされる。


 尻を摩り立ち上がった彼女は、まるで紫色のスノードームの様になっている自国を目に膝をついた。


「ようやくお目覚めかい? 今度は茨姫にでもなったのかと思ったわよ」


「あっ、あぁっ、」


 恐れていた未来を寝起きに見せられ、アリアの頬を涙が伝う。


 スカアハは木の根に腰掛け、疲れた様に月を見上げた。


「まぁ、悪いことばかりじゃないさ。使えない老害どもが軒並みくたばるんだ。

 あんたも、アーサーとして生きていくのか、アリアとして生きていくのか、早い内に決めておきな」


「……アリアって言うのか、綺麗な名前じゃん」


「ありっ、がどぅっ」


 欠けてしまったネイルを直すスカアハの隣に、東条も倒れる様に腰を下ろす。


「……お前はどうすんだ? たぶん周辺国だけじゃねぇ、大国もこれを機に領土干渉してくるぞ」


「そうねぇ、……まだマーリンが生きているし、あの子には私が必要だもの。ほら、あそこで走り回っているの、見える?」


「見えねぇよ」


「可愛いわぁ……。それに、一から自分の好きな国を造れるのよ? こんなに楽しいことはないわ。当分の間は守ってあげようかしら。

 ねぇアーサー? あなたも旗印となって馬車馬の如く働いてくれるわよね?」


「っ当、然だッ! グスッ。それとっ、私はアリアだっ」


「あっそ。フフっ」


「あんま無理させてやるなよ?」


 スカアハの隣にダンッ、と腰を下ろしたアリアが涙を拭き、眼前の光景を目に焼き付ける。


「辛くなったら日本おいで。美味しい物いっぱいある」


 東条の膝の上に座ったノエルの慰めに、スカアハが吹き出す。


「アハハっ、こんな時まで嫌味かい? まずは食料事情からメスを入れるかね」


「ありがとう、ノエル。いつか必ず」


「ん」


「ブルルっ」


「おっと」


 苦笑する東条は、足を畳み鼻を寄せてくるプニルの口先を撫でる。


 一国の滅亡を見ながら過ごす、静かで、穏やかで、幻想的な時間。

 ……東条は、改めて胸に刻んだ。





「……戦争って、クソだな」


「ん」


「同感だね」


「ああッ」










 季節外れの星月夜。


 はらり舞い降る夜の雪が、幾千万の命を溶かす。


 訪れるのは、飢えすら凍る厳冬か、それとも花芽吹く初春か。


 神などおらず、未来は『人』のみぞ知る。






 龍と騎士の復讐譚――これにて終幕。










                        14巻〜Tails of AVALON〜完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る